両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀流れ

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第36話 決勝④  積み上げてきたもの

 

=== 千両利士 ===

 

 

 スプリットステップを掴んでから流れが変わった。

 

 源さんのライジングは多分もう取れる。インパクトの瞬間に跳んで着地の反発で一歩速く動き出す。

 

 相手の動きを見ておかないといけないけどそれは大丈夫だ。しっかり源さんの動きは見えてる。

 

 速い球にも追いつける。追いつけばあとはこっちのものだ。両手フォアで左右に振り回してやる。

 

 <3-0>のリードを、じわじわと削っていった。<3-1>、<3-2>、<3-3>。ついに追いついた。

 

 源さんの表情に初めて焦りがにじんでいるのが分かった。切り札を封じられたんだ。無理もない。

 

 そこからはお互いサービスをキープしたが——、勢いは確かにこっちにあった。

 

 <5-4>と俺がリードして迎えた、源さんのサービスゲーム。

 

 ここでブレイクする。

 

 源さんのフラットのファーストサーブをスプリットステップで捉えて、ストレートに叩き込んだ。

 

 ドカッッ!

 

「うぉーーーーーー」

「すげぇーーー千両が取り返したぞ!」

「やべぇーー、熱い!」

「どちらもすごすぎる!!」

 

 第二セットを<6-4>で奪取。セットカウントは<1-1>。

 

 勝負は振り出しに戻った。ここからが本当の決勝だ。

 

 

 *

 

 

 最終、第三セット。

 

 コートに立つと体が重かった。もうどれくらい打ち合っただろう。汗が止まらない。足も腕もとっくに悲鳴を上げている。

 

 源さんも同じはずだ。肩で息をしている。それでも目の光はまるで衰えていなかった。

 

 「ファイナルセット」

 

 審判がコールする。

 

 最終セットも拮抗した。お互いサービスをキープしていく。

 

 <1-1>、<2-2>、<3-3>。どちらも一歩も譲らない。一ゲーム一ゲームが削り合いだった。

 

 

=== 観客席 ===

 

 

 試合は一時間半を超えて二時間に差し掛かろうとしていた。

 

 ゲームカウントが動くたび、観客席からどよめきと拍手が湧く。

 

 最初は両手フォアの色モノが決勝戦にきた、そんな空気はもうどこにもない。誰もがこの決勝に引き込まれていた。

 

「うおおお、まだ続くのかよ、この試合……」

 

 軽部が、手に汗を握りながらうめいた。

 

「すごい接戦っすね……。あたし、こんな決勝、初めて見たっす」

 

 栗原もコートから目を離せずにいる。

 

「きっしん大丈夫かな……。データ的にそろそろ限界のはずなんだけど」

 

 市川が心配そうにタブレットを覗き込んだ。

 

 その隣で藤崎はずっと無言だった。

 

 両手を膝の上で固く握りしめている。コートの上の千両から片時、目を離さない。

 

 ――千両君。あと少しよ。あなたならいける。

 

 声には出さなかった。ただ祈るようにその背中を見つめていた。

 

 思い出すのは二か月前のこと。

 

 藤ヶ谷オープンで完敗してそれでも諦めなかった、強くなりたいといった千両。

 

 そこから二人で来る日も来る日もコートに立った。データを取り、課題を潰し、また新しい壁にぶつかる。その繰り返しだった。

 

 自分はもうコートには立てない。膝がそれを許さない。あの日失ったと思った夢を、今、千両があの場所で追いかけている。

 

 ――だから、勝って。あなたの手で。

 藤崎の握った拳に、いっそう力がこもった。

 

「……藤崎さん、大丈夫か? 顔、真っ青だぞ」

 

 軽部が気づいて声をかけた。

 

「大丈夫よ。……ただ少し、緊張してるだけ」

 

 珍しく藤崎の声がかすかに震えていた。

 

 

=== 源烈 ===

 

 

 ……なんだ、コイツは。

 

 ライジングを攻略された。あの切り札を。しかも試合の途中で、いきなりあんなフットワークを身につけやがった。

 

 土壇場で成長する。とんでもない化け物だ。

 

 でも——、それだけじゃない。

 

 コイツを見てると妙に調子が狂う。

 

 千両がポイントを取るたびスタンドが沸く。あの黒髪の子。派手な金髪の男。他にも何人も千両のために声を張り上げている。

 

 ——千両は一人でコートに立ってるんじゃない。あいつの背中にはあの応援席がついている。

 

 ……俺にはあれがない。

 

 俺は一人でここまで来た。誰にも頼らず。監督も、コーチも、チームメイトも要らないと思ってきた。

 

 テニスは個人競技だ。自分一人の力がすべてだと。

 

 それは間違ってないはずだ。現に俺は強くなった。決勝まで来た。

 

 なのに、なんで……? なんでこんなに胸がざわつくんだ。

 

 ……今は関係ない。目の前の試合に集中しろ。

 

 コイツを倒す。一人の力で。それが俺のテニスだ。

 

 俺はラケットを握り直した。

 

 

=== 千両利士 ===

 

 

 <4-4>。長期戦は確実に体力を削っていく。

 

 やばい。集中力が切れかけてる。さっきから際どい球でミスが出始めた。でもそれは源さんも同じだ。二人とも限界が近い。

 

 こういうときこそ勝負が決まる。

 

 なっちゃん部長の言葉が頭をよぎった。

 

 ――テニスは、相手を殺すか殺されるか。

 

 ――楽しむだけじゃ勝てない。決勝まで来る子はみんな本気なんだよ。

 

 勝ちたい。ここまで来たんだ。何がなんでも勝ちたい。

 

 でもなんだろう。もう一歩、何かが足りない。勝ちたいという気持ちだけじゃ、この疲れきった体は動いてくれない。

 

 ふと、スタンドの藤崎が目に入った。

 

 両手を握りしめてじっとコートを見つめている。祈るような目で。

 

 その瞬間いろんなことが一気によみがえった。

 

 この二か月間、藤崎と過ごした日々。

 

 いろんなトレーニング、データを取って課題に挑戦して。鬼みたいな練習メニューを、歯を食いしばってこなして。

 

 何度も心が折れそうになった。それでも藤崎がいつも隣にいてくれた。

 

 藤崎は、もうコートに立てない。膝を壊して、選手としての夢を諦めた。

 

 あの夕暮れの河川敷で聞いた話。テニスができなくなることがすごく悲しかった、と。

 

 あのときの藤崎の横顔を——、俺は忘れられない。

 

 俺の手の中のこのラケット。藤崎と一緒に選んだやつだ。あいつが俺のために真剣に選んでくれた一本。

 

 ……そうだ。

 

 これは俺だけの戦いじゃないんだ。

 

 藤崎と一緒にここまで来た。あいつの叶えられなかった夢も俺は背負ってる。

 俺が勝つことは藤崎が勝つことでもあるんだ。

 

 源さんは一人で戦ってる。でも俺は違う。俺には藤崎がいる。みんながいる。

 

 だから――ここで絶対に()()()

 

 体の奥から熱いものが込み上げてきた。さっきまでの疲れがどこかへ飛んでいった。

 

 

 *

 

 

 <5-5>、<6-6>。

 

 ゲームカウントはついにタイブレークへ突入した。

 

 ざわざわ。

 

「おいおい、マジでタイブレークだぜ」

「あっちーな、二人とも」

「みてるこっちも火傷しそうだ……」

 

 七ポイント先取。ここですべてが決まる。

 

 俺は気づいていた。この長期戦の最後に勝負を分けるもの。それはたぶん球の質だ。

 

 源さんのフラットは速いがけれど、回転が少ないぶん伸びる。

 

 でもその分コントロールがシビアだ。わずかでも球威を誤ればコートの外に出る。

 

 疲労でフォームが乱れてきた今、そのリスクは確実に大きくなっているはずだ。

 

 俺のトップスピンは違う。しっかり回転がかかってるからボールが途中で落ちて沈む。

 

 だからどれだけ強く打っても、コートに収まる。この二か月、スイングスピードを上げ続けてきた。

 

 その回転量がこういう土壇場でこそ効いてくる。

 

 疲れて精度が落ちたときこそ二人の差が出る。

 

 *

 

 タイブレークは一進一退だった。

 

 ミニブレークを取り取られ。

 

 <3-3>、<4-4>、<5-5>。息もつけない。一ポイントごとに心臓が跳ねた。

 

 <6-5>。俺のマッチポイント。

 

 源さんのサーブ。フラットの速球。センターに来た。

 

 スプリットステップで跳んで追いつく。左手フォアでトップスピンをかけて深く返した。

 

 源さんが打ってくる。速い。だが際どい。ラリーが続いた。お互い一歩も引かない。

 

 俺は回転を乗せ続ける。沈めて、沈めて、源さんをコートの後ろへ押し込んでいく。

 

 源さんの体勢が、わずかに崩れた。疲労の限界。

 

 そして源さんが最後の力を振り絞って、渾身のフラットを放った。

 

 速い。ライン際。……でも。

 

 ボールは伸びすぎた。回転の乗っていないフラットの球はわずかにベースラインを越えて――。

 

 アウト。

 

 「——ゲーム、セットアンドマッチ。ウォン・バイ、千両。優勝は、千両利士くん」

 

 

 *

 

 

 ドッ。

 

「「「わーーーーーーーーー!!!!!」」」

 

「すげーーーーー!」

「やったぞーーー!」

「千両ヤベーーーー」

「両手フォア、マジパンパねぇーーー!」

「マジでベストマッチだったぞーー!」

「二人ともよく頑張ったぞーーー!」

 

 ——勝った。

 

 俺はその場に立ち尽くしていた。

 

 ラケットを握ったまま、しばらく何が起きたのか飲み込めなかった。

 

 勝った。優勝したんだ。

 

「うおーーーーーー!」

 

 抑えきれない衝動が込み上げてきた。

 

 スタンドから、割れるような歓声が押し寄せてくる。

 

「きっしーーんっ!」

「利士ーーーッッ!」

「千両くーーーん!」

「おめでとうーー!」

「おめでとう——」

 

「おめでとう、千両君」

 

 みんなの声が聞こえた。

 

 藤ヶ谷オープン二回戦で完敗した。何もできずに負けたあの日。決勝の景色なんて遠い別世界だと思っていた。

 

 それが今、俺はこのいちばん大きなコートの真ん中に立っている。優勝者として。

 

 俺はゆっくりと天を仰いだ。

 

 ……初めての優勝だ。

 

 

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