両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた 作:二刀
*これは利士君の試合の終わった後の話です。
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俺の試合が終わったあと、藤崎に連れられて、別のコートに来ていた。
女子の試合をやっているコートだ。実は部活の他の友達が、この藤ヶ谷オープンに出ているらしい。それを見に来た、というわけだ。俺自分のことばっかり考えたから知らなかったわ。
「ほら、あれが栗原さんよ」
藤崎が、コートの一人を指した。
「ほんとだ。しかも……3回戦!?」
明るい茶髪の、短すぎないショートカット。身長は、俺より十センチくらい低いけど、女子にしては高いほうだ。きびきびした動きで、コートを走り回っている。
見覚えがある。というか、知ってる。
「あれ、栗原さんって……俺らのクラスの?」
「そう。栗原唯(くりはらゆい)さん。あなたが初めて部活に来た日、最初にボレーボレーと球出しをしてくれたの、彼女よ」
あー。そうだ。あのとき相手してもらったな。
「栗原さんも、中学のジュニア時代から、聖蹊に通ってるの。エスカレーター組ね」
なるほど。経験者ってことか。
その栗原さんが、ちょうど、相手の返した球に対して、ぐっと踏み込んだ。ラケットを下から上に振り抜く。
スパァン。
強烈なトップスピンが、相手のいない、がら空きのコートに突き刺さった。ウィナー。
……うお。
……トップスピンだよな。俺が、今、必死に練習してるあれ。それを、あんなに鋭く、狙ったところにぶち込んでる。
俺のしょぼいトップスピンとは、わけが違うな。
「栗原さんの相手は……あまり知らない選手ね」
藤崎が、スコアボードに目をやった。
「6-3、5-2。もうすぐ終わるかもしれない」
そう言って、藤崎は、近くでビデオを構えていた人に、声をかけた。
「市川さん。撮影、ありがとう」
「あっ、真白っち、お疲れー。きっしんも、お疲れ様」
振り向いたのは、帽子をかぶった女の子だった。今日は日差しが強いからだろう。
「こんにちは、市川さん」
市川ほのか(いちかわほのか)、この子も同じ部活の友達だ。別のクラスだけど、同じ一年生だし面識はある。カラッとした性格で、すぐ人にあだ名をつけるんだ。藤崎は「真白っち」、俺は「きっしん」。千両は名前が長いから、だそうだ。
女子と男子はコートのエリアが違うから、今日はこれまで会わなかったけど、聖蹊からは他にも何人か、この大会に出ていたみたいだ。
どうやら市川さんも、藤崎みたいに、サポート役なのかな。ビデオを撮っているみたいだけど。
「男子コートのほう、盛り上がってたみたいじゃない。おぉーって、こっちまで聞こえてきたよ。うちビックリしちゃった」
「たぶん千両君の試合ね。相手は二ノ宮君だったの」
「ええぇっ!? 全国レベルの選手さんじゃない。千両君、大変だったでしょ」
「頑張ってたわよ。二ノ宮君から、一ゲーム、ブレイクしたんだから」
いやいや負けちゃったんだよ。一ゲームなんて大したことない。奇襲してとった儲けもんみたいなもんだ。
「いや……負けたんだから、そんな自慢げに言えないって……」
「うっそ。初めて一か月で、あの二ノ宮君から、一ブレイク!? うち衝撃なんだけど」
「そうなのよ。やっぱり決め手は両手フォア。あれは格別ね」
「やっぱりそうよね~。初見はビビるよね~」
……二人の話が、止まらない。
なんか、俺をダシに盛り上がってる。入り込む余地がなさそうだ。
*
とりあえず、俺は、栗原さんの試合を見ることにした。
考えてみたら、こうやって、誰かの試合を、まじまじと見るのは初めてだ。今までは、自分が打つことばっかりで、人のプレーをちゃんと観察したことがなかった。
でも、藤崎にも言われた。テニスのことを、もっと知れって。だったら、これも勉強だ。……というか見てると、いろいろ分かることがある。
まず、サーブ。栗原さんは、同じフォームから、コースを打ち分けてる。相手の体の正面に打ったり、外に逃がしたり。一球ごとに狙いが違う。俺みたいに「とりあえず入れる」じゃない。
ラリーも、そうだ。ただ打ち合ってるんじゃない。左右に振って、相手を走らせて、体勢を崩したところで、空いたコースに決め球を持っていく。一球一球に、ちゃんと意味がある。戦略的な配球っていうやつか。
しかも、トップスピンを、何種類も打ち分けてるように見える。高く跳ねる球、山なりに深く入る球、浅く落として前に呼び込む球。たぶん、回転の強さや、打つ高さを変えてるんだ。
……すげえ。
俺、トップスピンを「かけるかかけないか」しか考えてなかった。でも栗原さんは、その先のもっと細かいところで何種類も使い分けてる。自分では、考えつかなかったことばかりだ。
同じ大会に出てる、同じクラスの子が、こんなに先を行ってる。なんか、悔しい。でもそれ以上に――勉強になる。見てるだけで、やりたいことがまた増えていく。
*
「で、どう、市川さん。いいデータ、取れてる?」
ふと、藤崎の声が聞こえた。
「ばっちりよ~。こうやって後で見返すの、自分の勉強にもなるしね」
「栗原さんも、自分の打球とか、スコアとか、数値で見ると、いろいろ分かると思うの」
「そうよね。うちも、また今度、試合撮ってもらおっと。ユイちんに!」
「……その呼び方で呼ぶと、栗原さん怒るわよ」
……ん?
データ。数値。なんか、さっきから、聞き慣れない言葉が出てるな。
「なぁ、藤崎。データってなに?」
俺が聞くと、藤崎は、ちょっとだけ、こっちを見て、それから、いつもの落ち着いた調子で言った。
「それは、また今度、ちゃんと説明するわ」
今度?
「千両君は、もう今日は、いっぱいいっぱいでしょう。栗原さんの試合が終わったら、もう帰っていいわよ」
「あー……そうか。実は、もう、へとへとなんだよな。ありがたい」
「そうだよそうだよ。最初の試合は、思ったより疲れるんだから。きっしんも、早く帰って休んだほうがいいよ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
……データ、か。よく分かんないけど。藤崎と市川さんが、ビデオを撮って、何かを記録して、それを「勉強になる」って言ってる。なんか、強くなるための、大事なことな気がする。今度、ちゃんと聞いてみよう。頭の隅に、そうメモしておいた。
*
そうこうしてるうちに、栗原さんの試合が、終わったらしい。
2-0。2セット先取の、ストレート勝ち。危なげない、完勝だった。
「おー。市川さんに、藤崎さんと千両君も。お揃いじゃないっすか」
コートから出てきた栗原さんが、こっちに気づいて、手を上げた。
「お疲れさま、栗原さん。3回戦、おめでとう」
「ありがとうっす、藤崎さん。いや~、大変だったっすよ~」
「すごいな、栗原さん。俺、2回戦で負けちゃったよ」
「いや~、それほどでもないっす。でも、千両君も1回戦勝ったんすよね? 初心者なのに、上出来っすよ!」
気さくな人だ。「っす」って喋り方が、なんか、体育会系っぽくて、話しやすい。
「ゆいちん、ゆいちん。早く、報告に行かないと」
「あ、忘れてたっす。行ってくるっす。……あと、ゆいちん言うなっす!!」
……やっぱり、怒られてる。
*
うーん。疲れたし、そろそろ帰るか。
「みんな、お疲れさま。俺、そろそろ帰るわ。藤崎、今日はありがとな」
「ええ、お疲れさま。ゆっくり休んでちょうだい」
そうして、俺は、家に帰った。
今日は、いろんなものを見た一日だった。
二ノ宮君の、手も足も出ない強さ。栗原さんの、考え抜かれたプレー。
でも、不思議と、気持ちは前を向いていた。知らないことが、こんなにたくさんある。それは、伸びる余地が、それだけあるってことだ。