両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた   作:二刀流れ

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第38球 次の目標へ

 

=== 千両利士 ===

 

 

 優勝の翌週。

 

 教室に入るとなんだか視線が集まった。

 

「千両君、この前の大会で優勝したんだって? すごーい!」

「ねぇねぇ、千両君ってすごいんだねー、今度応援行ってもいい?」

 

 クラスの女子が何人か寄ってくる。

 

「あ、うん。まあ」

 

 こういうのは慣れてない。どう返せばいいのか分からなかった。

 

「いやー、千両君はモテモテっすね」

 

 栗原さんがにやにやしながらからかってくる。

 

「うらやましいーーー! 俺にも、そのモテ、分けてくれよ!」

 

 軽部が大げさに身をよじった。相変わらずうるさい。

 

 と、視界の端で藤崎がこっちを見ていた。

 

 なんだか若干むっとした顔だ。腕を組んで、つんとそっぽを向く。

 

 ……なんだろう。何か悪いことしたか?

 

 *

 

 放課後。部室に呼び出されて行くと藤崎がタブレットを広げて待っていた。

 

「さぁ千両君。この前の大会は通過点よ」

 

 開口一番、藤崎はそう言い放った。

 

「全国ジュニアは待ってくれないわ。クラスの子たちにちやほやされてる場合じゃないの」

 

「あ、あぁ……」

 

 やっぱりさっきのあれか。なんだか、いつもより目が鋭い気がする。

 

「まだまだ、やるべき課題は山ほどあるわ。基礎から発展的なものまで、もっとパラメータを伸ばしましょう」

 

 藤崎がタブレットの画面を見せてきた。

 

 相模トーナメントのデータだ。優勝はしたけど、課題もいくつも洗い出されている。

 

 スプリットステップは、まだ未完成。源さんのような粘り強いラリーに押し込まれた場面もあった。

 

「二ノ宮優斗に勝つには、まず、あなたのサーブを、もう一段階武器にするの、具体的には160km/h以上、目標は180km/hよ!」

 

 藤崎が、画面を、指でなぞる。

 

「おいおい、180km/hってプロの領域じゃないのか」

 

「全国レベルでは160km/hはそこそこいるわ、それ以上を目指さないと全国優勝なんて夢のまた夢よ!」

 

「お、おう……」

 

「スイングスピードを上げて、打てる球種を増やすの! スライスサーブと、キックサーブ。球種が増えれば相手から先手を取れるわ。ほかにも緩急をつけて相手のリターンを崩す」

 

「え! サーブでそんなにうまくいくのか?」

 

「いくわ。そういった試合がプロの選手でもたくさんあるの。今度事例を見てみましょう。あなたのサーブはまだ伸びしろだらけよ。そこを埋めていくのよ」

 

 プロ……かぁ、全国ジュニアはその登竜門だもんな。そして、そこには二ノ宮君がいる。

 

 あの藤ヶ谷オープンで完敗した相手。あいつに勝つには今のままじゃ全然足りない。

 

「……よし。やるか」

 

 俺の言葉に、藤崎がふっと笑った。さっきのむっとした顔はもう消えていた。

 

 

 *

 

 

 そこからまた、地獄の特訓が始まった。

 

 体幹、筋力、ストローク、サーブ、ネットプレー。基礎を徹底的に鍛え直す。そこに新しいメニューも加わった。

 

 俯瞰視野のトレーニングと、動体視力のトレーニングだ。

 

 コートに番号を振ったコーンをいくつも並べる。藤崎が読み上げた番号へ、俺は目だけを動かして、順番に視線を送る。コート全体を一瞬で把握する訓練だ。

 

 動体視力のほうは、市川さんがランダムに光らせるライトを目で追いかける。地味だけどこれがきつい。

 

 でも続けるうちに少しずつ変わってきた。速いボールが前よりよく見える。相手の動き出しがコンマ数秒早く読めるようになった。眼って鍛えれるんだな。

 

 スプリットステップの精度も上がってきた。

 

「きっしん、ここ反応が遅れてるよ。もうコンマ何秒速く」

 

 市川さんのチェックは容赦ない。でも的確だ。

 

 引退したなっちゃん部長も俺の強化に付き合ってくれた。部長のトップスピンは相変わらず強烈だ。あれを正面から受け続けるとストロークに自信がつく。

 

「決勝見たわよ、千両君」

 

 球出しの合間に部長がにやりと笑った。

 

「あたしの言葉、ちゃんと活かしたわね。楽しむだけじゃなく勝ちにいった。……いい顔してたわよ」

 

 その一言がじんわり嬉しかった。

 

 かぐら先輩とむぎ先輩も、俺の優勝を我がことのように喜んでくれた。……そのぶん練習はもっと厳しくなった。

 二人の強打を受け損ねて、体中が青あざだらけだ。トホホ……。

 

 

 *

 

 

 クラブでの練習も変わった。

 

 俺が優勝したことで、稲葉コーチがなんとAコートでの練習を許可してくれたのだ。

 

 ずっと目標にしてきたAコート。彩斗さんたち上級者が集う場所。あそこに上がりたくて神宮寺君と必死に練習してきた。それがついに叶ったのだ。

 

「やぁ、千両。よく上がってきたね」

 

 彩斗さんが爽やかに迎えてくれた。

 

「優勝、おめでとう。……でも君の本当の戦いはこれからだろ?」

 

 その通りだ。俺はうなずいた。

 

 さっそく彩斗さんのサーブを受ける。

 

 ズドンッ。

 

 速い。とんでもなく速い。反応はできても、ラケットが弾かれそうになる。——たぶん前は手加減してくれたんだな。

 

 これが全国レベルのサーブか。源さんのフラットともまた違う重い一発だ。

 

 でもこれに毎週慣れておけば、本番でも通用するはずだ。彩斗さんと打ち合えるのは、俺にとって大きな財産だった。

 

 ふと彩斗さんが手を止めて言った。

 

「全国ジュニア出るんだよね。……そこには優斗もいるよ」

 

 彩斗さんの横顔に、一瞬複雑な影がよぎった。二人の間に何があったのか俺はまだ知らない。

 

「……頑張ってね。千両君ならやれるよ」

 

 

 *

 

 俺がAコートに上がったことで神宮寺君とはコートが離れてしまった。彼はまだBコートだ。

 

 少し寂しいけれど神宮寺君は居残り練習にはいつも付き合ってくれる。

 

「俺、千両君との練習、けっこう好きなんだよな。めちゃくちゃ特訓になるし」

 

 そう言って笑う。いい友達だ。離れても、俺たちはライバルで仲間だ。

 

 *

 

 夜。トレーニングを終えて家に帰る。

 

 体はへとへとだった。青あざだらけで、筋肉痛もひどい。でも心は不思議と軽かった。

 

 初優勝は嬉しかった。でもあれはゴールじゃない。藤崎が言った通りで通過点だ。

 

 次の目標は全国ジュニア。

 

 そこには二ノ宮君がいる。源さんみたいな強敵もきっとたくさんいる。

 

 ……でも、もうあのときの俺じゃない。

 

 藤崎がいて、仲間がいて、たくさんの人に支えられて、ここまで来た。両手フォアしかなかった素人が優勝できるまでになった。

 

 だったらまだまだもっと上に行ける。

 

 二ノ宮君にリベンジする。全国で優勝する。そして――その先へ。

 

 いつの間にか俺は本気でプロを目指していた。

 

 窓の外の夜空を見上げる。星がいくつか瞬いていた。

 

 この前の大会で調子に乗ってる暇なんてない。

 

 俺の本当の戦いはこれからだ。

 

 




【作者あとがき】
 本日はもう一話更新しております。

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