両利きだけど、それって武器になるの? ~気づいたら俺、テニスでプロを目指してた~ 作:二刀
翌日の放課後。
俺は、またテニス部のコートに行くことを考えていた。
いや、行くしかないだろ。あんなに楽しかったんだから。寝る前も今日の授業中も、ずっと頭の中であのパコーンって音が鳴ってた。古文の先生がなんか喋ってる横で、俺は脳内で素振りしてたわ。完全にダメな生徒だ、すまん先生。
「藤崎さん、今日も行こうぜ、テニス」
藤崎さんがコートに行く準備をしてたので声をかけた。顔を上げてこっちを見てるけど、なんか言いたそうな顔だ。どうした。
「……今日も来るんだ」
「行くに決まってんでしょ。あんなおもしれぇもん、一回でやめれるわけないって」
「……そう」
なんか思ってたよりリアクションが薄い。昨日もこんな感じだったかな。まあいいや。藤崎さん、口数少ないタイプなんだろう。それはそれで楽だ。
ちなみに、昨日つい「藤崎」って呼び捨てにしたのは無かったことになってる。本人は何も言ってこないってことは、許されたってことでいいよな。たぶんだけど。
*
コートに着いた。うん、やっぱりきれいだ、ここの設備。
昨日と同じく、二年の先輩が「あら千両君、来てくれたの!」と歓迎してくれた。ふふ、男子部員、まだまだ歓迎ムードらしい。よかった、追い返されないかってちょっと心配だったんだ。
一方で。
昨日の一年の子たち、なんか俺と目を合わせない。あれ?
昨日まではあんなに「私が球出ししたい!」って言ってた子たちなんだけど……、今日は「あ、千両君、こんにちは……」って。
なんていうか――、丁寧。丁寧なんだけど、距離がある。壁がある。
球出ししてくれた子なんて、こっち見るなり「あ――、今日、私、別メニューなので……」って、すっと離れていった。
……あれ?
「俺、なんかやらかしたか? 藤崎さん、わかる?」
そばにいた藤崎さんの方を振り返って聞いてみた。
「……」
「藤崎さん?」
「自覚がないって、けっこう罪深いと思うわ」
「えっ何が、どゆこと?」
藤崎さんはため息をついて、それ以上何も言わなかった。
なんなんだ。みんなしてなんなんだ。俺、昨日めっちゃ普通にテニスしてただけだぞ。楽しかっただけだぞ。あれか? 図々しかったのか? 体験入部ってあんな感じだろ。
――まあいいか。打てればなんでもいいし。
藤崎さんは着替えていない。テニス部なのになんでだろ。とりあえず、だれか練習つきあってくれないかな――と考えてたら、後ろから誰かが声をかけてきた。
「君が昨日の千両君?」
立ってたのは、背の高い女の人だった。
いや、女の人っていうか、たぶん先輩。ジャージのデザインがうちのテニス部のやつだ。ポニーテールで、目がやたら大きくて、肌が日に焼けてて、なんか全身から「運動部の人」みたいなオーラが出ている。しかも、めっちゃ笑ってる。
「あ、なっちゃん部長。こんにちは」
「はい、こんにちは、真白ちゃん」
「千両君。聖蹊学園、テニス部部長の九条夏樹先輩よ」
「はい、こんにちは。九条夏樹です。みんなは気軽になっちゃん部長で呼んでくれてる。君もそう呼んでくれていいよ」
「あ、はい、千両利士です。よろしくお願いします」
「ちなみにうちの部で一番の実力者、全国ジュニアの出場経験もある」
「えっ――」
「いやーキミの噂は昨日のうちに聞いてさ」
うわ、すっと寄ってきた。動き出しが読めなかったぞ。しかも距離感めっちゃ近い。一歩でこっちの間合いに入ってきた。
「――両手フォアで打ち分ける一年生がいるって。一年生の子たちが半泣きで報告してきたんだよね、『化け物みたいな人が入ってきました』って」
――化け物。
いやいやいや、なんじゃそれ。
「あの……俺、化け物っすか? もしかして俺の想像以上に怖がられている?」
「いや、私はそうは思ってないよ。でもちょっと、いやかなり、面白いやつだなとは思ってる」
部長、なっちゃん部長は、にやっと笑った。
うっ。なんていうか、すごく、こう、好戦的な笑い方だった。まるで肉食動物が獲物を見つけた時みたいな。試合の野球部の先輩がよくこういう顔してた。「今日勝つぞ」っていう挑戦的な顔。
「千両君さ、テニス昨日始めたんだよね?」
「はい」
「両利き?」
「はい」
「で、バックハンドが嫌だから持ち替えて左手のフォアで打ったんだよね?」
「……そんな感じです」
「うん。意味分かんないね」
ニコッと笑顔のまま、めっちゃ酷いこと言われてない?
「あの、俺、変なことしました?」
「変なことしたっていうかね。普通の人はね、やらない、っていうかできないんだよ、それ」
「えっ、そうなんですか」
「うん」
「……あー、そっか、なんかすいません」
とりあえず謝った。なんで謝ってるのか自分でもよく分からんけど。
でもなんかあったな、そういうの前に。野球やってた時、バッターボックスを気分で変えてた。なんかわかるんだよね、どっちで打ったらいいか。
野球はタイミングさえ間違えなければ変えて全然よかったし。スイッチヒッターっていうんだって、そういうの。でもあんまりやらない事らしいから珍しいんだろうかな、やっぱり。
なっちゃん部長、ぜんぜん怒ってない。むしろ、なんか楽しそうだ。
「で、ちょっと聞きたいんだけどさ」
先輩は、自分のラケットを軽く握り直した。
「私と打ってみない?」
ん?
「えっ、いま?」
「いま。今すぐ」
「ちょっと、なっちゃん部長」
藤崎さんが止める。そりゃそうだ。俺、ゴリゴリのガチ初心者だよ。
「いや、俺、昨日始めたばっかですよ。先輩、全国出てる人ですよね? 無理っすよ」
「うん、無理だと思う。普通はね」
先輩はそう言って、にっと笑った。
「でもキミ、昨日からずっと『普通じゃない』ことをやってるじゃん。だからさ、一回ちゃんと見せてよ。その両手フォアハンド。興味あるんだ。私の球、返してみて」
……あれ。
なんだろう、これ。俺、たぶん今、試されてる。いや、もっと正確に言うと、こう――誘われてる。
「面白いやつ、ちょっとこっち来いよ」って、ぐいっと手を引っ張られてる感じで屋上連れてかれるやつだ。
でも心臓のあたりが、変にざわついてる。怖い、じゃない。なんだろう、これ。
……あ、分かった。
わくわくしてる。
俺、今、めちゃくちゃわくわくしてる。
昨日、球出しで一人で打ってたときも楽しかった。でも、それとはまた別の何かが、いま、ぐっと胸の真ん中に来てる。目の前に、自分よりずっと上手い人がいて、その人と「打ち合おう」って言われてる。
これ、こういう感じか。これが、テニスってやつの、もう一段奥にある楽しさってやつなのか。よく知らんけど。
「やります」
気づいたら、そう答えていた。
「お、即答」
「やらせてください、お願いします」
「よし、いいね。じゃあ、こっち入って」
なっちゃん先輩は、軽い足取りでコートの反対側に向かっていく。
俺もラケットを握り直した。手のひらが、ちょっと汗ばんでた。あれ、俺、緊張してんのか? 昨日は全然してなかったのに。
……。いやでもこれは、めっちゃ楽しみだ。高校入って、楽しいことあんまりなくて。ちょっとがっかりしてたのに。
ふと、視線を感じて横を見たら、藤崎がバックネットの裏で、こっちを見てた。昨日と同じ場所。昨日と同じ、ちょっと難しい顔をしてる。なんでそんな顔してんの。俺の心配してるのか? まぁないな。
よく分かんないけど、気分がノってきた。今日もいい音、出したい。
ネットの向こうで、なっちゃん部長が、ラケットを軽く構えた。
「いくよー、千両君」
来る。
俺はラケットを、右手で握り直した。
【作者あとがき】
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