両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた 作:二刀
『――なにぃ!? 明日! 藤崎さんとデートだと!?』
金曜日の夜。スマホの向こうで、隼人がすっとんきょうな声を上げた。
「いやデートじゃないって。一緒にラケットを見に行くだけだ」
『ラケットを……二人で……それは……デートに、なるのでは?』
「ならねえよ」
『くっ……俺が、まだバスケ部に入ったばっかだってのに。お前は、もう! そこまで進んだっていうのか……悔しいぃーー!』
……はは。面白いやつだ。
隼人のやつ、結局バスケ部に入ったらしい。
なんでも部員が足りてなかったところに飛び込んで、救世主扱いされてるんだとか。
本人は「モテるために入った」とか言ってたけど、なんだかんだ楽しそうだ。
よかったな、隼人。
『で、なんで? なんでそんな話になったんだよ?』
「あー、それはな」
俺は今日の部活のことを思い出しながら話した。
*
話は今日の放課後に遡る。
いつものようにストロークの練習をしていたそのとき。
ブツッ。
妙な手応えと間の抜けた音がして、ボールがあらぬ方向に飛んでいった。
……あれ?
見るとラケットの――網の部分――ガットが一本、ぷつんと切れていた。
「あ、ガット切れたわね」
藤崎がすぐに気づいた。
「これ部の備品でしょう。だいぶ使い込まれてるからそろそろ寿命かもね」
そうなのか。
俺が使ってるラケットは入部したとき借りた部の備品だ。
そういや自前のラケットなんて持ってないな。
「ねえ千両君。そろそろ――あなた専用のラケットを揃えたほうがいいと思うの」
「専用の……でも俺ラケットのことよく知らんし」
ラケットなんてどれも同じに見える。
ガットが張ってあって、振って当たれば、どれでもいいんじゃないの? くらいの認識だ。
それを伝えたら、
「なんてこと……、私ともあろうものがラケットの重要さを伝え忘れていただなんて。不覚だわ。だから一緒に見に行きましょう。私が選ぶの手伝うから」
……というわけで。
明日の土曜日、藤崎と二人で市街のスポーツショップにラケットを買いに行くことになった。
——それだけの話だ。デートでもなんでもない。
*
――で翌日。
「おお……すげえ」
スポーツショップのラケットコーナー。
壁一面にずらりと並んだラケットを見て、俺は思わず声を上げた。
色とりどりで、形も微妙に違って、いろんなメーカーのやつが、何十本も並んでる。
こ……こんなにあるのか。
しかもどれもかっこいい。ちょっと興奮してきた。
「落ち着きなさい。子どもみたいよ」
藤崎が隣で呆れたように言った。
今日の藤崎は制服じゃなくて私服だ。
黒髪をいつもより少し緩く流して、白のTシャツ、茶色のジャケット、黒のパンツ。
シンプルだけど、赤いキャップが目立っててなかなかおしゃれ。
……なんかいつもと違って見えてちょっと目のやり場に困る。
「いい? ラケット選びは適当に見た目で選んじゃダメなの」
藤崎は一本手に取って、説明を始めた。
「ラケットには、フレームの硬さ、重さ、バランス、面の大きさ……いろんな要素があるの。それぞれで打ち心地も、性能も、全然変わるわ」
「へえ……考えたことがなかった、奥が深いな」
「あなたの場合はね――」
藤崎は続けた。
「スイートスポット……ボールがよく飛ぶ、面の中心の範囲ね。それが広めで、少し重めのラケットがいいと思う。標準は95~105平方インチだけど、それ以上がいいと思う。重さは軽い方が降りやすいんだけど、最近千両君は力がついてきたから、あえて重いのを選ぶのもありかも。スイングスピードが乗ったとき、ボールに伝わる力が増すの。それに相手の重い球にも、当たり負けしにくくなる。あなたは、両手フォアで、しっかり振り切れるから、多少重くても扱えるはずよ」
……すらすら出てくるな。
「あとあなたのトップスピンは、まだまだ発展途上だから回転をかけやすい、ガットのパターンがいい。それとフレームの重心は……」
藤崎はまるで自分のことみたいに、俺に合うラケットの条件を並べていってくれた。
俺のクセも、長所も、課題も、全部分かってくれていた。
……なんか、すごいな。
「藤崎ってさ」
俺は、つい、笑ってしまった。
「俺以上に、俺のこと、知ってるよな」
その瞬間。
藤崎が、ぴたっと、言葉を止めた。
「……あ」
みるみる、藤崎の頬が、赤くなっていく。
「……ご、ごめんなさい。私、つい、出しゃばって……。気持ち悪い、わよね。人のこと、勝手に、こんなに分析して……」
あれ。なんか、シュンとしちゃった。
「いや、いや! 全然!」
俺は慌てて首を振った。
「むしろ、そっちのほうが、いいよ。すげえ助かるし。藤崎が、俺のこと、そんなに分かってくれてるの……なんか、良い感じ。心強いっていうか」
言ってからちょっと恥ずかしくなった。
でも藤崎は、うつむいたまま、小さく、
「……そう。なら、いいけど」
と言って、ちょっとだけ、口元を緩めた。耳が、まだ、赤い。
……なんだろう。
藤崎のこういう顔。コートでクールに指示を出してるときとは全然違うな。
なんか不意打ちで見ると調子が狂う。
*
その後も藤崎は何本か候補を選んでくれた。
実際に握ってみて、軽く素振りして感触を確かめる。
「ふふ、実はね」
ラケットを振る俺を見ながら、懐かしい頃を、思い出を話すように言った。
「私もね、初めてラケットショップに来た時、とても楽しかったことを覚えてる」
「私のお父さんがね、テニスの選手だったの。だから私もお父さんのようになりたくて、テニスを始めたいっていう私をここに連れてきてくれた」
「でもね、たくさんラケットがありすぎて迷っちゃったの」
「困ってる私に、お父さんが一生懸命ラケットを選んでくれた。それがとても嬉しくて……初めて買ってくれたラケットは今も宝物で大切な思い出なの」
「……」
「だから千両君が今日選ぶラケットも——、大切な思い出になればいいなって思う」
「……」
——俺は藤崎の泣きそうになるような、そんな笑顔から……目が離せなかった。
*
結局BYONEXというメーカーのラケットを購入し受けとった。そのとき、
ちりーん。
店の入り口の、ベルが鳴った。
「ごめんくださいませ。ガットの張り替えを、お願いできるかしら」
新しいお客さんが入ってきたらしい。若い、女の人の声だ。
別に俺は気にも留めていなかった。
はやく新しいラケットで練習したい気持ちでいっぱいだったから。
でも、
隣にいた藤崎がその声にふと顔を上げて――。
「……あら? 藤崎さん?」
その人が藤崎を見て目を丸くした。
「ん……?」
楽しそうにしていた藤崎の顔から、すっと表情が消えていた。