NARUTO 甲蟲伝   作:ヘビトンボ

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油女マユ

忍者登録番号 011650
誕生日 10月25日 さそり座
身長 152.2㎝ 体重35㎏ 血液型 AB型
性格 天然 マイペース 
好きなもの 蟲 昆虫観察 品種改良 団子
嫌いなもの 自分の平穏を壊す全て

髪 黒い髪に赤いメッシュの入った髪をウルフカットにしている。
眼 翡翠の瞳
口 ガスマスクをしている。実はギザ歯なのを気にしている。
服 油女一族特有のフードパーカー

呪印 六角形
呪印 状態2 蜂と人間が融合したような姿。人型の昆虫に例えられる。


第十二章『蟲と家』

001

 

大好きな先輩との相談を終え、少しだけ心の荷が軽くなったのも束の間。

その日の夜、マユに宛てられた一枚の密書が、彼女を里の暗部──そのさらに深淵へと引きずり戻した。

 

向かった先は、灯火もまばらな「根」の地下室。

ひんやりとした静寂が支配する薄暗い空間の奥座敷に、その男は平然と鎮座していた。

 

木ノ葉の闇の体現者、志村ダンゾウ。

 

「此度の大戦での活躍、ご苦労だった」

 

感情の起伏が一切削ぎ落とされた、無機質な声が地下室に響く。包帯に覆われた顔の隙間から覗く隻眼は、相変わらず何を考えているのか全く読めない。

ふと、ダンゾウの背後に気配を感じてマユの視線が動いた。そこには、微動だにせず佇む『狐の面』をつけた暗部の男が控えている。

 

(っ……!)

 

一瞬、心臓がドキリと跳ね上がった。医療テントで再開した、あの『先生』の変装が脳裏をよぎったのだ。だが、すぐにチャクラの質と、根の拠点という状況から「あれは本物の木ノ葉の忍だ」と思い直して、マユは小さく息を整えた。

 

「そこでお前には、褒美を取らせることにした」

 

「……褒美、ですか」

 

ダンゾウの口から出た想定外の単語に、マユは内心で眉をひそめた。

本来、「根」とは感情を殺し、ダンゾウという絶対的な主君に一生の忠誠を誓う影の組織。任務の完遂は当然の義務であり、戦果に対して「褒美」などという甘い果実が与えられる先例はあり得なかった。

 

だが、マユはそもそも「根」の生え抜きではない。大蛇丸の弟子という特殊な出自から預かり身のような形でここに置かれており、組織への忠誠心は薄かった。

それに加え、サソリを退け八尾を足止めしたというマユの凄絶な戦果は、いまや里の内外に鳴り響いている。他国への牽制としても、これほどの若き英雄に対して「相応の報い(褒美)を与えなければ里の器が疑われる」という声が、上層部や各所から無視できない大きさで響くようになっていたのだ。

 

そのためダンゾウは、マユを繋ぎ止めておくための方策として、何を望むのかと尋ねることにしたのだった。

 

「何なりと言ってみよ。……無論、暗部を、この『根』を抜けるなどという寝ぼけたことは言うなよ?」

 

冷徹な眼光がマユを射抜く。明確な牽制と睨み。ここで下手に自由を望めば、一生この闇から出られなくなるか、あるいは処分される。断ってもいらない恨みを買うだけだと瞬時に判断したマユは、頭の中で素早く選択肢を巡らせ、一つの嘆願を口にした。

 

「でしたら……現在、自宅の地下に収納している私の蟲たちを、もうすこし大きな敷地に移したいのです。数年間の品種改良を経て個体数が膨れ上がり、かつ巨大化してしまいまして。このままでは物理的に自宅に収まりきらないのです」

 

事の始まりは、大戦前から始めまっていた。マユの家に遊びに来ていたアンコが、地下から漏れ出す「ミシミシ……」「ゴソゴソ……」という不穏な地響きと、時折床板を突き破りそうになる巨大な触角を目撃し、引き攣った顔でこう苦言を呈したのだ。

『おいマユ! 嬉しいのは分かるけどさぁ、このままだと蟲の重さとパワーで、お前の家マジで床からぶっ潰れるぞ!? 早いとこなんとかしろ!』と。

 

大好きな先輩に家ごと潰れる危険性を指摘され、マユ自身も「確かにそろそろ限界かも……」と、移住先を探す必要性を痛感していた。褒美という言葉を聞いて、これを改善できるかもしれないとマユは期待を抱く。

 

マユの現実的、かつどこか浮世離れした願いに、ダンゾウの背後にいた狐面の男が、静かに声を挟んだ。

 

「……でしたら、里の敷地内にある御料地、『死の森』など如何でしょうか。あそこならば一般の忍が立ち入ることも少なく、巨大な蟲の飼育・繁殖にも適しているかと」

 

ダンゾウは狐面の提案を聞き、目を細めてしばらく黙考していたが、やがて短く結論を出した。

 

「……良いだろう。あの魔境であれば、お前の蟲の隠匿にも都合が良い」

 

「ありがとうございます!」

 

マユがホッと胸を撫でおろしたのも束の間、ダンゾウは冷酷に言葉を続けた。

 

「だが、演習場の采配はワシの権限ではない。あれは火影の管轄だ」

 

(えぇ……じゃあ駄目じゃないですか……)

 

あと一歩のところでハシゴを外され、マユの肩が目に見えて落胆の形に落ちそうになる。しかし、ダンゾウの唇がわずかに歪んだ。

 

「……火影(ヒルゼン)には、ワシから事前に話を付けておく。追って、お前自身の口から直接、火影に進言するようにしろ」

 

その言葉を聞いた瞬間、マユの顔にパッと喜びが戻り、その口元が嬉しそうに小さく緩んだ。

 

曲がりなりにも、里の闇のトップからの後ろ盾を得たのだ。これで大好きな蟲たちをのびのびと育てられる広大な新天地が手に入る──。マユは深く一礼して地下室を後にしながら、さっそく明日、三代目火影の元へ直談判に行くための算段を立て始めるのだった。

 

002

 

翌日、マユは火影室の前まで足を運びながら、これから対面する三代目火影・猿飛ヒルゼンという人物について、改めて思考を巡らせていた。

 

実のところ、マユと火影との接点はこれまで極めて薄かった。大戦中の大きな任務の報告などで、数回ほど事務的な会話を交わした程度だ。マユは基本的に志村ダンゾウ率いる『根』の暗部として闇の中で活動していたため、里の表舞台のトップである火影と直接顔を合わせる機会など、滅多にあるはずがなかったのだ。

 

これまでのマユにとって、三代目火影といえば「いつもパイプをくわえている、結構なお歳のおじいちゃん」という、どこか遠い存在のイメージしか湧かなかった。

 

(……あ、そういえば)

 

火影室の扉を前にして、マユはふと思い出す。

かつての自分の「先生」──大蛇丸は、あの三代目火影の直弟子だったはずだ。

 

大蛇丸の口から、師である火影について個人的な感情が語られることは、生前ほとんどなかった。あの冷徹な師が、他人の存在をあえて口にすること自体が稀だったからだ。

ただ、そんな大蛇丸が一度だけ、何かの研究の折に火影のことに言及したことがあった。

 

『あの人は、木ノ葉に存在するあらゆる術を解き明かし、使いこなす……まさに術のプロフェッサーよ』

 

あの、他者を見下すことしかしない大蛇丸が、技術の面において一目置いていたという事実。マユはその記憶を脳裏に蘇らせ、少しだけ背筋が伸びるのを感じた。

 

ただのおじいちゃんではない、大蛇丸先生の師であり、数多の忍術を極めた伝説の忍。

そんな人物に、自分自身の意思で「蟲の飼育場所がほしい」と直談判しに行くのだ。

 

(ダンゾウ様が話を通してくれているとはいえ、失礼のないようにしなくちゃいけませんね……)

 

マユは一度深く息を吸い込んで緊張をほぐすと、覚悟を決めて、重厚な火影室の扉をトントンとノックした。

 

第三次忍界大戦の終戦からさらに数日。里が復興と平和への足がかりに湧く中、マユは火影室の重厚な扉の前に立っていた。

 

「失礼します」

 

扉を開けて入った火影室は、思っていたよりもずっと明るかった。

部屋の奥には、木ノ葉の里を一望できる大きな窓があり、そこから差し込む穏やかな陽光が室内を満たしている。その見晴らしのいい場所に、一人、歳相応に深い皺の寄った老人が静かに座っていた。三代目火影、猿飛ヒルゼン。

 

マユが小さく一礼すると、ヒルゼンはパイプの煙をふぅ、と天井へ逃がし、細められた目をこちらに向けた。

 

「おお……ダンゾウから話は聞いておるぞ。お前があの『蟲姫』、油女マユじゃな」

 

「……は、はい」

 

聞き慣れない二つ名にマユがわずかに瞬きを返すと、ヒルゼンは手元の書類に目を落としながら、静かに、しかし確かな重みを持つ声で言葉を続けた。

 

「満身創痍になりながら、あの砂隠れの『赤砂のサソリ』、さらには雲隠れの『八尾の人柱力』と交戦し、我が方の戦線を押し上げた功労者……。まさか、お主のような少女だったとはな。真に天晴れな活躍であった。里を代表して礼を言うぞ」

 

火影からの直々の称賛。普通なら忍としてこれ以上ない名誉に震える場面だった。

だが、マユを見つめるヒルゼンの瞳の奥には、どこか割り切れない、深い悲しみの色が混ざっているのをマユは見逃さなかった。

 

その眼差しは、英雄を称える軍の最高指揮官のものではない。これほど小さな、まだ子供と言っていい年齢の少女までもが前線に立ち、泥をすすり、命を削り合わねばならなかった「第三次忍界大戦」という残酷な現実への、一人の老人としての痛切な悔恨が滲み出ていた。多くの若者を戦場へ送り出してきた彼だからこそ抱く、重い感傷だった。

 

しかし、そんな火影の深い心理や、里の重鎮たちの間で醸し出されている感傷的な空気など、当の本人の耳にはほとんど入っていなかった。

 

(……むしひめ?)

 

マユはポーカーフェイスを維持したまま、脳内で激しく首を傾げていた。

 

(蟲姫って、何でしょうか……? 戦場では確か、敵からも味方からも『木ノ葉の毒蟲』とか『化け物』とか呼ばれてたはずですけど……。誰ですか、そんなちょっと可愛らしい、お姫様みたいな二つ名で上に報告した人は。恥ずかしいので今すぐ『毒蟲』に戻してほしいです……)

 

そんなマユの、年頃の少女らしい(?)ズレた葛藤など露知らず、ヒルゼンは一つ大きな息を吐き、机の上で両手を組んだ。

 

「さて、お主の望みについてじゃが……。ダンゾウからは、お主が飼育しておる蟲の拠点を移したいと聞いておる」

 

ようやく本題に入り、マユは「あ、はい!」と慌てて思考を切り替えて背筋を正した。

 

「死の森……第四十四演習場を使わせてほしいとのことじゃったな」

 

ヒルゼンはそう言って、手元の書類から一枚の地図を引き抜いた。それは、何重もの結界と高い鉄柵によって隔離された、里の中で最も危険な野生エリアの図面だった。

 

「報告は受けておる。じゃがな、あそこは並みの中忍でさえ一度入れば自力での脱出が困難な隔離区域じゃ。凶暴な巨大生物や原生の毒虫がひしめき合っておる魔境……。重ねて聞くが、本当に大丈夫なのだな?」

 

ヒルゼンの言葉には、大戦の英雄に対する敬意だけでなく、純粋な「親心」に近い心配が混ざっていた。

目の前にいるのは、戦場での恐るべき実績があるとはいえ、見た目はどこからどう見ても華奢で可憐な少女なのだ。いくら大戦の『英雄』の一人だからといって、あの死の森の一角にポツンと一人で行かせ自治権を与えるような真似をして、本当に身の安全は保障されるのか。ヒルゼンは里の長として、そして一人の老人として、真剣に悩んでいた。

 

だが、当のマユはといえば、火影のそんな心配を余所に、実にあっけらかんと答えた。

 

「あ、はい……全然大丈夫です!」

 

その表情には緊張や恐怖など微塵もなく、むしろどこか嬉しそうに目を輝かせている。

 

マユの頭の中は、すでに火影の忠告を通り抜けて、別の次元へと飛んでいた。

(並みの中忍が脱出困難な魔境……ということは、里の他の場所には生息していないような、未知の毒虫や異常発達した新種の蟲たちが、あそこにウジャウジャいるっていうことですよね……!?)

 

戦場から戻ってきて、しばらく大人しく品種改良ばかりしていたマユの「研究者」としての血が、その言葉だけで一気に沸き立った。

死の森に新居を構えれば、自分の巨大化した蟲たちをのびのびと育てられるだけでなく、毎日が宝探しのようなものだ。新種の毒素の抽出、未知の生態の観察、それらを取り入れたさらなる状態2の強化──。

 

火影の目には「可憐な少女が無理をして強がっている」ように見えたかもしれないが、マユの精神はすでに、危険な蟲たちを捜索・解剖する知的好奇心によって完全に占領されていた。

 

そんなマユの、大蛇丸の系譜を継ぐ者特有の「狂気的な純粋さ」を敏感に察知したのか、ヒルゼンはパイプの煙を一際大きく吐き出しながら、どこか遠い目をして苦笑を浮かべるのだった。

 

「……お主を見ていると、アヤツの若いころを思い出すようじゃ」

 

ぽつり、と。

ヒルゼンの口から漏れ出たその言葉に、マユはハッとして思考の海から引き戻された。

 

「……それって」

 

大蛇丸先生のことですか、と言葉を紡ぐ前に、ヒルゼンは窓の外の里の景色へと視線を移した。その横顔は、数多の戦火をくぐり抜けてきた忍の長のものというよりは、去っていった身内を想う、一人の寂しげな老人のものだった。

 

「アヤツが里を抜ける前……ワシはな、大蛇丸が禁忌の人体実験に手を染めておることに、薄々感づいてはいたのじゃ」

 

衝撃的な告白だった。しかしマユは表情を崩さず、静かに火影の言葉に耳を傾ける。

 

「そもそも、問題は実験そのものの残虐さだけではない。里として明確に禁じられていた法を破り、あまつさえ、その罪と向き合うこともなく罰から逃れようと逃走を図った……その身勝手さにあった。ワシとて、最初からアヤツを処刑するつもりなどなかったのじゃ。罰として拘禁を命じ、ただ、己の過ちを省みて、反省を促すつもりだった……」

 

ヒルゼンの苦渋に満ちた声を聞きながら、マユは内心で(……少し、甘い処分だな)と感じていた。

マユ自身、大蛇丸の人体実験には関わってはいなかったが出所不明の資料の束から、その一部を覗き見たことはある。その時はまさか大蛇丸本人がそれに関わっているとは思わなかったが、あれが本当であれば失われた命の数を考えれば、一国の忍の長として「拘禁と反省」で済ませようとしていた判断は、いささか身内に甘すぎるのではないかと思わざるを得なかった。

 

だが、それと同時に、マユは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じてもいた。

それほどまでに、この目の前の老人は、自分の弟子であった大蛇丸に深い愛情を注いでいたのだ。法や立場を天秤にかけてなお、愛弟子の命だけは救いたいと願ってしまうほどに。

 

ヒルゼンはゆっくりとマユへ視線を戻すと、パイプを机の灰皿へ置き、今度は一人の老いた「師匠」としての目で、その孫弟子にあたる少女を真っ直ぐに見つめた。

 

「……時にマユよ、お前は大蛇丸をどう思っておる?」

 

「先生を、ですか……?」

 

「うむ。最後に里を去る間際、アヤツはワシに語ったのじゃ……。この里の仕組みでは為し得ぬものがある、と。この世の全ての術を探求するためには、人間の短い一生ではあまりに時間が足りぬ。故の『不老不死』であり、故の『人体実験』なのだ、とな」

 

ヒルゼンの問いかけには、火影としての威圧感はなかった。ただただ、かつて袂を分かった愛弟子の狂気的な思想を、その系譜を最も色濃く継ぐ者がどう受け止めているのか──。大蛇丸の師匠として、純粋にマユの答えが気になったのだった。

 

「……あの人は、自分の事を多く語らない人でした」

 

マユはぽつりと、けれど一言一言を確かめるように紡ぎ出した。

 

「でも、私をあの一族の檻から連れ出してくれました。それに、先輩……御手洗アンコに引き合わせてくれました。私にとっては間違いなく、大恩ある先生です。……であると同時に、私や先輩の首筋に勝手に呪印を仕込んで実験台にしたり、挙句の果てには何も言わず一人で出て行ってしまう、本当に勝手な人です」

 

そこまで一気に言うと、マユは自嘲気味に、ふっと息を漏らした。

 

「里を出た犯罪者のはずなのに、あの人の事を今でもこうして『先生』と呼んでしまう自分に……少し、罪悪感を覚えることもありますね。火影様の前でこんなことを言うのは、不謹慎かもしれませんけど」

 

正直な、あまりにも率直なマユの告白だった。

恨み、怒り、感謝、そして今なお残る慕情。大蛇丸に人生を狂わされながらも、確かにそこで得た救いや絆を否定しきれない、歪で、けれど血の通った複雑な感情。

 

ヒルゼンはマユの言葉を遮ることなく、ただ静かに頷きながら聞いていた。その眼差しは、マユの言葉の端々に滲む痛みを、まるで我がことのように受け止めているかのようだった。

 

「罪悪感など、覚える必要はない」

 

ヒルゼンは優しく、しかし確かな温もりを込めて言った。

 

「アヤツが犯した罪は決して許されるものではない。じゃが、お主がアヤツに救われ、何かを受け取ったという事実まで、里の法が否定することはできんのじゃよ。……そうか。大蛇丸は、お主たちに確かな何かを残していったのだな」

 

かつて愛弟子が語った「不老不死」という孤独な狂気。しかし、その弟子が遺していった呪印を宿す少女は、ただ闇を追うのではなく、大蛇丸が遺した「繋がり」を大切に胸に抱いていた。

 

ヒルゼンはゆっくりと机の上の書類に手を伸ばすと、そこに火影の印をポン、と力強く押した。

 

「安心した。油女マユ……お主になら、安心してあの森を任せられる」

 

ヒルゼンは許可証をマユへと差し出し、皺の寄った顔に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「第四十四演習場・『死の森』の一角の管理権をお前に一任する。思う存分、お前の蟲たちと新たな道を切り開くがよい。……ただし、里の結界班や一般の忍を驚かせぬよう、節度を持ってな?」

 

「はい! ありがとうございます、火影様!」

 

許可証を受け取ったマユは、嬉しそうにそれを胸に抱きしめ、満面の笑みで火影室を後にした。その清々しい背中を見送りながら、ヒルゼンは今度こそ、穏やかで晴れやかな煙をパイプから燻らせるのだった。

 

003

 

火影様から許可が下りてからのマユの行動は、文字通り神速だった。

死の森の奥深くに目星をつけたマユは、まず巨大な顎を持つ『カミキリ』の群れを口寄せ。鬱蒼と茂る巨木や岩をバリバリと一瞬で噛み砕かせ、あっという間に一軒家が丸ごと建つ広大なスペースを切り開いた。

 

さらに、驚異的な怪力を誇る『カブト丸』たちが巨木の丸太や基礎となる大石をガシガシと運び込み、超高速飛行が可能な『コガネ』たちが里の資材屋から購入した建築資材をピストン輸送する。

忍の土遁すら使わない、純度100%の「蟲力」による突貫工事。見る見るうちに頑丈で機能的な「マユの新居兼・巨大蟲研究所」が、死の森の中に建造されていったのだ。

 

その凄まじい大工作業を呆然と眺めていたアンコが、ふと疑問に思って「蟲の引っ越しってだけで、別にお前までここに住まなくてもいいんじゃないか?」と口にしたのが、マユの地雷を踏み抜いた。

 

「私とこの子たちを離れ離れにするんですか!?」

 

マユはこれ以上ないほどショックを受けた顔で、近くのコガネを子犬のようにギュッと抱きしめてアンコをキッと睨みつけた。

 

「い、いや、そういうつもりで言ったんじゃねーよ……」

 

あまりの剣幕に、アンコは思わず一歩後退りして冷や汗を流す。

 

「この子たちは繊細なんです! 毎日チャクラを分けて、体調を管理して、品種改良の経過を見守ってあげなきゃいけないんですよ!? それを、自分だけぬくぬくと元の家にいろだなんて……そんなの育児放棄です!」

 

「育児って……それ、ただの狂暴な巨大虫だろ……」

 

アンコは新居の影からこちらをジッと見つめているカブト丸(体長3メートル超)を見上げて引き攣った笑いを浮かべた。どう見ても繊細とは程遠い、戦車のような肉体である。

 

「それに、死の森ならアンコ先輩の演習場からも近いですし、いつでも遊びに来られますよ?」

 

ふんす、と鼻を鳴らしながら、マユは新居の鍵を嬉しそうに握りしめる。

家が潰れる危機を脱し、大好きな蟲たちと24時間いつでも一緒にいられるユートピア。化け物と恐れられた大戦の英雄は、死の森という里で最も危険な魔境の中で、誰よりも幸せそうに新しい生活の第一歩を踏み出すのだった。

 

003

 

「……さて。新居も出来たことですし、修行を再開しましょうか」

 

死の森の奥深くに完成した真新しい我が家と、その周囲をのびのびと飛び交う蟲たちを見つめ、マユはにっこりと満足げな笑みを浮かべた。家が潰れる危機を脱した今、次に取り掛かるべきは、自分自身の戦闘力を底上げするための「新術開発」だった。

 

(カブト丸たちの品種改良は順調。これからどんどん大型に、強力に成長していってくれるはず。それに、私自身の身体強化のめどは、あの『呪印(状態2)』を制御できたことで立っている……)

 

だからこそ、今の自分に決定的に足りていないピースが明確だった。

それは、自身が直接扱い、戦況をひっくり返すための「絶対的な術」だ。

 

マユの脳裏に焼き付いて離れないのは、あの戦場で激突した二つの絶望的な質量。

一つは、自身の肉体を粉々に砕き、瀕死の重傷に追い込んだ八尾の『尾獣玉』。

そしてもう一つは、変幻自在の質量で戦場を蹂躙した、暁のサソリ(三代目風影の人傀儡)が操る『砂鉄(磁遁)』。

 

(あのレベルの超高火力、あるいは広範囲の質量攻撃に対して、今の私は防戦一方になるか、蟲たちを盾にするしかない……。これ以上、カブト丸たちだけに無茶をさせて頼り切りたくはない。私の術で、あの絶望を相殺、あるいは突破する手段が必要です)

 

決意を新たにしたマユは、さっそく術の実験と、万が一の際のストッパー役(兼、見届け人)として、大好きな先輩を引っ張り出すことにした。

 

「おいマユ、新居祝いの団子を持ってきてやったぞ! ……って、なんでアタシはこんな鬱蒼とした演習場に連れてこられてるわけ?」

 

串団子の包みを手に、怪訝そうな顔でついてきたアンコを連れて、マユは死の森のさらに奥、誰も立ち入らない広大な演習場へと足を踏み入れた。

 

「アンコ先輩、ありがとうございます。団子は後で一緒に食べましょう。……今から、私が戦場で痛感した課題をクリアするための、新しい術の実験をします。ちょっと危ないかもしれないので、先輩は下がっていてくださいね」

 

「は? 実験って……お前、またろくでもないこと考えてんじゃねーだろうな!?」

 

アンコが引き攣った声を上げる中、マユは演習場の中心で静かに立ち止まり、深く息を吸い込んだ。

構想はすでに頭の中にある。大蛇丸の術理、呪印のチャクラ、そして自身が使使役する蟲たちの「特性」を融合させた、対・超高火力用のカウンター。マユの瞳に、静かで狂気的な「研究者」の光が宿り、首筋の六角形の痣が不気味に蠢き始めた。

 

「『状態2』が、先生のチャクラによって最適化され、私の思う通りの性質を持つのだとしたら……。きっと、できるはずです」

 

ズズ……、ズブブブ……!

 

マユの言葉と共に、禍々しい紫色のチャクラが爆発的に噴き出した。首筋の痣から全身へと黒い六角形の紋様が這い、肌を一瞬で不気味な黄色へと変色させていく。

肉体が異形の鎧──蟲の体節に覆われた、完全なる『状態2』へと変化する。

マユは迷いなく顔に付いたガスマスクを外すと、それを傍らに投げ捨て、異形の顎を大きく開けて大気を一思いに深く、深く吸い込んだ。

 

その瞬間。マユを中心に、死の森の空気が不気味に歪み、重圧が周囲の木々をミシミシと軋ませ始めた。

 

「……おい、マユ」

 

背後でその光景を見ていたアンコは、全身の毛穴が逆立つような強烈な悪寒を覚えた。かつて大蛇丸から感じたものとは違う、より原始的で、暴力的な「捕食者」の気配。

直感。忍としての全ての生存本能が、アンコに叫んでいた。『ここにいたら死ぬ』と。

 

アンコは串団子の包みを握りしめたまま、一言も発せずに音もなく後方へ、演習場の外縁へと全速力で飛び退いた。

 

──その、刹那だった。

 

ドォォォォォォォォォン!!!!!!

 

鼓膜を突き破り、脳髄を直接揺さぶるような、凄絶な轟音が爆発した。

 

マユが吸い込んだ大気と、体内の毒蟲たちのチャクラ、そして呪印の莫大な負のエネルギーが超圧縮され、異形の口元から一気に前方へと解き放たれたのだ。

 

それは術というよりは、もはや純粋な「暴力の奔流」だった。

目に見える全てのチャクラと物質を強制分解し、喰らい尽くしながら進む漆黒の衝撃波。

マユのほんの一歩前から先、扇状に広がった演習場の大地は跡形もなく消滅し、巨木も岩石も、そこに存在したあらゆる生命が分子レベルで霧散した。後にはただ、抉り取られたような巨大な「虚無の谷」だけが、死の森の奥深くに刻まれていた。

 

爆風と土煙が引いた後。

ガスマスクを外し、状態2を解いて元の姿に戻ったマユは、己が引き起こした想像を絶する惨状を前に、ポカンと口を開けて硬直していた。

 

「あ……あれ?」

 

冷や汗がだらだらと頬を伝う。

(……構想では、尾獣玉のチャクラの結合を『分解・吸収』して相殺する術のはずだったのに。どうして、ただの地形を吹き飛ばす超広範囲破壊兵器になってるんでしょうか……。チャクラの循環率を間違えた? いや、それとも呪印の出力が……)

 

マユが青い顔で己の腕を見つめながらブツブツと分析を始めた、その時だった。

 

「……マユ」

 

煙の向こうから、いつになく真剣で、どこか遠い目をしたアンコがゆっくりと歩み寄ってきた。彼女の顔には、かつて見たことのない、複雑な表情が浮かんでいた。呆れ、驚愕、恐れ……そして、どこか寂しげな、深い感傷。

 

「お前……変わっちまったよ、本当に」

 

アンコは消滅した演習場のクレーターの縁に立ち、その深淵を見つめながら、ぽつりと呟いた。

 

「初めて出会ったときはさ、あんなにちっちゃくて、毒蟲が友達の、ちょっと変わった可愛いだけのガキだったのに……。今じゃあ、あの尾獣もタジタジの、里一つ更地にする『毒姫』だもんなぁ……。あはは、大蛇丸の奴が泣いて喜ぶぜ、こりゃあ」

 

アンコは自嘲気味に笑うと、震える手で団子の串を一本引き抜き、それを一気に口に放り込んだ。甘い餡の味が、喉の奥にある恐怖と、愛弟子の規格外の成長に対する複雑な感情を、少しだけ紛らわせてくれるような気がした。

 

「アンコ先輩……? あの、もしかして……また、引きましたか?」

 

「引く? そんな優しいレベルじゃねーよ、馬鹿! ……とりあえず、今の術、火影様に報告したら、お前マジで死の森の管理権剥奪されるからな! 隠蔽するぞ、この地形ごと!!」

 

「わ、わかりました! カブト丸たちを呼んで、急いで土を盛らせます!!」

 

結局、新術開発の成功(?)よりも、そのあまりの破壊力を隠蔽するために、マユは夜通し蟲たちを酷使する羽目になるのだった。

 




普通に後日火影様にバレて大目玉食らいました。なお、死の森の管理は剥奪されませんでした。(今更増えた蟲をどこかに移動することが危険だと判断された)

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隻眼の木遁使い(作者:EKAWARI)(原作:NARUTO)

 ここは原作とは違う歴史を辿っているパラレル木ノ葉隠れの里。▼ 少年が九歳の時に二代目火影が、少年が十歳の時に「歩く鬼神」と謳われた木ノ葉隠れの里創設者の片割れうちはマダラが亡くなった。それにより、木ノ葉隠れの里は弱体化したと見なされ、その半年後に第二次忍界大戦が勃発する。▼ その大戦に若くして参加している一人の忍びがいた。彼の名はうちはオビト。歩く鬼神うち…


総合評価:2582/評価:8.77/連載:53話/更新日時:2026年04月29日(水) 11:18 小説情報

帰ろう、弔くん(作者:カカカカカカオ)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ヒーローになりたい無個性の少年は努力を続けた▼だが彼はヴィランになった▼これは少年が夢を叶える物語


総合評価:225/評価:6.57/連載:12話/更新日時:2026年03月31日(火) 20:39 小説情報


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