両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀

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第29球 作戦会議

 

 神宮寺君との試合を終えて、俺はベンチにどっと腰を下ろした。

 

 全身が汗まみれだ。三回戦を勝ったとはいえ、神宮寺君は最後まで食らいついてきた。

 ラリーの数で押され、脚の付け根から徐々に重くなっていった。簡単な試合ではなかった。

 

「お疲れさま。次の試合まで一時間あるわ」

 

 藤崎がスポーツドリンクを差し出した。

 

「まず水分。それから軽く何か食べておきなさい。足もちゃんと休めて。トーナメントは一日に何試合も戦う。体力の管理も勝つための戦略のうちよ」

 

 藤ヶ谷オープンジュニアのとき、俺は後半で体力が切れて足が止まった。あの反省を藤崎は覚えてくれている。だから休む時間まで管理してくれるのだ。

 

 俺はドリンクを一気に半分まで飲み干した。生き返る感覚だ。

 

 

 *

 

 

「それにしても」

 

 藤崎が隣に座ってぽつりと言った。

 

「藤ヶ谷オープンジュニアのときは、二回戦で完敗だったのにね。今日は三回戦も勝った。……千両君は本当に変わったわ」

 

「藤崎のおかげだよ」

 

 俺は素直にそう返した。

 

「データテニスで課題を一つずつ潰してくれた。練習メニューも全部藤崎が組んでくれた。俺一人じゃここまで来れてない」

 

 藤崎は少しだけ目を見開いて、それからふっと口元を緩めた。

 

「……まあ半分はあなたの努力よ。私は地図を描いただけ。歩いたのはあなた」

 

 照れ隠しみたいな言い方だった。けど、悪い気はしない。

 

 

 *

 

 

「お、千両君。ここにいたか」

 

 声のほうを見ると、神宮寺君がドリンク片手に歩いてきた。さっき、コートで戦ったばかりなのに、もういつもの顔に戻っている。

 

「神宮寺君。さっきは……」

 

「いいって。完敗だったんだ。それより」

 

 神宮寺君は俺の隣の藤崎に気づいて、ぺこりと頭を下げた。

 

「あ、初めまして。神宮寺健です。千両君とはクラブで一緒に練習してる仲で」

 

「藤崎真白です。千両君の……まあ参謀みたいなものよ」

 

「参謀! なるほど、千両君が急に強くなったの藤崎さんのおかげか」

 

 神宮寺君が納得したようにうなずいた。

 それから俺のほうを向いて、声を少し落とした。

 

「で、千両君。次の相手の話しに来たんだ。四回戦、やっぱり内田君と当たるぞ」

 

 内田。さっき神宮寺君が試合後に言っていた名前だ。

 

「内田海斗(うちだかいと)君。地元のクラブのエースで今日の大会でも結構な有名どころだ。あいつのテニスは……厄介だぞ。緩急が得意なスタイルで相手をおかしくさせる」

 

「緩急?」

 

「そう。速いトップスピンと、ゆっくり滑るスライスを交互に混ぜてくる。そうすると相手は自分のペースをつかめなくなる。気づいたら、自分のリズムを完全に崩されてる。そういうプレースタイルだ」

 

 これは……多分、チェンジオブペース。これまで当たったことのないタイプだ。

 藤ヶ谷オープンジュニアでは、二ノ宮優斗君のオールラウンダー、彩斗さんのサーブ&ボレー。何人かのタイプと戦ってきたけど「緩急で揺さぶるテニス」というのは初めてだ。

 

「あと、決勝まで行くと、たぶん源烈(みなもとれつ)って優勝候補がいる。けどまずは内田だ。あいつを倒さないと話にならない」

 

 源烈。優勝候補。頭の隅に置いておく。だが神宮寺君の言う通り、今は内田だ。

 

 

 *

 

 

「……ありがとう、神宮寺君。助かる」

 

 神宮寺君はにっと笑った。

 

「俺の分まで勝ち上がってくれよ。千両君ならできる。……っと邪魔したな。作戦練れよ」

 

 そう言って手を振って去っていった。

 

 負けたばかりなのに、俺の心配をして情報までくれる。神宮寺君はどこまでもいいやつだ。

 

 

 *

 

 

 俺は内田君のことを考え始めた。

 

 緩急でペースを崩してくる相手。速い球と遅い球を交互に打ってくる。相手はリズムをつかめなくなる。……だったら。

 

 俺が自分のリズムを崩されなければいいんじゃないか。

 相手のペースに合わせるんじゃなくて、俺が、俺のペースを押し通す。緩急に振り回されるんじゃなく、どんな球が来ても、俺の打ち方で返す。

 

 そのためには――相手を自分の土俵に乗らせないことが重要かもしれない。そのためには……回転かな? トップスピンを、しっかりかける。それもかなり攻撃的にだ。

 

 回転をかけた球は、相手のペースに関係なく、狙ったところに収まる。

 相手のどんな球でもしっかりこっちのプレーができる配球が、結局自分のペースを保つことができる、……かもしれない。

 

「藤崎」

 

 考えをまとめて、藤崎に声をかけた。

 

「内田君が緩急で崩してくるなら、俺は自分のリズムを守ればいいと思う。相手に合わせず、トップスピンをしっかりかけて、攻撃的なテニスで俺のペースで押し通す。……どうかな」

 

 藤崎がこっちを見た。少し驚いた顔をしている。

 

「……いい着眼点ね」

 

 藤崎がタブレットを開いた。

 

「自分で、そこまで考えられるようになったのね。正解よ、方向性は。緩急タイプの相手に振り回されたら、負け。自分のリズムを保つというのはその通り」

 

 藤崎の指が画面を滑る。

 

「ただ、もう一歩踏み込みましょう。あなたの仮説にデータを足すの」

 

 久しぶりの藤崎青空教室。勉強になる。

 

 

 *

 

 

「内田君の緩急というより、チェンジオブペースというのは使いように取ってはとても強力なプレーがスタイルよ。プロでも緩急を武器にするプレーヤーは多い。でも緩急で崩すタイプには共通の弱点があるの」

 

「弱点?」

 

「緩急は、相手を崩すための準備なの。崩して、甘くなったところを決める。つまり、緩急そのものは決定打じゃない。崩しの布石なのよ」

 

 なるほど、緩急で揺さぶって隙を作る。その隙を突いて決める。緩急は入り口に過ぎない、ということか。

 

「だからあなたが崩されなければいい。リズムを保って、緩急に動じなければ、内田君は決定打に持ち込めない。そうなれば、相手のほうが焦り始める」

 

 俺の「自分のリズムを守る」という考えに、藤崎が「なぜそれが効くのか」という理屈を足してくれた。

 

 緩急は相手の予測を外したりリズムを崩した入りすることが目的。野球でのストレートとチェンジアップのようなものだと思う。

 

 その心理的な揺さぶりをこちらのペースを保つことで布石を無効化すれば、相手は決定打を植えてない。

 

「具体的に説明しましょう。内田君が緩い球を打ってくるのは、あなたの足を止めるため、体勢を崩すため。。速い球の後に遅い球を混ぜると、相手はスピードの落差で次の球に対応できなくなる。ペースの変化に身体が反応できない。でもね――」

 

 藤崎がタブレット画面を俺に向けた。そこには内田君の過去試合のデータが映っていた。

 

「内田君の緩い球は、スピードを落とす代わりに、その分相手にねらい目を与えやすくなるの」

 

 内田君のラリーの様子が映っていた。トップスピンとスライススピンを使い分け、相手を左右に振っていた。

 

「これは内田君のプレーがうまくはまっている時だけど、次の場面を見てちょうだい。ここよ」

 

 内田君のボールが急に浮き上がり、いわゆる打ちごろになっている。対戦相手はこれを見逃さず強打したシーンだった。

 

「チェンジオブペースは有効なコース、タイミング、意図したスピンがないと逆にピンチにもなる」

 

 なるほど。有効なチェンジアップは強いが、そうじゃなければ狙い球である。

 藤崎の言葉に俺はうんうんとうなずく。

 

「緩い球を逆にねらい目にするのもいい。そのためにも相手の土俵に乗らず自分のペースを保つ。チェンジオブペース相手にこれは難しいと思うけれど、これが最善手よ。あなたのトップスピンはこの二か月で有効な武器になったわ。最初は戸惑うと思うけど、内田君のスピードに慣れてくれば、こちらが主導権を握れるはずよ」

 

 藤崎は画面を閉じた。

 

「つまり、あなたの仮説『自分のリズムを守ってトップスピンをかける』は、内田相手には『最適な選択肢』なの。加えて攻撃的に自分のプレーができればこっちの土俵よ」

 

 

 *

 

 

 俺は過去の対戦を思い出して、このことを整理していた。

 

 藤ヶ谷オープンジュニア。二ノ宮優斗君との二回戦。

 スコアは<0-6、1-6>。惨敗だった。あのときの彼はまさに「何もかも完璧」に見えた。

 サーブも、ストロークも、ネットプレーもすべてが穴なく強い。

 相手が何を打ってくるか予測できず、俺は常に後手後手に回った。

 

 藤ヶ谷テニスガーデンでの彩斗さんとの練習。

 あれはもう別格だった。彩斗さんのサーブ&ボレーは一瞬の隙もない。強烈なファーストサーブから、すかさずネットに詰める。

 ボレーの位置も、タイミングも、まだまだ俺は彩斗さんに届いていないことをいつも実感している。

 

 だが内田海斗君は違う。内田君は「揺さぶる」テニスをする。

 速度と緩さの落差で、俺のテニスを崩して混乱させようとする相手だ。

 

 もし俺がその揺さぶりに乗ってしまえば負ける。だけど、もし俺が自分のペースを守っていれば?

 

 藤崎の分析は俺の仮説に確かな自信を与えてくれた。二ノ宮優斗君の完璧さ、彩斗さんの圧倒的な技術には敵わなくても、内田君のの「揺さぶり戦術」には対抗する道がある。

 

「具体的に、どう崩されないか。どこでこっちが攻めに転じるか。それは……」

 

 藤崎が少し間を置いた。

 

「コートで確かめなさい。データと傾向、戦略はここで教える。でも最後の最後で踏ん張るのは千両君よ。私の分析とあなたの感覚。両方で勝つの」

 

 分析と感覚。

 

 俺は立ち上がった。足の疲れはもう抜けていた。

 水分と休息が体を復活させた。次の試合へ向けた準備は整っている。

 

「ありがとう、藤崎。なんか見えてきた気がする」

 

「いい顔ね」

 

 藤崎はタブレットを閉じた。

 

「行ってらっしゃい。自分のプレーを信じるのよ」

 

 

 *

 

 

 コートに戻るまでの通路を、俺は深呼吸しながら歩いた。

 

 四回戦。神宮寺君に勝ったことでこの大会のベスト4になった。これはもう舞台が変わっているということだ。

 一回戦、二回戦、三回戦を勝ち抜いた相手というのは、それなりに実力がある。内田海斗も然り。

 

 全国レベルのジュニア大会で、ここまで勝ち抜いた相手は、誰もが何か一つの武器を持っている。

 

 内田君の武器は「緩急」。

 

 不安がないわけではない。だが――

 

 俺は両手のフォアを握りしめた。

 この両手が俺の最大の武器だ。左右から同じ質の回転をかけられる。

 

 データテニスで、藤崎が教えてくれたことがある。「テニスは情報ゲーム」だと。相手の情報を集め、相手の弱点を突く。だが同時に「自分の武器を信じること」も大事だと。

 

 緩急で揺さぶる内田君も強敵には違いない。

 だが相手も俺の両手を完全には計算できていないはずだ。

 緩急という一つのテンプレートで、すべての相手を揺さぶることができると思っているなら、内田はまだ完璧ではないんだと思いたい。

 

 俺には、その隙をつく道がある。

 

 

 *

 

 

 スタジアムの入り口が見えてきた。コートからは、ラリーの音が聞こえている。別の試合が行われているのだ。

 

 四回戦のコート割りを確認する。俺の試合はスタジアム中央のコート3。観客が多く入っているコートだ。つまり、注目度が高い試合が予定されているということ。

 内田海斗君も地元のエースだ。観客は内田を応援するだろう。

 

 腕を上げて肩をまわした。筋肉の硬さがほぐれていく。体は完全に復活している。あとは心だ。

 

 俺は、コート3へ向かった。

 

 四回戦。緩急の使い手、内田海斗。

 

 俺は自分のリズムを握りしめて、コートへ向かった。

 

 




【作者あとがき】
 ただの作戦会議のはずなのに長くなってしまった……。

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