雪結(ユキネ)   作:旧作

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第三十一話 マルチプラットフォーム

 

 

 

 

 どこまでも純白が広がる初期化空間のただ中で、上下グレーの機能的なアスレチック・ジャージ姿となった白雪まつりと恵の二人は、目の前でパタパタと浮遊するマスコット『ドルクト』が提示した、巨大なホログラムウィンドウを見つめていた。

 

 

 

 青く透き通る光のパネルには、これから二人が電脳世界でどのような存在として生きていくのかを決定づける、極めて重要な三つの選択肢が、美しいグラフィックと共に躍動していた。

 

 

 

「さあさあ、驚くのはまだ早いよ、二人のルーキー! この『アイドル・コネクト』の世界には、すべてのプレイヤーが最初に選択しなければならない【三つの一般階級(コモン・アバター)】が存在するんだ!」

 

 

 

 ドルクトは短い手を大袈裟に広げ、ホログラムの項目を一つずつ叩いて強調していく。

 

 

 

「まず一つ目! スポットライトの真ん中で歌い、踊り、世界中の視線を釘付けにする電脳の歌姫──【ライバー(LIVER)】! これを選んだアバターは、現実の容姿をベースに最高に美しくドレスアップされた人間型(ヒューマノイド)の姿となり、ステージの上で輝くすべての権利を得るのさ!」

 

 

 

 画面には、煌びやかなステージ衣装を身に纏い、何万人もの大歓声の中でマイクを握る人間型アバターのサンプルが、目まぐるしく回転しながら表示された。

 

 

 その圧倒的な華やかさに、まつりはごくりと息を呑んだ。

 

 

 

「そして二つ目! 輝くライバーを陰から支え、ステージの演出や楽曲の選定、そして彼女たちのポテンシャルを最大限に引き出す電脳の演出家──【プロデューサー(PRODUCER)】! 彼らもライバーと同じように人間型の姿をしているけど、自由なコーディネートが出来ない! そのため、スーツ姿でマネジメントのプロとして世界を飛び回ることができるんだ!」

 

 

 

 次に表示されたのは、今まさに二人が着ているような、しかしどこか洗練されたデザインのチームジャージや、スタイリッシュなビジネススーツをスマートに着こなした、理知的な人間型アバターのモデリングデータだった。

 

 

 

 裏方でありながらも、表現者としての確かな存在感を放っている。

 

 

 

「そして最後、三つ目! 彼女たちのステージを熱狂的に応援し、ペンライトを振り、電脳世界のお祭りを足元から支える最大の分母──【リスナー(LISTENER)】! 彼らはライブ会場を埋め尽くす観客であり、この世界の経済を回す大切なファンたちさ! ……ただし! リスナーを選んだプレイヤーは、ライバーやプロデューサーのような『人間型の姿』になることは絶対にできないんだ。クマやウサギ、ネコに2頭身のブリキ人形といった、運営があらかじめ用意した可愛い【ファンシー体(ぬいぐるみ)】の姿になってもらうよ!」

 

 

 

 

 ドルクトの短い手がパネルを叩くと、客席を模した画面いっぱいに、カラフルで愛くるしい無数のぬいぐるみたちが一斉にペンライトを振り回す、圧巻の光景が映し出された。

 

 

 

 

 その仕様を聞いた瞬間、データオタクであるまつりの脳内で、恐るべき速度の構造解析が始まった。黒縁眼鏡の位置を指先でクイと直し、彼は目の前のマスコットを見つめて、感嘆の声を漏らした。

 

 

 

「……すごい。完璧なサーバー負荷対策であり、ビジネス上の戦略だ……!」

 

 

 

「おや、少年、ボクの言いたいことが分かっちゃうわけ?」

 

 

 

 ドルクトが意外そうに丸い目をパチクリとさせた。まつりは画面のパラメータを指差しながら、そのシステム的な意図を熱を込めて解説していく。

 

 

 

「だってそうでしょう? フルダイブ型のバーチャル空間において、最もサーバーに深刻な負荷をかけるのは『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ことだ。もし数万人の観客全員が、服の繊維の揺れや髪の毛のディータルまで計算された人間型アバターでライブ会場に押し寄せたら、どんなに超高性能なメインサーバーだって一瞬で処理が追いつかずに爆発。 

 

 要はサーバーダウンしてしまう。だけど、観客全員を極限までポリゴン数を抑えたシンプルな『ぬいぐるみ(ファンシー体)』に固定してしまえば、グラフィックの描画負荷は現実の何十分の一にまで激減する。それどころか、何万人もの可愛いぬいぐるみが客席を埋め尽くして一斉に踊る姿は、それ自体が『アイドルゲーム』としてこれ以上ない最高の演出と盛り上がりを視覚的に生み出すことができるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ……!」

 

 

 

 

 まつりが早口でオタク特有の分析を披露すると、ドルクトは「ひええ、恐ろしいルーキーだね! その通りだよ!」と空中でひっくり返った。

 

 

 

 

 しかし、そんな男二人のシステム談義を、鋭利な刃物のような視線で切り裂く存在があった。白雪恵だ。

 

 

 

 彼女は腕を組み、上下グレーのジャージ姿でありながらも、まるでパリの最先端コレクションの最前列に座る審査員のような圧倒的なプレッシャーを放ちながら、ドルクトを真っ直ぐに見据えて鋭く切り込んだ。

 

 

 

「話は分かったわ。けれど、私にとってそんな役割(ロール)はどうでもいいのよ。──案内人さん、さっきから聞いていれば、【デザイナー(DESIGNER)】の選択肢がどこにも見当たらないじゃない? この電脳世界のトレンドを決め、衣服を創り出す、服飾の創造主。デザイナーのアバターは、一体どこにあるの?」

 

 

 

 その一切の妥協を許さないプロの質問に対し、ドルクトは一瞬だけ身震いするように身を硬くしたが、すぐに空中でポンと小気味よく手を叩いた。

 

 

 

「──おぉっと! よくぞ聞いてくれました、お姉さん! 実は今説明した三つは、あくまで一般ユーザーが最初に選べる『一般階級(コモン・アバター)』に過ぎないんだ! 質問のあった【デザイナー】とは、このアイコネという仮想現実のすべてのモードやトレンドを支配し、ゲーム内に独自の『ブランド』を立ち上げて本物のコーデカードを実装・販売する権利を持つ、言ってみればこの世界の【最上位:アイコネの神様的存在】なんだよ! だからこそ、デザイナーアバターは運営の厳格な審査をパスし、マスターパーミッションと呼ばれる特別な権限を与えられた者のみに後から授与される最高峰の『特権階級』なのさ! 当然、最初のキャラメイクの画面から、一般ユーザーが自由に選ぶことはできませーん!」

 

 

 

 

「……なるほど。この世界の神様みたいなものなんだね、デザイナーって。システムツールの根幹に直接アクセスして、デザインした服をカードデータとして世界に流通させるなんて、文字通り『法』そのものだ」

 

 

 

 まつりはその特権階級のあまりの重さに、黒縁眼鏡の奥の目を細めて息を呑んだ。

 

 

 

 

 現実世界のアパレル業界における成功すら霞むほどの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが『デザイナーアバター』なのだ。

 

 

 

 説明を聞いた恵は、絶望するどころか、不織布マスクを外したその素顔の口元に、獰猛な、けれど至高の美しさを湛えたクリエイターの笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「──いいわ。最初から選べないというのなら、実力でその『神の座』を運営から毟り取って見せるだけよ。待っていなさい、アイコネ。私の『シャドー・ペトリ』の美学で、その特権階級のシステムごと、あなたの世界を私の色に塗り替えてあげるわ」

 

 

 

「う、うわぁ……! なんだかものすごい執念を感じるよお姉さん……!」

 

 

 

 ドルクトが恵の放つ圧倒的なオーラに引き気味に身をのけぞらせながら、慌ててホログラムパネルの操作を続けた。

 

 

 

「コホン! じゃ、じゃあ話を元に戻すけどね! さっき、三つの役割から君たちの最初のスタイルを選んで欲しいと言ったけど……実は、このフルダイブ環境(コネクト・ギア)でログインしている君たち二人には、そもそも【リスナーアバター】を選ぶことは無理ってわけなんだよね!」

 

 

 

「え? 選べないの? どうして?」

 

 

 

 まつりが首を傾げた。画面には確かに『リスナー』の項目があるが、現在の二人の画面では暗く暗転してロックがかかっている。

 

 

 

「ふふふ、追加情報だよ! なんとアイコネは、世界中の誰もが今すぐ観客として参加できるように、スマートフォン(i◯S / ◯ndr◯id)と、あの世界的大人気 ゲーム会社の新天堂が出しているハード

 

 携帯型ゲーム機『新天堂・NEOス◯ッ◯(NEO S◯it◯h)』のマルチプラットフォームで、本日同時にサービスを開始しているんだ! そして、それらの画面越しにプレイする『ノンVR環境』のユーザーこそが、リスナーアバターになるという絶対的なルールがあるのさ! だから、君たちみたいに『コネクト・ギア』を使って脳を100%ダイブさせている超ハイエンドな環境からは、リスナーアバターは物理的に作れない仕様になっているんだよ!」

 

 

 

「なるほど。今、ゲーム界隈では主流となっている、マルチプラットフォーム展開ってことだね」

 

 

 

 まつりは深く納得して頷いた。

 

 

 

 

 高価なフルダイブ専用機を買ってもらえない学生層や、仕事帰りの電車内で手軽にライブを観たいライト層は、使い慣れたスマホや、左右のコントローラー『ネオコン』を取り外して遊べる携帯機『NEO◯イ◯チ』の画面越しに、安全な『ノンVR環境』から参加する。

 

 

 

 

(NEO◯イ◯チには、周辺機器のカメラもある。ライブの観戦用なら持って来いだね)

 

 

 

 それが、このアイコネという世界を瞬時に世界最大のエンターテインメントへと押し上げた物量戦の正体だったのだ。

 

 

 

 

「それにね、これにはもっと凄まじいテクノロジー的な理由もあるんだよ」

 

 

 

 ドルクトは少し真面目な顔になり、空中で人差し指を立ててみせた。

 

 

 

 

「アイコネのフルダイブ技術は、人間の生体信号や自己認識を、極めてリアルに脳内へ反映させる。だから人間型である『ライバー』や『プロデューサー』へのダイブは脳への負担が少ないんだけど……もし、関節の構造が人間と全く違う『ぬいぐるみ』や、骨格の概念すら怪しい『ファンシーな人形』の身体に人間の意識を100%同調させちゃったらどうなると思う? 現実世界にログアウトして戻ってきたときに、『あれ? ボクの手ってフカフカの綿だっけ? 指ってどうやって動かすんだっけ!? 関節が逆に曲がらないとおかしいぞ!?』って、脳の認知機能が深刻なバグ。要はゲシュタルト崩壊を起こしちゃう危険性があるんだ! だから、そんなドール・シンドロームの危険を完全に回避して安全に遊んでもらうために、運営側は『ファンシー体=画面越しのノンVRプレイのみ』っていう鉄のルールを設けているんだよ!」

 

 

 

 

「……なるほど、自己認識の保護か。衣服を纏う以前に、アバターの骨格そのものが人間の精神に影響を与えるなんて、どこまで計算され尽くした世界なんだ……」

 

 

 

 

 まつりは、その電脳世界が持つ未知の深淵と、それを見事に制御している運営のシステムロジックの美しさに、データオタクとしての至上の歓喜を覚えていた。

 

 

 

 

 

「さあ、説明はここまで! リスナーという選択肢が消えた以上、フルダイブ機を持つ君たちが選ぶべきは【ライバー】か【プロデューサー】の二択だ! 二人の最初の役割を、今ここで選択してちょうだい!」

 

 

 

 

 

 ドルクトの声が純白の空間に響き渡り、まつりと恵の目の前で、人間型アバターの作成ゲートが眩い光を放ちながら、ゆっくりと開き始めるのだった。

 

 

 

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