両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀

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※あとがきに更新時間についてのお知らせがあります。

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第28球 友との戦い

 

 八月の半ば。うだるような暑さの中、俺は相模テニストーナメントの三回戦を迎えていた。

 

「千両君。今日は、よろしく」

 

 そう言って、神宮寺君が握手を求めてきた。薄い茶髪のつんつんヘアーが、夏の日差しに揺れている。

 

「ああ。神宮寺君、よろしく」

 

「「お願いします」」

 

 お互いの声がきれいに重なった。

 

 

 *

 

 

 話は二回戦の後、藤崎との話に遡る。

 

「次の相手は、神宮寺健君よ」

 

 藤崎がタブレットの画面を見せながらそう言った。

 

「そうか……」

 

 神宮寺君は、今やテニス仲間として一番の友と言っていいくらいの相手だ。

 藤ヶ谷テニスガーデンで一緒に汗を流してきた。最近は二人でBコートに上がって、「もう少しでAコートだな」と励まし合っていた。

 

 いつか二ノ宮彩斗さんたちのいるAコートで打ちたい。

 そう言いながら二人でよく居残り練習をした。まだそんなに時間は経っていないはずなのに、もう懐かしく感じる。

 

 そして——、だからこそ神宮寺君は俺の手の内を知り尽くしている。

 

 俺の武器も、クセも、強みも。全部隣で見てきた相手だ。

 言いようのない不安が頭をよぎった。

 

「大丈夫よ」

 

 藤崎が、静かに言った。

 

「千両君は、本当によく練習してきた。それは、私が一番、よく分かってる。自分のパラメータは嘘をつかないわ。だから自分を信じなさい」

 

 ……ああそうだ。

 

 俺は——、この二か月やれることを全部やってきた。その積み重ねは数字になってちゃんと残っている。

 

「ありがとう、藤崎。俺、頑張ってくるよ」

 

 

 *

 

 

「三セットマッチ。神宮寺、サービスゲーム」

 

 審判が試合開始をコールした。

 

 神宮寺君のサーブから始まる。ボールを、トン、トン、と地面で弾ませて、打つタイミングを計っている。

 

 俺は反対のコートでじっと構えた。相手がサーブを打つ、その瞬間を待つ。

 

「シッ」

 

 パァン。

 

 短く吐かれた息と一緒に、神宮寺君がファーストサーブを放った。

 ややクロス気味の球に——、スライスがかかっている。滑るように俺から逃げてコートの外へ切れていく。

 

 ——でも俺は分かっていた。

 

 神宮寺君は最初の一球に一番自信のあるサーブを持ってくる。それは何度も一緒に練習してきた俺が一番よく知っている。

 

 サーブが打たれた瞬間、球筋からコースはおおよそ読めていた。そして、神宮寺君の次の動きも。

 

 案の定——、神宮寺君はサーブと同時に前へ詰めてきた。ネットプレー。これが彼の得意のかたち(プレー)だ。

 

 リターンの打点に入りながら、横目でそれを確認する。俺はすぐに狙いを定めた。

 

 足元だ——。

 

 ネットに詰めた相手の、足元へ。ここに沈める球は処理が難しい。

 反射神経、繊細なタッチ、手首の柔らかさ。いろんな要素を一瞬で要求される。フォームを崩せれば相手の返球は甘くなる。

 

 俺は低く神宮寺君の足元へ、ボールを沈めた。

 

 ポンッ。

 

 ところが神宮寺君はそれを事もなげに処理した。多分、俺の思ったより早く前に詰めていた。

 

 足元より良い位置で返球できたのだろう、打球は逆サイドへのドロップボレー。

 しかもバックスピンがかかっている。ネットを越えた球は、コートに弾むとネットに戻るように止まった。

 

 ……取れない。物理的に追いつけない球だ。

 

「15-0(フィフティーン・ラブ)」

 

 審判がコールする。

 

 最初のポイントは神宮寺君が取った。

 

 今の一ラリーで、お互いの手札(スタイル)を改めて確認したような気がした。

 

 神宮寺君と目が合う。

 

「君の」「お前の」「「手札は、よく知ってるぞ」」

 

 言葉にしなくても伝わってくる。これはそういう試合だ。

 

 

 *

 

 

「俺さ、彩斗さんみたいなすごいネットプレーヤーになりたいんだ」

 

 いつだったか、クラブの練習帰りに神宮寺君がそう言ったことがあった。

 

「へぇ。そうなんだ」

 

「……あんまり興味なさそうだな、千両君」

 

「いや分かる、分かるよ。彩斗さんのサーブ&ボレー、かっこいいもんな」

 

「だろ? まぁあの人のは才能と努力の塊だから。俺が真似したって、絶対同じにはなれないんだけどさ」

 

「同じになる必要はないんじゃあないか。人それぞれだろ」

 

「そうなんだけどな。あの人はどうしたって俺の憧れなんだよ」

 

 ……そんなたわいもない話を、二人でよくした。どんな選手になりたいとか、最近どんな漫画を読んだとか。神宮寺君に意外にも気になる子がいるとか。

 

 懐かしい。けど今はコートを挟んで敵同士だ。

 

 

 *

 

 

 ポーン、ポーン。

 

「シッ!」

 

 神宮寺君の、二球目のサービス。さっきと同じクロスへ滑る球。

 今度も読んでいた。

 

 俺はすぐに打点に入ってラケットを構えた。神宮寺君が、また、ネットへ詰めてくる。ダダッと走る足音が聞こえた。

 

 俺はラケットを、下から上へこすり上げた。ボールの上っ面を思い切り叩く。

 

 ザンッ。

 

 パッシングショット。前に詰めてくる神宮寺君の一番遠いところ。

 ストレートのライン際を狙った。トップスピンを過剰にかけて、無理やりコートにねじ込む。

 

 このコース取りは、市川さんとさんざん反復練習して会得したものだ。もう体に染みついている。

 

「15-15(フィフティーン・オール)」

 

 神宮寺君が悔しそうに、抜けていった球を目で追っていた。

 

 彩斗さんほどのサーブの球威はない。それが分かっているからこそ、ストレートを抜きにいく、コントロールができる。本家じゃないからこそ、攻略できる。

 

 ……皮肉な話だ。

 

 

=== 神宮寺健 ===

 

 くっそ——。強いなぁ、千両君。

 

 最初の一ゲーム、なんとかキープはできた。でもすぐにサーブで取り返された。

 

 今は、お互いのサービスゲームをキープし合って、ゲームカウントは<3-3>。

 

 千両君はたぶん、もう俺の動きとリズムをつかんできてる。パッシングで抜かれることが増えてきた。

 多分俺の動きが見えてきているのかもしれない。相手に合わせてくるのが、本当にうまい。

 

 最近の千両君は、鬼気迫る感じで、練習してた。

 

 七月の半ば、ラケットが変わったあたりから、一つ一つのボールへの目つきが変わった。

 打点に入る速さ、ボールの深さの読み、コート全体を俯瞰するような視野。

 

 とくに、最後の――視線というか、位置取り。次にどこに動くか。そこにすごく気を配るようになった。

 

 千両君の武器は、両手フォアからのコートカバーリングだ。普通なら取れない球も、長いリーチで拾ってあらゆる角度から攻撃に変えてくる。

 俺が持っていない才能の一つだろう。

 

 ……。

 

 分かってる。

 

 憧れの彩斗さんの真似じゃ、千両君には勝てない。

 

 ……いや。違うな。

 

 千両君の「努力」には、勝てない、だ。

 

 あいつは、千両君は自分の長所を活かすために、その周りの武器も、ひたすら研究してる。

 眼を動かすトレーニング、スイングスピードを上げるトレーニング、あらゆる体勢で打つための体幹トレーニング。

 

 話を聞いてるだけで、真っ青になるような、地獄みたいな生活を続けてるらしい。

 

 まだテニスを始めて三か月。なのにあらゆることを、スポンジみたいに吸収し続けてる。

 

 「才能」の一言で片付けるのは千両君に失礼だ。

 

 でも――俺だって一人の友人として、簡単に負けるわけにはいかない。

 

 彩斗さんファン、第一号としての意地を見せてやる。

 

 

=== 千両利士 ===

 

 第一セットは、俺が取った。ゲームスコア<6-4>。

 

 競り合いの末の一セットだった。神宮寺君は最後の一球まで食らいついてきた。

 

 第二セット。

 

 俺はもう神宮寺君の攻略法を組み立てていた。

 

 ネットプレーは、前に出るぶん相手のストロークを取れないタイミングで、オープンコートに返せるのが強みだ。

 これは彩斗さんのプレースタイルの奥義でもある。

 でもそれは、彩斗さんの天性のボール感覚あってこそ。誰もがそれを実践できるわけじゃない。

 

 ネットプレーには弱点がある。足元だ。

 

 足元に強打すればボールは浮きやすい。とくにバウンドするか、しないか、ぎりぎりのところは判断に迷う。

 浮いた球が返ってくれば、それは打ちごろの球だ。打点を高くしてパッシングで抜く。

 

 いきなり脇を抜くんじゃない。一度足元に触らせて、甘くなったところを次で仕留める。

 

 それに――神宮寺君は、フォアハンドのローボレーが、少し苦手だ。とくに右足に近い低い球。

 ステップとフォームが崩れやすくて、返球が甘くなる。

 

 ……これはずっと一緒に練習してきた、俺だから分かることだ。

 

 クロス側にきたサーブを左手フォアで足元へ沈める。第二セットも終盤になれば球威は下がりリターンのコントロールがしやすい。

 神宮寺君の右足の前へ。

 フォアか、バックか、一瞬の逡巡がボレーに影響する。わずかに浮いたその瞬間を、逃さない……!

 

 スパァン。

 

 パッシング。決まった。

 

「ゲーム<1-5>」

 

 ゲームカウントは、もう<1-5>だ。だいぶ差がついた。

 

 神宮寺君はそれでも、最後まで前へ出続けた。憧れのスタイルを貫いて。

 

 *

 

 さぁ、最後のゲームにしよう。ここで決める。

 

 ゲーム<1-5>

 カウントは<0-40>(ラブフォーティ)

 

 俺のファーストサーブ。今日の最速を狙う。

 

 ボールを掌に置いてトス。膝を曲げてため()()を作る。ラケットを背面に、円を描くようなスイングを描き、体全体を使って弓のようにしならせる。そして——、飛び上がるように膝のバネを解放する。

 トップスピードに乗ったラケットヘッドは頂点に届いたボールに対し……

 

 ズパァン!!

 

 今日一番のファーストサーブが、相手のクロス側、ライン際に突き刺さった。

 

「……ッスッゲーーー!」

「見たかよ今のサーブ!」

「今日の大会で最速じゃね!」

 

「……ゲーム、セットアンドマッチ。ウォン・バイ・千両。<4-6、1-6>」

 

 ……勝った。

 

 神宮寺君との、初めての公式戦。

 

 *

 

 ネット際で、二人握手を交わした。

 

「……強くなったなぁ、千両君。完敗だわ」

 

 神宮寺君は悔しそうに、でもどこかすっきりした顔で笑った。

 

「いや。神宮寺君もめちゃくちゃ強かった。最初のドロップボレー、マジで取れなかったし」

 

「ふっ。あれくらい、決めさせてもらわないとな。彩斗さんファン第一号の意地だよ」

 

 俺は笑った。神宮寺君も笑った。

 

 負けても神宮寺君はこのテニスを貫いた。彩斗さんへの憧れをまっすぐに。それはすごくかっこよかった。

 

「なぁ千両君。次の相手もう分かってる?」

 

 神宮寺君がふと真顔になった。

 

「いや、まだだけど」

 

「四回戦の相手、たぶん内田だぞ。地元じゃ結構有名なやつだ。……あいつ厄介だぞ」

 

 内田。

 

 神宮寺君との戦いは終わった。

 でもトーナメントはまだ続く。次の相手はもう目の前にいる。

 

 




【作者あとがき】
 前話(第27球)でもお知らせしました内容です。
 
 諸事情により、今後の更新を毎日朝7:00ではなく
 平日は夕方18:10、土日祝は20:10に行います。
 作品詳細にも記載します。ご了承ください。

 引き続きよろしくお願いします。

 
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