両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀

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第24球 思い出

 

『――なにぃ!? 明日! 藤崎さんとデートだと!?』

 

 金曜日の夜。スマホの向こうで、隼人がすっとんきょうな声を上げた。

 

「いやデートじゃないって。一緒にラケットを見に行くだけだ」

 

『ラケットを……二人で……それは……デートに、なるのでは?』

 

「ならねえよ」

 

『くっ……俺が、まだバスケ部に入ったばっかだってのに。お前は、もう! そこまで進んだっていうのか……悔しいぃーー!』

 

 ……はは。面白いやつだ。

 

 隼人のやつ、結局バスケ部に入ったらしい。

 なんでも部員が足りてなかったところに飛び込んで、救世主扱いされてるんだとか。

 本人は「モテるために入った」とか言ってたけど、なんだかんだ楽しそうだ。

 よかったな、隼人。

 

『で、なんで? なんでそんな話になったんだよ?』

 

「あー、それはな」

 

 俺は今日の部活のことを思い出しながら話した。

 

 *

 

 話は今日の放課後に遡る。

 

 いつものようにストロークの練習をしていたそのとき。

 ブツッ。

 妙な手応えと間の抜けた音がして、ボールがあらぬ方向に飛んでいった。

 

 ……あれ?

 見るとラケットの――網の部分――ガットが一本、ぷつんと切れていた。

 

「あ、ガット切れたわね」

 

 藤崎がすぐに気づいた。

 

「これ部の備品でしょう。だいぶ使い込まれてるからそろそろ寿命かもね」

 

 そうなのか。

 俺が使ってるラケットは入部したとき借りた部の備品だ。

 そういや自前のラケットなんて持ってないな。

 

「ねえ千両君。そろそろ――あなた専用のラケットを揃えたほうがいいと思うの」

 

「専用の……でも俺ラケットのことよく知らんし」

 

 ラケットなんてどれも同じに見える。

 ガットが張ってあって、振って当たれば、どれでもいいんじゃないの? くらいの認識だ。

 それを伝えたら、

 

「なんてこと……、私ともあろうものがラケットの重要さを伝え忘れていただなんて。不覚だわ。だから一緒に見に行きましょう。私が選ぶの手伝うから」

 

 ……というわけで。

 明日の土曜日、藤崎と二人で市街のスポーツショップにラケットを買いに行くことになった。

 ——それだけの話だ。デートでもなんでもない。

 

 *

 

 ――で翌日。

 

「おお……すげえ」

 

 スポーツショップのラケットコーナー。

 壁一面にずらりと並んだラケットを見て、俺は思わず声を上げた。

 色とりどりで、形も微妙に違って、いろんなメーカーのやつが、何十本も並んでる。

 

 こ……こんなにあるのか。

 しかもどれもかっこいい。ちょっと興奮してきた。

 

「落ち着きなさい。子どもみたいよ」

 

 藤崎が隣で呆れたように言った。

 今日の藤崎は制服じゃなくて私服だ。

 黒髪をいつもより少し緩く流して、白のTシャツ、茶色のジャケット、黒のパンツ。

 シンプルだけど、赤いキャップが目立っててなかなかおしゃれ。

 

 ……なんかいつもと違って見えてちょっと目のやり場に困る。

 

「いい? ラケット選びは適当に見た目で選んじゃダメなの」

 

 藤崎は一本手に取って、説明を始めた。

 

「ラケットには、フレームの硬さ、重さ、バランス、面の大きさ……いろんな要素があるの。それぞれで打ち心地も、性能も、全然変わるわ」

 

「へえ……考えたことがなかった、奥が深いな」

 

「あなたの場合はね――」

 

 藤崎は続けた。

 

「スイートスポット……ボールがよく飛ぶ、面の中心の範囲ね。それが広めで、少し重めのラケットがいいと思う。標準は95~105平方インチだけど、それ以上がいいと思う。重さは軽い方が降りやすいんだけど、最近千両君は力がついてきたから、あえて重いのを選ぶのもありかも。スイングスピードが乗ったとき、ボールに伝わる力が増すの。それに相手の重い球にも、当たり負けしにくくなる。あなたは、両手フォアで、しっかり振り切れるから、多少重くても扱えるはずよ」

 

 ……すらすら出てくるな。

 

「あとあなたのトップスピンは、まだまだ発展途上だから回転をかけやすい、ガットのパターンがいい。それとフレームの重心は……」

 

 藤崎はまるで自分のことみたいに、俺に合うラケットの条件を並べていってくれた。

 俺のクセも、長所も、課題も、全部分かってくれていた。

 

 ……なんか、すごいな。

 

「藤崎ってさ」

 

 俺は、つい、笑ってしまった。

 

「俺以上に、俺のこと、知ってるよな」

 

 その瞬間。

 

 藤崎が、ぴたっと、言葉を止めた。

 

「……あ」

 

 みるみる、藤崎の頬が、赤くなっていく。

 

「……ご、ごめんなさい。私、つい、出しゃばって……。気持ち悪い、わよね。人のこと、勝手に、こんなに分析して……」

 

 あれ。なんか、シュンとしちゃった。

 

「いや、いや! 全然!」

 

 俺は慌てて首を振った。

 

「むしろ、そっちのほうが、いいよ。すげえ助かるし。藤崎が、俺のこと、そんなに分かってくれてるの……なんか、良い感じ。心強いっていうか」

 

 言ってからちょっと恥ずかしくなった。

 

 でも藤崎は、うつむいたまま、小さく、

 

「……そう。なら、いいけど」

 

 と言って、ちょっとだけ、口元を緩めた。耳が、まだ、赤い。

 

 ……なんだろう。

 

 藤崎のこういう顔。コートでクールに指示を出してるときとは全然違うな。

 なんか不意打ちで見ると調子が狂う。

 

 *

 

 その後も藤崎は何本か候補を選んでくれた。

 実際に握ってみて、軽く素振りして感触を確かめる。

 

「ふふ、実はね」

 

 ラケットを振る俺を見ながら、懐かしい頃を、思い出を話すように言った。

 

「私もね、初めてラケットショップに来た時、とても楽しかったことを覚えてる」

 

「私のお父さんがね、テニスの選手だったの。だから私もお父さんのようになりたくて、テニスを始めたいっていう私をここに連れてきてくれた」

 

「でもね、たくさんラケットがありすぎて迷っちゃったの」

 

「困ってる私に、お父さんが一生懸命ラケットを選んでくれた。それがとても嬉しくて……初めて買ってくれたラケットは今も宝物で大切な思い出なの」

 

「……」

 

「だから千両君が今日選ぶラケットも——、大切な思い出になればいいなって思う」

 

「……」

 

 ——俺は藤崎の泣きそうになるような、そんな笑顔から……目が離せなかった。

 

 *

 

 結局BYONEXというメーカーのラケットを購入し受けとった。そのとき、

 

 ちりーん。

 

 店の入り口の、ベルが鳴った。

 

「ごめんくださいませ。ガットの張り替えを、お願いできるかしら」

 

 新しいお客さんが入ってきたらしい。若い、女の人の声だ。

 別に俺は気にも留めていなかった。

 はやく新しいラケットで練習したい気持ちでいっぱいだったから。

 

 でも、

 隣にいた藤崎がその声にふと顔を上げて――。

 

「……あら? 藤崎さん?」

 

 その人が藤崎を見て目を丸くした。

 

「ん……?」

 

 楽しそうにしていた藤崎の顔から、すっと表情が消えていた。

 

 

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