兵器皇子は、贖罪の果てに名を呼ばれる〜End of the Atonement〜   作:久野 龍

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第二十話 虚妄の刻は終わる

「……もういいですよね。これ以上、私がご説明することなんて一つもありません」

 

 泣き言に近い上擦った声で、プラークルウが説明を終えた。

 ケセナはまだ物足りなかったが、仕方なく頷いた。

 その様子を見て、プラークルウは盛大に溜息を吐く。

 

 ――麒麟族。

 

 それは、皇帝の一族である応龍族すら恐れた、数多の強大な秘術を持つ一族。

 オウセイは、彼らを結界の外に里ごと移したと言っていた。

 

 だが、正確には違う。

 『世界全体を覆う巨大な結界の内側では、麒麟族が力を使えないようにした』のだという。

 

 出入り自体は自由だ。

 ただし結界の内では、麒麟族はただの無力な人間になる。

 だからこそ、彼らは自らの意志で結界の外の土地に留まり続けた。それが歴史の真相だと、プラークルウは語った。

 

(そこまで……)

 

 ケセナは呆れつつも、無理やり納得することにした。

 だが、四星霜前の内乱で結界が失われた今、麒麟族はかつて結界の外だった土地で今もひっそりと暮らしているのか、それともラルのように世界各地へ散らばっているのか。

 そう考えると、ケセナの胸には疑問と、確かめてみたいという好奇心が静かに湧き上がっていた。

 

 そんな想像を巡らせつつ、ケセナはふと洞窟の入口へ視線を向けた。

 

 脇目も振らずに中へ飛び込んでいったグレンは、ラルと話をしているのか、一向に出てくる気配がない。

 様々な状況やプラークルウの話から見ても、ラルが麒麟族である可能性は極めて高かった。いや、もう確定と見ていいだろう。

 

 だがケセナは、すぐに視線を逸らして目を閉じた。

 

(あたしの、お父さんとお母さんを殺した!)

 

 身を削るようなラルの慟哭が脳裏に蘇る。

 

「俺が殺したって彼女は言っていたけれど……本当に、そうなのかな」

「違います」

 

 ケセナの小さな呟きを、プラークルウの静かな声が即座に否定した。

 ケセナは小さく息を呑み、足元の彼女を見下ろす。

 

「やっぱり、プラウは真相を知ってたんだね」

 

 その言葉がどこか寂しげに響き、プラークルウは伏し目がちに顔を背けた。

 

「……申し訳ありません、ケセナ様。お教えするべきことではないと、ずっと思っておりました。でも、これからあの方たちと旅をされるのでしたら、見えない壁と言いますか、変な蟠りはない方がいいでしょうから。……お教えします」

 

 プラークルウは、言い訳のように言葉を継いだ。

 その小さな顔には、激しい葛藤が浮かんでいる。教えてはいけないという理性と、主のために教えるべきだという使命感が、彼女の中でぶつかり合っているのがケセナにも伝わってきた。

 

「彼女の両親を殺したのは、元皇妃ノヴェリア・サイファスです」

「……え?」

 

 唐突な結論に、ケセナは呆然と言葉を失った。

 

「ノヴェリアが、あの夫婦を殺したんです」

 

 混乱する頭を必死に整理しながら、ケセナは待ってくれと右手を挙げた。

 

「えっと、ちょっと待って。ノヴェリアと、その……リーキルだったかな」

「リーギスト・クレートです」

「そう、そのリーギストが協力して、禁呪『生物創造』を行ったんだよね? 言わば共犯関係だったはずじゃないか。どうして裏切って殺したりしたんだ?」

 

 プラークルウは自らの銀髪に指を絡め、くるくると巻きながら渋い顔で息を吐いた。

 これ以上は話したくない。そんな本音が、その仕草に滲んでいる。

 

 だが、誤魔化しを許してくれないのが目の前の主人でもある。

 

「確かな証拠はありません。ただ、互いに利用していただけだったのでしょう」

 

 プラークルウは観念したように言った。

 

「ノヴェリアの目的は『世界を手中に収めること』。リーギストの目的は『麒麟族の復権』。目的は違えど、今の応龍皇帝を失墜させるという点では利害が一致していましたから」

「そのために、禁呪を使った?」

「ええ。作り出した泥人形――フィサルーアを皇帝の座に据え、ノヴェリアは聖母として世界を牛耳る。リーギストは、その泥人形に麒麟族を縛る結界を解かせ、復権を果たす。……ですが、応龍族よりも恐るべき秘術を持つ麒麟族が本当に解放されれば、いずれノヴェリアの野望は脅かされることになります」

「……脅かされる?」

 

 ケセナが首を傾げる。

 

「元々、麒麟族は応龍族の右腕とも呼べる強固な同盟関係にありました。しかし、その強大な力を恐れた応龍族や他の一族に裏切られ、幽閉に近い状態へ追い込まれたのです。……自由を奪われた麒麟族が、どう思うか分かりますか?」

 

 プラークルウはそこで言葉を切り、ケセナを見上げた。

 ケセナは眉間に皺を寄せ、自ずと答えを導き出す。

 

「……深く恨む」

「そうです。恨みや憎しみといった負の感情は、長い年月の中で膨れ上がるものです。応龍族や四獣族を恨み続けた麒麟族が解放されれば、彼らは必ず全てを根絶やしにしようとするでしょう。……ノヴェリアはそれを恐れた。だから、用済みになったリーギストと、その協力者であった妻のルリティアを暗殺したんです」

「そんな……」

「あくまでこれは、オウセイ様の推測に過ぎませんよ。真実を知る者は、すでに亡くなったノヴェリアとクレート夫妻の三人だけですから」

 

 これで説明は終わりだと言わんばかりに、プラークルウは小さく背伸びをして欠伸をした。

 

 しかし、ケセナにとっては終わりではなく、始まりだった。

 知らなければならないという欲求が胸の内で高まり、身体が静かに震える。

 

(封印した記憶を……取り戻すべき刻が来たんだ)

 

 ケセナは胸の内で呟いた。

 だが、それを声に出せば、プラークルウは必ず反対する。彼女が、自分の記憶が戻ることを何より恐れていると、もう分かっていた。

 

 それでも。

 

 ケセナはプラークルウを真っ直ぐに見据え、静かに、しかしはっきりと口を開く。

 

「記憶の中の俺は、真実を知っているだろう?」

「っ! 駄目です!」

 

 反射的にプラークルウが身を乗り出し、叫んだ。

 

「駄目ったら駄目です!!」

 

 宙を飛んでケセナの胸元へ飛び込み、小さな両手で精一杯、ケセナの身体をぽかぽかと叩き始める。

 その衝撃でケセナの身体は揺れたが、彼は一歩も後ずさりしなかった。

 

「プラウ……」

 

 叩き続けるプラークルウを止めず、ケセナは彼女の銀髪にそっと触れた。

 ふわふわの髪が指先をすり抜けていく。

 こうして無邪気な彼女に触れられるのも、これが最後かもしれないと、ケセナはふと思った。

 

「記憶を求めてはいけません! それを知れば、貴方は生きることができなくなるんですよ!?」

「分かってる……でも、そこに真実があるなら、俺は知らなきゃいけないんだ」

 

 ケセナは自分の胸に手を当てて訴えた。

 記憶を求めてはいけないことくらい、誰よりも自分自身がよく分かっている。あの残酷な記憶を取り戻せば、自分は正気を保って生きることができなくなる。だからこそ、生きるために記憶を消したのだと、そう思う。

 

「俺のせいで苦しんでいる沢山の人たちを、俺は救いたい。そのためには絶対、俺の失われた記憶が必要になるはずだから」

「必要なんてありませんっ……! ケセナ様は、何も知らないケセナ様として生きて、彼らを救えばいいだけです……っ!」

 

 涙声で必死に引き止めるプラークルウに対し、ケセナは静かに、最後の楔を打ち込むように告げた。

 

「もう、虚妄の刻は終わりなんだよ」

 

 その言葉が落ちた瞬間。

 叩き続けていたプラークルウの手がぴたりと止まり、彼女はケセナからすっと離れた。

 俯いたまま、ケセナの顔を見上げることもせず、くるりと背を向けて天を仰ぐ。

 

「プラウ」

 

 声をかけても、彼女は振り返らない。

 銀色の髪が、荒野の風に寂しく揺れた。

 微動だにしないその小さな背中へ向けて、ケセナは深々と頭を下げる。

 

「ごめん。そして……ありがとう」

 

 プラークルウが離れたのは、自分が記憶を取り戻すことを、不本意ながらも認めてくれたからだと、ケセナは受け取った。

 だが、ゆっくりと上体を起こしても、プラークルウはまだ背を向けたままだった。

 

 やがて、絞り出すような声で彼女が口を開く。

 

「……また貴方は、精霊たちを道具とするんですね」

 

 それは、消え入りそうなほど悲痛な声だった。

 

「今、なんて……?」

 

 風に流され、ケセナにはその言葉がうまく聞き取れなかった。

 振り返らないその小さな背中は、微かに震えていた。泣いているのか、怒っているのか、ケセナには分からず眉をひそめる。

 

「本当に貴方は、甘ったれの世間知らずで、幼稚で、どうしようもない大馬鹿者だと言ったんですよ」

 

 明らかに長くなっているが、ケセナは反論しなかった。

 

「剣精たる私の忠告を跳ね除けたのですから……これから先、絶対に私を失望させないでくださいね」

 

 ゆっくりと振り返ったプラークルウの金色の瞳は、これまでの彼女とは一変していた。

 そこにあるのは、感情を切り捨てたような、ひどく険しく、冷たい光。

 それは紛れもなく、主の身を案じて泣き叫ぶ無邪気な幼女から、ただ主の命に従う剣精へと戻った瞬間だった。

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