兵器皇子は、贖罪の果てに名を呼ばれる〜End of the Atonement〜   作:久野 龍

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第三章 嘘偽と真実
第十五話 知らない罪


 グレンと共に洞窟に戻り、彼が「少し出かけてくる」と言い残したことで、ケセナはラルと二人きりになってしまった。

 

「なんで、君と留守番なの……」

「……ごめん」

 

 全身から不機嫌な気配を漂わせるラルに、ケセナは小さく謝罪した。

 ラルは赤みがかった金髪を揺らしてぷいっと背を向けると、足早に洞窟の奥へ引っ込んでしまう。一人ぽつんと取り残されたケセナは、深い溜息をつきながら岩肌に腰を下ろした。

 

 目の前には、崖の上から見下ろす壮大な荒野が広がっている。視線を少し手前に落とせば、フェルナリアの廃墟と、それにしがみつくような小さな生活区域が見えた。

 ラルに誤解があるなら解きたいし、歩み寄りたい。けれど、彼女の冷たい態度に、ケセナの心はすでにぽっきりと折れていた。

 

「どうしたものかな……」

 

 ぼやきながら、ごろんと仰向けに寝転ぶ。

 南方地区の『繁茂の季』の焼けつくような青空が、容赦なく頭上に広がっている。そんな空をぼんやりと眺めていると、一羽の野鳥が視界を横切った。無心でその軌跡を目で追う。そして視線の先の崖道に、『動く人影』を見つけた。

 

 ケセナはゆっくりと身体を起こす。

 段々と近づいてくるその人影の輪郭が、次第にはっきりと見えてきた。

 肩で揺れる青銅色の髪。そして、こちらを真っ直ぐに捉える燃えるような赤い瞳。

 

 ――キョウだ。

 

 彼女はこちらの姿を確認するなり、切羽詰まった様子で駆け出してきた。

 

「っ……!」

 

 ケセナの全身が、石のように硬直した。

 逃げなければ。頭では分かっているのに、恐怖で身体が動かない。小刻みに震える指先が、無意味に地面の土を掻き毟る。

 どうして、キョウがここへ。ここは絶対に来るべき場所じゃない。「来るな」と胸中で悲鳴を上げるが、キョウはもう間近に迫っていた。

 

「ファル!」

「キョウ……さん……っ」

 

 人違いだと否定しなければならないのに、震える唇からは彼女の名を呼ぶのが精一杯だった。

 キョウはケセナの傍まで駆け寄ると、半泣きの顔のままその場へしゃがみ込む。

 

「心配したんだよ! 迷ってないかって! はい、これ。部屋に置きっぱなしだったよ」

 

 差し出されたのは、ケセナが置いてきてしまったはずの封玉だった。

 

「……すみません。あの、俺、ファルとかいう人、知らないんですけど」

 

 封玉を受け取ろうともせず、必死に目を泳がせるケセナの肩を、キョウの両手がきつく掴む。

 びくりと身体を震わせるケセナを見て、彼女は痛ましげに首を横へ振った。

 

「どうして?」

 

 その問いに、ケセナの喉が詰まる。

 

「違うんです、俺は。俺は――――……」

 

 その先の言葉が、どうしても出てこない。

 ファルではないと言い切れない。記憶がないだけで、自分自身が『ファルイーア』であることを、どこかで理解しているからだ。

 

 ――嘘つきは嫌い。

 

 ラルの冷たい紫の瞳が脳裏を過り、ケセナは言葉を失った。

 

「ファル……?」

 

 キョウが探るように顔を覗き込んでくる。

 耐えきれず、ケセナは顔を背けた。

 

「……どういうこと? 『ファル』って。……君が?」

 

 その刻、背後から氷のように冷たい声が投げつけられた。

 振り返れば、洞窟の奥へ引っ込んでいたはずのラルが入口に立ち、目を見開いていた。

 

「君が、“ファル”……。だから、光精霊が治療を率先した……!」

 

 散らばっていた違和感が、一気に一本へ繋がったのだろう。

 ラルの中で、『ケセナ=ファルイーア』という答えが、完全な形を取った瞬間だった。

 

 紫の瞳に、どろりとした凄まじい怒りが渦巻く。

 眉を吊り上げ、彼女はかつてないほどの憎悪を込めてケセナを睨みつけた。

 

「君、あたしたちを謀ったのね!?」

 

 言うが早いか、ラルは地を蹴った。

 洞窟の入口へ立て掛けてあった槍を掴み取り、躊躇なくケセナへ向かって穂先を突きつける。

 

「ちょっと! 何をするの!?」

 

 寸前で、キョウがケセナとラルの間へ身を滑り込ませ、穂先を身を挺して受け止めた。

 苛立ちを爆発させ、ラルは血を吐くような声で叫ぶ。

 

「退いて!! そいつは、あたしの……っ」

 

 一呼吸置き、彼女はさらに悲痛な声で叫んだ。

 

「あたしのお父さんとお母さんを殺した!!」

 

「……え?」

「……殺し、た……? 俺が? ラルさんの……ご両親を……?」

 

 キョウもケセナも愕然とする。

 ケセナの顔から、一気に血の気が引いていく。

 あまりの事実に唇をわななかせる彼を庇うように、キョウはラルをきっと睨み返した。

 

「彼はそんなことしてない!」

「なら、あんたも一緒に殺してあげる!!」

 

 憎悪に理性を失ったラルは、槍先を今度はキョウへ向けた。

 にやりと歪んだ笑みを浮かべ、容赦なく槍を薙ぎ払う。

 

「キョウさん!!」

 

 ケセナはキョウの肩を掴み、力任せに手前へ引き寄せた。

 体勢を崩した彼女の頭を強引に押さえつけ、自分もそのまま地へ伏せる。

 

 直後、二人の頭上を、鋭い風切り音と共に槍の刃が通り過ぎた。

 目を見開くキョウを一瞥したケセナは、すぐに立ち上がり、キョウを背中に庇うようにして、ラルの前へ立ち塞がった。

 

「偽善者」

 

 ラルから吐き捨てられた言葉に、ケセナはぎりっと唇を噛む。

 

「あたしの両親を殺し、先生の親友だった皇帝リュウショウ様を殺し……他にも沢山の人を殺した君が、今更、誰かを守る気!?」

「……知らない」

 

 恐怖で掠れる声。

 それでも、ケセナは叫んだ。

 

「知らない! 俺は、何も知らないんだ!!」

「嘘つき!!」

 

 ラルの槍先が、今度は真っ直ぐケセナの心臓へ向けられた。

 鋭い突きが来る。

 戦い慣れていない自分に、あれを躱す自信はない。

 避ければ、背後のキョウが貫かれる。

 

 絶体絶命の、その瞬間。

 

 ケセナは無意識に、遠く離れた部屋へ置いてきてしまった『彼女』の名を呼んでいた。

 

「プラウッ!!」

 

 来るはずがない。

 封玉は、まだ受け取っていない。

 

 しかし――。

 

 背後に庇っていたキョウが、ケセナの手へ硬い球体をぐいと押しつけた。

 

「え――」

 

 驚いて振り返るケセナの耳元で、キョウがにっこりと笑って囁く。

 

「……忘れ物、渡したわよ」

 

 その瞬間、掌の中の封玉から強烈な光が弾けた。

 

「ケセナ様ぁぁっ!!」

 

 甲高い悲鳴と共に、背中から誰かが勢いよく飛びついてくる。

 

「!?」

 

 ケセナは肩越しに振り返った。

 そこにいたのは、間違いなく銀髪の幼女――プラークルウだった。

 

「酷いですっ! 私を置いてけぼりにするなんて!」

「あ、ご、ごめん! っていうか、今はそれどころじゃ……っ!」

 

 ぽかぽかと背中を叩くプラークルウに悲鳴を上げながら、ケセナはラルをちらりと見やる。

 ラルはぎりっと槍を握り直し、ケセナの背後にいるプラークルウを凝視している。

 

「ケセナ様の大馬鹿!!」

「痛い、痛いから、プラウ!」

 

 暴れるプラークルウの頭を押さえながら、光を放ち終えた封玉を腰袋に仕舞った。

 そして、前方へと姿勢を正し、ラルを見た。

 彼女は先程とは違い、口の端を吊り上げ、冷酷な嘲笑を浮かべていた。

 

「それ……プラークルウ? ……そう。ますます揃った」

 

 彼女は嬉しそうに槍を構え直した。

 

「君は間違いなく“ファルイーア”。あたしの両親を殺し、皇帝を殺し、宝刀を奪って逃亡した大罪人! もう『知らない』とは言わせない!!」

 

 凄まじい殺気を放ち、ラルが突進してくる。

 

「プラウ!」

 

 ケセナが背後のプラークルウへ手を伸ばすと、彼女は瞬く間に漆黒の刀を実体化させ、ケセナの手に握らせた。ケセナは鯉口を切り、抜刀する。

 槍の間合いに対し、刀は圧倒的に不利だ。しかも相手は武術の達人、グレンの教え子。素人同然のケセナに勝ち目など万に一つもない。

 

「く……っ!」

 

 放たれた鋭い突きをなんとか弾き、予想通り薙ぎ払ってきた二撃目を、刀の腹で必死に受け止める。

 火花が散り、腕の骨が軋んだ。

 歪む視界の中で、ラルとの圧倒的な力量差を思い知らされる。勝てない。足が震え、ケセナは後退った。

 

「ちっ」

 

 ラルが舌打ちをし、次の一撃のために槍を引き戻す。

 その隙に懐へ飛び込めば……と頭では分かっても、恐怖で足が動かない。荒い呼吸を繰り返し、ケセナは背後のキョウに「逃げて」と叫ぼうと振り返った。

 

 だが、キョウはそこにはいなかった。

 

「え……?」

 

 視線を泳がせた瞬間、キョウはすでに『ラルの背後』へと回り込んでいた。

 ケセナが呆気に取られている間に、キョウは背後からラルに飛び掛かり、その首に両腕を回して力いっぱい羽交い絞めにしていた。

 

「つ……かまえた!」

「この……っ!」

 

 キョウの勢いに押され、反動で槍を取り落としたラルだったが、即座に右肘を後ろへ突き出し、キョウの腹を狙う。しかしキョウはそれを読んでおり、上体を逸らして見事に攻撃を回避した。

 

 二人の女性が泥臭い取っ組み合いを繰り広げていた、その刻。

 

「何をしているんだ!」

 

 遠くから、低くよく響く声が飛んできた。

 ケセナがゆっくりと振り返る。

 

 そこには、黒髪、黒目、黒服……すべてが漆黒に染まった男、グレン・ラティアが立っていた。手には紺色と黒色の折り畳んだ布を持ち、グレンは困惑した表情で、取っ組み合う二人の女性を呆れたように見つめている。

 

「「先生!!」」

 

 ラルとキョウが同刻に叫び、そして互いの声が重なったことに驚いて顔を見合わせた。

 

「……え?」

「……は?」

 

 キョウはラルの拘束を解き、怪訝そうに首を傾げる。

 

「どうして、『先生』って呼ぶの?」

「それはこっちの台詞よ」

 

 いがみ合う二人の間に険悪な空気が漂うが、グレンは構わず嘆息を漏らす。

 

「とりあえず、話を聞こうか」

「「……はい」」

 

 またも同刻に返事をし、二人はしゅんと頭を垂れた。

 グレンは手にした布を持ったまま、そんな教え子たちを横目に歩み寄り、ケセナの傍で立ち止まった。そして、ケセナが強く握りしめている『刀』へと、ゆっくりと視線を落とす。

 

「……宝刀を持つお前の話も、聞かないとな」

 

 すべてを見透かすような冷たい黒瞳に射抜かれ、ケセナの背筋にぞくり、と戦慄が走った。

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