両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀

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第27話

 

「……あら? 藤崎さん?」

 

 その声に藤崎が顔を上げた。

 

「お久しぶりですね。ご機嫌、いかがでしょうか?」

 

「……貴方院さん」

 

 藤崎がその名を口にした。

 俺は貴方院とよばれた声のほうを見た。

 

 金髪のロングヘア。

 緩く巻かれた艶のある髪。背筋がぴんと伸びた品のいい佇まい。

 一目でいいところのお嬢様って感じの女の人だった。歳は……、藤崎と同じくらいだろうか。

 

 その一歩後ろに男が一人いた。背が高い、百九十くらいあるんじゃないか。少しうつむき加減でこちらには目を向けず、貴方院って人の足元のあたりをじっと見ていた。

 何を考えてるのか表情が読めない。

 

「藤崎さん。まさかこんなところでお会いするとは思いませんでしたわ」

 

 貴方院って人は上品に微笑みながら続けた。

 

「何せあなたは膝の怪我で引退した身。こんなところにいらっしゃるということは、何か別のご用事でも?」

 

 ……引退。

 その言葉に俺はちょっと引っかかった。藤崎が引退? どういうことだ。

 

「あら、そちらの殿方は……ご学友かしら? テニスラケットをお持ちのところを察するに、購入の付き添い、といったところでしょうか。……まぁ、どちらでもよろしいですけど」

 

 なんだろう、この人。

 丁寧なのに、いちいち、ちくちく刺してくるような言い方をしてくる。

 

「ここで会ったのも何かの縁でしょうか。そうそう藤崎さん。わたくし、今年の全国ジュニアは出ないことにしましたの」

 

 貴方院は優雅に髪をかき上げた。

 

「あなたがいないとということ。つまりわたくしに比肩しうる相手は、もういないでしょう? 張り合いがなくて仕方ありませんの」

 

「それよりこちらのコーチ陣や、東堂と練習しているほうが、よっぽど有意義ですわ」

 

 ……。

 藤崎は何も言わない。まっすぐ貴方院を見ていた。

 いつものクールな表情に見えるけど、俺には藤崎の肩のあたりがほんの少しこわばっているように感じた。

 

「ですから東堂も今年はエントリーしていませんの。来年こそあのにっくき二ノ宮優斗を、うちの東堂が叩きのめす。そのための雌伏期間ですわ」

 

 ……二ノ宮優斗。

 

 ここでその名前がでたことで、後ろの東堂って男を思わず見る。こいつも二ノ宮君と戦っている。

 けれども東堂はやっぱりうつむいたまま、何も言わなかった。

 

「藤崎さん。あなたは……」

 

 貴方院が何か言いかけて、口をつぐんだ。

 

「……いえ。もう何を言ってもせんないことですわね」

 

 その一瞬貴方院の声から上品な棘がすっと消えた。

 なんだろう。本当に残念がってるみたいな感じだ。

 

 でもそれが藤崎には一番こたえてるように見えた。

 

 *

 

 ふと貴方院の視線が俺に向いた。

 

「わたくし、貴方院亜里沙(きほういんありさ)です。一応、同年代の全国ジュニアでは一番を頂いておりますの。そちらの殿方、お名前は?」

 

 ……ものすごく、かしこまった聞き方だ。

 

「は、はい。千両利士です」

 

「はい、よろしくどうぞ。東堂、ご存じ?」

 

「……いえ。伺ったことは、ございません」

 

 東堂が初めて口を開いた。

 低い静かな声だった。そしてその目が初めてこちらをむいた。

 

 ……ぞくっとした。

 なんだこの目、値踏みしているような、俺の全部を、一瞬でスキャンするみたいな。

 

「そう。藤崎さんがご一緒だから、何かあるのかと思いましたけれど。そうではなかったようですわね」

 

 貴方院は、興味を失ったようにそう言った。

 

「行きましょう、東堂。――それでは、藤崎さん。わたくし、少し用事がありますので。ごめんあそばせ」

 

 そう言って貴方院さんは、東堂を従えて店の奥へ消えていった。

 

「……行きましょう、千両君」

 

 藤崎が静かに言った。

 俺と藤崎は店をでた。

 

 *

 

 帰り道。

 河川敷を二人で歩いた。夕方の風が藤崎の黒髪を揺らしていた。

 藤崎は俺の少し前を歩いていた。

 

「千両君。……聞いた通りよ」

 

 前を向いたまま藤崎が口を開いた。

 

「私と、貴方院さんは昔ライバルだったの」

 

「……」

 

「ライバルって言っても。私は貴方院さんに一度も勝てなかったんだけどね」

 

 藤崎の声は淡々としていた。怒っても泣いてもいない。昔の光景をただなぞるように話す。

 

「だから勝つためにすっごく練習したの。あの人を超えたくて。誰よりもコートに立って、誰よりもボールを打った。……でもそのせいで膝を壊しちゃった」

 

 膝。さっき貴方院が言ってた怪我のことだ。

 

「最初は治ったのよ。手術して頑張ってリハビリして、それで一度は復帰したの。嬉しくて……でも」

 

 藤崎の歩みがほんの少し遅くなった。

 

「また同じところをやっちゃった。気を付けてたんだけどね、結構。お医者さんは二度目は……もう治らないって。選手としては、もう無理だって」

 

「……」

 

 俺は、何も、言えなかった。

 

「悔しかったなぁ」

 

 藤崎が空を見上げた。

 

「ずっと……一番を目指して頑張ってたから。貴方院さんにもがっかりさせちゃった。あと少し……だと思ってたのに。……でも」

 

 その声が少しだけ、震えた。

 

「それ以上に……テニスができなくなることが……、すごく悲しかった」

 

 藤崎が横を向いた。夕日が藤崎の横顔をオレンジに染めていた。

 俺の知ってるいつものクールな藤崎じゃなかった。

 テニスが、本当に、本当に、本当に。テニスが本当に好きだった、一人の女の子の、顔だった。

 

「千両君」

 

 藤崎が足を止めて振り返った。そしていつもの落ち着いた顔に戻って言った。

 

「怪我だけはしないように。頑張りましょう」

 

 ……。

 

 俺は何も言えなかった。

 

「ああ」だとか「がんばろう」だとかそんな簡単な言葉じゃ足りない、と思った。

「藤崎はすごいな」とか「悔しかったな」とか藤崎がそんな言葉を求めている、とは思わなかった。

 藤崎が抱えてきたものの重さの前で、俺の言葉なんて何の意味もないように思えて。

 

 俺が答えれるのはテニスだけだ。

 

 夕暮れの河川敷で、俺はぎゅっとラケットバッグの紐を握りしめた。

 

 




*貴方院亜里沙(きほういんありさ)
 身長168、髪は金髪、巻き毛のお嬢様カールスタイル。
 貴方院家の跡取り娘。徹底したお嬢様言葉をはなすガチお嬢。
 中学ジュニア時代からテニスのトップに立ち、女子テニス界では圧倒して連覇を続ける絶対王者。
 以外に筋力があり、得意なのは力で押し切るパワーテニスが持ち味。

*東堂修二(とうどうしゅうじ)
 身長192。髪は黒髪 オールバック
 貴方院亜里沙の寡黙な付き人。

 
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