両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀流れ

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第37球 その手に掴んだもの

 

=== 千両利士 ===

 

 

 優勝が決まってまだ心臓がうるさく鳴っていた。

 

 源さんがネット際まで歩いてきた。俺もラケットを持って歩み寄る。

 

 ネット越しに手を差し出された。汗で濡れた大きな手だ。

 

「千両。おめでとう」

 

「……ありがとう、源さん」

 

 握り返すと源さんはにっと笑った。あの初めて会った時と同じ屈託のない笑顔だ。

 

「楽しかったぜ。これからも頑張れよ」

 

 それだけ言って源さんは背中を向けた。

 堂々とした大きな背中がコートを離れていく。

 

 負けたのにまるで悔しさを感じさせない。むしろ清々しく強い人だと思った。

 

 

 *

 

 

 俺は荷物をまとめてコートを出た。

 

 選手用のゲートへ向かった。長いような短いような通路を歩く。

 

 ……勝ったんだ。

 

 まだ実感がなく少しふわふわしていた。足が地面についてる気がしない。

 

 二時間の長期戦、打ち合った疲れも今はどこか遠い。

 

 頭の中でさっきの最後の一球が何度も再生される。源さんのフラットがベースラインを割ったあの瞬間を。

 

 通路の先に光が見えた。

 

 その光の中に見慣れた顔が何人も待っていた。

 

「きっしーん!」

「利士ーっ!」

「千両君!」

「千両君……」

 

 みんなが口々に名前を呼ぶ。

 

 市川さんがタブレットを胸に抱えて、ぴょんぴょん跳ねている。

 軽部が両手を振り回している。

 栗原さんが満面の笑みで拍手している。

 稲葉コーチが腕を組んでうんうんとうなずいていた。

 

「利士、お前、マジですげえよ! 俺、テニス、よく分かんねえけど鳥肌立ったぞ!」

 

 軽部が興奮してまくし立てる。

 

「かっこよかったっす、千両君。あんな熱い試合、初めて見たっす」

 

 栗原さんも目をきらきらさせている。

 

「きっしん、優勝だね〜。ばっちりデータ取れたよ。次の分析が楽しみ」

 

 市川さんは相変わらずの調子だ。

 

「よくやった、千両君」

 

 稲葉コーチが短くそう言った。多くを語らない。でもその一言に全部が詰まっている気がした。

 

 そして――その真ん中で、藤崎が一歩前に出た。

 

 *

 

「おめでとう、千両君」

 

 藤崎の声がいつもと違った。

 

「本当に……本当に、優勝、おめでとう」

 

 繰り返すその声がかすかに震えている。いつもクールで冷静な藤崎。その目が今は赤く潤んでいた。

 

 俺は——、藤崎の前に立った。

 

「藤崎。優勝したぞ」

 

 言葉が勝手にあふれてきた。

 

「俺、優勝したんだ。やった。やったぞ」

 

「……なあ、藤崎。俺、藤崎に、答えることができたかな」

 

「この二か月無茶苦茶頑張ったんだ。少しでも……、お前に……、何か、何か返せるように、って」

 

 藤崎がテニスができなくなったこと。

 夢を諦めたこと。

 それでも俺にテニスを教えてくれたこと。

 データで支えてくれたこと。

 全部知ってる。だから勝ちたかった。藤崎のためにも。

 

 藤崎は少しの間黙っていた。それからゆっくり首を横に振った。

 

「……何を言ってるのよ」

 

 その頬を一筋涙が伝った。

 

「十分、答えてくれたじゃない。千両君が、あなたが、本当に頑張ってたのは……私が、一番よく分かってる」

 

 藤崎が手を差し出してきた。

 

 俺はその手を握った。細くて少し冷たい手。でもしっかりと握り返してくれる。

 

 この手が俺をここまで導いてくれた。二か月前何もできなかった俺を。この人がいなかったら俺はこの場所に立っていない。

 

 二人で掴んだ優勝だ。

 

 

 *

 

 

 『これより表彰式を始めます。優勝、千両利士くん、準優勝、源烈くん、三位の選手はセンターコートにお集まりください』

 

 アナウンスが、響いた。

 

 俺はもう一度あの大きなコートに戻った。

 

 表彰台の一番高いところに立つ。

 トロフィーを手渡される。こじんまりとしてはいるけれどずしりと重い。銀色に光るその重さが、優勝の証だった。

 

 観客の拍手が降り注ぐ。写真のシャッター音。

 晴れがましくて、むず痒くて、恥ずかしい。こんなの初めてだった。どこを見ればいいのか分からない。

 

 でもそれ以上に――自分が誇らしかった。

 

 表彰台から観客席を見渡す。軽部が、栗原さんが、市川さんが、稲葉コーチが、拍手を送ってくれている。そして、藤崎が。

 涙を拭っていつもの穏やかな笑顔でこっちを見ていた。

 

 藤ヶ谷オープンでは味わえなかった景色だ。あのときは二回戦で負けてうつむいて帰った。

 それが今俺は一番高い場所からこの景色を見ている。

 

 

 *

 

 

 表彰式の後。片づけをしていると源さんがまた声をかけてきた。

 

「なあ千両。ひとつ聞いていいか」

 

「はい、なんですか」

 

「お前、なんで野球辞めたんだ?」

 

 ……その質問に俺は一瞬言葉に詰まった。

 

「うーん……野球に不満とかこれといった辞めた理由はないんですけど。ただ新しいことに挑戦してみたかったんです」

 

 本当のところはまだうまく言葉にできない。でも嘘はついていない。

 

「そうか」

 

 源さんはそれ以上踏み込んでこなかった。

 

「テニスはどうだ?」

 

「めっちゃ楽しいですよ」

 

 これは即答できた。

 

「今回の大会ではいろんな人にお世話になったんです。藤崎に、コーチに、仲間に。たくさんの力をもらいました。それをすごく実感しました。俺一人じゃここまで来れなかった」

 

 源さんが少し目を見開いた。何か思うところがあるような顔だった。

 

「……ああ。そうみたいだな」

 

 源さんはふっと笑った。決勝のときとは少し違う静かな笑い方だった。

 

「ありがとう、千両。本当に今日はおめでとう。……また、試合やろうぜ」

 

「はいっ! でわ、また!」

 

 源さんの大きな背中を見送る。

 いつかまたこの人とコートで戦いたい。今度はもっと強くなって。そう思った。

 

 

 *

 

 

 家に帰って、トロフィーを親に見せた。

 

「え……あんた、これ、どうしたの」

 

 母さんが目を丸くした。

 

「大会で優勝した」

 

「優勝!?」

 

 母さんの声がひっくり返った。

 

「ちょっと! あんた、そんなすごい試合してたの!? なんで呼ばないのよ! 見に行ったのに!」

 

「いや、そんなタイミングなかったんだって」

 

「タイミングって、あんたねえ……」

 

 母さんは、しばらく、ぶつぶつ、文句を言っていた。でもその手はトロフィーを大事そうに撫でている。

 

「……まったく。世話の焼ける子ね」

 

 そう言って、母さんはふっと笑った。

 

「でも……まあ、すごいじゃない。よく頑張ったね」

 

 ぶっきらぼうなその一言がなんだかじんわりと胸に染みた。

 

 

 *

 

 

 初めての優勝。

 

 トロフィーを部屋に飾って、俺はベッドに寝転がった。天井を見上げる。

 

 二か月前、俺はテニスを始めたばかりの素人だった。

 

 両手フォアしか武器がなくて。二ノ宮君に完敗して。それでも藤崎と出会って、必死に走ってきた。

 

 その先にこの優勝があった。

 

 でもこれはゴールじゃない。

 

 二ノ宮君。東堂。源さん。まだ見ぬ強敵たち。もっと上の景色。俺の戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 ……もっと先に行きたい。

 

 いろんな人と出会って。いろんな思いを背負って。テニスを通じて俺は、もっと遠くまで行ってみたい。

 

 俺はぎゅっと拳を握った。窓の外はもう夜だった。明日もまた練習だ。

 

 




【作者あとがき】
 相模テニストーナメント、結果は優勝でした!
 ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。

 
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