両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた 作:二刀
決勝まであと1時間。
次の試合を待つベンチでひと息ついていると、聞き慣れた声が飛んできた。
「うぃーっす、利士!」
振り向くとそこにいたのは軽部隼人だった。相変わらずのチャラチャラした格好、浮いてるぞお前。
しかし、その後ろになんと栗原さんと、市川さんもいた。
「隼人!? なんで、ここに」
「いやお前、さっき『三回戦まで来た』って言ってたじゃん、LIMEで。だから応援しに来てやったんだよ。そしたら……」
軽部がトーナメント表を指さした。
「お前!? まぁじで決勝まで来てんのかよ! ハンパねぇなぁ、おい! 話が違うじゃねえか! この前テニス始めたってのは嘘なのか!」
「あー……それな、勝ち進んじゃってさ」
「勝ち進んじゃって、じゃねえよ! 決勝だぞ決勝! 俺、テニスのルールよく分かんねえけど、決勝がすげえのは分かるぞ!」
隼人が、大げさに頭を抱える。はは、相変わらず、うるさいやつだ。でも来てくれたのは素直に嬉しい。
「千両君、すごいっすね。決勝とか、マジでやばいっす」
栗原さんが、腕を前にしてニコッとピースしながら笑った。
「あれ、栗原さんと軽部、知り合いだっけ」
「千両君なーに言ってんすか、同じクラスっすよ。フツーに話したことくらいあるっす。会場でばったり会ったんす。『栗原さんも利士の応援か?』って」
「おう。クラスの有名人だからな、千両は」
「有名人? なんだそれ」
「自覚ねえのかよ。『テニス部の男子がめっちゃテニス頑張ってる』って、クラスで噂になってんだぞ。藤崎さんともいっつも一緒にいるしな」
……藤崎の名前は、関係ないだろ。なんでそこで出てくるんだ。
「あはは。きっしー、モテモテだねー」
市川さんが、いつもののんびりした調子で笑った。データ分析でずっと練習を手伝ってくれた人だ。
「市川さんまで……。っていうか来てくれたのか。ありがとう」
「うん。藤崎さんに勝ったら決勝だって聞いてさ。これは見なきゃーって。きっしーの次の試合、データばっちり取るよ~、楽しみにしてるんだから」
最後までサポートチーム魂が抜けない人だ。
……なんだかこそばゆいな。
藤ヶ谷オープンのときは、応援なんてほとんどいなかった。
それが今はこうして何人も見に来てくれる。二か月でいろんなものが変わった。
「ま、せっかく来たんだ。しっかり勝てよ、利士。俺、お前のテニス、ちゃんと見るの初めてだからな。カッコ悪いとこ見せんじゃねぇぞ」
腕を突き出してきたのでグータッチする。軽部の軽い一言が、なぜか胸に効いた。
*
応援団との会話もそこそこに、コートへ向かおうとしたそのとき。
「よう。お前が、千両利士か」
声をかけてきたのは、背の高い、がっしりした体つきの選手だった。
短く刈った髪に、日に焼けた肌。人懐っこい笑みを浮かべている。
「源烈(みなもとれつ)、二年だ。今日の決勝の相手。よろしくな」
……この人が源烈。優勝候補。神宮寺君と藤崎も名前を挙げていた相手だ。
立っているだけで、地面を踏みしめているような、どっしりした存在感がある。
「千両利士です。よろしくお願いします」
「それより噂で聞いたぞ。お前、前は野球やってたんだって?」
「あ、はい。中学まで、野球部で」
「ハッハッハ! やっぱりか! 俺と同じだな!」
源君が、豪快に笑った。
「俺ももとは野球少年でな。色々あって、テニスに鞍替えしたクチだ。まさか、決勝の相手も、野球出身とはな。こいつは、縁を感じるぜ。ポジションは?」
「ショートです」
「お、内野か。俺は外野で四番だったんだぜ。しかしショートか……、道理でお前のフットワークが機敏なわけだ」
言われてみれば、源さんの力強い体つきや、堂々とした雰囲気はピッチャーを打ち崩す四番バッターみたいだ。
「テニス歴、どれくらいだ?」
「えっと……五月から、です」
源さんの、笑顔が、止まった。
「……は? 待て、今年の、五月?」
「はい」
「おいおい、嘘だろ。三か月で決勝まで来たのか、お前」
源さんが、目を丸くして、それから、また大きく笑った。
「ハッハッハ! すげえな! 俺なんかここまで来るのに二年半かかったぞ。お前、とんでもないな。……噂の両手フォア、楽しみにしてるぜ」
屈託のない笑い方だった。格上の優勝候補なのに、偉ぶる感じがまるでない。気持ちのいい人だと素直に思った。
「まあ、こうやって、お互いテニスを始めたんだ。同じ野球仲間として、これからも仲良くやってこうぜ!」
源さんが手を差し出してきた。大きくてごつごつした手だった。
「……はい。よろしくお願いします」
握り返しながら不思議な気分だった。これから勝負する相手なのに。なんだかずっと前から知り合いだったみたいだ。
「じゃ、コートで待ってるぜ。言っとくが手加減はしねえからな!」
そう言って源さんは、軽やかに去っていった。背中まで堂々としていた。
*
源さんの背中を見送っていると、藤崎が後ろに立っていた。
「気持ちのいい人ね。……でも相手としては厄介よ」
藤崎が、タブレットを開いた。
「源烈。フラットショットによる強烈なストロークが武器。回転を抑えた速くて鋭い球をベースラインから打ち込んでくる。それでいてラリーがしぶとい。桁違いの粘り強さで、一発で決まらなくても何球でも続ける。」
「フラット……」
それはテニスを始めた頃の俺が、得意だったショットだ。
今はトップスピンもスライスも、打ち分けられる。でも源さんは、そのフラットを武器にここまで来た。
野球部出身という同じ場所から始めて、違う道を選んだ相手だ。
「正直に言うわ。源さん相手に、内田君のような弱点になる武器を、千両君は持っていないわ」
藤崎の声が少し固くなった。
「ストロークによるパワーで押すテニスは現テニスの主流ともいえる。その分いろいろと対策はあるのだけど、一つは——緩急」
え、それが来るのか。
「パワーと、ラリーの粘りで真っ向から勝負してくる相手には、緩急で相手のペースを崩すことが有効よ。——まぁそれは千両君が一番わかってると思うけど」
「俺には内田君のような緩急の技術はないぞ」
藤崎がうなずいた。
「ええ、だからこそ、これはどうかしら……」
*
……なるほどな。決勝の舞台、センターコートに向かいながら考える。
藤崎の作戦、こうだった。
『真向勝負してきなさい。それが今のあなたには一番作戦だと思う。
けれども必要と感じたなら何でも挑戦して、自分が今まで経験したことをぶつけるのよ、千両君』
つまりは、全部ぶつける、臨機応変にってやつだ。
なんか逆に緊張がとれたような気がした。
決勝。優勝候補、源烈。
ラケットを握り直して、センターコートへ足を踏み出した。
【作者あとがき】
いつもお読みいただきありがとうございます。
ちなみに私はセンターコートに立ったことはありません。
あそこは選ばれものが立てるところです。
引き続きよろしくお願いします。