書いてみた現代ダンジョンものです。
内容はタイトルまんまです。

カクヨムにも投稿してます。

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ソロタンクダンジョンもの

「お前、明日からもうパーティに来なくていいよ。

 ……その、お前にはやる気が無さすぎる」

 

「……そうだな、わかった。今までありがとな」

 

 パーティリーダーから告げられたその言葉に彼、伊智護はあっさりとギルドの待合室を後にした。

 

 恨みや未練は微塵もなかった。

 

 リーダーの指摘は間違いようのない事実であったからだ。

 

 護の所属していたパーティは、国内でも数少ない『S級』の栄誉を手にしたトップチームであった。

 

 当然、挑むダンジョンも常人では足を踏み入れることすら許されない危険地帯ばかりだ。

 

 しかし正直なところ、相手がどんなモンスターであれ、護からしてみれば『作業感』が否めなかったのである。

 

 前衛で大盾を構え、ヘイトを固定し、敵の攻撃を受け止める。

 

 背後の仲間たちが安全に魔法や矢を放ち、獲物を仕留めるのをただジッと待つ。

 

 それがタンクとしての役割だった。

 

 だが、護のステータス、装備、そして技術からすれば、その役割は『その程度』のものでしかなかった。

 

 敵の猛攻を受けても痛痒すら感じない。

 そもそも、盾を構えずともダメージを負うことが少ないレベルだ。

 

 護からしてみれば、まるで緊張感の欠片もない戦い。

 戦いたくて探索者になったというのにこれでは、モチベーションが下がるのも必然である。

 

 そして、そんなやる気のないタンクの背中は、命を懸けて戦う仲間の士気を下げる。 

 

 だから、この追放は極めて健全な決断だったのだ。

 

 そうしてギルドのロビーを出た護は、備え付けの不用品回収ボックスの前に立ち、腰の長剣を迷いなく投げ入れた。

 

 ガコン、と重い金属音が響く。

 

「こんなもん、最初から飾りだったんだよな」

 

 180センチを超える長身と、過酷な鍛錬によって隙なく編み上げられた分厚い筋肉。

 黒髪を無造作に短く刈り込んだ護は、首を左右に振って骨を鳴らした。

 

 何となく持たされていた片手剣だが、使ったことなど数えるほどしかない。

 

 自分の身長の半分を優に超え、首元までを完全に覆い隠すほどの重量を持つ、漆黒の特注の大盾――これさえあれば、戦える。

 

 攻撃がしたければ、この鋼鉄の塊で直接叩き潰せばいいだけの話だろう。

 

 パーティプレイから解放された護が向かったのは、東京のど真ん中。

 

 かつて代々木公園があった場所にそびえ立つ『代々木ダンジョン』だ。

 世界に数多存在するダンジョンの中でも、未だに人類の誰も最深部へと到達していない、文字通りの未踏破。

 

 区分では護や元パーティと同じく『S級』に分類されるダンジョンである。

 

 一般的に、S級パーティの推奨攻略難易度は、安全マージンを取って一つ下の『A級ダンジョン』とされている。

 

 つまり、S級ダンジョンに単身で乗り込むなど、自殺志願者のすることだった。

 

 しかし、護は紛れもなくS級の個人ライセンスを保持している。

 ソロでの入場を拒まれる理由はどこにもない。

 

 ゲートを潜り、内部へと足を踏み入れる。

 

 代々木ダンジョンは、ジメジメとした土の匂いと冷気が立ち込める広大な、いわゆる『洞窟型』の構造をしていた。

 天井からは結晶化した魔力が淡い光を放ち、不気味な影を地面に落としている。

 

 ここは別名『オークダンジョン』。

 

 その名の通り、出現するモンスターのすべてがオーク種で構成されている。

 

 世界的に見ても極めて特異な魔窟だ。

 

「……よし」

 

 護は一人、薄暗い洞窟の奥へと歩を進めた。

 

 背後に守るべき脆い魔法使いや弓兵はいない。

 

 自分のせいで誰かが傷つく心配も、味方の射線や立ち位置に気を配る必要もない。

 

 ただ目の前の敵を、己の肉体と技術のすべてを懸けて叩き潰す。

 

 求めていた闘争を前に、護の心は歓喜で震えていた。

 

 洞窟の角を曲がった瞬間、肉が腐ったような強烈な悪臭と、低く地を這うような足音が護の鼻腔と鼓膜を刺激する。

 

「ブゴォォォ……!」

 

 現れたのは、代々木ダンジョンの最下層兵卒――B級モンスター『オーク』。

 

 最下層の雑魚とはいえ、その体躯は2メートルを超え、全身が丸太のような筋肉の塊で構成されている。

 

 オークがその太い腕で片手で振り回しているのは、人間の身長ほどもある150センチ以上の無骨な大剣だ。

 さらに厄介なことに、オークは強靭な物理肉体だけでなく、異常なほどの『魔法耐性』を備えている。

 生半可な魔術は皮膚に触れた瞬間に霧散するため、世の魔法使いたちからは『メイジ殺し』と恐れられる存在だった。

 

 それが、一挙に3体。

 

 通常のパーティであれば、前衛が足止めをしている間に物理アタッカーが弱点を突くのが定石だ。

 

 しかし、護は一切の気負いなく、大盾の裏のグリップを握り直した。

 

 オークたちが侵入者を視認し、一斉に突進してくる。

 地響きが洞窟内に反響する。

 

 その光景に、護は口角を上げた。

 

 なぜなら、ヘイトを集中させるスキルを使用する必要がないからだ。

 

 ソロなのだから当然、敵意は最初から自分にしか向いていない。

 

 それが今は、たまらなく心地いい。

 

 先頭のオークが、凄まじい風切り音を立てて大剣を上段から振り下ろす。

 

 護は大盾を構え、その場に踏みとどまった。

 

 彼が視線を向けたのは、迫り来る凶刃ではない。

 

 オークの『泥塗れの足』だ。

 

 大盾はその大きさの関係上、構えると視界を奪われるのは自明である。

 

 そこで護は、大盾を構えた際、敵の一部は常に視界に入るようにしている。

 

 その時、一番いいのが足だ。

 

 足の方向や踏み込み方、地面への力の伝え方を見れば、敵の攻撃の軌道やタイミングは大抵予測できる。

 

 これは浮遊している敵なんかにはあまり通用しない技術だが、二足、あるいは四足で地を駆けるタイプのモンスターであれば、まず使える必須級の技術である。

 

(左足の軸が外に開いている。縦振りじゃない。右からの横薙ぎか)

 

 初動とは違う攻撃動作。

 

 オークは盾を見たことで、攻撃方法を変えたであろうことが見て取れる。

 

 これも、オークが厄介な理由である。

 オークはその見た目とは裏腹に、得物をただ振り回すだけではないのだ。

 

 ともかく、護の予測通り、オークは大剣を強引に横へと薙ぎ払ってきた。

 

 護はそれを大盾の正面で受け止めない。

 

 衝撃をそのまま骨で受ければ、いかに肉体が頑強でもスタミナを削られる。

 

 大剣の刃が衝突する直前、護は大盾を僅かに斜め前方へと突き出し、受け流す角度を作った。

 

 キィィィンッ! と甲高い金属摩擦音が響き、オークの大剣は推進力を失わずに外側へと滑り落ちる。

 

 力のベクトルを横へと逸らされたオークは、自らの怪力によって体勢を大きく崩し、前方にのめり込んだ。

 

「がら空き」

 

 護はその隙を見逃さない。

 体幹を捻り、大盾の鋭利な縁をオークの太い首筋へと叩き込んだ。

 

 いわゆる、シールドバッシュ。

 

 グシャリ、と肉と骨が同時に圧砕される鈍い音が響く。

 

 鋼鉄の質量と護の剛力が上乗せされた一撃は、オークの巨体を軽々と吹き飛ばし、洞窟の壁へと叩きつけた。

 

 オークは一言の悲鳴も上げられず、そのまま光の粒子となって消滅する。

 

「ブゴッ!?」

 

 仲間が一瞬で肉塊に変えられたことに驚愕しながらも、残る2体のオークが左右から同時に襲いかかってきた。

 

 右の個体は大剣による鋭い突き。

 左の個体は叩きつけ。

 

 護はまず、右の突きに対して動いた。

 

 大盾を持っているからと、すべての攻撃を無理に正面から受け止める必要はない。

 

 特に、槍や剣による直線的な突きの攻撃。

 これは正面から受けるよりも、横から殴る方が遥かに簡単だ。

 

 直線的な運動は、その進行方向に対して垂直な横からの力に極めて弱い。

 

 護は大盾の面を右側へと引き込み、突き出された大剣の側面を、払うように強く叩いた。

 

 ガンッ! と短い衝撃音が響き、オークの突きは見当違いの方向へと弾かれる。

 護はそのまま流れるような動作で、左から迫っていたもう一体の叩きつけに対し、大盾を斜めに掲げて受け流した。

 

 二つの攻撃を完全に無力化した護は、弾かれた拍子に互いの体が交差したオークたちに向けて踏み込む。

 

「失せろ!」

 

 両手で大盾をしっかりと保持し、前方へとその脚力を以て踏み出す。

 

 盾の面全体で2体のオークを巻き込むようにして放つ、渾身の突進。

 

 ドォォンッ!!

 

 強烈な圧縮空気を伴ったそれは、彼らの胸骨を悉く粉砕した。

 

 内臓を破壊されたモンスターたちは、まともな抵抗すらできずに光へと還っていく。

 

 後に残ったのは、いくつかの魔石と、オークたちが落とした無骨な大剣の残骸だけだった。

 

「……最高だ。やっぱり、仲間はいらんな」

 

 護は溢れ出そうになる笑みを噛み殺しながら、魔石を拾い上げ、さらに深い階層へと足を速めた。

 

 第三層までは変わらぬ空気だったものの、第四階層に降りると、洞窟の道幅はさらに広がり、壁面からは赤黒い不気味な苔が生い茂るようになっていた。

 

 空気の重さが、これまでの階層とは明らかに違う。

 

「グルルルル……!」

 

 前方の広場に差し掛かった護の前に、新たな影が現れた。

 

 3メートルを超える、圧倒的な巨躯。

 B級であるオークの純粋な強化種であり、A級に指定されている『ハイオーク』だ。

 

 その肉体はただ肥大化しただけでなく、鋼のように硬質な皮膚で覆われており、手には人間の胴体ほどもある巨大な石造りのハンマーを握りしめている。

 そして何より厄介なのは、ハイオークはその圧倒的な個体スペックを持ちながら、常に3体ほどの通常のオークを率いて、群れで行動するという点だった。

 

 ハイオークがハンマーを地面に叩きつけ、凄まじい咆哮を上げる。

 

 それを合図に、周囲のオーク3体が護を取り囲むように扇状に広がった。

 

 かつてのパーティプレイであれば、ここでタンクがスキルを叫び、前線の注意を一手に引き受ける必要があった。

 

 だが今の護には、そんな回りくどい手順は不要。

 

「まとめてかかってこい!」

 

 護が静かに大盾を構えた瞬間、ハイオークが突進を開始した。

 

 その巨体からは想像もつかない速度で距離を詰め、頭上から巨大なハンマーを振り下ろす。

 

 ドガァァンッ!!

 

 地面の岩盤がクモの巣状に割れ、激しい土煙が舞い上がった。

 

 だが、その一撃の直下に護の姿はない。

 

 ハンマーが風を切る僅かな予備動作を、護の目は確かに捉えていた。

 

 ゆえに一歩だけ横にステップを踏むことで、質量攻撃の範囲から完全に逸脱していたのだ。

 

 空振りの反動でハイオークの姿勢が前に流れる。

 

 護はその隙を見逃さず、大盾の角をハイオークの膝の裏へと叩き込んだ。

 

「ガァッ!?」

 

 どれほどの巨体であっても、関節の構造と物理法則からは逃れられない。

 

 膝を強制的に折られたハイオークが、体勢を崩して地面に片膝を突く。

 

 そこへ、ハイオークの部下である3体のオークが、リーダーの危機を救うべく大剣を振りかざして一斉に襲いかかった。

 

 左右、そして背後からの同時攻撃だ。

 

 しかし、背後の死角から迫る攻撃に対しても、護は動揺を見せない。

 

 踏み締める土の振動、空気の層が押し出される気配。

 

 護は敢えて背後の攻撃を避けないという選択をした。

 

 大盾を前方のハイオークに向けたまま、背中に受けるオークの大剣の斬撃を、己の肉体で直接受け止める。

 

 ギチ、と鈍い音がして、護の防具と筋肉がオークの刃を噛み止める。

 

 当然、ただでは済まない。

 鋭い痛みが走り、護のHPが明確に削り取られる。

 

 だが、護の表情に焦りはなかった。

 

 彼の肉体には、常時発動型のスキルが刻まれている。

 

 固有スキル『根性論』。

 

 これは、受け止めた攻撃のダメージに応じて、即座に己のHPを回復させるという、文字通り根性で戦線を維持するための、タンク用のパッシブスキルだ。

 

 声に出して発動を宣言する必要はなく、彼が戦う意志を失わない限り、その効果は自動的に発動する。

 

 背中を切り裂いたオークによるダメージが、瞬く間に淡い光となって霧散し、護の傷口を瞬時に塞いでいく。

 

 それと同時に、受けた衝撃のエネルギーが、護の体内に『蓄積』されていく。

 これは、護が持つもう一つのスキルによるものだ。

 

「今度は、俺の番だな」

 

 護は振り返りざまに大盾を水平に一閃させた。

 

 背後から斬りかかっていたオークたちの武器をまとめて弾き飛ばす。

 そしてそのままの勢いで、未だに膝を突いていたハイオークの顎に向けて、大盾の底面を下から突き上げるように叩き込んだ。

 

 ガゴンッ! と、頭蓋骨が脳を揺らす強烈な衝撃。

 

 脳震盪を起こして白目を剥いたハイオークの巨体が、ぐらりと後ろへ倒れ込んだ。

 

 護は追撃の手を緩めず、周囲のオークたちに順に盾を叩きつけていく。

 

 その光景はもはや、どちらがモンスターかわからなかった。

 

 ――第六階層。

 

 ダンジョンの最深部に近づくにつれ、洞窟の壁は人工的な石造りの回廊へと変化していった。

 黒い石材で組まれた通路は妙に歴史を感じさせ、不気味な静寂を生み出している。

 

 ここで護を待ち受けていたのは、これまで遭遇したどのオークよりも小柄な、しかし明らかな『知性』を感じさせる個体だった。

 

 A級モンスター『オークリーダー』。

 

 純粋な戦闘力では通常のオークとどっこいどっこい。

 だが、この個体の真の強さは、その異常なまでの『統率力』と『戦術眼』にある。

 

 さらに、その背後にはボロ布のようなローブを纏い、不気味な木製の杖を握った『オークメイジ』の姿もあった。

 

 A級モンスター『オークメイジ』。

 

 オークでは珍しい、強力な火属性魔法を操る、このダンジョン屈指の遠距離アタッカーだ。

 レア個体であるため中々遭遇できないが、遭遇できたことを喜ぶべきか悲しむべきかは、人によるだろう。

 

 オークリーダーが手にした反りのある片手剣を掲げると、周囲の闇から5体のオークが一斉に姿を現した。

 

「ブゴォッ!」

 

 リーダーの短い鳴き声と共に、5体のオークがただ突っ込んでくるのではなく、見事な連携を持って護を取り囲む。

 2体が前衛で盾を構えて護の足止めを狙い、残りの3体が左右の死角へと回り込む。

 

 さらに後方からは、オークメイジが杖の先端に禍々しい赤黒い火球を形成し始めていた。

 

「前衛で視界を遮り、後方から魔法で焼き尽くす。見事な連携だな」

 

 護は感心するように呟いたが、その動きに淀みはない。

 

 オークリーダーの戦術は完璧に見えたが、それは普通のパーティを相手にする場合の話。

 

 守るべき後衛も他前衛もいない護にとってみれば、敵がどれほど組織的に動いたところで攻撃が来るのは自分だけなのだから。

 

 シュゴォォッ! と音を立てて、オークメイジの放った『ファイアボール』が迫る。

 

 護は前衛のオークたちの突進を視界の端で捉えつつ、迫り来る火球に対して大盾を垂直に立てた。

 

 ドォンッ!

 

 大盾の表面で火球が爆発し、激しい炎と熱風が護の視界を真っ白に染め上げる。

 

 しかし、特注の大盾は、その熱量を完全に受け止めた。

 

 視界が塞がれたその瞬間を突いて、オークリーダーの指示を受けた左右のオークが、同時に大剣を突き出す。

 

 炎の幕の向こう側。

 見えない攻撃。

 

 だが、耳はふさがれていない。

 彼の耳は土を蹴る足音の正確な位置を捉えていた。

 

(右から一歩、左から二歩。踏み込みが浅い、フェイント――いや、上!)

 

 護は視界が晴れるよりも早く、大盾を頭上へと掲げた。

 

 次の瞬間、炎の幕を割りながら、上空からオークリーダー自身が奇襲の飛び斬りを仕掛けてきていた。

 

 ガキィィィンッ!!

 

 大盾の上面でリーダーの剣を受け止める。

 凄まじい衝撃が腕を伝うが、護は微動だにしない。

 

「ブゴッ!?」

 

 奇襲を防がれたオークリーダーが目を見開く。

 護はそのまま盾を上に強く押し上げ、リーダーの体を空中へと弾き飛ばした。

 

 それと同時に、体内に溜まっていた『あるスキル』によるダメージの蓄積が、一定の閾値を超えたことを伝えてくる。

 

 先ほどのハイオーク戦からの衝撃、そして今のオークメイジの火球のエネルギー。

 

 すべてが護の漆黒の大盾の裏側に、爆発的な破壊力としてストックされていた。

 

 背後では、オークメイジがさらに強力な魔法の詠唱を始め、杖の先端に巨大な炎の渦を形成している。

 周囲のオークたちも、リーダーを助けるために再び距離を詰めてくる。

 

「まとめて、吹き飛べ!!」

 

 護は両手で大盾をガッチリと固定し、地面を爆発的に踏み締めた。

 

 蓄積されたすべてのダメージエネルギーを、大盾の面から一撃として解放する、彼の持つ唯一にして最大の攻撃スキル。

 

「『フルカウンター』!!」

 

 刹那、大盾の表面から、肉眼で見えるほどの激しい無色の衝撃波が、扇状に放射された。

 

 ドゴォォォォォォンッ!!

 

 洞窟の空気が一瞬で破裂したかのような、凄まじい爆音が轟く。

 

 迫り来ていた5体のオーク、そして空中にいたオークリーダーは、その圧倒的な衝撃波の直撃を受け、骨肉を粉砕されながら後方へと凄まじい速度で吹き飛んでいった。

 

 衝撃波の余波はそれだけに留まらない。

 

 後方で魔法を構えていたオークメイジをも巻き込み、その詠唱を強制的に中断させ、肉体を壁へと叩きつけた。

 

 砂埃が静かに舞い上がる。

 

 周囲を見渡せば、オークリーダーも、オークメイジも、すべての取り巻きたちも、影形なく光の粒子へと変わっていた。

 石造りの通路には、衝撃波によって刻まれた無数の亀裂だけが残されている。

 

「ふぅ……。やっぱり、このスキルはソロでしか使えんな。

 パーティだと、周りへの影響が大きすぎる」

 

 護は自身の右腕を軽く回し、スキルの反動が無いことを確認すると、満足げに笑った。

 

 そしてさらに進むこと少し。

 目の前には、ついに代々木ダンジョンの最深部へと続く、巨大な黒鉄の大扉がそびえ立っていた。

 

 重厚な黒鉄の扉を両手で押し開けると、そこはこれまでの洞窟や回廊とは一線を画す、圧倒的な広さを持つ大ドーム状の空間だった。

 

 天井は見えないほどに高く、周囲の壁には青白い魔力の炎が灯る燭台が並んでいる。

 

 そして最奥の一段高くなった場所には、巨石を削り出して作られた巨大な『玉座』が鎮座していた。

 

 そこに、奴はいた。

 

 代々木ダンジョンの絶対的な支配者。

 未だに人類の誰も討伐したことのない、S級ボス。

 

『オークロード』

 

 その体躯は、これまでのオークたちが子供に見えるほどの、5メートルを超える巨体。

 

 全身を包む鎧は黒く鈍い光を放ち、その右腕には、城門をも一撃で粉砕しそうな、超重量の戦槌が握られている。

 

「……グルォォォォォォォッ!!」

 

 オークロードが立ち上がり、咆哮を上げた。

 

 その圧倒的な威圧感だけで、ドーム内の空気がピリピリと震え、並の探索者であれば精神を圧迫されて膝を突くほどだった。

 

 本来、このオークロードは、自身の配下であるハイオークを10体も引き連れて侵入者を迎撃する特性を持っている。

 

 しかし、オークロードにはもう一つの、奇妙な生態が存在した。

 

 それは、侵入してきたパーティの『人数』に応じて、自身の率いる配下の数を厳密に調整するという、奇妙なまでにフェアな武人気質だ。

 

 オークロードの鋭い眼光が、大扉から入ってきた護の姿を捉える。

 

 黒髪の青年、一人のみ。

 武器は剣を持たず、大盾が一枚。

 

 オークロードは、自身の背後に控えていたハイオークの群れに向けて、太い腕を横に一振りした。

 

「ブゴッ」

 

 短い命令だ。

 

 それを聞いたハイオークたちは、一斉に武器を収め、壁際へと退がっていく。

 

 タイマン。

 

 オークの王は、護のソロでの挑戦を認め、正々堂々の決闘を申し込んできたのだ。

 

「……面白い。決闘ってわけだ」

 

 護の口元が、歓喜で歪む。

 

 これだ。

 この緊張感、この圧倒的な強者との一対一の対峙。

 

 彼が求める『闘争』がここにあった。

 

 出方を互いに伺うこと数瞬。

 

 先に仕掛けたのはオークロードだった。

 

 ドッ!! と、オークロードの巨体が爆発的な踏み込みを見せる。

 

 5メートルを超える巨体でありながら、その移動速度は弾丸の如きもの。

 

 一瞬で護との距離を詰め、右腕の戦槌を、重力の法則を無視したような超高速の横振りで叩き込んできた。

 

 風圧だけで周囲の石畳が弾け飛ぶ。

 

 しかし、護は冷静だった。

 

 オークロードの足の動き、踏み込まれた足の角度から、その戦槌の軌道が自らの大盾のど真ん中を捉えていることを見抜く。

 

 それはすなわち、小手調べ、ということ。

 

(面白いッッッ!!!)

 

 ゆえに、受けて立つ。

 

 両手で大盾を限界まで引き付け、ありとあらゆる技術を以て、正面から受け止める。

 

 ドガァァァァァァンッッッ!!!

 

 部屋全体に、落雷が落ちたかのような凄まじい衝撃音が炸裂した。

 

 オークロードの規格外の怪力によるフルスイング。

 

 その一撃は、護の頑強な肉体をもってしても、地面の石畳を削りながら後方へと十数メートル単位で弾き飛ばした。

 

 護の筋肉が悲鳴を上げ、衝撃の余波が全身の骨を激しく揺さぶる。

 

「がはっ……!」

 

 口内から生暖かい血の味が広がる。

 明確で、致命的なダメージ。

 

「一撃で、これかッ!」

 

 しかし、『根性論』が、即座にその効果を見せつける。

 傷ついた筋肉繊維が、パッシブスキルの淡い光によって超高速で修復されていく。

 

 それと同時に、今の一撃によって蓄積されたエネルギーは、これまでのモンスターたちの比ではないほどに跳ね上がった。

 

「オォォッ!?」

 

 自らの渾身の一撃を受け止め、なおも不敵に笑いながら立ち上がる人間に、オークロードの目が驚愕に揺れる。

 

 だが、奴は王である。

 

 動揺も即座に切り替え、すぐさま次の動作へと移行した。

 

 戦槌による縦振り、斜めからの叩きつけ、さらには巨体を生かした前蹴り。

 

 護はそれらの猛攻に対し、持てるすべてを総動員して立ち向かった。

 

 縦振りの一撃に対しては、大盾を斜めに掲げて受け流し、戦槌の軌道を地面へと逸らす。

 直線的に繰り出される前蹴りに対しては、大盾の面を横から強く叩きつけることで、その軸足を狂わせ、ボスの巨体をよろめかせた。

 

 大盾を持っているからと、すべての威力をそのまま受ける必要はない。

 

 物理的な力の方向を見極め、最小限の力で最大の効果を生む受け流し。

 

 技術こそが、護が持つ最大の武器である。

 

 隙を見ては、護は大盾の縁をオークロードの装甲の隙間、首筋や脇腹へと叩き込んでいく。

 鋼鉄の塊がボスの肉を叩くたび、重々しい打撃音がドーム内に木霊する。

 

 だが、オークロードとてその程度ではない。

 

 護の一撃から『受けていい』ものを読み取り、着実に護の肉体にダメージを蓄積させる。

 

 オークロードは護の『根性論』が、決して万能なものではないと理解していた。

 

 インターバル。

 スキルには再使用時間が設定されており、護のそれも例外ではない。

 

 そうして繰り返される、一進一退の攻防。

 

 互いの体力が削り削られ、戦いは最高潮の熱を帯びていく。

 

 それはまさしく、死闘だった。

 

 そして、ついにその時が訪れた。

 

 護の度重なる攻撃によってHPを半分以下まで削られたオークロードは、大きく後方へとバックステップを踏んだ。

 

「グルォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」

 

 これまでとは比較にならない、空間そのものを震わせるほどの絶叫。

 

 オークロードの緑色の皮膚は、見る見るうちに血のような赤黒いものへと染まり、その表面には禍々しい紋様が浮かび上がっていく。

 

 肉体がミシミシと音を立てて膨張し、鎧は砕け地へと落ちる。

 その背丈は5メートルから、一挙に7メートルを超える巨体へと変貌を遂げた。

 

 筋肉ははち切れんばかりの隆起を見せ、その威圧感は比にならない。

 

 いわゆるところの、第二形態。

 

 その凄まじい圧を前に、護は、やはり口角を上げた。

 

 オークロードが、地を蹴った。

 

 ドッ!! と地面が爆発し、視界からボスの姿が消える。

 

(速……!!)

 

 ステータスにして、1.5倍。

 

 それがオークロード第二形態だ。

 

 跳ね上がったオークロードの速度は、護の動体視力の限界に迫っていた。

 

 次の瞬間、護の目の前に、太陽を遮るほどの巨大な影が出現する。

 

 頭上から振り下ろされる戦槌は、もはや隕石に等しい。

 

 避けることは、不可能。

 

 受け流すことすら、その圧倒的な速度と重量の前には瓦解しかねないことが護には理解できた。

 

「だったら――全部、受け止めるしかない!!」

 

 護は覚悟を決め、大盾を頭上に掲げ、全身の筋肉を極限まで硬化させた。

 

 ドズゥゥゥゥォォォォンッッッ!!!

 

 ドームの天井から無数の破片が降り注ぎ、周囲の石畳が完全に粉砕されてクレーターが形成される。

 

 オークロードの戦槌は、護の大盾の真上へと直撃していた。

 

 ごふっ、と護の口から大量の鮮血が吐き出される。

 

 両腕の骨が軋み、膝が地面にめり込む。

 

 ダメージは甚大だ。

 

 肉体が死を感じ取り、即座に『根性論』を発動させる。

 が、『根性論』のHP回復効果は「受け止めたダメージ分」しか発動しない。

 貫通したダメージは、肉体へとダイレクトに反映される。

 

 しかし、護の目は死んでいなかった。

 

 スキル『フルカウンター』の効果は、「受けたダメージを蓄積する」。

 

 大盾の表面が、溜まりに溜まったエネルギーの負荷によって、赤く熱を帯びて発光し始める。

 

「オォォォォッ!!」

 

 オークロードは、その強大なエネルギーを前に、これから起こる何かしらを阻止せんと、戦槌を再び振り上げた。

 

 だが、それよりも早く、スキルの発動準備は完了する。

 

 護はため込んでいたすべての力を解き放つべく、地面にめり込んでいた両足を力強く踏み抜いた。

 

 大盾をボスの巨大な胸元へと、真っ直ぐに突き出す。

 

「これで、終わりだ!オークロードォォオオオ!!!」

 

 彼の持つ唯一にして最大の、すべての衝撃を倍加して返す究極の反撃技。

 

「『フルカウンター』ァァァァアアアッッッ!!!!」

 

 ドグゥアッッッッッッッッッ!!!!!!

 

 それは、音が消滅したかのような錯覚を覚えるほどの、圧倒的な爆発だった。

 

 大盾の面から無色の衝撃波が放たれる。

 

 スキル『フルカウンター』は、オークロードがこれまでに護へと叩き込んできたすべての攻撃エネルギー、そして赤化して1.5倍となったボスの超怪力、そのすべてを内包していたのだ。

 

「グガ、ア……ッ!?」

 

 その威力は絶大。

 

 オークロードの7メートルを超える巨躯が、その衝撃波の直撃を受け、一瞬にして宙へと打ち上げられた。

 

 戦鎚さえも砕け散る一撃はオークロードの肉体を悉く破壊していく。

 

 そのままドームの最奥の壁へと凄まじい速度で衝突したオークロードは、壁面に直径数十メートルに及ぶ巨大な大穴を穿ち――。

 

 直後、咆哮を上げる暇すらなく、その巨体のすべてが、あまりにも膨大な、目も眩むような光の粒子となって、ドーム全体へと四散していった。

 

 シィン……と、ダンジョンの最深部に、静寂が戻る。

 

 宙を舞っていた光の粒子が、ゆっくりと地面へと降り注ぎ、消えていく。

 

 それに伴い、部下のハイオークたちも光の粒子となって霧散する。

 

 そしてオークロードが座っていた玉座の前に、一つの煌びやかな、金色に輝く特大の宝箱が出現した。

 

 人類未踏破だったS級『代々木ダンジョン』は、この日、一人のタンクによって踏破されたのだ。

 

「はは……っ、はははははッ!」

 

 護は突き立てた大盾に寄りかかりながら、天を仰いで大声で笑った。

 

 全身の筋肉は疲労で引き千切れそうに熱く、息は絶え絶えだ。

 

 しかし、彼の胸を占めていたのは、途方もない達成感と爽快感。

 

「ダンジョン最高!」

 

 護は汗を拭い、目の前の輝く宝箱へと、足取り軽く向かうのであった。

 




続きません。

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