感動の裏にはしかし、他の何かも
そして
オルクセン女子プロレスの未来は
エルフィンドールズの未来は
……ほんの少しだけここに記しておこう。
オルクセン陸軍駐屯地に用意された宿舎に戻ったディネルースは、自分の部屋にエッダ軍曹を呼んだ。今回はだいたい自分がしでかした内容を覚えていたからだ。とても気まずかったが、とりあえずエッダ軍曹には謝ろうと思っていた。
『コンコン』というノックの音の後にディネルースの部屋の扉が開いた。
「失礼いたします、エッダ・ミッターマイヤー軍曹参りました」
ドアを開けてエッダ軍曹が入って来る。ディネルースの部屋は駐屯地内でも大きな士官室であり、立派な机が置いてあった。ディネルースは顔の前で手を組み、その机の椅子に座っていた。
「正直、すま……」
「ありがとうございました、少将」
ディネルースの詫びの言葉をさえぎって、エッダ軍曹が礼を言う。ディネルースはどうしたのかと思ったが、さらにエッダ軍曹の目から大粒の涙が出てきて、ディネルースは訳が分からずにたじろいだ。
「少将はわたしが犯罪者になるのを止めて下さったのですね」
「は?」
いよいよエッダ軍曹の話が理解出来ないディネルースは机に手をつき、勢いで立ち上がった。
「場外乱闘に乗じて白エルフの女王をこの世から消すために用意してあった、爆破のための点火コードでわたしを縛って、プロレスを続けるなんて……」
涙と鼻水でぐしゅしぐしゅ音を立てつつ、エッダ軍曹はそう話した。
「いやいや、私が縛ったのは確かまだら模様の紐で、軍の爆破工作用の赤黒点火コードではなかった……」
「そんなかばい方をしなくても。私が家から持ってきた、白と茶と緑の電線を結びあげた強度も信用性も高い特殊な点火コードだったのを少将も気づいておられますよね。それも二度も」
「二度?」
「旗揚げの試合を盛り上げようと、ジャイアントオークキングを置いてあった芝の下に仕込んであった火薬の点火用として控室に置いてあった同じコードで縛っていたじゃないですか」
「二度⋯⋯な(知らん)。しかし、なんだって爆破など……」
「旗揚げの時は橋の爆破が出来なかったうっぷん晴らしをしようとして。でも今回は、今回は、少将だって皆だって、あの女王、消したくないですか?我々の身内の命を奪い、われわれの未来も封じた白エルフの親玉を!」
エッダ軍曹は血が出るほどに両手の拳を握りしめ、震えながらにそう言った。
「そんなコト出来るなら……いや、だがな、全ては終わったのだ、あの終戦で。それにわたしたちもファルマリアの追撃戦で戦争を踏み越えてしまったのだ。もし旧エルフィンドがあそこで終戦を切り出さなければ、我々は世界に居場所を失ったかもしれないのだぞ!」
「でも、でも!」
「それにな、森の件はエルフィンドの元女王個人の関与はキャメロットの調査で無かったとされているし、これは明日正式に発表されるが……お前、エルフィンドが降伏の時に何を求めたか知っているか?」
「民の命と白銀樹の保護?」
涙と鼻水を垂らしたまま、エッダ軍曹は虚ろにディネルースの顔を見た。
「彼女は今日の完全な退位の前に自分の樹を自ら焼いている。これがどういう意味か、エルフならわからぬハズはないな」
「そんな!でも……」
「ここまでされて、すでに女王でもなにでもなくなった人間を殺すなど、これ以上愚かな話はない。忘れたくとも忘れられないのはわたしも、他のダークエルフの皆も同じだ。しかし、もう越えねばならぬ壁なのだ!」
ディネルースも机の上の拳を握りしめ、震えながら言う。
「それで、爆弾はドコに仕掛けていたのだ」
「貴賓席のテーブルの下です。場外乱闘のどさくさで点火コードをつなぎ、リング下の凶器置き場に置いてあった発破器で……」
「それが爆発した場合、我が王は、グスタフはどうなった?」
「あ、いえ、多分、死なない程度では済んだのではないかと……」
「お前は……とんでもない爆弾娘、いや爆弾魔だな。こんな話を聞いて、わたしはどうすれば良いのだ?今すぐお前の頭に風穴を開けても問題ないのだぞ……いや、その前に今、お前の爆弾は……」
「もう回収して信管を抜いてあります」
「それとな、もうお前を工兵として部隊の爆弾に近づけるわけにはいかない」
「はい⋯⋯」
「ヴァルダーベルクに戻ったら旅団から除隊させてもらう」
「はい⋯⋯」
流石に除隊と言われるとエッダ軍曹にもくるものがあるらしい。また涙が床を汚しだした。
「その上でオルクセン女子プロレスと契約してもらう。今、お前を失うワケにもイカンからな。それにこんな危ない爆弾娘をわたしの目が届かない場所に置くわけにもいくまい」
「はい、ありがとうございます、姉さま!」
エッダ軍曹はディネルースに抱きついてディネルースの軍服に涙を落としまくる。我ながら甘すぎると思いつつも、エッダ軍曹に引け目があるのも間違いないのだ。
『ゴホン』と咳払いしてからディネルースが言う。
「ひとつだけ頼みがある」
「なんですか?」
エッダ軍曹がディネルースから離れて言った。ディネルースが話す。
「多分、お前だけはもうわかってると思うがレッドマスクの正体はわたしなのだ。これだけはわたしとお前だけの秘密にしてもらいたい」
「いや、それ無理です」
涙が止まったエッダ軍曹が真顔でいう。
「何故?」
「姉さまはご承知していないコトだと思いますが、この状況ではわたし、もう隠すコトが出来ません」
感情を無くしたような顔をしてエッダ軍曹が言う。
「わたしは縛られていて見ていないのですが、姉さまは旗揚げの時に階級章のついた上着を着たまま入場されたので、会場の皆、殆どがレッドマスクの正体に気づいていたそうです、そのために我が王グスタフ様が試合の始まる直前にレッドマスクの正体について署名入りの箝口令を出したと。なんなら今日も……あ、わたしは両方見てないから話しても問題ないのかな?」
「問題、問題なくはないが……それにしても、皆が、皆が知っていたのか?!」
ディネルースの問いにエッダ曹長はコクリと頷いた。ディネルースの顔は真っ赤になった。
(箝口令だとぉ、クソっ、あのグスタフの野郎め!!ずっとわたしを騙していたのか、多くの民も巻き込んで……)
ディネルースは心の中でグスタフを呪った。呪いまくった。何度も、何度もあれから一緒に夜を過ごしたというのに……まあ、全てはディネルースが悪いのだが。
その頃、人気のなくなったファルマリア港の倉庫では、リング横にひとつだけ点けられたランタンの下の丸テーブルでふたりのオークが対峙していた。ゾフィー・スコヴァとその父、ビョルン・スコヴァである。会場内は特別警護班のマチルダ・バッケスホーフ少尉とフリーダ・ゲデック曹長が人払いをしてくれて誰も残っていなかった。
「何故、わたしを残して逃げたの?」
「若いお前には借金取りがいかないと思って」
「沢山来たわよ、父ちゃんが連帯保証人になったトコなんてまともな金貸しじゃなかったから。家も道場も、身内や学校すら追われて、私はアンファングリア旅団のお世話になったのに」
「すまん、そんな苦労をかけていたとは……」
「そんなコトはもういいわ、何故今日ここに来たの?」
「あの後、キャメロット時代の知り合いに頼んで身を隠していてな、そいつに金を借りて小さな工場を作り、あげめんを製造して、捨てきれずに沢山持っていた『ファルマリアあげめん』の紙袋に入れて売ったらなぜか評判になってな、小金が出来た」
「そんなに売れたの?」
「ああ、キャメロットの兵站で採用の運びとなり、もう納入日も決まっている」
「なんと」
「だが、オルクセンで受けた仕打ちにどうしても腹が立ってきて、戦争を終わらせたグスタフ王にひと太刀入れようと……そして、この会場に来たらお前が出場すると聞いて驚いて……」
「我が王にひと太刀?どうやって、持ち物検査もしていたし、特別警護班の人がずらりといるのに」
「わたしのブリツなら食事用のナイフ一本もあればダークエルフのひとりやふたりくらい……」
「今日、父ちゃんの横にいたダークエルフは道場やヴァルダーベルクの武道館でわたしが鍛えたブリツ使いよ。もうふたりでならわたしすら簡単に取り押さえられる。それにあの人たちはこの会場の中ならどこにいても仕留められる拳銃の達人よ!」
「それはさっき十分思い知った。だから大人しくお前を待つコトにした」
「だいたい、暴れたら真っ先にわたしがとっちめてたわ!今の父ちゃんがわたしに勝てると思う?」
「勝てぬ、な……」
「それに、我が王は素晴らしい人よ。戦争は早く終わっちゃったけど、でもそれは正しい判断だった。死んだり、怪我したり、家族を失う人たちは間違いなく減ったハズ。今日来てエルフィンドールズを応援していた子供たちは皆があの戦争の孤児なのよ。それに早すぎた終戦で困ったのは父ちゃんだけじゃない。最初の試合に出たコボルトのふたり、ミーとゼッツだって終戦が早くなったから職を失ったの。でも彼女たちは明るくプロレスをしているわ!」
「そうなのか……」
「だいたいが商売の素人だった父ちゃんのせいじゃないの。それを我が王の責任にするのは許せないわ!」
「そうだな、お前をこんな見世物にするコトも……」
「ふざけないで!ブリツやらされていた子供の頃から父ちゃんはわたしを見世物にしていたのよ。それに今日のプロレスをちゃんと見た?普通の格闘技とは違うけど、普通の格闘技よりも、ブリツよりも長く、強く、広く鍛えているのよ、わたしも、皆も。もうわたしはプロレスラーなのよ、プロレスが大好きなのよ」
「すまん……」
「もう少し落ち着いたらまた一緒に暮らしましょう。でも、今はまだその時じゃない。身元と連絡先だけ教えて。逃げようとしても無駄よ、キャメロットにいるならわたしにだってつてがある。」
「わかった。借金はまだまだあるのか?」
「まだある。だけど心配しなくていい、その分ちゃんとそっちで真面目に稼いで!」
「わかった、本当にすま……」
『ガシッ!』
頭を下げようとしたビョルンの顎にゾフィーのアッパーカットが決まった。
「本当ならこういう時に殴るものではないかもだけど、わたしら格闘親子だからね。とにかく頑張ってよ、父ちゃん!」
そうしてふたりは分かれた。多分一緒に生活する日は……
それから幾歳月が過ぎ……
武神ゾフィー・スコヴァは父ビョルンの食品会社の社長となった。ビョルンは会長として在籍している。会社の本拠地はファルマリアへ移り、キャメロット軍だけでなくオルクセン軍、新エルフィンド自警隊などへ『ファルマリアあげそば』を納入している。当然、一般市場でも販売して、なぜか人間種にはヒットした。さらにゾフィーの言語力でスパイス・調味料などの調達・販売網を各国に広げて大きな会社に育っている。
そしてゾフィーはファルマリアにプロレス団体『エルフィンド国際プロレス』を設立した。本人は道着を脱ぎ、プロレス衣装の上に『麺社長』と白字で書かれた黒いシャツを着て、おもにコミカルなプロレスでリングに立っている。
エルフィンドールズのマリン・ファングとニコ・ファングはファルマリアの司祭がエルフィンドの司祭浄化のために首都に行ったため、ファルマリア孤児院の理事長と院長になった。経営は多額の寄付によって安定している。当然、ふたりも『エルフィンド国際プロレス』には依然参加しており、変わらず素晴らしいプロレスを魅せており、新たな白エルフレスラーの育成にも励んでいる。
ジャン・ベルナールはオルクセン女子プロレスに在籍したまま、エルフィンド国際プロレスとか各国に出来たプロレス団体の実況係として忙しく回っている。何故か人間種のプロレスへの熱狂度は高く、キャメロット連合王国やグロワール帝国、ロヴァルナ帝国にまでプロレス団体が出来たのだ。ジャンはそれらのプロレス指導もして、忙しい日々を送っている。その中で少しでも暇があればファルマリア孤児院でチカの作った夕食を食べている。
ミー・シュルツとゼッツ・クナウストのコボルトコンビもオルクセン女子プロレスに在籍。現在は色々と環境が整ったため、しょっきりは後輩に任せ、悪魔の空飛ぶコボルトを名乗り悪役レスラーとしてリングに立っている。そして、そろそろ独立してオルクセン王国内で『コボルトプロレス』という団体を設立しようと奮闘している。彼女たちを解雇したヴィッセル社がその新団体に資金提供すると決まっていた。どうやらプロレスと共にトゥルネンも教える団体を目指すようだ。
エッダ・ミッターマイヤー元軍曹は軍を除隊してオルクセン女子プロレスとの専属契約を交わし、エースから中堅レスラーとなった。後輩や仲間からは軍を離れたのに『鬼軍曹』と呼ばれている。最近ディネルースに『爆破電流プロレス』を提案したが、当然、即却下された。
ディネルース・アンダリエル少将は相次ぐエース級の離脱からレッドマスクをレギュラーにして興行の主役にした。何名か別の人間にレッドマスクをやらせてみたが、コアなプロレス・格闘技ファンから『今日のはキレが悪い、別モノ』などと見破られる始末で、現在は本人がメインエベントをこなしている。
エース不足の余波から、リア・エフィルディス大尉はついにプロレス衣装を着てレスラーとしてリングに立つコトになった。長い交渉の果てに、当初ディネルースから渡された衣装よりは幾分布面積の広い衣装となった。それにしても恥ずかしいと赤いタイルを首にかけて入場していたが(ガウンの使用はディネルースからNGが出た)、同じ赤いタオルを大量に仕入れて物販で売ったらとても売れた。今ではオルクセン女子プロレスの収益の二割はタオルという噂もある。元々足技が得意であり、ひたすら打ちまくるハイキック、頸椎を蹴り落とす『頚椎斬り』、両手片足で相手の多くの関節を極める『デビルフィッシュールド』などが得意技。『1、2、3、にぱー』という謎の掛け声は子供にも流行っている。
我が王グスタフは、そのまま我が王を続けていた。やはり国家の基本は食と、新たな領土となった元エルフィンド領のシルヴァン川流域で稲作を進めるため、寒さに強い米の開発に力を入れている。オルク397という米が秋には出来る見込みだ。そして、プロレスの解説書となったグスタフノートは『美しきルチャ世界』とディネルースが呼ぶ五冊目が書き終わった所である。
そして、何度目かのファルマリア新国家記念祭。近年のここでの興行は『オルクセン女子プロレスVSエルフィンド国際プロレス』の対抗戦となっている。その最終試合、オルクセン女子プロレス代表タッグのレッドマスク・リア・エフィルディス組と戦うため、西側控室にいるのは……
セパレートの白い衣装を着て、頭に白いリボンを巻いた小柄なレスラーが椅子に座り、白く長い編上げブーツの紐を縛っていた。
「さて皆は驚いてくれるだろうか」
「それはまちがいなく、でも相手が強そうで震えが(笑)」
こちらは白のワンピースの衣装を着たレスラーだが、暗い控室で顔などは見えないが長い耳から白エルフだろう。見ていた写真かなにかを鞄に入れたところだ。
「奴らは強いな。でも、今日までしっかり鍛えてきたじゃないか」
「出来る限りは」
「この試合、うっかり勝ってしまってもいいのだぞ、マリンとニコに代わって私らが出る時点でブック破りだ」
「なるほど、うっかりと!」
「フフフ、でも、いいのかな?勝ったら青いベルトを巻いて、全オルクセンプロレス連盟のタッグ女王になってしまうが」
「今度はうまくやれるかしら?」
「今度も、な。喉の調子は大丈夫か?」
「もちろん!」
エルフィンド国際プロレスが作り出した二代目エルフィンドールズは歌って踊れるアイドルレスラーである(そして多分実力者)。どうするディネ……レッドマスク、どうなるリア大尉!
そして、まもなく試合開始の鐘(ゴング)が鳴る!!
~ お し ま い ~
最後です。
出し惜しみなく、やりたい放題の結果がコレです、怒らないでください(笑)
でも、ポンコツな笑いと無理やりな感動とプロレスへの想いはそれなりに書けた気がします。
そして素晴らしい原作が本当に良く作られているのが以前より少しだけわかった気も。
また何か書くコトもあるかもしれません。
その時はどうぞよろしく応援お願いいたします!!