両利きだけど、それって武器になるの? ~気づいたら俺、テニスでプロを目指してた~ 作:二刀
=== 千両利士 ===
藤ヶ谷オープンジュニア、ってやつに出るらしい。
目標も決まったことだし、やるか。練習、ガッツリ。
まずはストロークだ。藤崎に言われた回転の習得をせねばならぬ。トップスピンとスライス。これがないと話にならないらしい。
で、ひたすら打った。朝練、放課後、家でも素振り。こすり上げる、こすり上げる。庭でスイングの練習してたら声がかかった。
「利士ーご飯よー」
「うぃー」
食卓につくと母親が話しかけてきた。
「あんたなに? 野球の次はテニス?」
「そう」
「野球の時もそうだったけど、のめり込むとトコトンやるわね。すぐに三日坊主にならなきゃいいけど……」
「んなことないって。めっちゃ面白いんだぞテニス。トップスピンとスライスがあってだな……」
「ストップストップ、熱中してるのはわかったから早く食べちゃいなさい」
「うぃ」
そんなこんなで一週間ちょい。トップスピン、なんとなく、コツは掴んできたかもしれない。
ボールの後ろを、下から上に、こする。最初は全然飛ばなくて、ぼてぼて落ちてたけど、今は一応、ネットを越えて、相手コートに山なりで入る。入るようになった。
でもまだ弱いんだなーこれが。
俺のトップスピン、フラットに比べると明らかにしょぼい。なんていうかおっかなびっくり打ってる感じが抜けない。ちゃんと回転かけようとするとスピードが死ぬ。勢いよく打とうとすると、回転が甘くなってただの浮いた球になる。そしてアウトになる、おわり。
しかも、変に当たると浅くなる。ネットの手前にぽとっと落ちて、これがいわゆる「チャンスボール」ってやつになっちゃう。相手からしたら「どうぞ打ちこんで下さい」の楽ちんボールだ。こんなん試合でやったら即やられるわ。武器とはとても言えない。
スライスは、もっとひどい。
上から下に切る、って言われたんだけど。これがマジで安定しない。落ちずにすこーんとアウトしていくことがほとんど。コートの外に出ていく。球が低く滑って、あんまり跳ねないのが特徴って言うけど、切りすぎて逆に浮いてアウトする。自滅だわ。
……振りすぎ、なのか? どうやるんだ、これ。
力を抜くといいのか? でも抜きすぎると、今度はネットに引っかかる。さじ加減が分からん。
結局、今の俺にできるのは。
なんとか、トップスピンとスライスでつなぐ。ぎりぎりコートに入れて、ラリーを続ける。そんで相手が甘い球を返してきたら、そこにフラットを叩き込む。
……それくらいだ。
つなぐつなぐ、つないでチャンスが来たら、ドカン。
地味だ。虎視眈々とチャンスを狙う戦い方だ。
でも、藤崎にも稲葉コーチにも、「今はそれでいけ」って言われた。「あなたのフラットは武器になる。それをメインウェポンに、回転でしのいで、チャンスを作りなさい」って。
メインウェポン、面白い言い方するな。藤崎ゲームとかやるのだろうか?
――まあ、そういうもんか。今はそれでいくしかない。
*
あと、サーブもちょっとだけ練習した。
いや、これは藤崎が「大会に出るなら、最低限サーブは打てないと、そもそも試合が始まらないでしょ」って、しぶしぶ教えてくれたやつだ。本当はストローク優先なんだけど、さすがにサーブなしじゃ試合にならんからな。
で、これがな?
ファーストサーブはむっちゃ楽しいんだわ。
だって、上から下に、打ち下ろすだけだもん。高いところから、ボールをばちーんって。回転とか考えなくていい。気持ちよくフラットで叩ける。気持ちいい。
これは俺の得意なやつだってなったわ。入ると、めっちゃ速い球が飛んでく。
でもセカンドサーブが、壊滅的。
テニスのサーブって、二回打てるんだよな。一回目を外したら二回目。二回目も外したら相手に点が入る(ダブルフォルト、っていうらしい)。
俺のセカンド。ファーストと同じ感覚で打つと勢いよすぎて、ぜんぜん入らない。かといって弱くすると今度はネットにかかる。全然安定しない。このままだと試合で二回連続ミスりまくって、勝手に自滅する未来しか見えない。
「セカンドはアンダーサーブにしなさい」
藤崎にそう言われた。
アンダーサーブ。下からぽーんって優しく入れるやつ。
……うーん。
正直ちょっとダサい。かっこよくない。なんかこう「サーブ打てませーん」って言ってるみたいで。
でも、藤崎が言うには「ダブルフォルトで勝手に点を渡すくらいなら、確実に入れてラリーに持ち込むほうが百倍マシ」だと。
……確かに。それはそう。ぐうの音も出ない。
セカンドサーブのコツとして、回転を意識してかける事らしい。ファーストより。いやストロークで悩んでるのにサーブでできるわけないじゃん。
――今は、しょうがない。アンダーで入れて、ラリーで勝負する。でもいつか、ちゃんとしたセカンドサーブ、打てるようになりたいな。ダサいのやだし。
俺、トップスピン、スライス、セカンドサーブ、体力。穴だらけだわ。こんなんでホントに強くなるの? 稲葉コーチおだてて言ってない?
不思議と焦りはあるけどやることが見えてる、ってのはいいことだ。一個ずつ埋めてけばいい。
大会までもう少しだけど、よしやるぞ。
=== 藤崎真白 ===
千両君は、真面目に練習している。
これは素直に感心する。飽きっぽい子かと思っていたけど違った。地味な反復を文句も言わずにこなす。野球で鍛えられたのか、もともとの性分なのか。たぶん両方だ。
ただ。
意外と苦戦している。トップスピンとスライスに。
見ていて分かる。フラットはあんなに天才的なのに、回転をかける動きになると、途端にぎこちなくなる。叩く癖がまだ抜けきっていない。トップスピンは浅くなりがちだし、スライスはアウトが多い。
今の彼の回転は、正直「打ち込む武器」じゃない。せいぜい「つなぐ」のが関の山ね。
……まぁ今はそれでいい。
彼の長所の一つは、あのフラット。まっすぐ打ち込む速い球。あれを軸にゲームを組み立てるのがいい。回転でしのいで、ラリーを続けて、チャンスが来たらフラットで決める。シンプルだけど、彼の今の手札なら、これがベスト。
問題は、サーブね……。
あのファーストは、入れば速い。でも確率が低い。そしてセカンドが壊滅的。アンダーサーブでいい、とは言ったけど、あれだって、ちゃんとサービスエリアに入れられなきゃ意味がない。まずは「確実に入れる」ところから。サーブは、完全に今後の課題。
それに。
彼の、本当の武器、両手フォアハンド。
私は、改めて、それを見ていた。
普通の選手は、利き手と逆のサイドを、両手バックハンドでカバーする。でも、バックハンドは、フォアより届く範囲が狭く、窮屈な体勢になりやすい。
でも、彼は違う。逆サイドも、フォアで打てる。つまり、コートの左右どちらに来ても、得意な打ち方で、広い範囲をカバーできる。守備範囲が、普通の選手より、明らかに広い。
今はまだ、それを「攻めの武器」として使えてはいない。でも「守りの広さ」としては、すでに機能している。届かないはずの球に届く。返せないはずの球を返す。
これは対戦相手にとってかなりの脅威だ。ウィナー級のボールを返球されるだけでもつらい。
この変則的なプレー。
対戦相手は間違いなく面食らうはずだ。両サイドからフォアが飛んでくる選手なんて、見たことがないだろうから。慣れるのに時間がかかる。その「相手が戸惑っている時間」が、経験の浅い彼にとって大きなアドバンテージになる。
この武器があれば彼の、圧倒的な経験不足も、ある程度はカバーできるはず。
まあ……出る大会の藤ヶ谷オープンジュニアは、グレード4。一番下のクラスだから、そこまで飛び抜けた選手は来ないでしょうけど。
それでも何が起こるか分からないのが試合。まずは場数を踏むこと。試合の経験を、一つずつ積んでいくしかない。
本人は「優勝」なんて息巻いてるけど。そう簡単にうまくはいかないわよ。テニスは、そんなに甘くない。
彼の練習ばかり見てるわけにはいかないので、他の部員も見て回る。そしたら――
「真白っちー」
二年生の先輩が二人、にやにやしながら寄ってきた。あ、嫌な予感がする。
「千両くんの調子どうー? いい感じー?」
「す、すごいよね、……し、初心者なのにいきなり試合だなんて……」
彼の調子を聞いてきたのは神楽恵(かぐらめぐみ)、ショートカットのちょっと吊り目の背の高い先輩だ。かぐちゃん、かぐら先輩って呼ばれてる。高い打点からの強打が得意なハードヒッターだ。
もう一人は大塚紬(おおつかつむぎ)、声は小さく少しペースがゆっくりな所はあるけど、コートでは機敏なフットワークがあるすごい先輩だ。同じようにむぎちゃん、むぎ先輩って呼ばれている。いざ試合になったら相手を翻弄するネットプレーが得意。
先輩たちはダブルスを組んでいて、次のレギュラー候補でもある。
「まぁまぁですね、初めて数週間にしては頑張ってるほうです」
「なっちゃん部長と打ち合ってたよねー、うわー将来有望だー」
「でもまだまだ課題が多いです、マシなのはフラットくらい」
「な、何かあったら手伝うからね。い、いつでも声をかけてね」
「ありがとうございます。お二人に助けていただくのはもう少し先かもですけど」
「あんまり焦らなくていいさー。ああ言うタイプは実戦でガツンと成長するよー」
「はぁ……そうですかね。そうなることを期待しておきましょう」
「う、うんうん」
後輩思いのいい先輩たちだ。特に今千両くんは部内でも注目の人物だ。何せうちの初男子部員だからかも。先輩たちも気になるのだろう。
「――さぁ先輩たちも練習しましょう。新しくフォーメーションに挑戦するんでしょう」
「そうだねー、しっかり練習して先輩として良いところを見せておかないと」
「わ、私たちも試合あるしね」
「そうですそうです、頑張ってください」
先輩は、にまーっと笑って練習に戻っていった。
*
ふと、コートのほうに目をやった。
女子部員たちの乱打練習。その中で千両君が転がったボールをせっせと拾い集めている。球拾いは新入りの地味な仕事でもある。でも彼がいるとなんだか練習のテンポが速いように感じる。
ボールが散らばっても、彼がぱっと落下点を読んで最短で拾いに動く。ボール籠にいれるのも慣れているのかスムーズだ。彼ひとりで三人分は働いているように見える。おかげで球出しが途切れていない。
……野球部、おそるべし。
拾い終えた彼が、こっちに気づいて、にっと笑って手を振ってきた。
……その屈託のない笑顔が、なんだか調子を狂わせるので、すぐに目をそらした。
【作者あとがき】
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