合意の射程   作:nelldrip

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法律専門誌、解説記事、ワイドショー。それが少しずつ、普通の人々の言葉に変わっていく。
早稲田の研究室で、円山肇は論文を書き終える。
原告と被告の連動設計、補助参加への三重の迎撃、国の自己矛盾。構造は全て解き明かせた。だが最後の一行だけ、書けなかった――設計者は誰か。

そうして、法廷は大法廷回付を決定する。
人々の前で、大法廷は開かれる。

太田は四つの憲法条項を、最後にもう一度重ね、榊原は、奈良漬とウイスキーボンボンを、もう一度突き出す。
そして、判決。

前代未聞の法廷ドラマ、ここに完結!


合意の射程 I

# 高裁判決の波紋

 

高裁判決が出たとき、最初は法律専門誌だけだった。

翌日の朝、いくつかの法律系メディアが短い記事を出して、その日の夕方、一般紙の法廷担当記者が解説記事を書いた。

*18歳で結婚できるのに、三三九度ができない。その矛盾に、高裁が答えを出した。*

 

その記事が、SNSで広がる。広がり方は、これまでの波紋とは違った。

法クラの界隈だけでは、神道関係者の界隈だけではなかった。普通の人間が、読んだのだ。

 

テレビのワイドショーが、二日後に取り上げた。

短い特集だった。

だが、コメンテーターが言った。「知らなかったですね、こういう問題があるとは。18歳で婚姻できるようにしたのに、神前式の肝心なところができないって、立法の不備じゃないですか」

 

国会で、質問が出た。

野党の若手議員が、内閣委員会で厚生労働大臣に問うた。「高裁の適用違憲判断について、政府の見解は」

 

「現在、上告審が係属しており、司法の判断を注視しております」大臣も、椅子の座り心地が悪そうだった。

 

神社本庁も、声明を出した。

神前婚姻儀礼における三三九度の執行に関して、高裁の適用違憲判断を受け、全国の加盟神社に対し、18歳・19歳の婚姻当事者からの三三九度の申し込みへの対応について、慎重な判断を求める通達を出す——「慎重な判断を求める」という表現は、実質的には、やっていい、という意味に読めた。

 

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円山肇は、深夜の研究室で、書きかけの論文を前にしていた。

 

机の上には、訴状のコピー。地裁判決。高裁判決。三つの書面が、付箋で膨れ上がっている。窓の外は暗い。早稲田のキャンパスは、もう人気がない。

 

論文の骨格は、できていた。原告と被告の連動設計。補助参加への三重の迎撃ライン。国の自己矛盾の誘導。適用違憲という着地点。

一つ一つを、円山は法的に分析し、その機能を言語化していた。

書けば書くほど、確信は強まった。

この訴訟は、偶然の産物ではない。最初から、ここに着地するよう、設計されている。

 

問題は、最後の一章だった。

 

設計者は、誰か。

 

円山は、原告代理人の太田誠一を、何度も調べた。

離婚と相続を主に扱う、街の弁護士。

憲法訴訟の実績は、ない。論文も、ない。学会での発表も、ない。

 

この精緻な構造を、一人で組み上げられる人間には——どう見ても、見えなかった。

 

だが、太田以外の名前は、どこにも出てこなかった。

 

円山は、ペンを置いた。

 

法律家の発想ではない、と何度も思った。

法体系を、内側からではなく、外側から見ている。

条文を、積み木ではなく、力の働く構造物として扱っている。

建材ではなく、力学。そういう思考をする人間が、法曹界にいただろうか。

 

円山は、自分の知る限りの優秀な実務家、研究者の顔を、一人ずつ思い浮かべた。誰も、当てはまらなかった。

 

法曹ではない。これは、法律の外から来た人間だ。

 

円山は、その確信を、論文の最終章に書いた。設計者は特定できない。だが、その思考の痕跡から言えることがある。

この人物は、法律を、一つの系として外側から観察している。おそらく、本職は法曹ではない。

 

書いてから、しばらく、その一文を見ていた。

 

学者として、特定できないものを「特定できない」と書くのは、敗北に近い。

だが円山は、その敗北を、むしろ誠実だと感じていた。

分からないことを、分かったふりで埋めない。それが、この異様な訴訟に対して、研究者が取り得る唯一の正直な態度だった。

 

円山は、最後にもう一行、書き加えた。

 

*本件の設計者が誰であれ、その人物は、日本の憲法訴訟の方法論に一つの新しい地平を開いた。我々は、それを記録し、分析する責務を負う。*

 

ペンを置いた。窓の外は、まだ暗い。

 

円山は、少しだけ笑った。この訴訟を、最後まで見届けたい。

学者として、ではなく——もっと単純な、知的な渇望として。続きを見たかった。

 

*射程限定型違憲判断への収束設計——霧島対大崎神社事件の構造分析*

 

円山の論文が、法律専門誌に掲載されると、法学クラスタの間で一夜にして広まった。

 

「円山の論文、読んだか?これ、最初から大法廷を狙って設計してたって分析だよ。原告被告の連動設計、補助参加の三重迎撃ライン、国の自己矛盾誘導——全部書いてある」

「設計者は誰だろうというのが、論文の最後に出てくる。円山先生も特定できてないらしい。法律家じゃない、って書いてある。法体系の外側から見た設計者だって」

 

ロースクールの授業で、取り上げられた。ある教授が、学生に言った。「この訴訟を設計した人間が誰かは分からない。だが、注目しておけ。この訴訟は今後の憲法訴訟の教科書になる可能性がある」

 

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# 調査官室

 

上告状が、最高裁判所に届いた。記録は、まず調査官室に渡る。

 

最高裁の裁判官は、上がってくる事件の記録を、最初から自分で読み込むわけではない。優秀な判事補から選抜された調査官が、まず記録を精査し、上告を受理すべきか、受理するならどの法廷で扱うべきかを上申する。

それが、最高裁という組織の実務だ。受理するかどうかの最初の関門は、裁判官ではなく、調査官が作る。

 

水原は、この事件の記録を三度読んでいた。

 

一度目は、事実関係の確認のために。

二度目は、法律構成の検証のために。

三度目は——何かが、引っかかったからだった。

 

調査官の仕事は、事件に惚れ込まないことだ。記録を冷静に解剖する。争点を抽出し、論点を整理し、裁判官が判断しやすいよう見取り図を作る。

感情を挟まない。それが、最高裁という機構の中で、調査官に求められる規律だった。水原は、その規律を十年以上、守ってきた。

 

だが、この事件は三度目を読ませた。

 

訴状の構成。補助参加への異議の組み方。神社が国を訴えるタイミング。

被告代理人の主張が、原告の主張と、結果としてどこに向かっているか。

一つ一つは、別々の訴訟行為に見える。だが並べてみると、全部が同じ場所を指していた。

 

水原は、円山肇の論文のコピーを、机の脇に置いていた。法律専門誌に載ったものだ。射程限定型違憲判断への収束設計。タイトルをもう一度読む。

 

法律家の発想ではない、と円山は書いていた。水原も、同じことを思っていた。

 

この事件を作った人間は、争点をどこまで絞れば、裁判所が判断を避けられなくなるか最初から計算している。訴訟戦術の精度の問題ではない。設計の精度の問題だ。

 

そして、水原を不安にさせたのは、その設計の中に、自分の居場所まで、織り込まれているように見えることだった。

 

最高裁が、この事件をどう扱うか。

受理するか。

小法廷に置くか。

大法廷に上げるか。

その分岐の一つ一つを、設計者は、予測していたのではないか。調査官が記録を読み、争点の絞り込みに気づき、これは小法廷では収まらないと判断する——そこまでが、設計の射程に入っていたのではないか。

 

裁判所は、外から来る訴訟を裁く側だ。裁かれる側ではない。設計される側でも、ない。

だが、この事件を読んでいると、その前提が、ゆっくりと崩れていく感覚があった。

自分は今、誰かが引いた線の上を、その通りに歩かされているのではないか。

 

水原は、上申書を書き始めた。

 

*本件上告は、受理すべきものと考える。理由は以下のとおり。第一に、原審判決は複数の憲法条項の競合的解釈を含み、法令の解釈に関する重要な事項を含む。第二に、本件の争点設定は、地裁・高裁を通じて段階的に整理されており、最高裁における判断の射程が、既に高い精度で限定されている。これは、いずれの小法廷においても、技術的な維持・棄却のみでは処理し切れない事案であることを示唆する。第三に——*

 

水原は、そこで少し手を止めた。

 

第三の理由を、どう書くか。

 

*本件訴訟の構造には、通常の訴訟運営からは説明のつかない設計の痕跡が認められる。原告及び被告の訴訟行為が、対立しながらも同一の帰結に収束するよう、高度に組織されている。この事実そのものが、本件が最高裁による正面からの審理を要する事案であることを示している。*

 

書いてから、少し読み返した。上申書としては、異例の表現だ。だが、書くべきだと思った。仮にこれが、設計者の引いた線の上だとしても——その線が、向かっている先が、不当なものではない。むしろ、放置された矛盾を正そうとしている。それなら、自分は、自分の判断として、同じ線を選ぶ。設計されたからではなく、それが正しいと思うから。水原は、そう自分に言い聞かせた。

 

この事件を作った人間が誰かは、分からない。だが、その人間は、いつか最高裁の調査官がこの記録を読むことまで、計算していたのではないか。水原は、その可能性を、振り払うことができなかった。振り払えないまま。それでも、ペンを進めるしかなかった。

 

大法廷への回付は、調査官の上申だけでは決まらない。受理の段階で直接大法廷に乗せる制度は、最高裁にはない。まず小法廷に配点され、その小法廷自身が合議で回付を決定する。それが手続きだ。

 

水原にできるのは、受理を相当とし、この事件が小法廷限りでは収まらないという見立てを、上申書に刻んでおくことだけだった。

 

上告は受理された。配点は、第一小法廷。

太田の大法廷回付の申立は、まだ存在すらしない。だが、その申立を受け止める側の準備は、もう、調査官室の段階から、整っていた。

 

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# 最高裁小法廷

 

上告受理から三週間後。最高裁小法廷への配点通知が来た。

 

太田は津本に電話した。

 

「受理されたよ」

「大法廷回付を申し立てるか」

「申し立てる。高裁が憲法判断を出した案件だ。高裁判決文には、最高裁における憲法判断が望まれると明示してある。小法廷で処理される理由がないからな」

「通るか」

「——わからない。最高裁は大法廷回付を嫌がる。大法廷判決は先例としての拘束力が強すぎる。できれば小法廷で、射程の狭い判断を出して終わらせたいと思うはずだ」

「それをさせない方法は」

「申し立てだけでは足りない。学術コミュニティが動いている。円山先生が論文を書いている。それらが積み重なれば——小法廷が、これを射程の狭い技術的問題として処理することは、難しくなる」

「腐食が、十分に進んでいるかどうか、だな」

「そうだ」

 

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最高裁小法廷。第一回。

 

傍聴席は、今まで見たことのない顔ぶれだった。弁護士バッジが、三十を超えていた。神道関係者が、複数来ていた。メディアが、増えていた。一般紙の法廷担当記者が、何人もいた。円山の姿もあった。今日は一人だった。

 

小法廷裁判長が、開廷を告げた。五人の裁判官が、正面に並んでいた。

 

「本件上告審において、まず大法廷回付の申立について確認します」

 

太田は立った。

 

「申立人代理人より、大法廷回付を申し立てます。理由は三点です。第一に——原審高裁は判決文において、本件が最高裁において憲法判断がなされるべき事案であることを明示しています。第二に——本件は憲法第十三条、第十九条、第二十条、第二十四条という複数の条項が競合する案件であり、各条項の解釈について小法廷内で意見が割れる可能性があります。第三に——本件は、2022年の民法改正という立法行為に伴う制度的齟齬から生じた問題です。立法不作為の範囲と国家賠償責任の有無について、最高裁大法廷としての判断が、法的安定性の観点から求められます」

 

太田は着席した。

 

小法廷裁判長が、五人の裁判官を見渡した。何かを、測るような間があった。

 

「——本件大法廷回付の申立については、合議の上、次回期日までに判断します」

 

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小法廷の合議室は、静かだった。五人の裁判官が、長机を囲んでいた。

 

主任裁判官の村井が、記録を閉じた。六十四歳。最高裁判事になって三年になる。

 

机の上に、調査官の上申書があった。村井は、それを一度、見下ろした。

 

「整理する。高裁は適用違憲の判断を出した。射程は極めて限定されている。小法廷で処理するとすれば、高裁判決を維持する、あるいは棄却する。二択だ」

 

「この訴訟の構造が、気になっています」五人のなかで最年少の福島が言った。四十八歳。学者出身だ。「原告と被告が、同じ方向を向いている。双方の主張が、結果として同じ着地点に向かっている。論点が極めて整理されて、争点が絞られている。裁判所が判断を求められている問いが、最初から一つに絞られていた」

 

「調査官も、同じことを書いている」村井は、上申書を少し持ち上げた。「設計の痕跡が認められる、と。調査官がこの言葉を使うのは、珍しい」

 

村井が腕を組んだ。

 

「申立人は大法廷回付を求めている。理由は三点。高裁の判決文に大法廷での判断を望む旨が明示されている。複数の憲法条項が競合している。立法不作為と国賠責任について法的安定性が求められる。三点とも…筋は通っている」

 

福島が、少し間を置いてから言った。

 

「この訴訟の設計を考えた人間は——小法廷が、この問いを自分たちで処理することを、選択しないと思っていたのかもしれません。射程の限定された高裁判断を、小法廷が技術的に維持する。その形では、この問いへの本質的な答えが出ない。大法廷で、正面から答えを出させる。そのために、論点を絞って、整理して。裁判所を、判断せざるを得ない場所に追い込んだ」

 

会議室が静かになった。

 

「——最初から、大法廷を目指していた」村井は静かに言った。

 

三週間後。小法廷は、大法廷回付を決定した。

 

*本件を大法廷に回付する。*

 

一行だった。

 

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# 大法廷回付の波紋

 

最高裁判所第一小法廷は、本事件を大法廷で取り扱う事件と判断し、回付する。

 

速報のテロップが出た。夕方のニュースの画面の下を、その文字が流れた。ニュースキャスターが読み上げた。

 

「最高裁判所は、神前式三三九度訴訟を大法廷で審理することを決定しました。大法廷は法令違憲や判例変更が必要な場合に開かれるものであり、今回の決定は最高裁が、本件を憲法判断が必要な重大案件と認識したことを示しています」

 

SNSは、これまでと違う動き方をしていた。トレンドに入った。法クラの投稿と、一般の人間の投稿が、同じタグの中に混在していた。専門家の分析と、素朴な疑問と、神道関係者の声明と、ウェディング業界の反応が、同じ場所で重なり合っていた。

 

太田は事務所で、その夜のSNSを見ていた。珍しく、長い時間画面を見ていた。流れていく投稿を、一つ一つ読んだ。法クラの分析。神職のアカウントからの声。若い女性の、友達の結婚式のことを書いた投稿。ロースクール生の、円山論文への言及。全部が、同じ方向を向いていた。矛盾を正したい。それだけのことに。

 

津本にメッセージを打った。*大法廷回付、SNSが大きく動いてるな。*

 

返信が来た。

 

*見てる。腐食が、完成した。*

 

太田はその言葉を見た。腐食が、完成した。津本が設計図を描き始めたときから、腐食は始まっていた。地裁の二文。高裁の適用違憲。国の撤退。円山の論文。国会の質問。神社本庁の通達。大法廷回付。一つ一つは、小さな出来事だ。だが積み重なって、構造の内側から、何かを変えようとしていた。

 

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# 最高裁大法廷

 

大法廷の傍聴抽選は、最高裁の歴史でも前例のない倍率になった。一般傍聴席、四十八席。応募者数、三万一千四百二十二人。倍率、約六百五十倍。

 

最高裁の広報担当者が、その数字を読み上げたとき——記者席がざわめいた。

 

当日の朝。最高裁判所前には、抽選に外れた人間たちが集まっていた。傍聴はできない。それでも——来た。弁護士バッジをつけた人間が、何十人もいた。大学名の入ったバッグを持つ学生が、芝生の上に座っていた。中年の夫婦が、並んで立っていた。カメラが、何台も並んでいた。

 

誰も、何かを叫んでいるわけではなかった。ただ——来ていた。この場所に、今日起きることの近くに、いたかった。

 

傍聴席に入れた幸運な数十人の中に、霧島安来と、その妻がいた。

当事者枠で。並んで、座っていた。

霧島は弁護士バッジをつけていた。修習を終えて、先月から弁護士になっていた。

そして、妻は静かに正面を見ていた。水で済ませた三三九度の日から、ここまで来たのだ。

 

太田は、原告代理人席に座っていた。

 

初めて入った大法廷。十五人の裁判官席が、半円形に並んでいる。

天井が高い。空気の密度が、他の法廷とは違う種類の重さを持っていた。

この部屋で、戦後の憲法史が何度も動いたことをしっている。

太田は正面を向いたまま、手元の書類を確認した。なんども、確認した。

 

榊原が隣の被告代理人席に座ると、目が合った。

互いに、静かに頷いた。言葉は必要なかった。

 

開廷五分前。傍聴席が静かになった。

 

霧島の妻が、静かに霧島の手を握った。霧島は少し驚いた顔をして——それから握り返す。

 

午前十時。最高裁判所長官が入廷する。続いて、十四人の裁判官が入廷した。

十五人が、半円形に並んだで。

 

「開廷します」

大法廷長の声が、大法廷に響いた。

 

口頭弁論は、淡々と進んだ。

 

太田は立った。地裁から積み上げてきた全てを、この法廷に置いた。

 

「請求の原因、ならびに憲法上の争点について、申し上げます」

 

声を、一段低くした。大法廷の天井は高い。声を張れば、かえって散る。低く、確実に、十五人の耳に届く高さを探した。

 

「事実関係は、単純です。原告らは婚姻に際し、神前式における三三九度を申し込んだ。被告はこれを、二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律を根拠として拒否した。原告らは、儀礼の核心を欠いたまま、水で式を挙げた。争いのない事実です」

 

太田は一拍置いた。

 

「問題は、この拒否を根拠づけた法律の適用が、憲法に照らして許されるか否か。その一点です」

 

正面の十五人を、ゆっくりと見た。何人かが、書類から目を上げていた。

 

「第十三条。自己決定権。誰と、どのような儀礼をもって婚姻を結ぶか。これは、個人の生のあり方の核心に属する選択です。第二十条。信教の自由。三三九度は、単なる飲酒ではない。神前において神酒を酌み交わす、宗教的儀礼そのものです。第十九条。思想良心の自由。第二十四条。婚姻における個人の尊厳」

 

四つの条項を、一つずつ、間を置いて述べた。急がなかった。

 

「この四つは、それぞれ独立して、本件の拒否を違憲と評価し得ます。そして——互いに、補強し合う」

 

ここからが、本体だった。

 

「被告が原告の儀礼を拒んだとき、侵害されたのは、信教の自由だけではない。自己決定権でもあり、婚姻における尊厳でもある。一つの行為が、複数の憲法的価値を、同時に損なっている。これを、いずれか一つの条項の問題として処理することは——本件の本質を見誤ることになります」

 

裁判官の一人が、わずかに身を乗り出した。最年長と思われる、白髪の判事だった。

 

太田は、立法事実に移った。

 

「立証責任の所在については、高裁においてすでに示したとおりです。基本的人権を制約する立法が、その正当性を問われたとき。制約を正当化する立法事実を示す責任は、制約する側にある。原告が無害を証明するのではない。被告が、国が、有害を証明しなければならない。この点を、改めて当大法廷において主張いたします」

 

太田は、書類を見ずに続けた。この部分は、暗記していた。

 

「被告の拒否を支えるのは、未成年の飲酒が健康に害を及ぼす、という立法目的です。しかし——本件で問題となっているのは、神前における一盃の神酒です。婚姻儀礼において、神職の主宰のもと、参列者の前で、一度だけ口をつける、その一盃。それが満十八歳の身体に具体的かつ不可逆的な健康被害をもたらす。それを示す医学的知見は、地裁、高裁を通じて、ついに、何ひとつ提出されておりません」

 

太田は、一拍置いた。

 

「そして——高裁において、国は補助参加を試み、そして、退きました。立法事実を立証できる唯一の主体が、立証の機会を持ちながら、それを示さず退いた。

これは、立証されなかった、という以上に——立証し得なかった、ということに他なりません。立法目的と、この適用の間には、埋めようのない距離があります」

 

法廷は、ただ、静かだった。

 

「立法の目的、目指すところは理解します。しかしながら。目的が正当であることと、その目的のために神前の一盃まで禁じることが正当であるか、これは別の問題です。手段が目的を大きく超えている。本件への適用は、過剰なのです」

 

太田は、最後に。声を、ほんのわずかに強めた。

 

「原告らは、未成年飲酒の解禁を求めているのではありません。求めているのは、ただ一点。神前婚姻儀礼における、一盃の神酒です。その一点に限った、適用の違憲の確認です。射程は、最初からそこにしかありません」

 

太田は着席した。

 

感情は乗せなかった。事実を積んだ。論理を重ねた。それで十分だと信じていた。地裁で、高裁で、そうやってここまで来たのだ。

 

榊原が立った。声は変わらなかった。四十年の法廷経験が染みついた、静かで重い声。

 

「未成年飲酒禁止法が定める立法目的は、未成年への健康被害の防止、非行防止にあります。それがアルコール摂取がいかなる状況においても生じる、というのであれば——エタノールスプレーの使用。奈良漬の摂取。アルコール含有菓子の購入。これらを一律に規制しないことこそが、違法状態であります。直ちに裁判所として、その判断を示していただきたい」

 

榊原は、ここで一度、言葉を切った。傍聴席を見渡すでもなく、ただ、自分の言葉が法廷の隅々まで届くのを待つように。

 

「裁判所が、もし、神前の一盃を厳格に取り締まるべきと判断されるのであれば——同じ論理で、奈良漬を、ウイスキーボンボンを、消毒用エタノールを、すべて取り締まらねばなりません。それが法の下の平等です。被告はその判断に従います。喜んで、従います」

 

喜んで、という一語に、法廷の空気が、わずかに軋んだ。それが何を意味するか、ここにいる全員が理解していた。

神前の一盃を守るために、奈良漬を人質に取っている。

被告代理人は、裁判所に、二つに一つを迫っていた。

日本中の食卓を取り締まるか、三三九度を解放するか。

 

逃げ道を塞いだ。地裁で一度。高裁で一度。そして今、最高裁大法廷という、日本の司法の最も高い場所で、もう一度。

 

榊原は、最後の主張に入った。声の調子は変えなかった。だが、言葉の重さが、変わった。

 

「以上に加え、被告大崎神社は、本件において一貫して法律に従って行動してまいりました。法律を、守った。守ったがゆえに、原告ご夫妻に、生涯に一度の儀礼を、水で挙げさせることになった。その責めを、被告は負いきれません。なぜなら——従うべき法律そのものが、憲法に反していたからです」

 

榊原は、十五人を、正面から見た。

 

「その法律が憲法に反するとすれば、その責任は、立法不作為にあります。被告は加害者ではない。被告もまた、この矛盾の被害者です。その事実を——最高裁判所大法廷として、認定していただきたい」

 

榊原は着席した。

 

大法廷に、沈黙が落ちた。

十五人の裁判官が、それぞれ書類を見て、正面を見た。何かを考えている。

 

太田は、その沈黙の質を感じ取っていた。地裁の沈黙とも、高裁の沈黙とも違う。

逃げ場を探す沈黙ではない。逃げ場がないことを確認し終えた人間たちの、覚悟の前の沈黙だった。

原告も被告も、同じ方向を向いている。国は、もういない。残ったのは、十五人の裁判官と、一つに絞られた問いだけだった。

 

最年長の判事が、書類の上で、指を一度組み替えた。それだけの動作が、なぜか、太田の記憶に残った。

 

大法廷で、長官が口を開いた。

 

「本日の口頭弁論は、以上です。判決期日については、追って通知します」

 

閉廷が告げられた。

 

太田は原告代理人席で少しも動かなかった。大法廷の天井を、一度だけ見た。高い天井だ。新橋の地下のバーとは、真逆の場所だ。

あの夜、津本が折り畳んだA4を渡した。太田が読んだ。ラムを飲んだ。それが、ここまで来た。

 

廊下に出ると、霧島夫妻が待っていた。

 

「太田さん——ありがとうございます」

 

太田は少し間を置いた。

 

「まだ終わってない」

「はい。でも——今日、ここまで来られました」妻が静かに言った。

 

太田は二人を見た。

 

「——そうだな」

 

最高裁の外に出ると、カメラが並んでいた。レポーターが、口頭弁論の内容を伝えていた。太田はその中を、少し早足で歩いた。スマートフォンを取り出すと、津本に一行。

 

*口頭弁論、終わったよ。*

 

返信が来た。

 

*あとは、待つだけだ。*

 

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# 判決

 

判決は、一ヶ月後に出た。三月の朝だった。

 

午前十時前。最高裁判所前の広場に、人が集まっていた。これまでにないほどの人数だった。抽選に漏れた者が、それでも来ていた。傍聴はできない。中に入れない。だが——来た。大理石の美しい建物が、朝の光を受けていた。その奥で。今日。何かが決まる。

 

その瞬間を、ここで待つ。それだけのために、来た人間たちが、広場を埋めていた。

 

中継が、始まった。

 

最高裁大法廷。十五人の裁判官が、半円形に並んでいた。

霧島と、その妻が、そして傍聴席の全員が、息を詰めていた。

三月の朝の光が、大法廷の窓から差し込んでいた。

 

太田は原告代理人席で、正面を向いたまま、動かなかった。手元のファイルは閉じてある。もう開く必要はない。全てを出し切った。あとは、この部屋で。十五人が答えを出す。

 

大法廷長が、判決文を手に取った。

 

「主文」

 

大法廷長の声が、大法廷に響いた。高い天井が、その声を受けた。

 

「本件上告を棄却する」

 

その瞬間から、全てが動いた。

 

最高裁の外では、中継カメラが回っていた。テロップが、日本中のテレビ画面を流れた。

 

*【速報】最高裁大法廷、三三九度訴訟で高裁判断を維持 飲酒禁止法の三三九度への適用を憲法13条ほかで保障される権利への過剰な侵害と確定*

 

広場の人間たちが——動いた。声を上げた者がいた。泣いた者がいた。ただ立ち尽くした者がいた。

 

最高裁判所、傍聴席にも、声を上げた者がいた。一人だった。静かな大法廷に、その声は響く。すぐに、裁判長が手を上げると、声が止んだ。泣いている者もいる。音を立てずに、顔を伏せて、泣いていた。ただ、じっと、動きを止めた者もいた。そこにいた全員が、それぞれの形で、この瞬間を受け取っていた。

 

霧島の妻が、霧島の手を握った。今日は、霧島が先に気づいて握り返した。妻は正面を向いたまま、目を閉じた。

 

太田は、隣の被告代理人席を一瞥した。榊原が、目を閉じていた。敗訴した側の顔ではなかった。上告人として負けることを、最初から計算していた人間の顔だ。

大崎神社は、勝つために上告したのではない。負けることで、高裁判決を確定させるために、上告した。太田は、その横顔から視線を戻した。

 

太田は、動かなかった。

 

主文を聞いた。本件上告を棄却する。高裁判決が、確定した。適用違憲。神前婚姻儀礼における三三九度の一盃への飲酒禁止法の適用は、憲法に反する。それが、今日、最高裁大法廷として確定した。

 

判決の朗読が続いた。大法廷長の声が、判決理由を読み上げていく。

 

「——本件において問題となるのは、神前婚姻儀礼における一盃の神酒の授受である。これは、外形上は飲酒に該当するものの、その実質は、宗教的儀礼の核心をなす象徴的行為であり、嗜好や酩酊を目的とする飲酒とは、その性質を全く異にする」

 

太田は聞いていた。手元のファイルは、閉じたままだった。

 

「未成年者飲酒禁止法の立法目的は、未成年者の心身の健全な発達の保護にある。しかしながら、神職の主宰のもと、参列者の立会いのもとで行われる、民法が婚姻を認める満十八を迎えた婚姻当事者においては、儀礼としての一盃の神酒の授受が、当該立法目的を害するという具体的な根拠は、本件全証拠によっても、これを認めることができない」

 

立証責任の、転換だった。健康被害がないことを原告が証明するのではない。健康被害があることを、国が、被告が、証明できなかった。その一点が、判決文の中で、静かに確定していった。

 

「しかるに、本件法律を、当該儀礼に対して一律に適用することは、婚姻当事者の自己決定権、および信教の自由を、その目的に照らして過剰に制約するものであって——」

 

大法廷長は、ここで一度、言葉を切った。

 

高い天井の下、その短い沈黙が、法廷の全員に共有された。

 

「——憲法第十三条および第二十条に違反し、その限度において、違憲である」

 

津本が一週間で作ったシナリオの論理が、最高裁大法廷の判決文として読み上げられていた。

他者危害原則の不在。立証責任の転換。三重の保護構造。射程の限定。

全て、あの折り畳まれたA4に書いてあったことだった。新橋の地下のバーで、カウンターの上に、すっと置かれたあの一枚。あれが今、日本の司法の最も高い場所で、十五人の名において、読み上げられている。

 

太田は、その朗読を、最後まで聞いた。一言も、聞き漏らさなかった。

 

閉廷が告げられ、十五人の裁判官が退廷したあと。太田はようやく、立ち上がった。書類をファイルに入れた。いつもと同じ動作だ。地裁のときも、高裁のときも、同じ動作をしてきた。今日も、そうだ。

 

廊下に出ると、霧島夫妻が待っていた。妻の目が、少し赤かった。

 

「太田さん」霧島は少し間を置いた。「——本当の三三九度を、挙げます」

 

太田は少し笑った。

 

「原資もしっかりあるしな。大崎宮司に連絡したか」

「ははは、そうですね。先月、連絡しました。来月、もう一度式を挙げます。今度は——全部、揃えて」

 

未来がいう。「宮司さんが、待っています、と言ってくださいました」

 

太田は二人を見た。水で済ませた一盃のことを、思った。挙式の記録に残っていた、あの一行を。*三三九度は、水で執り行われた。* その一行が、この訴訟の全ての重心だった。

 

「——よかった」

 

それしか出てこなかった。それで十分だった。

 

外に出た。広場に、まだ人が集まっている。カメラも、まだ回っているようだ。三月の朝の光の中で、最高裁の大理石が白く輝いていた。

 

スマートフォンを取り出して、津本に電話した。一コールで出た。

 

「終わったよ」太田は言った。

 

沈黙があった。長い沈黙ではない。だが津本にしては、珍しく、間があった。

 

「——ああ」

 

「お前の設計図、最高裁大法廷の判決文になったぞ」

「そうか」

「そうだ」

 

また少し間があった。

 

「太田——新橋の店、今夜開いてるか」

 

太田は少し笑った。

 

「確認する」

「任せた」

 

電話が切れた。

 

三月の朝の光の中で、最高裁の大理石が白く輝いていた。広場の人間たちが、それぞれの場所で、それぞれの形で、今日起きたことを受け取っていた。

太田はポケットにスマートフォンをしまった。空を見ると、心地よいほどに晴れていた。しがない弁護士の、長い旅が、終わったのだ。

 

---

 

# エピローグ いや、俺こそ、なにもしてないのだが?

 

判決から、二週間が経った。

 

太田の事務所は、まるで、別の場所になっていた。電話が鳴り止まない。メールが、返しても返しても積み上がる。受付の机の上では、名刺が山になっていた。法律事務所。出版社。テレビ局。新聞社。大学。研究機関。

 

「太田先生、また取材の申し込みです。今日だけで、七件目です」

「ああもう、断っておいてくれ」

 

相談者は、午前中だけで四人来た。企業の法務担当、離婚案件、隣人トラブル、そして全く意味のわからない案件。最終的に「先生にお会いしたかっただけで」という着地になって、太田は言葉を失った。

 

夕方。太田は事務所の椅子に深く座って、天井を見ていた。相変わらず古い天井だ。少し染みがある。

 

ふとデスクの上をみる。名刺の山と取材申し込みのリストがあった。講演依頼のリストまで。

 

勘弁してくれ——嘆きたかった。本気で。予測はしていた。していたが。

 

最高裁大法廷で違憲判決を勝ち取った。しかも憲法訴訟の実績ゼロだった街弁が。そうなれば、こうなることは——わかっていた。わかっていたが、ここまで凄いのか。最高裁で勝つ、ということは。

 

全く、あいつはいつもこうだ。思いついたことで、人を動かし、面倒なことを全部やらせて、同時に報酬も全部負わせていきやがる。

 

思えば、中学のときからそうだった。文化祭の演劇、修学旅行の班分け——なぜか太田がやっていた。

今回も、そうだ。津本は思考実験を語り、設計図を見せ、面白いだろ、という一言で太田を動かした。そして太田は地裁から高裁から最高裁大法廷まで、全部やった。あいつは…津本は——今頃、研究室にこもって実験でもやっているのだろう。

 

スマホが鳴る。津本からだった。

 

「生きてるか」

「ふん、かろうじて」

「今夜どうだ。霧島も呼んである。大崎宮司も来れるそうだ」

「——行く。あの店だな」

「ああ」

 

あの店、か。太田は少し笑った。カウンター十席ほど、テーブル二卓。煙草の染みた木の匂いと、煮込みの甘辛い蒸気が混ざり合う、あの店。あの夜、津本に連れていかれた。それから——この全部が、始まった。

 

デスクの上の名刺の山を見て、またため息をついた。それから——コーヒーを、熱いうちに飲んだ。十年間、冷めたコーヒーを飲み続けてきた。今日は——熱いうちに飲んだ。それだけのことだ。しかし太田には——それが、少し、違う意味を持つような気がした。

 

コートを手に取ると、事務所を出た。田村が「お疲れ様です」と言う。

 

「ああ。明日の取材申し込み、悪いが全部断っといてくれ」

「全部ですか?」

「全部だ。相談案件だけ入れてくれ」

 

新橋の夕暮れの中を、歩き始める。

駅の方向とは逆に、路地へ向かう。あの路地裏のバーに向かって。

 

歩きながら、スマホを取り出して津本にメッセージを打った。

 

*今から向かう。先に飲んでるなよ。*

 

返信が来た。

 

*もう二杯目だ。早く来い。霧島が緊張してる。*

*なんで緊張してるんだ。*

*最高裁で違憲まで勝ち取った大先輩に会うのが、だそうだ。*

 

太田は少し笑った。まったく、なにが大先輩だ。だいたいお前の差し金だろうに。全く、あいつはいつもこうだ。太田は歩きながら、思った。思いついたことで、人を動かし、面倒なことを全部やらせていきやがる。品川のホームで声をかけるかどうか、迷った、と津本は言っていた。本当に迷ったかどうかは、分からない。だが、あの夜、津本は声をかけた。それで全部が始まった。

 

新橋の地下のバーで、ラムを飲みながら、折り畳まれたA4を渡した男。*いや、俺、なにもしてないだろ?* そういいたげな男の顔を、もう一度思い浮かべながら。

 

新橋の夜の中を、歩く。路地の入口から地下に降りる階段が見えた。看板の小さな明かりの先、あいつが待ってるのだろう。

 

そう思うと、太田は少し足を速めたのだった。

 




この話を書き終えて、一番気に入っているのは、誰も「俺がやった」と言わないことです。

円山は論文の最後で「特定できない」と書きました。
それを敗北ではなく誠実さだと感じる、と。

橋本(前話)も、太田も、誰も、この訴訟の本当の作者として名乗りません。津本自身さえ、「俺はなにもしてないだろ?」と言いたげな顔をしています。

これは、この物語が最初から目指していた形だったと思います。三三九度という、たった一つの、小さな目的のために積み上げられた十二単のような防壁――その内側に、たった一人の天才の名前を刻むのではなく、円山の誠実さ、橋本の気づき、榊原の四十年、霧島夫妻の静かな確信、宮司の68年。

それぞれが、自分の持ち場で、自分の判断として、同じ場所に辿り着いた。設計図はきっかけにすぎず、実際にそこに着地させたのは、その全員です。

太田が最後に「熱いうちにコーヒーを飲む」というだけの場面で終わるのも、同じ理由です。最高裁に勝つというのは、本来、人生が変わるほどの出来事です。けれどこの物語の終わり方は、静かであるべきだと思いました。

誰も完全には負けず、誰も英雄にならず、ただ――水で済ませた一盃が、もう一度、本当の意味で注がれる日が来た。それで、十分でした。

第一部は、ここで終わります。
読んでくださった方、ありがとうございました。
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