両利きだけど、それって武器になるの? ~気づいたら俺、テニスでプロを目指してた~ 作:二刀
「……テニスかぁ」
昼休みの教室で、俺はぼんやり窓の外を眺めていた。
俺の名前は千両利士(せんりょう きし)。聖蹊(せいけい)学園高校の一年生。中学までは野球をちょこっとやってたけど、高校に上がってから何の部活にも入ってない、ふつーの男子高校生だ。
ちなみに、生まれつき両利き。
右手でもご飯食べれるし、左手でもご飯食べれる。シャーペンも字も両方いける。べつに自慢でも何でもない。物心ついた頃からそうだから、そういうもんだと思ってた。みんなも両方使えるけど、めんどくさいから片方しか使ってないんだろうな、くらいに思ってたフシすらある。
……いや、それはちょっと盛った。さすがに小学校の頃には、あれ俺だけかも? ってなった。なったけど、まあそれだけだ。両利きで何かが変わるわけでもなし。
で、テニスである。
なんでテニスなのかって言うと、別に深い理由はない。高校入って野球部がなかったっていうのもあるんだけど、別に気にはしてなくて、そこまで思い入れもなかったし。ただこのまま帰宅部は面白くないよな……、せっかく頑張って勉強して聖蹊入ったんだし、楽しみたいっていうか。
最近、グラウンドの隣を通るたびに、ぱこーんぱこーんって音が聞こえてくるのが、なんかこう、いいなって思った。あの音、耳に残るんだよなぁ。
野球の打球音とはちょっと違う。野球は「カキーン」で、テニスは「パコーン」。なんだろう、テニスの音のほうが、軽くて、楽しそうだ。
「……打ちてぇ」
ぽつりとつぶやいた。
うん、決めた。今日の放課後、テニス部に行ってみよう。とりあえず、あの音を1回、自分で出してみたい。
ただ、テニス部って確か女子ばっかなんだよな、うちの学校。男女混合? 男子部員、いたっけ? まあ、いいか。たぶん体験入部くらいはやらせてくれるだろ。
で、誰に頼むかだけど――そういや、同じクラスの藤崎さんがテニス部だったはず。
藤崎真白さん。静かで、いつも一人で難しそうな本読んでる印象、ちょっと近寄りがたい雰囲気の女子。だけど運動部所属らしい、っていうのは前に誰かが言ってた気がする。放課後すぐにいなくなるし。
……まあ、頼んでみよう。怒られたら謝ればいい。
*
放課後、俺は藤崎さんの席まで突撃した。
「なぁ藤崎さん。テニス部、行くんだろ。一緒に行って、テニスボール打たせてくれないか」
言ってから、あ、と思った。テニスボール打たせてくれ、って。なんか野球っぽい言い方しちゃったな。テニスってどう言うのが正解なんだ? ラリーさせてくれ? いや初心者でラリーは無理だろ。
藤崎さんは、ちょっと変な顔をした。あ、やっぱ変な言い方だったか。
でも次の瞬間にはもう真顔に戻った。
「いいわよ。ちょっと時期は遅いけど、体験入部ならまだできると思うから」
って、あっさり頷いてくれた。
お、優しい。第一印象、近寄りがたい女子だと思ってたけど、普通にいい人じゃん。よかった。
*
コートに着いたら、思ったより歓迎された。
というか、めっちゃ歓迎された。
「男子! 貴重な男子じゃない!」
「ようこそ千両君!」
「ねえねえ、私が球出ししてあげる!」
なんだこれ。テニス部に入るとモテるのか? いや違うな、たぶん。男子部員が単純に少ないんだろう。共学になってまだ数年とか聞いたし。
でもまあ、ちょっと、ほんのちょっとだけ、嬉しい。
あらかじめ持ってきていた体操着に着替えて、体育館のコートに戻る。すごい、室内コートだ。綺麗に整えられてる。
先輩から「まずはこれね」って渡されたラケットは、思ってたより軽かった。野球のバットとは全然違う振り心地。当たり前か。
ラケットの持ち方をざっと教わったあと、ボレーボレー、っていうのをやることになった。ネット越しに、お互いノーバウンドで打ち合うらしい。同じ一年生の子とすることになった。
……やってみた。
うん、つまんねぇ。
いや、つまんないって言うと相手の子に悪いんだけど。なんていうかこれ、卓球の卓球台がでかい版みたいな感じで、ちょこちょこ打ってるだけで全然テニスしてる感がない。
俺がやりたいのは、もっとこう、ぱこーん! ってやつ。
隣のコートを見たら、もっと面白そうなことをやっていた。球をネット際からだして、コートの後ろの方から、思いっきり振ってボールを打ち返してる。今ちょうど練習している子の打球がまっすぐ綺麗にコートに入った。
あれだ。あれがやりたい。
「あの、あっちのやつ、やっちゃダメですか?」
ボレーボレーの相手の子に聞いたら、ちょっと困った顔をされたけど、「やってみる?」って言ってくれた。やった。
で、いざ打ってみたら――。
空振り、じゃなかった。当たったけど、ラケットの端っこに当たってボールが天井を目指して飛んでいった。
「うわっ、すんません!」
めっちゃ恥ずかしい。顔が熱い。さっきまで「ぱこーん」とか言ってた自分がアホみたいだ。
でも球出しの子は笑って、「最初はみんなそうだから!」って励ましてくれた。やさしい。テニス部、いい人しかいない説。
二球目、三球目。だんだん感覚がつかめてきた。
あ、これな、と思った。
ボールが向かって来る場所に、ラケットを置けばいい。野球のバットを振る感覚に似てる。来るところに先に置いとけ、ってやつ。
四球目、面の真ん中近くに当たった。
五球目。しっかり当たってネット上をまっすぐ越えていった。
パコーン、と、初めて、ちゃんとした音がした。
お。
お、お、お。
なんだこれ、楽しい。
めちゃくちゃ楽しい。
右手でラケット振って、ボールに当てて、向こうのコートにスパーンと飛んでく。あの音。やっと出せた、あの音だ。
右、右、右、と、フォアハンドのストロークを続けていく。だんだん、まっすぐ飛ぶのが続いてきた。気持ちいい。これがテニスか。テニス、最高じゃん。
次、バックハンド、って言われた。
逆側に来たボールを、両手でラケットを握って打つ、っていうやつだ。教わったとおりに、構えた。
……ん?
待って。
逆側に来たんだったら、逆の手で打てばよくない?
いや、だってさ、右に来たら右で打つんだから、左に来たら左で打てばいいじゃん。両手でクロスして打つって、なんか窮屈じゃない? 野球じゃないんだから。
んー、でも教わった通りやれって言われたしな。一応、両手で打ってみた。
……うん、やっぱり窮屈。なんでわざわざこんな打ち方すんの?
もう一球、バック側に飛んできた。
俺は、考えるより先に、左手にラケットを持ち替えていた。
ステップ踏んで、構えて、振り抜く。
パコーン。
お。この音だ。
うん、こっちのほうが絶対楽じゃん。なんでみんなあの両手のやつ使うんだ? めんどくさくない?
球出しの子が、なんかぽかんとした顔で俺を見てたけど、すぐに「もう一球いく?」って続けてくれた。やった。続けよう。
右に来たら右で打つ。左に来たら左で打つ。
パコーン。パコーン。パコーン。
たのしー。
なにこれ、テニス、めっちゃ俺に向いてるかも。
ぜんぶ気持ちよく前に飛ぶ。さっきまで「窮屈」だったのが嘘みたいに、身体が勝手に動く。来た球の場所に手が伸びて、振って、飛んでく。ただそれだけ。
球出しの子がだんだん青い顔になってきた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
*
気づいたら、球がなくなっていた。
あれ、もうおわり? もうちょっとやりたかったな。
ふと、バックネットの後ろを見たら、藤崎さんが立ってこっちを見ていた。なんか難しい顔してる。怒ってる? 俺、なんかやらかしたかな。
いや、でも、めっちゃ楽しかったし、これはもう、伝えとくしかないだろ。
「藤崎っ、テニスめっちゃおもしろいなっ」
言ってから気づいた。あ、いま呼び捨てしちゃった。
まあ、いっか。
【作者あとがき】
はじめまして、二刀といいます。
まずは、二話までお付き合いいただきありがとうございました。
利士くんはテニス初心者ですが、ちょっと人にはないものを持っている男の子です。 基本、利士君視点がほとんどですが、藤崎さん視点もちょくちょく入れていきます。
利士君はちょっと頭軽そう?な感じですが、テニスを通じて徐々に物事をしっかり考えるようになります。そういった変化も楽しんでいただけたらと思います。
もし不都合でなければ、応援・評価の程、よろしくお願いします。それでは引き続きよろしくお願いします。