両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀

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第16球 試合後

 

 試合を終えて、重たい足を引きずるようにコートの外へ出ると、藤崎がいた。

 ビデオでも撮っていたんだろうか。三脚をたたんで、機材を片づけ終えたところだった。

 

「藤崎……負けちゃったわ……」

「知ってる。さっきまで見てたから」

 

 藤崎は、いつもの落ち着いた声で言った。

 

「手も足も出なかった」

「一ゲームは取ったじゃない」

「たった一ゲームだけだ……」

 

 俺は、その場にしゃがみ込みたい気分だった。0-6、1-6。数字だけ見れば、完敗もいいところだ。

 

「初めて一か月の初心者が、全国レベルの選手から一ゲーム取っただけでも、上出来だと思うけど?」

「確かにそうだけどさ……」

「逆に、一ゲーム取れたのが驚きだわ。しかも、ブレイクで」

「いや、ホントそれはそうなんだけど……」

 

 頭では分かっている。あの二ノ宮君から一ゲーム奪えたのは、自分でも信じられない。でも、どうしても、最後に突き放されたときの感覚が消えなかった。あのリターン。何をされたのかすら、分からなかった。あの一球が、俺と二ノ宮君の距離を、はっきり示していた。

 

「くやしいの?」

「めっちゃ悔しい」

 

 考えるより先に、言葉が出た。

 

「じゃあ、その悔しさを忘れないことね」

「……ああ」

 

 少しの間、二人とも黙った。コートのほうから、次の試合の打球音が聞こえてくる。

 俺は、ずっと頭に引っかかっていたことを、口にした。

 

「藤崎……どうやったら、強くなれる?」

 

 藤崎は、少し考えてから、答えた。

 

「そうね。ささいなことだけど――物事に対して、できるだけ考えるようにすること」

「いや、そういう精神論じゃなくてさ……」

 

 もっと具体的な、技術の話を聞きたかった。サーブをこうしろ、とか、そういうやつを。

 

「結構、大事よ?」

 

 藤崎は、まっすぐ俺を見た。

 

「千両君、今日も、そうやって二ノ宮君から一ゲーム取ったんでしょう? 見ていて、分かったわ」

 

 ……言われて、今日の試合を思い返す。

 たしかに、あの一ゲームは、偶然じゃなかった。やられている理由を考えて、相手の取れないコースを突けばいいと気づいて、ショートクロスにたどり着いた。あれは、色々考えた末の結果だった。

 

「……たしかに」

「自分のこと、相手のこと、環境、技術。今すぐ全部じゃなくていい。でも、できるだけ、見るようにするの」

「あぁ」

「それが何でなのか、解釈して、自分の中に取り込んでいく。そうやって、みんな上手に、強くなっていくのよ」

「……そうだな」

「少なくとも今日、あなたはそれを実践できていたわ」

「そうかな……」

「そうよ。あなたはきっと、強くなる」

 

 藤崎の言葉が、すっと胸に入ってきた。

 今まで、俺は何となくでしか見ていなかった。来た球を、何となく返す。うまくいけば、ボールがきれいに打てれば、なんか気持ちいい。それで終わっていた。でも、それじゃダメだ。ちゃんと意識して、何でうまくいったのか、何でダメだったのかを、解釈して、次に使う。藤崎の言うとおりだ。

 

 こんなに悔しいと思ったのは、生まれて初めてだった。野球をやっていたときも、ここまでじゃなかった。あの頃も、何となくでしか考えていなかったからかもしれない。

 これからは、しっかり考えないと。そう、思った。

 

 ――藤崎は、いつも、俺に必要な言葉をくれる。それが、すごくありがたかった。

 

「これから大会に出るにつれて、いろいろな相手と戦うことになる。もちろん、できる限りのサポートはするけど――」

 

 藤崎は、少しだけ、声の調子を変えた。

 

「その時、千両君は、コートの中では、一人だから」

 

 ……分かってる。今日、痛いほど、分かった。あのコートの上で、俺を助けてくれる人は、誰もいなかった。

 

「さ、今日はお疲れさま。すごく頑張ってたわね。かっこよかったわよ」

 

「あ、あぁ……ありがとう」

 

 不意打ちの「かっこよかった」に、俺は、うまく返事ができなかった。あんまり見たことがない、藤崎の笑顔を見た気がした。

 

 *

 

「ただいまー」

「おかえりー」

 

 靴をそろえていると、母さんがリビングから顔を出して、声をかけてきた。

 

「どうだったの? 大会は」

「負けたわー。一回戦は勝ったんだけど、二回戦で負けちゃって」

「えっ。利士、勝ったの?」

「一回戦だけどね。二回戦は、全国レベルの選手と当たっちゃってさー。やっぱり、負けちゃったわ」

 

「えっ、全国レベル? あんた、そんな人と対戦してきたの……」

「そうなんだよ。一ゲームだけ取れたけど、やっぱり強いわー」

「って言っても、あんた、この前始めたばっかりじゃない。熱心に練習してたのは知ってるけど……それで全国レベルから一ゲームとったって……すごくない?」

「すごくない、すごくない。すごいのは、コーチとマネージャー。元プロと、元……なんだっけ、なんかすごかった元選手のマネージャー」

 

「そうなの……? まぁいいわ……。ごはん、もう少しでできるから、お風呂、先に入ってなさい」

「うぃ」

 

 *

 

 風呂につかりながら、今日のことを、考える。

 二ノ宮君には、手も足も出なかった。それは、間違いない事実だ。でも、藤崎は強くなると言ってくれた。

 

 思い返してみる。少しでも反撃できたのは、いろいろと考え始めてからだった。藤崎と話してた時も思ったけど、やられる理由を考えて、自分も同じことをすればいいと気が付いたのがきっかけだった。

 

 揺さぶり、ショートクロスにたどり着いた。考えることが結果につながった。それをはっきり実感した試合だった。

 

 そして同時に、足りないものも、たくさん見えた一日だった。

 頭の中で、整理してみる。

 

 まず、セカンドサーブ。入る確率が、低すぎる。一回戦でも二回戦でもここを突かれた。

 次は、ラリー。というより、ストロークの配球だ。どこに打つか、今まで漠然と何も考えずに返していた。相手を動かす、コースを突く、そういう意識が足りなかった。

 

 それから、トップスピン。スイングスピードが大事なことが分かった。でもまだ安定しない。これからもっと精度を高めないといけない。

 

 ……足りないものを数えたら、きりがないな。

 

 でも。

 

 俺は、湯船の中で、少し笑った。

 足りないということは、伸びしろがある、ということだ。逆に考えれば、まだまだ強くなれる余地が、こんなにある。

 そういえば両手フォアだけは、唯一と言っていいくらい通用した武器だった。あれを軸に足りないところを、一つずつ埋めていけばいい。

 

 そうすれば――二ノ宮君に、勝てるだろうか。全国レベルに、届くだろうか。

 

 ……いや、その前に、やることがある。俺は最後に二ノ宮君に何をされたのか、いまだに分かっていない。あのリターン。あれが何だったのか、理解すらできていない。

 

 つまり、俺はテニスのことをほとんど知らないんだ。まずは知ること。それが先決だ。

 

 いろいろな試合のビデオを見せてもらおう。部室にたくさんあった気がする。トッププロの試合を見れば、二ノ宮君があの場面で何をしたのか、分かるかもしれない。

 

 それから、コーチと藤崎にも聞いてみよう。藤崎は、今日の試合をビデオに撮っていた。あれを見せてもらえば、自分のダメだったところが、もっと具体的に分かるはずだ。

 

 そうだ。あれも見たいし、これも聞きたい。やりたいことが、次から次へと、浮かんでくる――。

 

「コラー! 利士ー! 早くお風呂あがりなさーい!」

 

「うぉ!?」

 

 母さんの声で、はっと目が覚めた。

 

 湯船につかったまま、考えごとをしているうちに、いつの間にか、うとうとしていたらしい。

 

 ……あぶない。のぼせるところだった。

 

 でも、不思議と、気分は悪くなかった。負けたのに。完敗だったのに。

 

 頭の中は、もう、次に向かって動き始めていた。

 

 




【作者あとがき】
 この度はお読み頂きありがとうございました。
 ここだけの話、この作品のプロットがようやく大枠固まりました!(今更)
 おおわく……おおわくです。 

 それでは引き続きよろしくお願いします。
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