両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた 作:二刀
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八月の半ば。うだるような暑さの中、俺は相模テニストーナメントの三回戦を迎えていた。
「千両君。今日は、よろしく」
そう言って、神宮寺君が握手を求めてきた。薄い茶髪のつんつんヘアーが、夏の日差しに揺れている。
「ああ。神宮寺君、よろしく」
「「お願いします」」
お互いの声がきれいに重なった。
*
話は二回戦の後、藤崎との話に遡る。
「次の相手は、神宮寺健君よ」
藤崎がタブレットの画面を見せながらそう言った。
「そうか……」
神宮寺君は、今やテニス仲間として一番の友と言っていいくらいの相手だ。
藤ヶ谷テニスガーデンで一緒に汗を流してきた。最近は二人でBコートに上がって、「もう少しでAコートだな」と励まし合っていた。
いつか二ノ宮彩斗さんたちのいるAコートで打ちたい。
そう言いながら二人でよく居残り練習をした。まだそんなに時間は経っていないはずなのに、もう懐かしく感じる。
そして——、だからこそ神宮寺君は俺の手の内を知り尽くしている。
俺の武器も、クセも、強みも。全部隣で見てきた相手だ。
言いようのない不安が頭をよぎった。
「大丈夫よ」
藤崎が、静かに言った。
「千両君は、本当によく練習してきた。それは、私が一番、よく分かってる。自分のパラメータは嘘をつかないわ。だから自分を信じなさい」
……ああそうだ。
俺は——、この二か月やれることを全部やってきた。その積み重ねは数字になってちゃんと残っている。
「ありがとう、藤崎。俺、頑張ってくるよ」
*
「三セットマッチ。神宮寺、サービスゲーム」
審判が試合開始をコールした。
神宮寺君のサーブから始まる。ボールを、トン、トン、と地面で弾ませて、打つタイミングを計っている。
俺は反対のコートでじっと構えた。相手がサーブを打つ、その瞬間を待つ。
「シッ」
パァン。
短く吐かれた息と一緒に、神宮寺君がファーストサーブを放った。
ややクロス気味の球に——、スライスがかかっている。滑るように俺から逃げてコートの外へ切れていく。
——でも俺は分かっていた。
神宮寺君は最初の一球に一番自信のあるサーブを持ってくる。それは何度も一緒に練習してきた俺が一番よく知っている。
サーブが打たれた瞬間、球筋からコースはおおよそ読めていた。そして、神宮寺君の次の動きも。
案の定——、神宮寺君はサーブと同時に前へ詰めてきた。ネットプレー。これが彼の得意の
リターンの打点に入りながら、横目でそれを確認する。俺はすぐに狙いを定めた。
足元だ——。
ネットに詰めた相手の、足元へ。ここに沈める球は処理が難しい。
反射神経、繊細なタッチ、手首の柔らかさ。いろんな要素を一瞬で要求される。フォームを崩せれば相手の返球は甘くなる。
俺は低く神宮寺君の足元へ、ボールを沈めた。
ポンッ。
ところが神宮寺君はそれを事もなげに処理した。多分、俺の思ったより早く前に詰めていた。
足元より良い位置で返球できたのだろう、打球は逆サイドへのドロップボレー。
しかもバックスピンがかかっている。ネットを越えた球は、コートに弾むとネットに戻るように止まった。
……取れない。物理的に追いつけない球だ。
「15-0(フィフティーン・ラブ)」
審判がコールする。
最初のポイントは神宮寺君が取った。
今の一ラリーで、お互いの
神宮寺君と目が合う。
「君の」「お前の」「「手札は、よく知ってるぞ」」
言葉にしなくても伝わってくる。これはそういう試合だ。
*
「俺さ、彩斗さんみたいなすごいネットプレーヤーになりたいんだ」
いつだったか、クラブの練習帰りに神宮寺君がそう言ったことがあった。
「へぇ。そうなんだ」
「……あんまり興味なさそうだな、千両君」
「いや分かる、分かるよ。彩斗さんのサーブ&ボレー、かっこいいもんな」
「だろ? まぁあの人のは才能と努力の塊だから。俺が真似したって、絶対同じにはなれないんだけどさ」
「同じになる必要はないんじゃあないか。人それぞれだろ」
「そうなんだけどな。あの人はどうしたって俺の憧れなんだよ」
……そんなたわいもない話を、二人でよくした。どんな選手になりたいとか、最近どんな漫画を読んだとか。神宮寺君に意外にも気になる子がいるとか。
懐かしい。けど今はコートを挟んで敵同士だ。
*
ポーン、ポーン。
「シッ!」
神宮寺君の、二球目のサービス。さっきと同じクロスへ滑る球。
今度も読んでいた。
俺はすぐに打点に入ってラケットを構えた。神宮寺君が、また、ネットへ詰めてくる。ダダッと走る足音が聞こえた。
俺はラケットを、下から上へこすり上げた。ボールの上っ面を思い切り叩く。
ザンッ。
パッシングショット。前に詰めてくる神宮寺君の一番遠いところ。
ストレートのライン際を狙った。トップスピンを過剰にかけて、無理やりコートにねじ込む。
このコース取りは、市川さんとさんざん反復練習して会得したものだ。もう体に染みついている。
「15-15(フィフティーン・オール)」
神宮寺君が悔しそうに、抜けていった球を目で追っていた。
彩斗さんほどのサーブの球威はない。それが分かっているからこそ、ストレートを抜きにいく、コントロールができる。本家じゃないからこそ、攻略できる。
……皮肉な話だ。
=== 神宮寺健 ===
くっそ——。強いなぁ、千両君。
最初の一ゲーム、なんとかキープはできた。でもすぐにサーブで取り返された。
今は、お互いのサービスゲームをキープし合って、ゲームカウントは<3-3>。
千両君はたぶん、もう俺の動きとリズムをつかんできてる。パッシングで抜かれることが増えてきた。
多分俺の動きが見えてきているのかもしれない。相手に合わせてくるのが、本当にうまい。
最近の千両君は、鬼気迫る感じで、練習してた。
七月の半ば、ラケットが変わったあたりから、一つ一つのボールへの目つきが変わった。
打点に入る速さ、ボールの深さの読み、コート全体を俯瞰するような視野。
とくに、最後の――視線というか、位置取り。次にどこに動くか。そこにすごく気を配るようになった。
千両君の武器は、両手フォアからのコートカバーリングだ。普通なら取れない球も、長いリーチで拾ってあらゆる角度から攻撃に変えてくる。
俺が持っていない才能の一つだろう。
……。
分かってる。
憧れの彩斗さんの真似じゃ、千両君には勝てない。
……いや。違うな。
千両君の「努力」には、勝てない、だ。
あいつは、千両君は自分の長所を活かすために、その周りの武器も、ひたすら研究してる。
眼を動かすトレーニング、スイングスピードを上げるトレーニング、あらゆる体勢で打つための体幹トレーニング。
話を聞いてるだけで、真っ青になるような、地獄みたいな生活を続けてるらしい。
まだテニスを始めて三か月。なのにあらゆることを、スポンジみたいに吸収し続けてる。
「才能」の一言で片付けるのは千両君に失礼だ。
でも――俺だって一人の友人として、簡単に負けるわけにはいかない。
彩斗さんファン、第一号としての意地を見せてやる。
=== 千両利士 ===
第一セットは、俺が取った。ゲームスコア<6-4>。
競り合いの末の一セットだった。神宮寺君は最後の一球まで食らいついてきた。
第二セット。
俺はもう神宮寺君の攻略法を組み立てていた。
ネットプレーは、前に出るぶん相手のストロークを取れないタイミングで、オープンコートに返せるのが強みだ。
これは彩斗さんのプレースタイルの奥義でもある。
でもそれは、彩斗さんの天性のボール感覚あってこそ。誰もがそれを実践できるわけじゃない。
ネットプレーには弱点がある。足元だ。
足元に強打すればボールは浮きやすい。とくにバウンドするか、しないか、ぎりぎりのところは判断に迷う。
浮いた球が返ってくれば、それは打ちごろの球だ。打点を高くしてパッシングで抜く。
いきなり脇を抜くんじゃない。一度足元に触らせて、甘くなったところを次で仕留める。
それに――神宮寺君は、フォアハンドのローボレーが、少し苦手だ。とくに右足に近い低い球。
ステップとフォームが崩れやすくて、返球が甘くなる。
……これはずっと一緒に練習してきた、俺だから分かることだ。
クロス側にきたサーブを左手フォアで足元へ沈める。第二セットも終盤になれば球威は下がりリターンのコントロールがしやすい。
神宮寺君の右足の前へ。
フォアか、バックか、一瞬の逡巡がボレーに影響する。わずかに浮いたその瞬間を、逃さない……!
スパァン。
パッシング。決まった。
「ゲーム<1-5>」
ゲームカウントは、もう<1-5>だ。だいぶ差がついた。
神宮寺君はそれでも、最後まで前へ出続けた。憧れのスタイルを貫いて。
*
さぁ、最後のゲームにしよう。ここで決める。
ゲーム<1-5>
カウントは
俺のファーストサーブ。今日の最速を狙う。
ボールを掌に置いてトス。膝を曲げてため
トップスピードに乗ったラケットヘッドは頂点に届いたボールに対し……
ズパァン!!
今日一番のファーストサーブが、相手のクロス側、ライン際に突き刺さった。
「……ッスッゲーーー!」
「見たかよ今のサーブ!」
「今日の大会で最速じゃね!」
「……ゲーム、セットアンドマッチ。ウォン・バイ・千両。<4-6、1-6>」
……勝った。
神宮寺君との、初めての公式戦。
*
ネット際で、二人握手を交わした。
「……強くなったなぁ、千両君。完敗だわ」
神宮寺君は悔しそうに、でもどこかすっきりした顔で笑った。
「いや。神宮寺君もめちゃくちゃ強かった。最初のドロップボレー、マジで取れなかったし」
「ふっ。あれくらい、決めさせてもらわないとな。彩斗さんファン第一号の意地だよ」
俺は笑った。神宮寺君も笑った。
負けても神宮寺君はこのテニスを貫いた。彩斗さんへの憧れをまっすぐに。それはすごくかっこよかった。
「なぁ千両君。次の相手もう分かってる?」
神宮寺君がふと真顔になった。
「いや、まだだけど」
「四回戦の相手、たぶん内田だぞ。地元じゃ結構有名なやつだ。……あいつ厄介だぞ」
内田。
神宮寺君との戦いは終わった。
でもトーナメントはまだ続く。次の相手はもう目の前にいる。
【作者あとがき】
前話(第27球)でもお知らせしました内容です。
諸事情により、今後の更新を毎日朝7:00ではなく
平日は夕方18:10、土日祝は20:10に行います。
作品詳細にも記載します。ご了承ください。
引き続きよろしくお願いします。