NARUTO 甲蟲伝   作:ヘビトンボ

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第十一章『蟲と蜂』

001

 

大蛇丸との再会からさらに数か月後。混迷を極め、多くの忍の命を貪り食い続けた約二年にも及ぶ第三次忍界大戦は、唐突に、しかし確実な終わりを迎えた。

 

その終結の報を、マユは薄暗い前線の天幕の中で、一人静かに聞いた

大戦終結の熱狂から取り残されたように、マユは薄暗い天幕の隅で、自身の白い両手を見つめていた。

 

大蛇丸の手によって完全に修復されたその肉体は、傷跡一つなく、どこまでも滑らかだ。しかしその皮膚の下では、今も異質なチャクラと蟲たちが静かに息を潜めている。五体満足になったことで、周囲からは「神がかった回復力を見せた英雄」としてさらに祭り上げられていたが、その奇跡の正体が里抜けした大罪人・大蛇丸によるものだとは、口が裂けても言えなかった。

 

(カカシ……白い牙の息子……)

 

外から聞こえてくる歓声を聞きながら、マユはかつて里で見かけたことのある、銀髪の少年の姿を思い出す。

同じ『大蛇丸の呪縛』を知るアンコ先輩のように、親の因果や重すぎる期待を背負わされていた少年。彼が仲間と共に神無毘橋を落とし、この長く泥沼化した戦争の幕を引いた。それは間違いなく、誰もが称賛すべき光々しい「英雄」の姿だった。

 

それに比べて、自分はどうだろうか。

 

サソリを退け、八尾を足止めしたというマユの戦果も、確かにこの前線においては「英雄」と騒がれている。だが、その実態は、サソリに「見逃され」キラービーに「死んだと思われた」という散々な戦果だ。もちろん、大蛇丸に言われた通りそれが普通の忍では出来ないであろう事はわかる、それでもマユは自信をもってアンコに勝った言えるものが欲しかった。

 

「任務達成」というまばゆい光の中に立つカカシたちと、血と毒に塗れた暗がりに佇む自分。

 

「……でも、これで」

 

マユはそっと、自身の胸元に手を当てた。

戦争が終わる。それはつまり、もう木ノ葉の便利な「道具」として、死に場所を求めて戦場を駆り立てられる必要がなくなるということだ。そして何より──。

 

里で待つアンコ先輩が、もうこれ以上、戦火に怯えることも、理不尽に命を落とすこともなくなる。

 

「……帰れるんですね、里に」

 

外の歓声に掻き消されるほどの小さな呟き。

化け物として完成してしまった恐怖と、元師への割り切れない想いを抱えたまま、マユはただ、大好きな先輩が待つ木ノ葉の里へ帰れるという唯一の事実に、張り詰めていた心を静かに緩めるのだった。

 

002

 

「マユーーーー!!」

 

「わぷっ!?」

 

木ノ葉の里の正門をくぐった直後、鼓膜を突き破らんばかりの絶叫と共に、視界の端から紫色の疾風が猛烈な勢いで迫ってきた。

マユが反応する間もなく、涙をボロボロと流しながら突っ込んできたアンコが、その華奢な身体に全力でタックルをかますように抱きついた。

 

「よかった、本当によかったぁ……っ! サソリだの八尾だのとんでもねー化け物と戦ったって聞いて、アタシ、生きた心地がしなかったんだからな!!」

 

「あ、アンコ先輩……苦し、い、です……っ」

 

ぎゅうぎゅうと力任せに抱きしめられ、大蛇丸に治してもらったばかりの肋骨が悲鳴を上げかける。しかし、アンコの腕から伝わってくる尋常ではない震えと、首筋に染み込んでくる熱い涙の感触に、マユは自分がどれほど心配をかけていたかを痛感し、それ以上言葉が続けられなくなった。

 

だが、安堵の直後、アンコの過保護スイッチが暴走を始める。

 

「おい、本当にどこも怪我してねーんだろうな!? 手足がとんでもない方向に曲がってたって噂だぞ! ほら、見せろ! どこだ!」

「ひゃ、ゃ、ちょっと、先輩!?」

 

アンコは涙を拭いもせず、凄まじい勢いでマユの着ている忍装束の裾や襟元をガサゴソとめくり、傷跡がないか直に確認しようと手を伸ばしてきた。

 

場所は里の往来、しかも大戦から帰還した忍や、出迎えの里人でごった返す白昼堂々のド真ん中である。周囲の忍たちが「お、英雄のお帰りか?」「熱烈だなあ」とニヤニヤしながらこちらを見ている。

 

「や、やめてくださいっ!!」

 

マユは顔を瞬時に沸騰したように真っ赤に染め上げ、全力でアンコの手を叩き落とした。異形化している時よりも遥かに必死な形相で、めくられた服の合わせ目をガタガタと震える手で押さえる。

 

「往来の前で服をめくろうとしないでください! 恥ずかし死にさせたいんですか貴女は!!」

「な、何言ってんだよ! アタシはお前の身体が心配で──」

「怪我ならもう、綺麗さっぱり治ってますから!!」

「そんなわけあるか……いいからさっさと…」

「ここでは言えない事情があるんです!!」

 

(こんな往来の前で先生の話なんて絶対できないし…)

 

そんな裏事情による必死さなど露知らず、アンコは頬を膨らませて「なんだよ、せっかくアタシが心配してやってんのにさー」と不満げに口を尖らせる。

 

そのいつもの、戦場の硝煙など微塵も感じさせない、大好きな先輩の呆れるほどに平和な姿。

それを見た瞬間、マユの胸の奥に灯っていた張り詰めた糸が、ようやく、本当に、ふっと解けていくのだった。

 

「ほら、団子食べに行こうぜ!」

 

マユの身体のパーツが全て本来の場所に収まっているのをひとしきり確認して満足したのか、アンコは先ほどまでの涙をどこへやら、いつもの快活な笑顔に戻ってマユの手をぐいと引っ張った。

一方のマユは、衆目の前で服を剥ぎ取られかけた精神的ダメージと、里へ戻ってきた緊張の糸が切れた反動で、ぜいぜいと肩で息をしながら気疲れしきっていた。

 

しかし、引っ張られるがままになりながらも、マユの胸の奥には、どうしても今すぐアンコに伝えておかねばならない「覚悟」があった。

 

「……アンコ先輩、待ってください。少し、大事な話があります」

 

そのいつもと違う真剣な声音に、アンコは一瞬だけきょとんとした顔をしたが、マユの瞳の奥にある揺るぎない光を見て、小さく「……分かった」と頷いた。

 

道すがらみたらし団子をいくつか買い込み、二人は賑やかな往来を抜けてマユの自宅へと向かった。

薄暗い室内に戻り、お茶を淹れて、机の上に団子の皿を置く。

 

アンコはいつもなら真っ先に団子に飛びつくはずの手を止め、真面目な顔をして座布団に座り直した。

 

「それで? ……改まって、何の話だ? 大戦の英雄様」

 

少しからかうような口調を選んだのは、マユの緊張をほぐすためのアンコなりの気遣いだったのかもしれない。しかし、その視線はまっすぐにマユを捉えていた。

 

マユは一度、深く息を吸い込み、首筋の呪印のあたりを無意識にそっと触りながら、静かに、しかしはっきりと切り出した。

 

「先輩……私は、これからの事について、自分の意志で決めたことがあります。木ノ葉の『道具』としてではなく、私の生き方についての話です。私は……強くなりたい……誰にも負けないほど、大切なものを、ちゃんと護れるように」

 

マユは逸らしそうになる視線をぐっと堪え、アンコの目をしっかりと正面から見据えて告げた。

 

その言葉には、ただの憧れや抽象的な願いではない、血生臭い戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ、重く切実な覚悟が宿っていた。

サソリの圧倒的な傀儡の群れ、キラービーが放った絶望的な尾獣玉。五体をバラバラにされ、死の淵を彷徨いながらマユが痛感したのは、自分の圧倒的な無力さだった。

 

(もし、あの化け物たちが里へ、アンコ先輩のところへ行ってしまっていたら……)

 

想像するだけで、今でも背筋が凍りつく。自分が「化け物」と蔑まれようと、大蛇丸の呪われた遺産に魂を売ろうと構わない。ただ、もう二度と、自分の大切な人が理不尽に奪われるかもしれない恐怖に、無力なまま震えたくはなかった。

 

「……ッ」

 

真っ直ぐすぎる妹弟子の視線と、その「大切なもの」の中に明らかに自分自身が含まれているという事実に、アンコは不意を突かれたように息を呑んだ。

いつもなら「なーに言ってんだよ、生意気!」と頭をぐりぐり小突くか、顔を真っ赤にして茶化すところだった。

 

「大戦のおり、私は先生……大蛇丸に会いました」

 

その名前がマユの唇から零れ落ちた瞬間、マユの自宅の、つい先ほどまで和やかだった空気のすべてが完全に凍りついた。

 

「っ……!!」

 

アンコの息が止まる。

差し出しかけていたみたらし団子の手がピタリと止まり、彼女の瞳が驚愕と、そしてかつて植え付けられた深い恐怖の記憶で激しく揺れた。

 

ズキリ……ッ。

 

まるでその名前に共鳴するかのように、アンコの首筋にある呪印が不気味に疼き出す。アンコは無意識に、己の首筋を抉るように強く手を当て、苦しげに顔を歪めた。里を裏切り、自分たちを捨てて消えた、あの底知れない冷酷な男の影が、一瞬にして二人の間に落ちる。

 

「……大蛇丸に、会った……? どこで……、なんでお前が……っ」

 

動揺を隠せないアンコの声は、微かに震えていた。

 

「医療天幕の中です。私のこの怪我を……大蛇丸が、そのチャクラで一瞬にして治していきました。そして、私のこの『呪印』の成果を、自分の先行投資だと言って……」

 

マユはアンコの動揺を受け止めながら、自身の首筋の呪印をじっと見つめるように言葉を続けた。

 

「だから……私は自分の……この呪印について知らなくちゃいけないんです。あの中に何が眠っているのか、あの人が私に何を遺したのか。それをただ恐れて目を背けるんじゃなくて、すべてを把握して、自分の力として御してみせます。じゃないと……あの人の手のひらの上で、一生踊らされたままになってしまうから」

 

かつての師への割り切れない感情、そしてその呪われた力に依存せざるを得なかった己の無力さ。すべてを乗り越えて「大切なものを護る」という先ほどの誓いの裏には、このあまりにも危険で、重すぎる告白が隠されていた。

 

アンコは首筋を抑えたまま、真っ直ぐに自分を見つめるマユの瞳をじっと見つめ返した。その瞳に宿る覚悟が、かつての自分のように絶望に囚われたものではなく、未来を切り開くための強固な意志であることを、アンコは誰よりも深く理解していた。

 

「なので、まずは検証です」

 

マユはそれまでの悲壮な空気をガラリと変え、大真面目な顔で人差し指を立てた。

 

「……え?」

 

大蛇丸の名前を出され、最悪の事態まで想定して身構えていたアンコは、あまりにも唐突に飛び出してきた「検証」という実務的な単語に、毒気を抜かれたようにきょとんとした。

 

「アンコ先輩は、これを付けられてから何かありましたか? ……えっと、こう、ぶわぁっと紋様が広がるみたいな。その時の感覚とか、前兆とか、何でもいいので教えてほしいんです」

 

マユは身を乗り出し、自分の首筋の呪印を指差しながら熱心に問いかける。大蛇丸の術理を解き明かす第一歩として、まずは同じ呪印を持つ唯一の身近なサンプル──アンコの経験談を聞き出そうという算段だった。

 

「ああ、あれか……」

 

アンコは緊張の糸が切れたようにふう、と息を吐くと、少し遠い目をして自分の首筋に触れた。

 

「それならあったよ。大蛇丸の奴に付けられた直後は、確かにお前が言うみたいに、黒い紋様が身体中にぶわぁっと広がっていく感覚があった。……でも、それは直ぐに引いちゃったし、それからは見た目の変化は何にも無かったな」

 

「すぐに引いた……。あの形態への変化どころか、第一段階の維持すら起きなかった、ということですか」

 

マユが顎に手を当ててブツブツと分析を始めると、アンコは思い出したように「あ、でも……」と言葉を付け足した。

 

「感情が高ぶったり、チャクラを無理に練ろうとしたりすると、そこがズキズキと激しく痛むときがある。まるで、内側から肉を焼かれてるみたいにな。……大体そんなもんかなぁ。お前の役に立つか?」

 

団子を再び口に放り込みながら、アンコは「うーむ」と唸るマユの様子を観察する。

同じ呪印でありながら、片や適合率が低く拒絶反応の痛みに苦しむだけで機能していない状態。片や細胞レベルで蟲と融合し、人外の化け物(状態2)へと変貌を遂げる状態。

 

この決定的な差は何なのか。マユの瞳の奥で、毒虫の性質を調べる時のような、静かで狂気的な「研究者」の光がチロリと揺らめいた。

 

「あの人は……あれを『状態2』と呼んでました。なら、逆算してこれは『状態1』……」

 

マユが静かに集中すると、彼女の首筋から、あの不気味な六角形の文様がすうっと這い出るようにして、白い肌の上へ、腕へと広がっていく。黒い幾何学的な紋様がマユの身体を侵食していく光景を目の当たりにして、アンコは驚愕に目を見開いた。

 

「っ、おい、マユ……!!」

 

アンコは思わず立ち上がり、マユの肩を掴みそうな勢いで身を乗り出す。

自身にとっては感情の高ぶりだけで激痛をもたらす呪われた痣。それが、マユの意志一つでまるで手足のように発動し、制御されている。

 

「だ、大丈夫なのかそれ!? 体調は……、どこか痛んだり、意識が引っ張られたりしねーのかよ!?」

 

かつて大蛇丸の実験場で多くの同期が命を落とし、自身も苦しめられ続けている恐怖の力だ。アンコの顔には、明らかな焦燥と心配の色が浮かんでいた。

 

しかし、当のマユは、身体に紋様を浮かび上がらせたまま、困ったように少し眉を下げて苦笑した。

 

「あはは……。最初は流石に身体が割れそうに痛かったですし、変な声も聞こえましたけど……なんか、戦場で死に物狂いで使っているうちに、自然と慣れちゃいました」

 

あっけらかんと、まるで「新しい忍具の扱いに慣れた」とでも言うような口調で答えるマユ。

 

「慣れたって、お前……っ」

 

アンコは言葉を失い、開いた口が塞がらないまま、マユの顔と、その肌に刻まれた綺麗な六角形の紋様を交互に見つめた。

 

普通なら精神を蝕まれ、狂気に陥るか肉体が崩壊するはずの呪印。それを「慣れた」の一言で片付け、あまつさえ冷静に分析しようとしている目の前の妹弟子に、アンコは呆れと、戦場が彼女に植え付けた凄絶な適応力への恐れ、そして何より、どこまでも大蛇丸の「最高傑作」として育ってしまっているマユの危うさを感じて、複雑な溜息を吐き出すしかなかった。

 

「そして、これが……『状態2』……」

 

マユの言葉と共に、部屋の空気が一変した。

彼女の首筋から溢れ出たチャクラが禍々しい紫色の光を放ち、大気を重く圧迫する。

 

ズズズ、ズブブ……。

 

肉体が内側から作り変えられていく、不気味で生物的な音が室内に響く。

マユの白い肌は見る間に禍々しい黄色へと変色し、その表面を、硬質な蟲の体節がまるで強固な鎧のように覆い尽くしていく。背中からは透明な羽が不気味に蠢きながら生え出し、指先は鋭く尖った。

 

それは、人間としての形を捨て、大蛇丸の実験と毒蟲の生存本能が融合して生まれた、完全なる「異形の兵器」の姿だった。

 

「…………ッ」

 

アンコは座布団の上で完全に硬直していた。

言葉が出ない。いや、出すことすら忘れていた。

自分にもつけられた大蛇丸の忌むべき呪印、それを自分の愛する大切な妹弟子によって、完全に制御された形で体現されている。茫然自失のまま、アンコはその圧倒的な気配を纏ったマユの姿を見つめることしかできなかった。

 

しかし、当の変貌を遂げたマユは、己の鋭い爪を見つめながら、小首を傾げていた。

 

「あれ……?」

 

ガスマスクを外した異形の口元から、少し戸惑ったような声が漏れる。

 

「……あの、サソリやキラービーと戦っていた時よりも、頭がすっきりしてます。脳を焼き尽くすような凶暴な破壊衝動が、あんまり無いというか……。どうしてだろう」

 

マユは不思議そうに、パタパタと背中の羽を動かしてみせた。

 

戦場では、この姿(状態2)になるたびに、理性が狂気に塗りつぶされそうになり、ただ目の前の敵を貪り尽くすことしか考えられなくなっていた。だが今は、多少の昂ぶりはあるものの、驚くほど冷静に、アンコと対話している己の理性を保てている。

 

(……あ。もしかして、あの時の……)

 

マユの脳裏に、数日前の医療天幕での出来事がフラッシュバックする。

あの時、大蛇丸が「先行投資」と言ってマユの首筋に流し込んだ、あの濃密な直系のチャクラ。

 

(あの時、先生…大蛇丸のチャクラが私の呪印と蟲たちの経絡を強制的に繋ぎ直して、最適化(アジャスト)してくれたんだ……。だから、呪印の毒に精神が侵食されにくくなってる……?)

 

「頑張った弟子へのご褒美」という元師の不気味な微笑みを思い出し、マユは体節に覆われた身体で、小さく身震いした。どこまでも自分を都合のいい最高傑作(おもちゃ)として完成させようとする師の執念に恐怖しつつも、おかげでこの強大な力を「正気」のまま扱えるようになったという事実に、複雑な感情が胸を去来する。

 

「アンコ先輩……? あの、そんなに怯えた顔で見ないでください……。ちゃんと私は、私のままですから」

 

マユは、呆然と固まったままのアンコを安心させるように、異形の姿のまま、ちょっぴり困ったような、いつものマユらしい苦笑いを浮かべてみせるのだった。

 

003

 

「うわあああん! アタシの可愛い妹弟子が、いつの間にかこんなおぞましい虫の化け物になっちゃってぇぇぇ!! 大蛇丸の奴、マユに一体何てことしやがったんだよぉぉぉ!!」

 

「わーっ! あわ、あわわわ! 先輩、泣かないでください! ほら、もう元に戻りますから! すぐ引かせますからぁっ!!」

 

それからのマユは、文字通り全力でアンコを宥める羽目になった。

異形の姿(状態2)の圧倒的な強さや便利さを解説するつもりが、アンコにとっては「大好きな妹弟子が、大蛇丸の狂った実験のせいで人外の姿に変えられてしまった」という悲痛なショックの方が遥かに大きかったらしい。さめざめどころか、子供のように大号泣しだした先輩を前に、マユは大慌てでチャクラを収束させた。

 

ズズ……と蜂の鎧のような体節が皮膚の下へと引き込んでいき、肌の色も元の白さを取り戻していく。六角形の紋様が首筋の三つ巴の痣へと完全に退いたのを確認すると、マユはホッと息を吐いた。

 

しかし、アンコはまだ膝を抱えて「マユが虫になっちゃった……」とグズグズと涙を零している。

 

「……もう、本当に心配性なんですから」

 

マユは苦笑しながら座布団から立ち上がると、トコトコとアンコの背後に回り込み、その背中へ後ろからそっと抱きついた。

 

「大丈夫ですよー、アンコ先輩。ほら、ちゃんと元のマユです。どこも変わってません」

 

小さな子供をあやすように、アンコの背中を優しく、とんとんと一定の リズムで叩いてあげる。

大蛇丸のチャクラによって、精神の暴走は抑えられている。見た目はどれほど変わろうとも、アンコを慕うマユの心は何一つ変わっていない。その体温を直に伝えるように、ぎゅっと力を込めた。

 

「うぅ……ぐすっ……。本当に、お前のままだな?」

 

「はい、お前のままです。ほら、団子もまだ残ってますよ? 一緒に食べましょう」

 

背中から伝わるマユの温もりと、いつも通りのちょっと呆れたような優しい声に、アンコは心の底から安堵したように、ようやく涙を拭って小さく「……うん」と頷く。

 

「そんなに蟲(状態2)だめですかね……」

 

背中から抱きついたまま、マユはしょんぼりと眉を下げて、少しだけショックを受けたように呟いた。

 

戦場では、あの姿(状態2)のおかげで暁のサソリと渡り合い、八尾の猛攻から生き延びることができた。大蛇丸の調整が入った今となっては、自分の意志で制御できる、これ以上ない強力な「盾」であり「武器」なのだ。

それなのに、一番認めてほしかった大好きな先輩にここまで本気で泣かれて嫌がられるとは、流石に思っていなかった。

 

「……別に、だめってわけじゃねーよ」

 

マユの背中の温もりを感じながら、アンコは涙で赤くなった目を袖でゴシゴシと拭い、少しバツが悪そうに口を開いた。

 

「たださ……あの大蛇丸の奴に、アタシの知らないところで、お前がそんな姿にまで改造されてたんだって思ったら……。どれだけ痛くて恐ろしい思いをしたのかって、想像するだけで胸がバクバクして止まんなくなっちまったんだよ」

 

アンコは背中のマユの手に、自分の手をそっと重ねる。

 

「蟲がどうのとか、見た目がどうのとかじゃねーの。アタシが怖いのは、その力がいつかお前を遠くに連れてっちまうんじゃないかってこと…」

 

そこまで言って、アンコはふっといつもの悪戯っぽい笑みを無理に作って、首だけでマユの方を振り返った。

 

「でも、お前がちゃーんと正気のままで、アタシの妹弟子のマユのままでいるってんなら、文句はねーよ。……ただ、次にあのアタシの家で変身する時は、事前に心の準備をさせろ! あと、部屋の壁を壊したらお前の奢りで団子百本だからな!」

 

「百本は多すぎます!」

 

先輩の不器用な、けれど真っ直ぐな愛情を肌で感じて、マユの胸の曇りはすうっと晴れていく。化け物としての力を持っていても、この人は自分を「マユ」として見てくれている。その絆がある限り、どんな呪いも乗り越えられるような気がするマユだった。







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