雪結(ユキネ)   作:旧作

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第二十二話 確率の罠と、投げ捨てられた「電子の繊維」

 

 

 

 

 新進気鋭の次世代電脳アイドルゲーム『アイドル・コネクト(通称:アイコネ)』。

 

 

 

 

 

 その熱狂の裏側で進行していたのは、ユーザーたちのサイフと精神を容赦なく削り取る、あまりにも冷酷な確率のディストピアだった。

 

 

 

 

 大手のホビーショップの最奥、薄暗い蛍光灯の光が床に落ちるシングルカードのストレージコーナーで、白雪まつりは息を潜めていた。

 

 

 

 

 周囲には、目当ての強力なコーデカードや、数万円の価値を持つ美少女の箔押しカードを探すオタクたちの熱気が満ち満ちている。

 

 

 

 しかし、まつりの前髪のカーテンの奥にある瞳が捉えていたのは、彼らが「ゴミの山」として一瞥して通り過ぎていく、プラスチックケースに詰め込まれた無数の『アイコネ』の低レアリティカード──すなわち「コモン(C)」と「ノーマル(N)」の群れだった。

 

 

 

 

(……ネットの掲示板やSNSを開けば、どこもかしこもこの話題で持ちきりだ。発売から二週間、データが出揃った今だからこそ、誰もがこのゲームが突きつける『現実』に直面して、絶望の悲鳴をあげている……)

 

 

 

 

 まつりは、ケースのプラスチックのフチに細い指先をかけながら、脳内で『アイコネ』というシステムが内包する、あまりにも過酷な「格差の構造」を静かに反芻していた。

 

 

 

 

 インターネットの海で「あまりにも排出がシブすぎる」「大人の財力前提のゲーム」「子供にプレイさせる気がない」と激しく囁かれ、炎上寸前にまで至っているアイコネの現実。その諸悪の根源は、完璧なコーディネートを成立させるために要求される【5スロットシステム】という、衣装部位の圧倒的な多さにあった。

 

 

 

 アバターをゲーム内のステージに立たせるためには、以下の5つの部位をすべてカードで埋めなければならない。

 

 1. 【ヘッド】(髪飾り、帽子、ウサ耳などの頭部装飾)。

 

 まつりのアクティブ・ライブイヤー。

 

 2. 【トップス】(ビスチェ、ジャケット、ドレスなどの上半身)

 

 まつりのクラシカルバニートップス。

 

 3. 【ボトムス】(スカート、ズボン、タイツなどの下半身)

 

 

 4. 【シューズ】(パンプス、スニーカー、ブーツなどの足元)

 

 

 恵のビター・ハイカットスニーカー。

 

 

 5. 【アクセサリ】(イヤリング、眼鏡、チョーカーなどのその他装飾)

 

 恵が初めてゲットした【シャドー・ペトリ】のチェーンネックレスと、イヤーカフのセット。

 

 

 

 

 これだけ独立したパーツが必要であるにもかかわらず、一袋百五十円の食玩から排出されるのは、ランダムに封入された、たったの「一枚」である。

 

 

 

 

 これだけでも部位を揃えるための確率計算は目眩がするほど跳ね上がるというのに、運営側が用意したレアリティの仕様は、さらにその格差を決定的なものにしていた。 

 

 

 

 

 それは、カードの表面に刻まれる「ブランドロゴ」という名の、絶対的な特権階級の存在だ。

 

 

 

 

『アイコネ』のシステムにおいて、ゲーム内でのステータス補正やライブ時のビジュアルエフェクトを劇的に跳ね上げる「ブランド」が付与されているのは、高レアリティである【R(レア)】、【SR(スーパーレア)】、【SSR(シャイニー・スーパーレア)】の3つの階級だけに限定されていた。

 

 

 

 

 まず、最も敷居の低いブランド枠であるはずの()R()()()()()()

 

 

 これは、現実世界に実在する本物の有名アパレルブランドやハイブランドの既存商品(リアルで実際に流通している服や靴)がそのままデータ化されてカードに落とし込まれたものだ。

 

 

 

 アパレル業界の人間やファッション好きにとっては垂涎の的となるアイテム群だが、その封入率は数BOXに一枚程度。

 

 

 

 現実のブランドのネームバリューをそのまま引き継いでいるため、大手ホビーショップの中古市場では、どんなに使いづらい部位のカードであっても「()()()()()()()」を下らない高額で取引されていた。

 

 

 

 

 そして、そのさらに上に君臨する『S()R()()()()()()()()()』と、最上位の『S()S()R()()()()()()()()()()()()()()()』。

 

 

 

 

 

 これらは、有名アパレルブランドがこの『アイコネ』という電脳世界のためだけに完全書き下ろしでデザインした、限定のデザイナーズデジタル衣装だ。

 

 

 

 

 

 虹色のホロ加工や、ゲーム内で着用した際に放たれる特殊なパーティクルエフェクトは、まさに一般人には手の届かない「高嶺の花」そのもの。

 

 

 

 

 その封入率は、なんと1カートン(数百パック)の中に数枚という、絶望的なまでのシブさを誇っていた。

 

 

 

 

 引き当てるためには数万円、数十万円という軍資金をドブに捨てる覚悟が必要であり、中古市場では数万円から、中には十万円を超える青天井のプレミア価格で取引されている。

 

 

 

 

(ヘッド、トップス、ボトムス、シューズ、アクセサリ……。この5つの部位を、すべてそんな高額なブランドカードで統一しようなんて、普通の人間には絶対に不可能だ。当然、全国のファンの間では、部位の致命的な偏りによる悲鳴がネットに溢れ返ることになる……)

 

 

 

 

 トップスだけが3枚ダブり、靴が1枚も出ない。アクセサリばかりが集まって肝心の服がない。そんな悲惨なガチャ結果に終わったプレイヤーたちが、血涙を流しながらネットの掲示板に呪詛を書き込む。

 

 

 

 

 そして、その過酷な確率の罠。地獄の封入率がもたらした結果こそが、今まつりの目の前に広がっている「この光景」だった。

 

 

 

 

 高レアリティが出ないということは、裏を返せば、パックを剥けば剥くほど、ブランドロゴの入っていない低レアリティ──()C()()()()()()()()()N()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 

 

 

 

「……はぁ。やっぱり、どこを見てもこの扱いなんだね」

 

 

 

 

 まつりは、目の前にある「コモン・ノーマル一律10円」と書かれたプラスチックケースの中身をそっと眺めた。

 

 

 

 

 目的のレアカードを手に入れたコレクターや転売ヤーたちにとって、ブランドロゴすら入っていない、ステータス補正も最小限のコモンやノーマルは、部屋のスペースを圧迫するだけの価値のない「ハズレの紙切れ」でしかない。

 

 

 

 

 彼らは手元に残った大量のCやNの束を、どうにかして処分しようとする。

 

 

 

 

 しかし、ネットのフリマアプリにそれらを数十枚セットの「抱き合わせ」として出品したところで、送料や手数料を差し引けば利益など一円も出ない。文字通り、二束三文にしかならないのだ。

 

 

 

 

 そのため、誰もがフリマアプリへの出品を諦め、軍資金の足しにするために大手のホビーショップの買取カウンターへ一括で持ち込み、1枚1円にも満たない価格で投げ捨てる。

 

 

 

 

 

 その結果、ショップ側も在庫を抱えきれなくなり、通路の隅のストレージボックスに「1枚10円」という、叩き売りのような価格で投げ売りする事態に発展していた。

 

 

 

 

 なぜ、ここまでブランドなしのコモンとノーマルが嫌われるのか。そこには『アイコネ』のゲームシステムにおける、もう一つの絶対的なドレスコードが関係していた。

 

 

 

 

 それが、前にチュートリアル動画で見た()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())というシステムだ。

 

 

 

 

『アイコネ』のステージにおいて、アバターが着用している5つの部位(ヘッド・トップス・ボトムス・シューズ・アクセサリ)に、すべて同じブランドのロゴが刻まれている場合、システムから特殊なシナジーボーナスが発生する。アピールポイントが数倍に跳ね上がり、アイドルの輝き。

 

 

 

 

 アイコネ曰く、ビジュアルエフェクトが劇的に強化されるという、高得点を狙うためには必須のシステムだった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、『ブランドなしのコモンとノーマル』をどれだけ5つの部位に敷き詰めたところで、そこにはブランドロゴが存在しない。

 

 

 

 

 

 つまり、最も重要な【同ブランドコンボ(レーベル・ソリッド)】が、構造上絶対に成立しないのだ。

 

 

 

 

 高得点を目指すガチ勢や転売ヤーからすれば、コンボが繋がらないノーブランドのコモンやノーマルは、文字通り「ゲームに参加する価値すら与えられていないデータの残滓」だったのである。

 

 

 

 

(……でも、だからこそ、運営は完全に初心者を見捨てるようなことはしなかった。このゲームシステムの冷酷なパラドックスを回避するために、運営側が用意した唯一の『救済措置』──それこそが、ゲームオリジナルのインディーズブランドなんだ)

 

 

 

 

 まつりは、ケースの中に並ぶカードのテキストを、前髪の隙間からじっと見つめた。

 

 

 

 

 現実のハイブランドと違って、ゲーム内の基本インフラ(最低限のゲームプレイ)を支えるために、運営はゲーム内オリジナルのインディーズレーベルをいくつか設立していた。

 

 

 

 

 そして、それらのインディーズブランドに限っては、現実の有名ブランドと違い、C(コモン)やN(ノーマル)といった、最低レアリティのカードからでもブランドロゴが排出される仕様になっていたのだ。

 

 

 

 

 それこそが、あの日まつりがウエハースから引き当てた、あの純白のウサギのインディーズブランド──『()()()()()()()()』だった。

 

 

 

 世間のプレイヤーは、きらびやかな現実のハイブランドのR(レア)やSSRに目を奪われ、ブランドロゴのないコモンカードをゴミのように捨て値で処分している。

 

 

 

 だが、まつりの手元には、すでにあの幸運か悪夢か分からない引きによって獲得した、最高レアリティである『スノー・ラビット』のSRトップス、そしてチップスから出たNヘッドパーツが存在している。

 

 

 

 もし、この10円の墓場(ストレージボックス)の中に、同じく『スノー・ラビット』のロゴが入った、あるいはそれに完璧に適合する「兼用タイプ」のコモンやノーマルのカードが眠っているとしたら──。

 

 

 

(高額なレアカードを買い漁る財力なんて僕にはない。でも、この10円の檻の中に眠っている『電子の繊維の残滓』を完璧に繋ぎ合わせることができれば、お母さんのプロの戦略すらも超越した、最高にスマートで低予算な『レーベル・ソリッド(同ブランドコンボ)』のドレスコードを完成させることができるかもしれない……!)

 

 

 

 まつりは胸の高鳴りを抑えながら、無数に重なり合う10円カードの波の間に、その白く、繊細な指先をさらに深く滑り込ませていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 







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