両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた 作:二刀流れ
=== 千両利士 ===
スプリットステップを掴んでから流れが変わった。
源さんのライジングは多分もう取れる。インパクトの瞬間に跳んで着地の反発で一歩速く動き出す。
相手の動きを見ておかないといけないけどそれは大丈夫だ。しっかり源さんの動きは見えてる。
速い球にも追いつける。追いつけばあとはこっちのものだ。両手フォアで左右に振り回してやる。
<3-0>のリードを、じわじわと削っていった。<3-1>、<3-2>、<3-3>。ついに追いついた。
源さんの表情に初めて焦りがにじんでいるのが分かった。切り札を封じられたんだ。無理もない。
そこからはお互いサービスをキープしたが——、勢いは確かにこっちにあった。
<5-4>と俺がリードして迎えた、源さんのサービスゲーム。
ここでブレイクする。
源さんのフラットのファーストサーブをスプリットステップで捉えて、ストレートに叩き込んだ。
ドカッッ!
「うぉーーーーーー」
「すげぇーーー千両が取り返したぞ!」
「やべぇーー、熱い!」
「どちらもすごすぎる!!」
第二セットを<6-4>で奪取。セットカウントは<1-1>。
勝負は振り出しに戻った。ここからが本当の決勝だ。
*
最終、第三セット。
コートに立つと体が重かった。もうどれくらい打ち合っただろう。汗が止まらない。足も腕もとっくに悲鳴を上げている。
源さんも同じはずだ。肩で息をしている。それでも目の光はまるで衰えていなかった。
「ファイナルセット」
審判がコールする。
最終セットも拮抗した。お互いサービスをキープしていく。
<1-1>、<2-2>、<3-3>。どちらも一歩も譲らない。一ゲーム一ゲームが削り合いだった。
=== 観客席 ===
試合は一時間半を超えて二時間に差し掛かろうとしていた。
ゲームカウントが動くたび、観客席からどよめきと拍手が湧く。
最初は両手フォアの色モノが決勝戦にきた、そんな空気はもうどこにもない。誰もがこの決勝に引き込まれていた。
「うおおお、まだ続くのかよ、この試合……」
軽部が、手に汗を握りながらうめいた。
「すごい接戦っすね……。あたし、こんな決勝、初めて見たっす」
栗原もコートから目を離せずにいる。
「きっしん大丈夫かな……。データ的にそろそろ限界のはずなんだけど」
市川が心配そうにタブレットを覗き込んだ。
その隣で藤崎はずっと無言だった。
両手を膝の上で固く握りしめている。コートの上の千両から片時、目を離さない。
――千両君。あと少しよ。あなたならいける。
声には出さなかった。ただ祈るようにその背中を見つめていた。
思い出すのは二か月前のこと。
藤ヶ谷オープンで完敗してそれでも諦めなかった、強くなりたいといった千両。
そこから二人で来る日も来る日もコートに立った。データを取り、課題を潰し、また新しい壁にぶつかる。その繰り返しだった。
自分はもうコートには立てない。膝がそれを許さない。あの日失ったと思った夢を、今、千両があの場所で追いかけている。
――だから、勝って。あなたの手で。
藤崎の握った拳に、いっそう力がこもった。
「……藤崎さん、大丈夫か? 顔、真っ青だぞ」
軽部が気づいて声をかけた。
「大丈夫よ。……ただ少し、緊張してるだけ」
珍しく藤崎の声がかすかに震えていた。
=== 源烈 ===
……なんだ、コイツは。
ライジングを攻略された。あの切り札を。しかも試合の途中で、いきなりあんなフットワークを身につけやがった。
土壇場で成長する。とんでもない化け物だ。
でも——、それだけじゃない。
コイツを見てると妙に調子が狂う。
千両がポイントを取るたびスタンドが沸く。あの黒髪の子。派手な金髪の男。他にも何人も千両のために声を張り上げている。
——千両は一人でコートに立ってるんじゃない。あいつの背中にはあの応援席がついている。
……俺にはあれがない。
俺は一人でここまで来た。誰にも頼らず。監督も、コーチも、チームメイトも要らないと思ってきた。
テニスは個人競技だ。自分一人の力がすべてだと。
それは間違ってないはずだ。現に俺は強くなった。決勝まで来た。
なのに、なんで……? なんでこんなに胸がざわつくんだ。
……今は関係ない。目の前の試合に集中しろ。
コイツを倒す。一人の力で。それが俺のテニスだ。
俺はラケットを握り直した。
=== 千両利士 ===
<4-4>。長期戦は確実に体力を削っていく。
やばい。集中力が切れかけてる。さっきから際どい球でミスが出始めた。でもそれは源さんも同じだ。二人とも限界が近い。
こういうときこそ勝負が決まる。
なっちゃん部長の言葉が頭をよぎった。
――テニスは、相手を殺すか殺されるか。
――楽しむだけじゃ勝てない。決勝まで来る子はみんな本気なんだよ。
勝ちたい。ここまで来たんだ。何がなんでも勝ちたい。
でもなんだろう。もう一歩、何かが足りない。勝ちたいという気持ちだけじゃ、この疲れきった体は動いてくれない。
ふと、スタンドの藤崎が目に入った。
両手を握りしめてじっとコートを見つめている。祈るような目で。
その瞬間いろんなことが一気によみがえった。
この二か月間、藤崎と過ごした日々。
いろんなトレーニング、データを取って課題に挑戦して。鬼みたいな練習メニューを、歯を食いしばってこなして。
何度も心が折れそうになった。それでも藤崎がいつも隣にいてくれた。
藤崎は、もうコートに立てない。膝を壊して、選手としての夢を諦めた。
あの夕暮れの河川敷で聞いた話。テニスができなくなることがすごく悲しかった、と。
あのときの藤崎の横顔を——、俺は忘れられない。
俺の手の中のこのラケット。藤崎と一緒に選んだやつだ。あいつが俺のために真剣に選んでくれた一本。
……そうだ。
これは俺だけの戦いじゃないんだ。
藤崎と一緒にここまで来た。あいつの叶えられなかった夢も俺は背負ってる。
俺が勝つことは藤崎が勝つことでもあるんだ。
源さんは一人で戦ってる。でも俺は違う。俺には藤崎がいる。みんながいる。
だから――ここで絶対に
体の奥から熱いものが込み上げてきた。さっきまでの疲れがどこかへ飛んでいった。
*
<5-5>、<6-6>。
ゲームカウントはついにタイブレークへ突入した。
ざわざわ。
「おいおい、マジでタイブレークだぜ」
「あっちーな、二人とも」
「みてるこっちも火傷しそうだ……」
七ポイント先取。ここですべてが決まる。
俺は気づいていた。この長期戦の最後に勝負を分けるもの。それはたぶん球の質だ。
源さんのフラットは速いがけれど、回転が少ないぶん伸びる。
でもその分コントロールがシビアだ。わずかでも球威を誤ればコートの外に出る。
疲労でフォームが乱れてきた今、そのリスクは確実に大きくなっているはずだ。
俺のトップスピンは違う。しっかり回転がかかってるからボールが途中で落ちて沈む。
だからどれだけ強く打っても、コートに収まる。この二か月、スイングスピードを上げ続けてきた。
その回転量がこういう土壇場でこそ効いてくる。
疲れて精度が落ちたときこそ二人の差が出る。
*
タイブレークは一進一退だった。
ミニブレークを取り取られ。
<3-3>、<4-4>、<5-5>。息もつけない。一ポイントごとに心臓が跳ねた。
<6-5>。俺のマッチポイント。
源さんのサーブ。フラットの速球。センターに来た。
スプリットステップで跳んで追いつく。左手フォアでトップスピンをかけて深く返した。
源さんが打ってくる。速い。だが際どい。ラリーが続いた。お互い一歩も引かない。
俺は回転を乗せ続ける。沈めて、沈めて、源さんをコートの後ろへ押し込んでいく。
源さんの体勢が、わずかに崩れた。疲労の限界。
そして源さんが最後の力を振り絞って、渾身のフラットを放った。
速い。ライン際。……でも。
ボールは伸びすぎた。回転の乗っていないフラットの球はわずかにベースラインを越えて――。
アウト。
「——ゲーム、セットアンドマッチ。ウォン・バイ、千両。優勝は、千両利士くん」
*
ドッ。
「「「わーーーーーーーーー!!!!!」」」
「すげーーーーー!」
「やったぞーーー!」
「千両ヤベーーーー」
「両手フォア、マジパンパねぇーーー!」
「マジでベストマッチだったぞーー!」
「二人ともよく頑張ったぞーーー!」
——勝った。
俺はその場に立ち尽くしていた。
ラケットを握ったまま、しばらく何が起きたのか飲み込めなかった。
勝った。優勝したんだ。
「うおーーーーーー!」
抑えきれない衝動が込み上げてきた。
スタンドから、割れるような歓声が押し寄せてくる。
「きっしーーんっ!」
「利士ーーーッッ!」
「千両くーーーん!」
「おめでとうーー!」
「おめでとう——」
「おめでとう、千両君」
みんなの声が聞こえた。
藤ヶ谷オープン二回戦で完敗した。何もできずに負けたあの日。決勝の景色なんて遠い別世界だと思っていた。
それが今、俺はこのいちばん大きなコートの真ん中に立っている。優勝者として。
俺はゆっくりと天を仰いだ。
……初めての優勝だ。