両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた 作:二刀
=== 千両利士 ===
第一セットは源さんに取られた。
ゲーム<4-6>。
あのライジングショットが決め手だった。ボールの上がり際を捉える速いリターン。俺のカバーリングでも追いつくのが精一杯だ。返すだけで体勢を崩され、そこをフラットショットで決められた。
そして第二セット。
ゲームカウント<3-0>。源さんのリードだ。
……まずい。第二セットも最初のサービスゲームをブレイクされた。これじゃじり貧だ。
コートチェンジ。次はまた俺のサービスゲーム。ここでなんとか流れを変えないと。このまま押し切られたら負ける。
スタンドの藤崎が心配そうにこっちを見ていることに気がついた。
いや心配というより不安そうな目かも知れない。藤崎の見込みでは俺と源さんは五分。
けどライジングショットという新たな要素にそれは覆されつつあった。
この流れはよくない。藤崎は多分それを誰よりも分かっている。
……何か対策を考えないと。
あのライジングショットが厄介なんだ。速すぎて反応が間に合わない。
そういえば――藤崎は前に二ノ宮戦について何か言っていた気がする。
*
『なぁ、藤崎。二ノ宮君最後に何をしたんだ。めちゃくちゃリターンが速くて取れなかった』
藤ヶ谷オープンで完敗した後、俺は藤崎にそう聞いた。
『あれね。あれはライジングショットよ』
『ライ……ジング……?』
『ボールの上がり際を打つショット。打点が普通のストロークより前で返球のタイミングが早いの。千両君は見たことがなかったから対応できなかったのね』
『そうなのか……。何か対策はあるのか』
『そうね……。返球の速い球にはこっちも速く打点に入る必要があるわ。たとえばフットワークの初速を上げるとか、そう言ったことが必要になるわ』
『それってそう簡単にできるものなのか?』
『うーん、あるにはあるけど結構練習が必要ね』
『あるのか! 教えてくれ!』
『だめよ。あなたはまだ基礎もできてないもの。……もう少しできるようになったら教えてあげる』
*
……そうだ。
ライジングの対策は速く打点に入ること。そしてフットワークの初速を上げることだ。
藤崎はあのとき教えてくれなかったけれど、でもその後の練習で俺は一つそれらしい技術を市川さんと練習した。
『あ〜それね。きっとスプリットステップだよん』
スプリットステップ。
相手が打つ瞬間に軽くジャンプする。着地の反発……だっけ、なんかそんなのを利用して素早く動き出す。
理屈はそのあと藤崎からも聞いたような気がする。何度か練習でも試した。
でもタイミングが難しくて結局ものにならなかった。
……でも、今それが必要なんだ。
できるか、じゃない。やるんだ。
*
ゲーム<3-0>、俺のサービスゲーム。
このまま終わるわけにはいかない。俺は絶対に優勝しなきゃいけない。応援してくれるみんなのためにも。
フゥ——集中。トスを上げる。ボールが、頂点に達した、その瞬間――ダッッ!
バシィ!!
ファーストサーブは入った。源さんのリターンは——クロスへ。まだ普通のリターンだ。
俺はそれに追いつきセンターへ返した。そして少し右寄りに位置を取った。
これで——、俺のオープンコートが左側にできる。
……たぶん源さんはそこを狙う。ライジングで返球のタイミングを速めて左を突いてくる。
来るッッ。
ラケットを構えた源さんがボールの上がり際に、——ドパンッッ!
――今だ。
俺は源さんのインパクトに合わせて、軽くジャンプした。
ターンッッ――タタッッ。
着地。その反発で体が弾かれるように左へ飛んだ。
——いつもより、一歩。いや一歩半は速い。ライジングの速球に追いつく。
ズパンッッ!!
左手フォアで——、逆クロスへ——、鋭く切り返した。
「……」
「……」
「わーーーーーー!」
「すげぇーーー」
「きっしんーーーーー!」
「なんか千両選手、すごく動くのが早くなかったーーー?」
「強烈すぎる、ショートクロスッッ」
「まじで、すごすぎるーーー」
はぁ、はぁ。……取れた。
ライジングショットを――捕まえたぞ!!
源さんは——こっちを見ているような気がする。
渾身のライジングだったように思えたからそれが返されたことが気になるのかもしれない。
でもまだ一本だけだ。さっきのはたまたまかもしれない。そのたまたまをもう一度やる!
次のポイントのラリー。源さんが構える位置を再び前にとり、そしてライジングの構えに入る。
……来る。
俺はさっきと同じように源さんのインパクトに合わせて跳んだ。着地の反発で体がスムーズに動く、——追いついた。
源さんはさっきの俺のショートクロスを警戒している。だからその角度を消そうと少しクロス側へ寄っていた。
――なら逆だ。
ズパァン!
俺は寄ってきた源さんの逆を抜く。ダウンザライン。ストレートライン際を撃ち抜いた。
「うおおおおッッ!」
「今度は、ストレートかよーーー!」
「読み合いが、えげつねぇーーー」
源さんが一歩も動けなかった。
……二本目。まぐれじゃない。この動きは俺の武器になる。
=== 観客席 ===
「な、なぁ、藤崎さん……なんだ今の……」
軽部が目を丸くして藤崎に聞いた。
「スプリットステップだ……今の……」
市川さんがぽつりとつぶやく。
「え……? 市川さん、スプラッシュステップ??」
「スプリットステップっすよ」
「なにそれ、炭酸ジュースみたいな名前だな」
「全然違うわ、軽部君」
藤崎がコートを見つめたまま口を開いた。
「スプリットステップ。テニスのフットワークステップの一つよ」
「相手がボールを打つ瞬間に軽く両足でジャンプするの」
「そうすることで着地と同時に足の筋肉の収縮と地面の反発力を利用して、打たれたボールの方向へ素早く移動できる」
「うっそ。利士のやろう、そんなことできんのかよ」
「いえ。理論は教えていたけど、大した練習はさせてないわ。だからまだ——、たぶん未完成ね。あれは」
「やっぱり……」
市川さんが、うなずいた。
「きっしん、まえに私とストローク練してたときに何回か試してたんだけど、うまくいかないーってしょげてたのよ」
「ええ。聞いてるわ」
藤崎の目がわずかに細くなる。
「たぶん土壇場での思い切りでしょうね。千両君、そういうセンスだけは人一倍あるから」
それまで黙って見ていた稲葉コーチが、腕を組んだまま口を開いた。
「……このスプリットステップは、プロなら当然のように使う、基本のフットワークだ。だが学生レベルでこれを実戦で使いこなすのはなかなか難しい。それを土壇場で、しかも初めてものにするとはな」
コーチがサングラスの奥で目を細めた。
「千両には恐れ入るよ。まったく大した教え子を持ったもんだ」
=== 千両利士 ===
スプリットステップ。
理論の細かいことは……ちょっと忘れた。でも練習で何回か試したことはあった。相手が打つタイミングでジャンプする。それが結構難しくて練習では上手くいかなかったけれど、
でも――この試合では必要な技術だ。
源さんのライジングに対応するにはこれしかない。
完璧じゃない。さっきのだってたまたまうまくいっただけかもしれない。
とにかく集中して源さんの上がり際を読む。インパクトの瞬間に跳ぶ。
やっと源さんのライジングに追いつくことができた。
ゲームカウントはまだ<3-0>。追い込まれてるけれど、でも勝ち筋は消えてない。
まだまだ試合はこれからだ。