ほんとうにあったこわいはなし   作:しらたまあんみつ

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てがみ

 

カランコロン、と涼やかに入口のベルが鳴った。

 

 

あれェ、お客さん一人かい?珍しいねェ、大体はカップルやら友達同士だったりするのにねェ。

…ああ全然、迷惑じゃないよォ。どうぞそこにおかけ、お茶とかいるかい?粗茶だけど。

 

 

ことり、と古ぼけた茶器が座布団の前に置かれる。

 

 

さあサ、本題に入ろうかね。お客さん、看板見たんだろ?おうおう、じゃこの店の趣旨も分かってるってわけだ。良かった、最近は冷やかしまがいも多いからねェ。こうも暑いと、ここを避暑地か何かだと思ってるヤツらがいっぱい、来るんだよねェ。

 

…ん?ああ、分かってるよォ。お客さんは、そうじゃないんだろ?

 

さて、おしゃべりはこの辺にしておこうか。何が良いかなァ、お客さんはどんな話が好みだい?…なに、お勧め?うーん、お客さんは一見さんだしねェ、最初はちょいと弱めのものにしておこうか。

 

 

ふう、と姿勢を正す。それに釣られて、崩していた正座を戻した。

 

 

時は明治、そうだねェ、文明開化ってのが盛んに叫ばれていた時期さァ。郵便配達って分かるだろ?今の子達はあんまり使わないかねェ。おっと悪い、お客さんはそんな歳でもないか。

 

郵便配達を生業にしていた少年がいたのさァ。そいつは真面目なヤツでねェ、任された仕事は必ずやるって評判だった。まァ、そいつにはそいつで、事情があったようだがね。今は関係ないんで、脇道に置いとくよ。

 

…少年って何度も言うと、結構分かりづらいもんだから、仮に名前を喜一としようか。

 

ある日、喜一は局長って言うのかなァ、とにかく雇い主に呼び出された。喜一はもうドキドキでねェ、もしかしてクビなんじゃないかと怯えに怯えていた。そんな可哀想な様子を見て、局長は如何にも悪いニュースを伝えますって風に、そりゃあもう気の毒そうに言ったのさァ。

 

この手紙を届けてくれってね。喜一は拍子抜けして、尋ねたんだ。それだけで良いんですかって。局長は吃驚、少年に向かって聞いたのさァ。お前はそれで良いのか、って早口で。

 

喜一は事情なんてこれっぽっちも分かりゃしないが、クビじゃないんだとほっとしてねェ、局長に頷いてみせた。局長はちょいと首を傾げたよ、引き受けられるなんて思いもしなかったから。

でもまァ、長年自分を悩ませ続けたもんをどっかにやれるんだ!って安心してねェ、喜一にその手紙を渡しちまったのさ。

 

喜一は喜び勇んでってわけでもなく、いつも通りにそれを届けにいった。局長のお願いだからって、落とさないように慎重にね。それが喜一のいつも通りって訳だったのさァ。…くく、そんなに考え込まなくたって良いよォ。単なる言葉遊びだから。

 

が、喜一は一つだけ気になっていることがあった。手紙の宛名だよ。普通、黒で書くだろ?だがなァ、気味悪いことに、その手紙は赤黒いインクで書いてあったのさァ。そこを除けば、普通の手紙だったんだがね。

 

手紙の宛先は遠い山奥で、喜一がそこにたどり着くには、まあまあの時間がいったもんだ。道が長いだけじゃない、蔦やら何やらが絡まって、歩きづらいったらありゃしない。喜一はそこで閃いた、もしかして局長は、この道を歩きたくなかったんじゃなかろうかってねェ。

局長も歳だ、若い自分に任せたくなったは良いが、なんだかんだお人好しな局長は躊躇ってたんじゃないか。

 

普段は気難しい局長が信頼してくれたってことが嬉しくてねェ、喜一は今度こそウキウキで届け先へついた。そこは古い武家屋敷でねェ、歩いてきた道なんかとは比べ物にならないぐらい荒れ果ててたんだ。流石の喜一もちょっとばかし怯んだが、勇気を振り絞って、こうトントンってバカでかい門を叩いてみたのさァ。

 

 

ドンドン!!

語りと同時に鈍い音が響く。びくり、と肩を引き攣らせれば、床を叩いた張本人はゲラゲラと笑った。

 

 

悪い悪い、あんまり真剣に聞いてくれるもんだから、悪戯したくなっちまって。…続き?はいはい、そう急かすなって。

 

喜一がどれだけ門を叩いても、なんっの反応もねえんだァこれが。日も暮れてきて、喜一はやっぱり怖くなってきた。そこで考えたんだよォ。ここは人が住んでいないんじゃあないかってね。それだったら荒れ放題の景観にも、反応がないことにも説明がつく。そう言っときゃ、局長だって納得するだろう。

 

喜一はすーぐに踵を返したさ。これ以上そこに居たくなかったからねェ。だが辺りはとっぷり暗くなっちまって、帰り道も分からない。泣き出しそうになった喜一は、それでも泣かずに手紙を投げ出した。屋敷には入れないが、これで届けたことになるだろうから。

 

仕事を終えた喜一は一安心、思い切り駆け出した。運が良いことに満月の日でね、月光を頼りに来た道を転び転びながら戻った。

 

郵便局に着いた頃には、着物は泥だらけ、膝小僧は擦り傷だらけ。誰が見ても満身創痍だったが、それでも喜一は安心していた。嗚呼ようやく帰れた、もう安心だってねェ。不思議なもんだ、ただの古臭い武家屋敷だってのに、どうしてか怖くて怖くてたまらなかったのさァ。

 

だがね、この話はこれで終わりじゃあない。それだったらつまらんだろ?

 

それから一月経った時、喜一はまた局長に呼び出された。喜一はもう要件を分かっていて、局長が話し出す前にもう嫌だって泣きついた。局長はそれを見て困ったように言ったよォ、お前しか頼める人間が居ないんだって。とうとうやらなかったらクビだとまで言われて、喜一は仕方なく、ほんっとうに仕方なく武家屋敷へと向かった。

 

今度はあんな目に遭わないよう、朝早くにな。二度目だからか、一回目より遥かに早く屋敷についた喜一は吃驚たまげた。何でだと思う?朽ちかけていたはずの屋敷が、綺麗さっぱり無くなっていたからさァ。

 

喜一は驚き半分、喜び半分。跡地に手紙を放り出し、逃げるように帰ってきた。喜一の顔色を見て、局長も何があったか察したんだろうねェ、随分嬉しそうだった。そして安心したようにこう言ったんだよォ。これでようやく終わったってね。喜一はそれが引っかかった。まるで、ずっと前から手紙を届けていたようだから。でもまァ、安堵のほうが勝って、結局はなんにも聞かなかった。

 

その一ヶ月後、局長が首を吊った。

 

…驚いたかい、驚いたようだねェ。それは喜一もおんなじさ、何せ自殺のそぶりなんて見せたこと無かったから。ぶらぶら揺れる局長の足元には、二通の手紙があった。一通は遺書さ、それを遺族に届けて、ふと喜一は二通目を開けてみた。

 

それは厳重に紙で覆われていて、開けて真っ先に目に飛び込んできたのは、丁寧に丁寧に、赤黒いインクで書かれた宛名だった。その瞬間、喜一は手紙を放り出して叫んだ!…宛名は、喜一が二度訪れた、あの武家屋敷だったのさァ。

 

喜一はぜーんぶ、理解した。局長が死んだのは、あの手紙が届いたからだってよォ。手紙の内容を読んだのか、それとも届けなければいけない手紙に嫌気が差したのか。マアそりゃ分からんが、気持ちだけは痛いほど分かった。だって気色悪いからねェ、とうに潰れた屋敷に届き続ける手紙なんて。

 

宛名が書かれている赤黒いインクすらも気持ち悪くて、喜一はよっほど悩んだ。お焚き上げに出そうかってねェ。が、手紙は一応郵便局に届いたもんだ、勝手に燃やすわけにはいかない。悩んで悩んで、結局は届けにいった。

 

 

…おや、馬鹿だと思うかい?あたしもそう思うよォ、だって普通、そういうのが呪われるってのが定番だろ?でも喜一は真面目だったのさァ、お客さんやあたしと違ってね。

 

 

もちろん、武家屋敷はもう無いんだから、この前と同じ、跡地に置いてきた。

 

あとはもう分かるだろう、その繰り返しさァ。何度も何度も何度も、一月ごとに届く手紙を、おんなじ場所に届け続ける。喜一はもう怖がることもなくなっちまった。これは多分、武家屋敷に住んでたヤツからの手紙じゃないかってねェ。明治維新で職を失い、金を失い、全てを失い。

そんなヤツが過去の栄光に縋りたくて、屋敷に手紙を送ってんじゃないかって。

 

その考察が当たってるかなんてことは、あたしにも分からない。だって喜一が死んだ後も、手紙は武家屋敷に送られ続けたからねェ。元侍が送っていたにしろ、喜一より長生きしたなんてことはありえないだろ?じゃあ、誰が送ってきたのかねェ。

 

局長の時代から、ずーっとずうっと、一体、誰が?赤黒いインクで宛名を書いて、毎月欠かさず、手紙を送ってきたのかねェ。

 

 

ずず、と手前に置かれた粗茶を飲む。一息ついて、語り部は意外そうに笑った。

 

 

アレお客さん、あんまり怖がっていないねェ。…何?俺はこんなくだらないものじゃビビんない?

こりゃまた手厳しい、くだらんと言われたかァ。いやいや、気にしないで良いんだよォ、実際そこまで強いものは選んじゃいないから。

 

じゃ、お強いお客さんに聞こうか。…手紙の送り主は誰だと思う?

 

 

軽く投げかけられた質問に、神経質にスーツを着こなした客は投げやりに答える。

 

 

なるほど、悪戯だろうって?マア、普通はそれが思い浮かぶのか。あたしはそうは思わないけど。あたしが面白いなって思ったのはそうだねェ、この前のお客さんかなァ。

 

なんでも、武家屋敷が出来る前から手紙を送ってるんじゃないかって。そんなの人間じゃ出来ないだろうって聞いたら、したり顔でこういうのさ。人間じゃないんだよって。地縛霊みたいなもんが、ずっと昔の恨みを忘れられずに、手紙でしたためて送ってるんだって。

 

…ありきたり、かァ。確かに、お客さんみたいな場慣れした人ならそう思うかもねェ。でもねェ、こんな話もよく聞いてみるもんだよ、思いもよらない発見があるかもしれないから。

 

 

ガタリ、とスーツの男は立ち上がった。そのまま乱暴に扉を開ける。

 

 

もう帰っちまうのかい。どうせならもう一話…え?つまらないからもう聞かない?ひどいねェ、こりゃ話選びを間違えたか。あたしはこんなつまらない人間ですけども、話には自信があるってェのに。マアいいや、今日のところは。それじゃお客さん、またおいでよ。今度はもっと強くて面白いのを聞かせてやるからさ。

 

 

 

 

 

「ねえ(くちなわ)先輩」

こそこそと口に手を当てて、デスクで書類整理をしている先輩に、今春入ったばかりの新入社員が耳打ちする。

「なあに?話してないで手動かしなさいよ」

「すいませーん。頁食(かしはみ)さんのことなんですけど…」

 

遠慮がちに、というか絶対に聴かれたくないような様子の後輩に、(くちなわ)はゲッと顔を顰めた。

「そっかぁ、カシハミ気になる?」

「そりゃ、まあ。だって職場にオカルト本持ち込んでるんですよ?あの人の私物大体オカルトものなんじゃないんですか?」

「あはは、確かに」

「笑い事じゃないですよー」

 

そういうものなのか、と(くちなわ)は後輩を見返す。後輩の口にどこか切羽詰まった響きを感じたのだ。

「もしかしてオカルト嫌い?」

「そういうわけでは…でも、なんか暗くて」

 

後輩の目線の先には、資料やら本やらが山積みされたデスク。資料をよく見てみれば、大体は「あの山中で神隠し!?」「消えた女子高生、変死体で発見」などなど、どこの洒落怖だと突っ込みたくなるような劇物だ。

 

だが、問題はそのデスクの主人だ。そこには、神経を尖らせて本を読み漁りながら、何かをブツブツと呟く男。ぺらり、と頁を捲る音が、静謐な職場の空気をかき乱す。ボサボサの髪の間から、ぎろりとこちらを見つめる水晶玉がみえた。

 

「ひぃっ」

「はいはい、そんなビビるもんじゃないわよ」

「でもぉ…」

「気持ちは分かるけどねぇ」

 

(くちなわ)は笑いながら頬杖をついた。その目に怯えはなく、むしろ嘲るような色がある。

 

「どうせ、あんな嘘っぱちに踊らされてるような男よ?恐るるに足らずってね」

「…先輩、見かけによらず強いですね」

「私がか弱い乙女に見えるっての?」

 

こら、と後輩を軽く小突く。

「いや、なんていうか…先輩って儚げな感じがするって言うか」

「あら、美人ってこと?嬉しいわね、でもあなたが仕事をやってくれた方がもっと嬉しいわ」

 

その言葉に後輩は飛び上がり、自分のデスクへと走っていった。その姿を見送りつつ、(くちなわ)は頬を緩ませた。後輩というものは、どうしてか可愛く見えてしまう。だからこそ、いつもいう必要のないことを言ってしまうのだけれど。

 

「ほんっと、バカな男ね」

頁食をチラリと見て、ため息をついた。くるりとペンを回し、手元の資料に目を落とす。

「ホンモノを見たことなんてないくせに」

 

 

 

 

「おいおい、あれで良かったのかい?」

小さな座敷で、どこからともなく声が響いた。それに部屋の奥に座していた老人が迷惑そうに手を振る。

「うるさいねェ、ここの語り部はあたしさァ。あんたに指示される筋合いは無いっての」

「でも、アイツはとびっきり、怖がらせた方が良いんじゃねぇの?怪異ってもんの表面だけなぞって、それで全部知ってるような気になってやがるバカだぜ?」

「知ってるよォ、だからこの店に誘ったんじゃない」

 

ゆらり、と風もないのに蝋燭が揺らめく。皺だらけの手で燭台を掴み取り、ふうと息を吹きかけた。

 

「だったらもっとやってやれよ。その方がアイツのためになるんじゃね?」

「あんたの言う「ためになる」は碌な意味じゃないって知ってるから」

 

そうかい、と愉しげな笑い。

「でもよ、俺だって結構強い奴をお前に教えてやったろ?たまには俺の言うこと聞いてくれよ」

「知らないねェ、あったかいそんなこと」

 

とにかく、と老人は立ち上がった。

「あたしの好きにやらせてもらうよ。あんたよりもずっと、知ってるんだからねェ」

 

 

 

惑わせ、殺し、弄ぶ。この世の陰に潜むナニカ、それを語るが我が店よ。さあさァ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。あたしは語り部、あんたに合った話をしてあげよう。嘘か誠かって?そんなの自分で確かめなァ。

 

 

人形が、きゃらりと嗤った。

「次はどんな話をしようかねェ」

 

 

 




ホラーは初めてですが、よろしくお願いします。不定期更新になります。
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