次の輪廻はなんと葦毛の牝馬。零細血統にめげず、持ち前の呑み込みの早さと勝負根性で重賞を勝ったり負けたりし、無事に馬生を終えたと思ったら今度はウマ娘に転生してしまったのである!
レースの後は歌って踊るのだから、競走ウマ娘は実質アイドルみたいなもの。前世以上に走って勝つことへの情熱を燃やした彼女は、クラシック級で秋の天皇賞に挑むのだった。
あの時と同じように、この日の東京レース場も、あいにくの雨模様だった。
雨脚はそれほど強くないけど、午前中からずっと降り続いているから、今日のメインレースである秋の「天皇賞」が始まる頃には、すっかり馬場が重くなってしまっている。
「いっちに、さんし……」
航空宇宙関連の意匠がちりばめられたエメラルドグリーンの勝負服を身に纏い、準備運動をする私もまた、その天皇賞に出走するウマ娘の一人だ。
「ロケットアイドルはどうかな」
「うーん、NHKマイルの時みたいに逃げられたらワンチャンあるけど、いつも通り出遅れるなら、この馬場は厳しいんじゃないか? 距離も長いし……」
勝ちウマ投票券を買おうとしているのだろうか。観客席からそんな会話がかすかに聞こえてくる。大外枠と重馬場に加えて、これまでの私はマイルばかり走ってきたから距離不安もささやかれているのだろう。前世と同じように人気はしていないようだった。
「買っておいた方がいいよお兄さん。このレース、勝つのはりあだから」
準備運動を終えた私は、誰に話しかけるまでもなくそうつぶやく。前々世からずっと、私は人をびっくりさせることが大好きなのだ。
馬とウマ娘にはとてもたくさんの違いがあるけど、その中でも一番大きいのがレースの難しさだと思う。
「すごい……」
発走時刻が近づくにつれて、出走メンバーがゲート前に集まりだしてくると、ただでさえ雨でどんよりとしていた馬場の雰囲気が一気に重くなった。上に騎手さんが乗ってくれていた
「みんな、勝ちに来てるんだ」
去年からずっと、中長距離のGIは、1番人気のオペラオーちゃんと2番人気のドトウちゃんで決着している。二人が出走するということで、この天皇賞(秋)も回避が相次ぎ、日本のGIなのにゲート割れを起こしているくらいだ。つまり、今ここにいる娘たちはみんな、オペラオーちゃんやドトウちゃんを負かしてやろうと思っているつわものたち、ということになる。
「あ、あの、ロケットアイドル、さん」
私が場の雰囲気に気圧されていると、ウマ娘でも珍しいピンク髪のツインテールの娘が、おずおずと話しかけてきた。
「ええっと……あ! アグネスデジタルちゃん!?」
「あ、あたしのことをご存じなんですか!?」
うん、具体的には前々世から。
「去年のマイルチャンピオンシップ、すんごい末脚だったもん! 何度も見返して、勉強させてもらったよ!」
「なんとぉ! ジュニア級からマイルGI4連勝のマイル女王! ロケットアイドルさんに名前を覚えてもらえるなんて……はっ! でもこれって、ロケットアイドルさんの神聖な領域に、デジたんが土足で踏み込んでしまったことになるのでは!?」
さっきまで鼻血を出しそうな勢いで喜んでいたと思ったら、一瞬で顔面が蒼白になるデジタルちゃん。そういえば、デジタルちゃんはいわゆる「壁になりたい」派閥の人だもんね。
「そんなことはないよ! いや、私がなんてことなくったってデジタルちゃんの信条に反するのかもしれないけど、とにかく大丈夫だから!」
「は、はあ……めんぼくないです……。実はあたしも、ロケットアイドルさんとクロフネちゃんのことはずっと追いかけていて、一緒に走れる今日を楽しみにしていたんです」
「あ……」
クロフネちゃんの名前を聞いて、私は一瞬気まずくなる。前世と同じように、今生でもあの子は出走枠の関係でこのレースから除外されてしまっていた。回避が相次いでいるのに除外されるというのも変な話だが、古い時代の規定がまだ残っているのである。今生では私がNHKマイルカップを勝ったから、原因の一端は私にもあると言えるかもしれない。
「あたしの方が賞金を稼いでいたから、クロフネちゃんは今日のレースにいませんけど……だからこそ、あの娘の分まで精一杯走ろうって、あたし決めたんです。なんとも都合がいいことに、クロフネちゃんのライバル、ロケットアイドルさんはいらっしゃいますからね」
そこまで聞いて、私はデジタルちゃんがデジタルちゃんなりの折り合いをつけて、このレースに臨んでいることを理解した。もっと気にしちゃってるかと思ったけど、杞憂だったらしい。
「そっか……それなら余計に、くよくよしたり、気圧されたりしてる場合じゃないね! お互い悔いの無いように頑張ろう!」
「ええ! こんな大レースで、クロフネちゃんに、他のウマ娘ちゃんたちに情けない姿は見せられませんもんね! 今日はよろしくお願いします!」
そんなこんなで、デジタルちゃんはぺこりと一礼すると、
「……ふう、私も緊張がほぐれて良かったな。あとでデジタルちゃんにお礼を言っておかないと」
そういえば、前世のこのレースでは私の方からデジタルちゃんに絡みに行ったんだっけ。これもまた運命ってことなのかな。
そんなことを考えながら、私もまた、8枠14番のゲートに納まったのだった。
ウマ娘は本能的に閉鎖的な空間を嫌うもの。だけど私は前々世から一貫して、狭い場所にいると安らぎを覚える。それこそ、もうここから出なくてもいいかな、という考えがよぎる程度には……
(!)出遅れ
■追い込みのコツ〇
■雨の日〇
■道悪〇
『ゲート開いて、風と雨に向かって、そして2コーナーの位置取りに向かって、サイレントハンターしかしラストランですが遅れました! ロケットアイドルと後ろから行っています!』
ああ、そんな事を考えていたら、また出遅れてしまった。みんなはスタートで躓いた逃げウマの娘が気になってそれどころじゃないみたいだけど。
『さあこうなると早くも予想は狂っていくか! メイショウドトウが引っ張って、今2コーナーのカーブへと入っていきました』
私のプランはどうせ変わらない。道中は最後方から追走して、4コーナーから大外に持ち出しながら加速。そのままゴール板まで突き抜ける。内の芝はもうドロドロだから、外のまだマシな馬場を通れば勝てるはず。それが私とトレーナーさんの出した結論。
『メイショウドトウが先頭! そしてテイエムオペラオー! ドドウオペラオー直接対決ラスト3番勝負! ダイワテキサスがその外に行っています!』
ドトウちゃんが押し出されるようにハナを切らされる。想定外だからというより、単に慣れてない戦法で走ることになってしまって、少し動揺してるみたい。
『今向こう正面の直線コースに入っていきました改めて先頭から見ていきましょう。2番のメイショウドトウが先頭外からはトレジャー、そしてその内を通りましてぴったりと6番のテイエムオペラオーです!11番のダイワテキサスがいて、インコースを通ってステイゴールド、そしてジョウテンブレーヴも外から上がっていく』
『真ん中にロサード、3番のトーホウドリーム、そして出遅れたラストランサイレントハンター内から、10番のアグネスデジタルここにいます』
■直線回復
やっぱりハンターちゃんは強引に逃げることはしなかったか。これ以上カッコ悪い走りは見せられないもんね。
『その後ろにはメイショウオウドウ、インコースを通って9番のサイレントセイバー、8番のイブキガバメント、ロケットアイドルは最後方から、今3コーナーのちょうど1000mを、1分2秒くらいで通過していきました』
■後方待機
そろそろ動き出したくなるけど、東京の直線は長いからもう少しだけ我慢。騎手さんが追い出してくれたタイミングを思い出しながら、前の娘たちをかわす軌道を頭の中に描き始める。
『14人一団固まっています。メイショウドトウが引っ張る形になりました。外から13番のトレジャー、そしてインコースには、ステイゴールドテイエムオペラオー。人気の娘が前の方。12番の……ジョウテンブレーブも早くも上がってきています。ダイワテキサスも外から青白の勝負服』
ペース自体は遅いけど、バ群は固まっていて前とは差がない。予定通りの走りで、勝てる!
そう思って4コーナーで外に持ち出しながら加速すると、雨のレース場が漆黒の宇宙に塗り替わった。
私の背中で、2基のLE-9が燃えている。その燃焼が停止し、私から分離されると、勝負服のスカートから勢いよく透明な炎を噴き出して、水蒸気の尾を引きながら、私は真空の大海原を駆け抜けた。
『7万の歓声に応えて4コーナーのカーブ直線コース! メイショウドトウが先頭で、さあ向かってまいりました!』
■アイドルホースの熱狂
両足に力がみなぎり、内よりマシと言ってもやっぱり重い馬場をものともせず私を加速させていく。あっという間にガバメントちゃんたち三人を抜き去り、私と同じように大外を駆けるデジタルちゃんを追いかけた。
『メイショウドトウ!トレジャーが早くも並ぶ! 内のほうからステイゴールド!』
内の争いには目もくれない。あの田んぼ馬場では満足に走れないだろう。今はとにかく外を回って、少しでもましな芝の上を走る! あの時騎手さんが導いてくれたように!
『さあ、そしてテイエムだ! オペラオーだ! オペラオーだ! ジョウテンブレーヴも上がって来ている!』
■末脚
近くにほかの娘はいない。完全に私たち2人の世界になっている。オペラオーちゃんもドトウちゃんも、外から私たちが迫っていることに気づいていない。
(!)追い比べ
『ここで、さあ、まだメイショウ先頭だ! テイエムオペラオー期待に応えるか!』
大外のデジタルちゃんに、そのさらに外から並びかける。デジタルちゃんは特に驚くような素振りも見せず、さらに加速して私を振り切ろうとした。
『オペラオーが上がって来る! そして! アグネスデジタルロケットアイドル! 外から一気に上がってきた!』
■むき出しの情熱
心臓が破裂する寸前まで鼓動を速め、肺がはち切れんばかりにガス交換しても、全身が酸素を求めて足を止めようとする。そんなこと許されない。私は、誰にも負けない究極のアイドルなんだから!
『しかしオペラオーオペラオー! 外からアグネス! 外からロケット!』
苦痛を気合で抑え込み、定格出力を超えて脚を回す。今はとにかく、すぐ横のデジタルちゃんに勝ちたい!
『大外二人が最後はかわした~!』
そうして渾身の力で踏み込み、ゴール板を駆け抜ける。
『内アグネスデジタル外ロケットアイドル! どちらが勝ったかはわかりませんが、これならば納得でしょうクロフネ陣営も! 勝ち時計2分1秒9……』
張り詰めた緊張の糸が切れ、押さえ込んでいた疲労が全身をのみ込む。脱力して転びそうになる身体を無理やり動かしながら、何とか減速して安全に足を止めることができた。
ふと周りを見ると、デジタルちゃんもすぐ近くでぜーぜーと息をしている。
「完敗、です」
「そんな……気が、早いよ」
お世辞でもなんでもなく、ウマ娘のデジタルちゃんも本当に強かった。横を意識する余裕なんてなかったから、どっちが勝ったかなんて全くわからない。
「ロケットアイドルさんも、あたしと同じ、大外からくると、思っては、いました」
ふぅ、と長く息を吐いて呼吸を整えた後、デジタルちゃんが言った。
「そう、なんだ」
「あたしが思いつくことですもん。ロケットとか宇宙とかを完璧に理解してるロケットアイドル殿も、きっと同じ考えに至るはず。そうでしょ? "宇推くりあ"さん」
今生でもバーチャルウマチューバーとして使っている名前で、デジタルちゃんが語りかけてくる。
「でも、あたしの方が前で走るから、勝てると思ったんですけどね……だからこのレースはデジたんの完敗。いやあ、いいもの見させていただきました」
そう言ってデジタルちゃんは力なく微笑んだ。
「……りあも、デジタルちゃんと最後叩き合いになったとき、すごく苦しくて、すごく楽しかった。また一緒に、どこかで走ろうね」
「ぜひぜひ。喜んでお相手させていただきます」
そういって私は、デジタルちゃんとこぶしを突き合わせる。写真判定の結果が出たのは、それから2分後のことだった。
「こんばっしょーん! ロケット工学アイドルウマチューバーの宇推くりあです!」
後日、私はウマチューブで配信を始めていた。
「そして、本日はなんと、スペシャルゲストに来ていただいて、おります! どうぞ!」
「は、はい。イラストレーターのアリスデジタルです……どうぞ、お手柔らかに……」
「はぁい! よろしくお願いします!」
>>おおすごい
>>デジタル先生!
>>いつもお世話になってます
そう、秋の天皇賞で一緒に走ったデジタルちゃんと、コラボ配信の約束を取り付けることができたのである。せっかくこの二人で配信するのだから、テーマは当然……
「さて、いつもはロケットの打ち上げを実況してるんだけど、りあもクラリスのウマ娘だから、地球のレースにも興味があるんだよね。そこで! 今回は世界屈指のウマ娘オタクとして知られるアリスデジタル先生をお招きしまして! この前の! 天皇賞を! 回顧していきたいと! 思います!」
「い、イエーイ!」
>>イエーイ!
>>先生ガッチガチで笑う
>>珍しい
>>楽しみにしてた
>>勉強になりそう
私みたいな学術系と呼ばれる──自分では自分のこと学術系と思ってないんだけど──ウマチューバーは、前々世でもそうだったように、専門分野から外れる配信をすると、同接が稼げないことが多い。でもこの世界のレースは本当に国民的な人気があるからか、あるいは「アリスデジタル先生」が大人気同人作家だからか、Falcon9配信より同接が稼げている。
「ということでデジタル先生的にはこの前の天皇賞どうでしたか?」
「そうですねぇ~あのレースも濃厚なオペドトが見られてて見どころ満載だったんですけれども~……」
序盤ちょっと挙動が怪しくて心配してたけど、いざ本題に入ったらデジタルちゃんはちゃんと語りだしてくれた。一応私たちが「ロケットアイドル」と「アグネスデジタル」だってことは伏せつつ──なんか公然の秘密みたいになってたけど──お互いの思考とか反省点とかも知ることができて、本当に有意義な配信だったと思う。
ウマ娘に転生したからこそできる楽しみをかみしめながら、私は次のレース後も回顧配信をしようと思うのだった。
ロケットアイドル Rocket Idol 牝 葦毛
父:ハクタイセイ
母:ロケットダンサー
母父:ノーザンテースト
調教師:多寝太博幸
主戦騎手:仰螺尚弘