両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀

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第26球 殺すか、殺されるか

 

 八月の上旬、俺は先輩たちの応援に来ていた。

 

 高校総体。

 いわゆる部活の全国大会だ。

 聖蹊学園テニス部は女子の強豪で、なっちゃん部長たちはその全国の舞台に立っていた。

 

 ちなみに俺は男子部員が一人だから団体戦には出られない。

 今日は純粋な応援だ。

 藤崎と市川さん、栗原さんと並んで観客席から声を張って部長たちに声援を送る。

 

「むぎ先輩ファイトっす~」

 

「かぐら先輩ー! いっぽん、いっぽん!」

 

「くぅ~! うちも、いつか、あの舞台に立ちたいっす!」

 

 栗原さんは前回藤ヶ谷オープンジュニアに出てたが、総体にも出たいとのこと。

 来年のレギュラーを目指して毎日を練習を頑張っている。

 

 *

 

 まずは団体戦だった。

 実はかぐら先輩とむぎ先輩のダブルスが、団体戦のレギュラーを勝ち取ってコートに立っていた。

 

 藤崎が隣で解説してくれている。

 実は俺はダブルスの試合を見るのは初めてだった。

 

「よく見ておきなさい。あの二人のダブルス、教科書みたいに、綺麗だから」

 

 言われてコートに立つ二人の先輩を見る。

 

「知ってるとは思うけどテニスのダブルスは、シングルスのコートより広いの。ペアである2人の選手が協力して、陣形を変えながらラリーを行う。そしてシングルスと一番異なるのは前衛と後衛に分かれていること」

 

 確かに二人はコートの前後に立っている。

 

「これはダブルスでは最も基本的な雁行陣と呼ばれるフォーメーション、これは前衛がネットにつきながらボレーを狙う。これをポーチボレーと言うわ」

 

 このダブルスでの点取り役はむぎ先輩だ。

 普段は声が小さくておっとりした人だが、それがコートではまるで別の生き物に素早い動きでネットプレーをする。

 

「むぎ先輩、相手のラケットの面とフォームを見てコースを読んでるの。だからあんなに早く動ける」

 

 藤崎の解説になるほど、と思う。

 ちょうど実際に相手が打つコースを見極めて、少しでも甘い球がくると相手の前衛のストロークに割り込んで叩き落していた。

 俺が普段先輩に教わってるやつだが、本番で見るとこんなに容赦がないのか。

 

 そしてかぐら先輩。

 ズパァン、と高い打点からストロークが相手コートを抉る。

 先輩の十八番はジャンプショットだ。一発で相手の体勢を崩して甘いボールを誘い出す。

 普段の球出しでも怖いのに、試合だと三割増しくらいに見える。

 

「かぐら先輩ー! ナイショットーー!」

 

「かぐら先輩が強打で相手を押し込んで、むぎ先輩がネットで仕留める。役割がはっきり分かれてるでしょう。これがダブルスの理想形よ」

 

 二人の呼吸がぴたりと合っている。

 ダブルスではそれぞれの立ち位置を把握しながら、相手の打つボールに臨機応変に対応しなくてはいけない。

 

 ストロークで崩して、ボレーで仕留める。

 たまにボレーで崩して、ストロークで前衛の脇を抜いて仕留める。

 流れは単純だが、戦いのバリエーションが多く戦術的な組み立てが大事なのだと感じた。

 

 団体戦の結果は惜しくもベスト4。全国の壁は厚かった。

 それでも二人は最後の一球まで攻め続けていた。

 

 *

 

 そして個人戦。なっちゃん部長が決勝まで勝ち上がっていた。

 俺は息を詰めてその試合を見ていた。

 

 正直に言う、……知らない人だと思った。

 コートのなっちゃん部長は、俺の知ってるなっちゃん部長じゃなかった。

 

 普段の部長は打ち合いの最中でも、こっちに軽口を飛ばしてくるような人だ。

 「千両君、いまのストロークいいわね」と、にかっと笑う。

 それが今は一言も発しない。ただ相手だけを見据えていた。

 

 テニスのシングルスは、ネットを挟んで行われる「1対1の心理戦」と呼ばれている。

 自分の技術と体力のすべてを駆使するため、精神面、頭脳面、技術面と様々な要素が凝縮された戦いだ。

 

 俺は部長の一球一球に目が離せなかった。サーブ、ストローク、ボレー、そのすべての配球がまるで相手からポイントを奪うための戦略の塊のようだった。

 部長がこの試合に全力を懸けていることがわかった。

 ラリーが続くほど、周りの観客が静かになり、コートの上の二人の声を打球音がだけが響いていた。

 

 なっちゃん部長の武器は強力無比なトップスピンストロークだ。打球がコートの奥に刺さるたびに、相手がじりじりと後退する。

 攻めて、攻めて、攻めて、相手の心を削っていく。

 

 相手もさることながら少しでも部長のショットが弱まればすぐにカウンターを狙ってくる。

 

 俺は自分の手のひらが汗ばんでいるのに気づいた。

 プレーしてるわけでもないのに。観客席にいるだけの俺まで、巻き込むような気迫だった。

 

 最後の一球。部長のストロークが、ダウンザラインに突き刺さって、相手が膝をついた。

 

「やったーーーー!」

「わぁぁぁぁーーーッッ」

「部長おめでとーーー!」

「日本一だーーーーーッッ」

 

 全国総体、個人戦、優勝。

 

 歓声が割れた。部長が、握った拳を、空へ突き上げる。その瞬間だけ、いつもの部長の顔に、戻っていた。

 

 *

 

 試合の後。汗だくの部長がこっちへ戻ってきた。

 

「どうだった、千両君。私の試合」

 

 もういつものにかっとした顔だ。

 

「……すごかったです。なんか、コートにいた部長、知らない人みたいで」

 

「ふふ。そりゃそうよ」

 

 部長はタオルで汗を拭きながらこともなげに言った。

 

「これは私の持論だけどね。テニスはね、相手を殺すか、殺されるか。それくらいの気持ちでやらないと、この舞台じゃ勝てないの」

 

 物騒な言葉なのに部長が言うと、妙な説得力があった。

 

「決勝まで来る子はみんな本気なんだよ。ほとんどがプロを目指してる。お互い、自分の将来を懸けてるのよ。だから楽しいだけじゃ足りない。自分の人生をのせてプレーしている」

 

 殺すか、殺されるか。

 

 その言葉は思ったより深く、俺の中に沈んでいった。

 俺は今までテニスが楽しかった。

 打つのが気持ちよくて、強くなるのが嬉しくて、それで十分だった。自分が上達することで頭がいっぱいだった。

 

 でも部長の見ている景色はもっと先にある。

 

「俺……まだそこまでの覚悟ないかもしれません」

 

 思ったことがそのまま口から出た。

 

「いいのよ、今は」

 

 部長はあっさり笑った。

 

「でもね、本気でてっぺんを狙うならいつか必要になるわ。楽しむことと、勝ちにいくこと。その二つが一つになったとき、キミは強くなる」

 

 *

 

 ふと隣の藤崎を見た。

 

 藤崎は優勝した部長を見て笑っていた。

 穏やかで、本当に嬉しそうな笑顔だった。先輩の晴れ舞台を心から祝っているように見える。

 

 でも俺は——、

 その笑顔を、額面通りには、受け取れなかった。

 

 藤崎だって本当ならこっち側の人だ。

 怪我さえなければ今ごろコートで優勝の拳を突き上げていたかもしれない。

 あの河川敷で夕日に染まった横顔を見てしまった俺には、この笑顔の奥に別のものが透けて見える気がした。

 

 ——悔しくないわけがない。

 ——立ちたかった場所のはずだ。

 

 スポーツショップの翌日も藤崎はいつも通りだった。貴方院さんに会った事実がまるでなかったかのように淡々とデータの話をしていた。

 もう自分の中で答えを出しているのかもしれない。

 

 簡単なことじゃ……、ないはずなのに。

 ……強い人だなと思った。

 

 *

 

 大会の帰り道——。

 先輩たちの戦いがまだ目の奥に残っていた。

 

 むぎ先輩の読みの速さ。

 かぐら先輩の容赦ない強打。

 なっちゃん部長の全部を懸けた決勝。

 

 みんなそれぞれのやり方で、限界まで戦っていた。

 観客席の俺たちも、声が枯れるまで応援した。

 

『お互い、自分の将来を懸けてるのよ。だから楽しいだけじゃ足りない。自分の人生をのせてプレーしている』

 

 部長の言葉が、まだ胸の中で、熱を持っていた。

 

 *

 

 家に帰ってタブレットを開く。

 今日は試合をしていない。けれど藤崎の解説付きでトップレベルの試合をたっぷり浴びた。これも立派な栄養だ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

総合評価(抜粋)

 サーブ    C- ←D+

 フォア    C- ←D+

 バック    C- ←D+

 フットワーク C+←C

 ネットプレー D+←D

サーブ成功率

 1ST 81%←78%

 2ND 64%←61%

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ついに総合がほぼオールCになった。ネットプレーもD+まで来た。

 藤ヶ谷オープンのときはほぼGだった。

 あれから二か月とちょっとだけど、部活とクラブで効率的に練習できたおかげだ。数字は正直だ、俺はかなり前に進んでいる実感を感じていた。

 

 相模テニストーナメントまであと二週間。

 絶対に勝つ。

 

 

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