今日も綾小路清隆に頭を下げる 作:りゅえんさんかっけー
「勉強なら平田の方が向いているんじゃないか?」
綾小路はそう言った。
「平田?」
「ああ。面倒見もいいし教えるのも上手い。櫛田に頼んでもいいだろう」
確かにそうだろう。事実、平田は優しい、聖人と言っても良いだろう。皆の天使の櫛田も表向きは親切だしかわいい。
俺みたいな落ちこぼれ相手でも嫌な顔はしないだろう
普通なら
普通ならそれで納得していた。
だが…
(死にたくない)
脳裏に神の笑顔が浮かぶ
退学。消滅。
(嫌だ)
怖い
滅茶苦茶怖い。正直ここに誰もいないなかったなら脇目を振らず泣き崩れたいくらいなんだ。
…俺は今まで惰性で生きてきた。
目標なんてなかった。だが死にたいなんて思ったこともないただ日々を謳歌してたんだ、勿論消えたいと思ったこともない。
…なら答えは一つだった。
「いや」
「……」
「駄目だ」
綾小路の眉が僅かに動く。
「何故だ?」
「分からないけど駄目なんだ」
自分でも説明できない。
だが確信だけはある。
今のままじゃ駄目だ。駄目なんだ
平田じゃない。
櫛田じゃない。
堀北でも幸村でもない。
…綾小路清隆
こいつしかいない。
「頼む」
「断る」
「頼む」
「断る」
「頼む」
「断る」
「頼む」
「断る」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れた、しかし俺は引かなかった。
というか引けないんだ、なんたって命がかかっている。
「頼む」
「お前な……」
綾小路が露骨に嫌そうな顔をした。
…それでも食い下がる。
「本当に頼む」
「他を当たれ」
「嫌だ」
「嫌だ」
綾小路が頭を押さえた。
どうやら本格的に面倒臭がられているらしい。
だが知ったことではない。
俺は生きたい。
ただそれだけだ。
「ならせめて理由を――」
言われる前に俺は床へ膝をついた。
そして両手を地面につく
土下座の姿勢
教室中の視線が集まる(今さらだが…)
だが関係ない。そんなものより命の方が大事だ。
「お願いします!!」
「おい」
「勉強教えてください!!」
「待て」
「何でもしますから!!」
「やめろ」
「お願いします!!」
「やめろと言っている」
肩を掴まれた。無理やり立たされる
綾小路は心底疲れた顔をしていた
まだ十代なのに社会人三十年目のくたびれたおじさんみたいな顔になっている。
「場所を変えるぞ」
「へ?」
「ここじゃ話にならない」
◇
数十分後。
俺は綾小路の部屋にいた。(凄いなほんとに何もない)
原作主人公の部屋だと、さながら聖地巡礼みたいな気分である
いや違うな、俺にそんな余裕はなかった。
「座れ」
「おう」
「まず確認する」
綾小路が向かい側に腰掛けた。その目が少し鋭くなる
教室で見せていた無気力な雰囲気が薄れていた
「勉強を教えるのは構わない」
「マジか!?」
「ただし条件がある」
希望が見えた瞬間に条件が飛んできた。
人生そんなに甘くないわな…
「何だ?」
「理由を聞かせろ」
「理由?」
「ああ」
綾小路は続ける。
「何故そこまで勉強に執着する」
「……」
「何故今までやってこなかった」
「……」
「その二つだ」
俺は黙った。…どう説明する
神様転生しました。退学したら魂ごと消滅します。
そんな話を信じる人間はいない。
だが…
嘘もつきたくなかった。
それに綾小路相手に下手な嘘は危険だ
恐らく一瞬で見抜かれる
だから俺は本当の部分だけを話すことにした。
「死にたくないんだ」
「……」
綾小路の表情は変わらない。
「詳しいことは言えない」
「何故だ?」
「言えないからだ」
神様案件なので…
言ったら殺されるな、はは…
「でも本当なんだ」
…それでも。
「ここから出たら死ぬ」
「……」
「退学したら終わりなんだ」
「……」
「だから勉強しないといけない」
「……」
「頼む」
部屋に沈黙が満ちる。綾小路は何も言わない
ただ俺を見ている。観察している。分析している。
まるで俺の全てを覗かれるような、そんな感覚があった
やがて。
「そうか」
短く返事が返ってくる。
だがその瞳は僅かに細められていた
――嘘ではない。
恐らくそう判断したのだろう。
実際嘘ではないのだ
退学したら死ぬ。その部分だけなら百パーセント真実だ。
しかし。
綾小路の中で別の疑問が生まれていた。
退学したら死ぬ。それは自分にも近い話だったからだ
ホワイトルームを離れた今ですら、ここを去れば利用される未来は容易に想像できる
だからこそ。
目の前の男が口にした言葉は妙に引っ掛かった。
まるで
自分と似た境遇かのようだった。
(あの部屋の関係者か?)
そんな考えが頭をよぎる、だが違和感もある。
松雄の息子ならまだわかる。しかし松雄からそんな話は聞いていない、あの男がそれを言い忘れるとも思えん
能力も平凡。身体能力も平凡。学力あのクラスでも低い。
ホワイトルーム出身者とは思えない。
なら何者だ…?
綾小路の疑念は深まる。もっとも…
まだ入学して数日しか経っていないのに何故この男は退学制度を知っているのか。
何故勉強しなければ退学になると断言したのか。
何故自分を頼ったのか。聞くべきことはいくらでもある。
だが。
綾小路清隆は今それを聞かなかった。
別に。
教室であんなことをされたことを根に持っている訳ではない。
ないったらないのだ。
それはそれとしてこいつが一番調子に乗っているときにこれを問い詰めようと思うのは単なる興味、本当にそれだけだった。