兵器皇子は、贖罪の果てに名を呼ばれる〜End of the Atonement〜   作:久野 龍

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第三章 嘘偽と真実
第十六話 心裸眼


 グレンはゆっくりと腰を下ろし、手にしていた布を脇へ置いた。

 ラルとキョウを自分の前へ座らせると、渋い顔で小さく頷く。

 

 ケセナはグレンの横に立ち、二人の取り乱した主張を、ただ黙って聞いていた。だが、なぜグレンが頷いたのかは分からない。二人とも「この子はファルだ」「この女がファルを庇う」と繰り返すばかりだった。

 

 それでもグレンは頷き、まずキョウへ冷徹な視線を向けた。

 

「……キョウ。お前がこいつを“ファルイーア”だと思う根拠はなんだ?」

 

 鋭い眼差しに射抜かれ、キョウは怯みながらもぽつりと答える。

 

「それは……顔立ちが似ているし、なにより私が……っ」

「お前の『勘』や『感情』は、何の証拠にもならない」

「……っ」

 

 冷たく遮られ、キョウは悔しそうに俯いた。

 その様子を見て、ラルが勝ち誇ったように鼻で笑う。だがグレンは、すかさず彼女にも視線を向けた。

 

「ラル。お前もだ」

 

 ラルは驚いて目を瞬かせる。

 グレンはそのまま、凄みを帯びた声で言った。

 

「確信もないのに、なぜ殺そうとした」

「確信ならある! こいつ、皇帝の『宝刀』を持ってたから!」

「……宝刀か」

 

 深い溜息を吐き、グレンがケセナへ向き直る。

 

 右手に黒い刀を握ったままのケセナの左側には、小さなプラークルウがぴたりと張り付き、グレンに向かって獣のような低い威嚇声を上げていた。ケセナが「大丈夫だから」と銀髪の頭を撫でても、彼女はやめない。

 

「ケセナ。なぜお前が、応龍皇帝の宝刀であるプラークルウを持ち、そのうえ『主』となっているんだ?」

「……それは……」

「言えないのか?」

「……えっと」

 

 ケセナは返答に窮した。

 気がつけば主だった、などと言っても信じてもらえるはずがない。記憶を失って目覚めたあの鬱蒼とした森で、初めて彼女から「あなたが主だ」と告げられたのだ。答えようがなかった。

 

「私が選んだ。ただそれだけです!」

 

 ケセナが言葉に詰まっていると、プラークルウが声を張り上げた。ケセナの手をすり抜け、一歩前へ出てグレンを真っ直ぐに見据える。

 

「ケセナ様を主としたのは私自身! ケセナ様を責めるのはお門違いですよ、グレン・ラティア『元』騎士団長!」

「ならば答えろ、プラークルウ。お前の元の主である皇帝陛下を殺したのは、ファルイーアか?」

「存じ上げません」

 

 ぷいっと横を向いたプラークルウに、グレンは目を細めた。

 

「なぜ庇う」

「庇ってなんかいません。だって私、リュウショウ皇帝陛下がご存命の折には、すでにケセナ様を主としていましたもの」

「……なっ」

「陛下がお亡くなりになったのだって、今、初めて知ったくらい!」

 

 明らかに白を切っていた。

 ケセナは必死に嘘をつく小さな相棒を庇うように抱き寄せた。プラークルウはケセナの服を掴み、口を尖らせたままグレンを睨む。

 

「それに、貴方ならご存じでしょう? 私が大の“ファルイーア嫌い”なのを。そんな私が、あんな感情の死んだ木偶を主にするはずがないじゃないですか」

「……え?」

 

 ケセナは意外な言葉に目を丸くしたが、グレンは「ああ……」と何かに納得したように唸った。

 

「……そうだったな。お前は昔から、あいつを毛嫌いして辛く当たっていたな」

 

 グレンは瞳を閉じ、大きく息を吐いた。

 それから不安そうなケセナと、目を吊り上げるプラークルウを見つめた後、ゆっくりとラルとキョウに向き直る。

 

「という訳だ。ラル、キョウ。こいつは“ファルイーア”ではない。別人だ。いいな」

「先生! 私は!」

 

 キョウが納得できずに叫ぶ。

 だがグレンは、落ち着いた声で諭した。

 

「キョウ。お前が今でもファルのことを深く想っているのは知っている。だが、ケセナはケセナだ。別人だ」

「やめてよ……どうして先生まで、ガイアと同じこと言うの……!」

「キョウ」

「私は、絶対にファルを間違えたりなんかしない!!」

 

 泣きそうな声で叫ぶと、キョウは弾かれたようにその場から走り去った。

 グレンは追わなかった。

 

「……なんなの、あの人」

 

 呆れたようなラルの呟き。

 グレンはもう一度深呼吸してから、キョウが消えた方を見たまま言う。

 

「……あいつは思い込みが激しいんだよ。だがな、ラル。それはお前にも言えることだ」

「……う」

「早とちりで殺しかけたんだ。ケセナに謝れ」

「…………やだ」

 

 痛いところを突かれたラルは顔を背けて立ち上がり、足早に洞窟の奥へ引っ込んでしまった。

 

 ラルも姿を消し、ようやく厄介払いを終えたグレンは、盛大な溜息を吐いて立ち上がった。

 

「なんだって俺の弟子たちは、こうも癖が強いんだ」

「あの……謝罪とか、俺は別に気にしてないですから」

 

 気まずい空気を和らげるように、ケセナが声をかけた。

 だがその声は弱々しく、頼りなかった。

 

 グレンは先ほどまでとはまったく違う、捕食者のような鋭い眼光で目の前の青年を見下ろした。

 

「ケセナ」

「はい……」

 

 素直に返事をするところは、グレンの知るファルイーアとは決定的に違っている。

 だが。

 

「弟子たちの手前、ああ言ったが。実を言うと、俺も……お前がファルイーアなんじゃないかと思っている」

「っ!」

 

 ケセナはびくりと身体を震わせ、グレンを見上げた。茶色の瞳が激しく揺れ、宙を泳ぐ。

 

「性格はまったく正反対だが、顔立ちが似すぎているんだよ。髪を金に、瞳を紅にすれば、そのままあいつになる」

「……」

「俺の想像だが……お前、記憶喪失か何かか?」

「……そ、そんなこと……は……っ」

 

 言葉に詰まり、後ずさろうとするケセナ。

 だが、グレンの方が速かった。

 

 立ち上がり、すっと手を伸ばす。

 ほんの一瞬、ケセナの身体が硬直した。

 その反応だけで、グレンは確信する。

 

 だが、それだけでは足りない。

 

 グレンはケセナの左手首を掴み、袖を捲り上げた。

 

「……っ! ……やめ……っ」

 

 隠していた醜い古傷を晒され、ケセナの血の気が引いた。慌てて腕を引こうとするが、グレンの力は強く、逃れられない。

 

 露わになった無数の古傷を、グレンは凝視した。

 

「この傷を俺は知っている」

 

 ケセナは身体を震わせ、俯く。

 グレンはその両頬を包み込み、強引に顔を上げさせ、その茶色の瞳に自分を映させた。

 

「知りたいことがある。『真実』を確かめさせてもらうぞ」

「……え?」

「見せてくれ。お前の、『過去』を」

 

 そう言って、グレンは自分の額をケセナの額へぴたりと押し当てた。

 

 間近に迫る漆黒の瞳。

 ケセナの顔が恐怖に引き攣った、その瞬間――プラークルウがグレンの腕に噛みついた。

 

「いっ」

「やめてください!! ケセナ様に触らないで!!」

 

 小さな身体を必死に揺らし、グレンの腕を引き剥がそうとするプラークルウ。

 

「ケセナ様、今のうちに逃げて!!」

 

 だが、ケセナは動けなかった。

 蛇に睨まれた蛙のように、絶対的な強者の前で恐怖が全身を縛りつけ、声すら出ない。

 

 グレンは鬱陶しそうに眉をひそめ、片手でプラークルウの頭を鷲掴みにした。

 

「ひゃっ!」

「プラークルウ。忘れたか? 俺が、『何族』か」

 

 グレンが玄武族特有の呪を込めた言葉を低く呟いた途端、プラークルウの小さな身体から一瞬で力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 

「……ケセナ、さ……ま……っ」

 

 主へ手を伸ばしながら、逃げて、と口を動かして意識を失う。

 小刻みに震えるケセナへ視線を戻し、グレンは溜息混じりに言った。

 

「精霊にも効くとは思わなかったな。ああ、少し眠ってもらっただけだ。殺してはいない。……俺は魔術は使えないが、この手の『呪術』は使える。一応、玄武族なんでな」

「げ……玄武……」

「さて」

「……い、や……だ」

 

 本能が極限の危険を察知し、ケセナは懸命に後ずさろうとする。

 だが、強靭な腕に逃げ道を塞がれ、再び両頬を固定されて額を合わせられた。

 

「いや……だッ!」

 

 悲鳴を無視し、グレンは目を閉じた。

 

 ――行使するのは、己が使える最大の呪術。

 

 他者の心に入り込み、封じられた過去すら暴き出す禁伝の秘術――『心裸眼』。

 対象に触れ、強く意志するだけで発動するその術は、相手の生き方そのものを踏みにじりかねない。だからこそ、玄武王族にのみ習得が義務づけられながらも、他者への使用は禁忌とされてきた。

 

 グレンにとっても、これを実戦で使うのは、この昼夜が初めてだった。

 

 息を整え、ケセナの心淵へと潜る。

 強固な抵抗を予想していたが、意外なほどあっさりと深層へ入り込めた。

 

 目を開ける。

 辺り一面は、果てしない暗闇だった。

 

(……なんだここは。人の心は、真っ白な世界から始まるんじゃなかったのか?)

 

 呪術を教えた祖母の言葉を思い出し、心の中で毒づく。

 だがしばらくすると、暗闇の奥に、ぼんやりと光を帯びた『鬱蒼とした森』の景色が楕円状に浮かび上がっているのを見つけた。

 

 グレンはそちらへ向かおうとして――ふと、立ち止まる。

 

 おかしい。

 精神世界には、必ず『本人の自我』があるはずだ。

 だが、周囲を見回しても、茶色い髪のケセナの姿が見当たらない。

 

「……ケセナ?」

 

 呼びかけても、返事はない。

 しかしグレンは見つけた。

 

 自分が向かおうとしていた光の森とは真逆。

 果てしない暗闇の深淵に、ぽつんと立つ『小さな人影』を。

 

 遠くの光に照らされ、輪郭だけが浮かび上がっている。

 だが直感的に、それがこの心の持ち主なのだと分かった。

 

 グレンは踵を返し、その人影へ近づいていく。

 距離が縮まるにつれ、人影もまた、ゆらりとこちらへ歩み寄ってきた。

 

 そして、互いの顔が認識できる距離まで迫った刻。

 

「……お前……っ」

 

 グレンは思わず息を呑み、足を止めた。

 

 暗闇の中に立っていたのは、茶髪のケセナではなかった。

 

 腰まで届く長い金髪を縛りもせず、細く小さな身体を自分で抱きしめるようにして立つ少年。

 身体中に生々しい傷痕を残したその少年は、一切の感情が抜け落ちた虚ろな真紅の瞳を、静かにグレンへと向けていた。

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