NARUTO 甲蟲伝 作:ヘビトンボ
辛いとき、悲しいとき、あの人はいつも私に寄り添ってくれた。
素っ気なかった私に心を砕き、暗い闇の底しか知らなかった私を外に連れ出してくれた人。こんな恩知らずな私には勿体ないあの人に、少しでも恩を返せるように、私はあの人の帰る場所である木ノ葉という里を護ることを決めたのだ。
第二章『蟲と餡子』
001
マユが自身の呪われたチャクラを無数の蟲に喰らわせることで、油女一族の常識を覆し里の評価を一変させてからさらに2年の時が流れた。
体内のチャクラ量は、彼女の成長とともに日増しに膨れ上がり、それに比例するように彼女が使役する寄壊蟲の質量も、里の常識では測れないレベルに達しつつあった。
14歳となったマユは、今や『根』の暗部たちでさえ一目を置く、冷徹で任務達成率の高い優秀な戦力として大蛇丸の影に寄り添っていた。
しかし、そんなある日のこと。
いつものように昏い実験室で、大蛇丸が抽出した新種の毒素のデータを整理していたマユに、主はくすくすと不気味に、しかしどこか楽しげに笑いながら、新たな指示を口にした。
「マユ。あなたも随分と腕を上げたわ。そろそろ、私の背中ばかりを追う段階は終わりよ。次の任務、あなたにはある娘と組んでもらおうと思っているの」
マユはガスマスクの奥で、小さく眉をひそめた。フードの隙間から覗く翡翠の瞳が、不満げに揺れる。
「……先生。私は、先生の足手まといにはなっていないはずです。私の蟲も、私の術も、すべて先生のためにあります。他の一族の凡愚や、里の忍と群れるつもりはありません」
「クク、相変わらず極端な子ね、無理もないけれど。別にあなたを突き放すわけじゃないわよ」
大蛇丸はマユに近づき、その黒と赤の混ざったショートカットの髪を愛おしそうに撫でた。その冷たい指先が触れるだけで、マユの感情に感化されて体内の蟲たちも静かに蠢いた。
「あなたに紹介するのは、私のもう一人の愛弟子──御手洗アンコ。あなたにとっては、姉弟子にあたる子よ。お互いに良い刺激になると思ってね……何より、彼女もあなたと同じように、私をよく慕ってくれているわ」
──姉弟子。もう一人の、愛弟子。
その言葉が、マユの胸に冷たい棘となって突き刺さった。
先生の隣は、自分だけの特等席だと思っていた。自分こそが、あの暗闇の底から先生に見出され、理解され、先生の狂気を色濃く受け継いだ唯一の存在だと。
それなのに、自分より先に先生の教えを受け、その寵愛を一身に受けている「姉」が存在する。
「……分かりました、先生。その方と任務をすれば良いのですね」
マユの声は、ガスマスクのフィルターを通して低く、酷く冷淡に響いた。
大蛇丸はそんなマユの内心の嫉妬と独占欲をすべて見透かした上で、面白がるように金の瞳を細めるのだった。
002
翌日、木ノ葉隠れの里の外縁にある、鬱蒼とした演習場の入り口。
マユは、大蛇丸から指定された待ち合わせ場所に佇んでいた。
彼女の格好は、相変わらず一族のそれとは異なっていた。小柄な体を包むのは、手がすっぽりと隠れてしまうほど目深で大きな黒いジャケット。顔の下半分は無骨なガスマスクで覆われ、剥き出しになっているのは前髪の隙間から覗く、冷ややかな緑色の瞳だけ。
まるで世界を拒絶するかのようなその佇まいは、14歳にしてはあまりに陰惨で、近づきがたいオーラを放っている。
「──おーい! お前が先生の言ってた、新しい弟子かぁ!?」
不意に、上空からそんな快活で、少し耳につくほど大きな声が降ってきた。
マユが視線を上げると、木々の梢を身軽に跳ねながら、一人の少女が飛び降りてくるのが見えた。
紫色の髪を頭のてっぺんで威勢よくポニーテールに結び、茶色のコートの下には網シャツという、露出度の高い、しかし動きやすさを重視した格好。口元には、何故かみたらし団子の串を咥えている。
着地の衝撃を全く感じさせない見事な身のこなしでマユの前に降り立った少女──御手洗アンコは、団子を最後の一粒まで器用に口に放り込むと、串をペッと放り捨てて、まじまじとマユを見つめた。
「へええ……! 聞いてた通り、随分と変わった風貌じゃん! ぶかぶかの服に、ガスマスク? 油女一族ってのは皆、暗い格好してるって聞くけど、お前はまた一段と筋金入りだねぇ!」
アンコは遠慮という言葉を知らないかのように、マユの顔のすぐ近くまで顔を寄せ、そのガスマスクを指先でツンツンと突いた。
「……触らないでください」
マユは一歩引き、アンコの指を冷たくあしらった。
その翡翠の瞳には、明確な拒絶と、そして激しい「品定め」の光が宿っている。
(これが……御手洗アンコ。先生の、一番弟子……。騒がしくて、下品で、まるで緊張感がない。戦場を俯瞰する視点も、冷徹さも、微塵も感じられない。どうして先生は、こんな女を……)
マユの体内で、過剰なチャクラに栄養を与えられた寄壊蟲たちが、主の不機嫌に同調して「ジジ……」と不穏な羽音を立て始める。ジャケットの袖口から、黒い靄のような蟲の先遣隊がピクリと覗いた。
しかし、アンコはそんなマユの殺気にも似た警戒心を、まったく気にする風もなかった。それどころか、腰に手を当ててガハハと豪快に笑い飛ばす。
「アハハ! 手厳しいねぇ! でもさ、先生から聞いてるよ。お前、体内のチャクラが多すぎて、一族から出来損ないって言われてたんだって? それを先生が改造して、使えるようにしてあげたってさ!」
ピキリ、とマユの脳内で何かが切れる音がした。
マユにとって、幼少期の「出来損ない」という過去は、最も触れられたくない逆鱗だ。それを、この女はまるで今日の天気でも話すかのように、あっけらかんと言い放ったのだ。
「……私の過去を、知ったような口で言わないで。あなたに、私の何が分かるの」
マユの口調から、申し訳程度に使っていた敬語が抜け落ちる。
「分かるよ。だって、アタシも先生に拾ってもらったんだもん!」
アンコは胸を張って、自慢げに言った。その金の瞳──大蛇丸とどこか似ているが、決定的に違って澄んでいる瞳──が、真っ直ぐにマユを見つめる。
「アタシさ、先生の術の美しさに惚れ込んで、どうしても弟子にしてくれって頼み込んだんだ。先生は冷たいように見えて、アタシたちの才能をちゃんと見ててくれる。お前だって、あの暗闇から先生に引っ張り上げてもらったんだろ? だったら、アタシたちは同じだよ!」
「術の美しさ?」
「なんだ、分からないか?あの人の使う術は全部合理的で洗練されてるんだ。いつか私もあの人みたいになれたらいいなと思ってるんだよ」
マユはガスマスクの奥で、歪に唇を歪める。そこでマユは違和感を覚えた。確かに大蛇丸は師として非常に優秀であり、助けられた過去を持つマユにとっては憧れの存在だった。だが、術の美しさを語るアンコにはかの師のいっそ清々しいまでの残酷さが映っていない様に感じ取れたのだ。
事実、マユは知らないことだったが、大蛇丸はアンコを実験室には一度も呼んだことはなかった。姉弟子という存在を知らなかったのは大蛇丸の思惑とは言え、それでも同じ弟子というのであれば彼の研究室で顔を合わせる機会があってもよかったはずなのにである。
師の意図はわからないが、まるで忍の闇の部分を見せない様に育てられたように感じられて、その過保護さがマユの胸をズキリと痛ませる。研究の手伝いをしているという優越感はあれど、危険なものから遠ざけられているという愛情のようなものを感じてしまったのだ。
油女一族で落ちこぼれと、出来損ないだと罵詈雑言を浴びてきた彼女にとって、愛情ほど飢えたものはなった。だからこそ大蛇丸こそが彼女に唯一それを与えてくれる存在であったし、自身もそれで満足していた。
その根底が崩れそうになっていた。
(違う。断じて違う。あなたが見ている先生は、光の当たっている部分だけ。あの人の本質……底知れない『知』への狂気、人体実験の凄惨さ、神をも冒涜する冷徹な闇を、あなたは何も知らない。知ろうともしていない。ただの憧れで先生の側にいるあなたと、先生の闇そのものを飲み込んで生きている私とが、同じなわけがない──私の方がきっと先生を理解している)
マユは言葉を返しそうになったが、それを辛うじて飲み込んだ。ここで口論をすることは、大蛇丸の意に反することになる。先生は「お互いに良い刺激になる」と言ったのだ。ならば、この女よりも自分の方が遥かに優秀で、先生の役に立てる存在であることを、任務の中で証明すればいい。
「……いいでしょう。挨拶はここまでです。大蛇丸先生から下された任務の概要は、頭に入っていますね」
マユは冷徹な暗部のトーンに声を切り替えた。
「おう、バッチリだよ!」
アンコはニカッと笑い、クナイを一本指先で回す。
「他国との国境付近に潜伏している、草隠れの抜け忍共の集落……だろ? 情報によれば、禁術の横流しに関わってる疑いがある。先生からは、証拠の確保と、抵抗するなら『全員排除』って言われてる」
「隠密性と確実性が求められる任務です。大蛇丸先生の戦術に従うならば、まずは私の蟲を放ち、敵のチャクラ配置を完全に把握。その後、罠を張りつつ、夜陰に乗じて一網打尽にするのが最も効率的かと」
マユが理路整然と提案すると、アンコはうーんと唸りながら、頭の後ろで手を組んだ。
「まどろっこしいねぇ! 配置なんて、正面から突っ込んで暴れ回れば、向こうから勝手に出てくるって! アタシの『潜影蛇手』で、ババッと片付けちゃおうよ!」
(……やっぱり、この女とは絶対に気が合わない)
マユは長い前髪の奥で、深いため息をついた。
大蛇丸という同じ絶対的な師を仰ぎながらも、水と油、あるいは蛇と虫のように、決定的に異なる二人の弟子。
こうして、木ノ葉の歴史の影に埋もれた、歪な姉妹弟子の初めての共同任務が、静かに幕を開けたのだった。
003
「──ちょっと、待ってください! 私の調べた索敵ルートを無視してどこに突っ込んでるんですか!?」
湿った密林の奥、ガスマスクのフィルターを通したマユの悲鳴に近い怒号が響いた。
大蛇丸の指示による草隠れの抜け忍狩り。それはマユの想定では、完璧な隠密作戦になるはずだった。事前に周囲数キロにわたって目立たないナノサイズの寄壊蟲を放ち、敵のチャクラ量、見張りの交代周期、死角となる地形のすべてを網羅した詳細な「潜入図」を完成させていたのだ。
しかし、その緻密な計画は、作戦開始からわずか三分で塵と化した。
「あははは! 策を弄するより、正面からブン殴った方が早いって先生も言ってたもんねー!」
目の前を走る姉弟子──御手洗アンコは、楽しげに笑いながら敵の拠点の防壁(ご丁寧にマユが『ここは罠があるから絶対に避けて』と念押しした場所)へ、みたらし団子の串をクナイ代わりに投げつけながら、真っ正面から突っ込んでいった。
当然、けたたましい警報が鳴り響く。
「敵襲ォーーーッ!!」
「木ノ葉の忍だ! 殺せ!」
「あ、もう、本当に虫唾が走る……!」
マユは長い前髪を振り乱し、長すぎるジャケットの袖をパタパタとさせながら、地団駄を踏んだ。大蛇丸の戦術を「美しく冷徹な教科書」として学んできたマユにとって、アンコの戦い方は暴風雨そのもの、いや、ただの災害だった。
「おらおらおらぁ! 『潜影蛇手』!!」
アンコの袖口から放たれた無数の蛇が、迎撃に出てきた草隠れの忍たちを締め上げ、地面に叩きつける。その戦闘力自体は確かに大蛇丸の弟子に恥じぬ鋭さだったが、いかんせん派手すぎる。横眼からそれを見ていたマユは、術は同じだけれど先生の洗練されたそれとは違うと内心で酷評する。
「マユ! 右から三人来てるよ、お前のその地味な虫でチクッとやっちゃって!」
「命令しないでください! あと、私の蟲は地味ではありません!」
マユは怒りに翡翠の瞳を燃やしながらも、鋭く結印した。暴発しないよう完全に調教されたチャクラが経絡を巡り、彼女の袖口から黒い大津波のような寄壊蟲の群れが噴き出す。
『秘術・蟲玉』
統制された寄壊蟲が背後から迫る忍びに暗雲のようにせまり、黒い団子のように纏わりついた。敵の忍の悲鳴を背景に押し潰すような蟲の本流が術を完成させる。
「おー、やるじゃんマユ! じゃあアタシはあっちの隊長っぽいのやってくるから、残りはよろしく!」
「ちょっと、待てと言っていま──ああっ、もう!!」
アンコはマユの返事も聞かず、爆風の上がる中心地へと嬉々として飛び込んでいってしまった。
残されたマユは、次々と湧き出てくる敵の増援を前に、ガスマスクの奥で盛大に舌打ちをした。
いつもなら大蛇丸の影として、静かに息を潜めて標的の首を狩る洗練された任務。それが今や、ただの泥泥とした大乱闘に成り下がっている。
「ハァ……ハァ……。先生、なぜ私にこの女を組ませたのですか……。嫌がらせですか……?」
襲いかかってくる敵の刀を瞬身の術でかわし、寄壊蟲の盾で防御しながら、マユは本気で天を仰ぎたくなった。
敵のチャクラを的確に奪うマユの蟲と、容赦なく肉体を破壊するアンコの蛇。
二人の戦術は全く噛み合っていない。噛み合っていないはずなのに、アンコがめちゃくちゃにかき回した戦場の隙を、マユの冷徹な戦術眼が(本人の意志とは裏腹に)完璧に補填してしまい、結果として敵の集落は驚異的なスピードで壊滅へと向かっていく。
「あはは! 最高のコンビじゃん、アタシたち!」
遠くで敵を盛大に吹き飛ばしながら、親指を立てて笑うアンコ。
「絶対に違います……! 私は、私はもっと静かに任務を遂行したいんです……!」
手が隠れるほどのジャケットを血と硝煙で汚しながら、マユはガスマスクの奥で半泣きになりつつ、次なる蟲の群れを解き放つしかなかった。大蛇丸のもう一人の弟子は、マユのこれまでの人生のどんな苦難よりも、理不尽で、ハチャメチャで、そして恐ろしく調子を狂わされる存在だった。
004
「あーーー、つっかれたぁーーー!!」
木ノ葉隠れの里、任務受付所。
無事に(マユの精神的には全く無事ではないが)草隠れの抜け忍討伐の報告を終えたアンコは、受付の忍が書類に完了の判を捺した瞬間、盛大に背伸びをした。16歳の瑞々しい身体が網シャツの奥で引き締まり、その表情には達成感が満ち溢れている。
一方、その隣に立つマユは、文字通りボロ雑巾のようだった。
大きなジャケットの裾は泥と硝煙で薄汚れ、長すぎる袖から覗く包帯の手は疲労で微かに震えている。何より、ガスマスクの奥から漏れる呼吸が、いつになく荒い。
「……お疲れ様でした、アンコさん。私は先生の元に戻り、今回の任務で消費した蟲の補充と、忍具の再調整を行いますので、これで」
一刻も早く、この嵐のような女から離れたい。
マユは冷淡に、かつ事務的にそう告げると、踵を返して薄暗い地下への道を歩き出そうとした。
しかし。
「まーてまてまてい!」
ガシッ、と力強い感触がマユの細い肩に巻き付いた。
アンコが躊躇なく、マユの首筋に腕を回して強引に己の身体へと引き寄せたのだ。
「な、……っ!? 何をするんですか、放してください!」
「いいからいいから! 初任務が無事に終わったんだ、これから『お近づきのしるし』と、アタシの奢りで最高の茶会に行くんだよ!」
「茶会……? いえ、私はそんな無駄な時間は──」
「決定! 目指すは木ノ葉名物、甘味処『だんごあん』だぁーー!」
「だ、だんご……? 私、甘いものは別に……って、引っ張らないでください! 衣服が擦れます!」
マユの拒絶など、アンコの耳には一文字も入っていなかった。
小柄なマユは、アンコの健康的な怪力によって半ば地面から足を浮かせた状態で、ずるずると里のメインストリートへと連行されていく。
通り過ぎる里の忍や一般の住民たちが、「おい、あの油女の暗い子、御手洗のところの跳ねっ返りに捕まってるぞ……」と言いたげな、同情と好奇の混ざった視線を向けてくる。それがマユには、かつて「忌み子」として見つめられていた視線とは違った意味で、耐え難く恥ずかしかった。
「……放してください。私は顔を隠さねばならない身です。こんな白日の下に晒されては……」
「固いこと言うなって! 任務終わりの団子は脳に染みるんだから!」
数分後。
賑わう団子屋のテラス席、その隅の団子型の長椅子に、二人は並んで座っていた。
「おっちゃん! みたらし二十串と、あんこ十串! あ、この暗い妹弟子にはお茶濃いめでね!」
アンコは席に着くなり、豪快に注文をぶちまけた。
マユは長椅子の一番端に縮こまり、手がすっぽり隠れるジャケットの袖で、自分の膝をぎゅっと抱え込んでいた。顔にはまだ、無骨なガスマスクが鎮座している。周囲の客が、およそ甘味処には似つかわしくないその異様な風貌をチラチラと見ているのが分かり、マユは前髪の奥の翡翠の瞳をいっそう鋭く尖らせた。
「……信じられません。大蛇丸先生の一番弟子ともあろう方が、このような大衆の面前で、ただの砂糖と米粉の塊に現を抜かすなんて。先生がご覧になったら、きっと呆れ果てますよ」
ガスマスクのフィルターを通した、くぐもった毒舌。
だが、アンコは運ばれてきた山盛りのみたらし団子を前に、目を輝かせて串を一本掴んだ。
「んむっ! ……ぷはぁ、美味い! 先生だって、アタシが団子好きなの知ってるもんね。たまに『……相変わらず騒がしいお口ね』って言いながら、一本くれたりするんだよ?」
「なっ、……!?」
マユの身体が、物理的に跳ね上がった。
「せ、先生が……あなたに、団子を……? 手ずから……!?」
「手ずからっていうか、皿ごと押し付けられる感じだけどな。ほら、マユもガスマスク外しなよ! 食えないじゃん」
アンコはタレがたっぷりかかったみたらし団子の一串を、マユのガスマスクの目の前まで突き出してきた。香ばしい醤油と砂糖の焦げた匂いが、フィルターを透過してマユの鼻腔をくすぐる。
「い、要りません……! 私は、自分のチャクラと体内の蟲の代謝だけで栄養は足りています。このような下品な栄養素など……」
「いいから食えって! ほら、あーーーん!」
強引に団子を押し付けてくるアンコ。このままでは大事なガスマスクがタレ塗れになってしまう。
マユは「くっ……!」と奥歯を噛み締めると、諦めたように、乱暴にガスマスクの固定ベルトを外した。
パカッ、という小さな空気の抜ける音と共に、マスクが外される。
現れたのは、大蛇丸の実験室の闇の中で磨かれたような、陶器のように色白で、少し幼さの残る端正な少女の素顔だった。薄い唇が、今は不満げにキュッとへの字に曲がっている。
「……これで満足ですか」
「お、やっぱり可愛いじゃん! なんで隠してんのかねぇ。ほら、口開けて!」
アンコがぐいっと串を突き出す。マユは観念して、小さな口を僅かに開け、団子を一つ、ハムリと齧り取った。
モチ、とした弾力と共に、濃厚な甘じょっぱさが口いっぱいに広がる。
いつも大蛇丸の部屋で口にしている、味気ない兵糧丸や、鉄の味がする薬品とは、決定的に違う「生きた人間の食べ物」の味。
「……っ」
マユの緑色の瞳が、ほんの一瞬だけ、驚きで丸くなった。
「な? 美味いだろ?」
アンコが我が事のように得意げに笑う。
マユは慌てて咀嚼し、ツンとそっぽを向いた。頬が、チャクラの熱ではなく、別の理由でほんのりと赤くなっている。
「……別に。ただの、過剰な糖分です。……でも、その、不味くは、ないです」
「あはは! 素直じゃないねぇ! よし、二十串じゃ足りないな、おっちゃん、みたらし追加ね!」
「勝手に追加しないでください!」
ハチャメチャな任務の後に待っていた、さらにハチャメチャな日常。
マユは、大蛇丸の昏い闇こそが自分の世界のすべてだと思っていた。しかし、この騒がしい姉弟子の強引な腕の中に引っ張り出された光の世界も、ほんの少しだけ──本当に、ほんの少しだけ、悪くないかもしれないと、団子の甘さの中で錯覚しそうになるマユだった。