残機無限系クソボケ 作:なめなめろう(旧名:ELDERSIGN)
趣味と勉学にかまけて更新できずにいました……すみませんでした……
ピンポーンという軽くて安っぽい音。来客の予定はない。龍はベッドから飛び上がり、訝しげにインターホンのカメラを覗き込んだ。
カメラに映っていたのは、三体のミ=ゴであった。その内の一体は龍にも見覚えがある。クィ=ヌスである。
「龍さーん……いらっしゃいますか……?」
「あーはい、いまーす。鍵もかけてないので何か御用ならそのまま上がってもらってどうぞ」
玄関の扉がガチャリと開く。そしてそのまま彼らが最初にとった行動は、身体を全力で曲げて謝意を伝えることであった。
「娘を守ってくださり本当にありがとうございました……! 龍さんにはどうお礼をすれば……」
どうやら見慣れない二体のミ=ゴはクィ=ヌスの両親であるようだった。彼らは玄関の床に頭を擦り付ける勢いで跪き、その場で静止した。
その異様な光景に、龍は一瞬だけ思考を停止させた。いくら異種族との交流が当たり前になったこの都市でも、甲殻類とコウモリの翼を合わせたような神話生物が、綺麗に土下座を決めている光景など、そうそうお目にかかれるものではない。
「あー……とりあえず、顔を上げてください。玄関先でずっとその姿勢でいられると、ご近所さんに俺がヤバいクレーマーか何かだと勘違いされちまうんで。どうぞ、中へ」
「あぁ、失礼しました。では、お邪魔します」
両親と思しき二体のミ=ゴは、恐縮しきった様子で立ち上がり、ぞろぞろと龍の部屋へと上がってきた。
リビングのソファに三体のミ=ゴが並んで座る。人間用のソファに彼らが座ると、翼や触角が窮屈そうにひしめき合って、なんだか非常にシュールな絵面になっていた。龍はひとまず人数分の麦茶を淹れてテーブルに置いた。
「それで……わざわざご両親までいらっしゃるとは思ってませんでしたよ。ヌスちゃんが無事で何よりです」
「いえ、本当に……龍さんには足を向けて寝られません。娘から事情は全て聞きました。過激派のテロリストから、身を挺して娘を守ってくださったと……」
父親らしきミ=ゴが、再び頭を下げようとする。
「いやいや、頭を上げてください。俺はナイア……権兵衛さんに頼まれた護衛の仕事を全うしただけですから。報酬も先に貰ってますし」
龍はいつものクセでナイアと呼んでしまったことに少し冷や汗をかいた。神話生物、それもミ=ゴたちにとってナイアの名前は非常にセンシティブなものである。ナイアと一対一の時ならいざ知らず、こういった場面で無神経にその名前を呼ぶほど龍は抜けている男ではない。TPOとやらを弁えた男なのだ。
「いえ、いえ。浄化思想戦線の恐ろしさは聞き及んでおります。聞けば、戦闘用外骨格や銃火器で武装していたとか。生半可な方では彼らの携えた武器や装備にたちまちやられていたでしょう。素晴らしい仕事をした方にはそれ相応の報いがあるべき。しかし私達にとっては龍さんには相応の報いがあったとは思っていないのです」
ミ=ゴはそう言うと、すっと大きな木箱を差し出した。
「これは……」
「ほんのお気持ちです。つまらぬものですが……」
龍は木箱に恐る恐る触れた。神話生物にとってのお礼の品が一体なんなのか。彼には想像もつかなかった。
「……メロン?」
高級感溢れる木箱の中に鎮座していたのは、傷一つなく見事に網目模様の入ったメロン。木箱を開けた途端に芳しい甘い芳香が部屋に広がった。
「なんでも、人間が謝罪や深い感謝を伝える際にお渡しする、最高級の果物なんだとか。正直、人間達の文化には疎く、ネットで調べただけの知識なのでメロンが苦手でなければ良いのですが……龍さん?」
「……は、はは。ははははは! 」
正直、拍子抜けした。ミ=ゴから渡される品物がメロン。なんとも現実的だ。そのギャップがツボに入ってしまい、龍はなんだか涙が出てきた。
「はー……いやいや、ありがとうございます! メロンなんてそうそう食べないから本当にありがたいですよ。せっかくですし、今ここで一緒に食べませんか?」
「そんな! お詫びの品ですし私達が食べるだなんて」
「人と一緒に食べるのが好きなんですよ。駄目ですかね?」
ミ=ゴ達が顔を見合わせる。そして静かに頷いた。
「では、お言葉に甘えて」
◇◇◇
美しく切り分けられたメロン。赤く熟れたその果肉からはみずみずしい果汁が滴っている。各々が八等分されたメロンの内の一つを持っていた。
「ちなみに、ミ=ゴに疎いのでわからないんですが食事とかって……」
「ああ、お気になさらず。普段は食事なども殆ど取らないのですが、感覚器官の増設もできますので」
ミ=ゴ達の口元を見ると、メカメカしい口が備わっている。外付けの口らしい。龍は改めてミ=ゴの科学力を思い知った。
「それじゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
最も熟れている中心部分を一口。
「「「「うっっっま……」」」」
とろけるような果肉の食感。舌にへばりつくような濃厚な甘味と香り。衝撃的で忘れられない美味さとは裏腹に、気づけば口からメロンは儚く消えていた。
一口。もう一口。さらに一口。その場にいる誰もがただ手の中にあるメロンを見つめていた。会話は一つもなかった。一心不乱にメロンを食べる。そうして数分もしないうちに、メロンは無くなっていた。
「残りのメロンも……食べちゃいましょうか」
満場一致で頷いた。ノータイムだった。数分後、メロンは綺麗さっぱりなくなった。
「いやー美味しかった……」
「私達も食べてしまって申し訳ないです」
「何言ってるんですか、メロンを持ってきてくれたから食べれたんですよ。むしろありがとうを言いたいくらいです」
そう言って、龍は残ったメロンの皮をじっと見つめた。
龍は、自ら食事を取らない。死なない彼にとって生きるために行う行為である食事は極論無駄であった。自身が何かを食べたが故に誰かが何かを食べられなくなる。そんな考えが過って、龍は食事を摂ることができなくなっていた。
けれど、お礼の品としてメロンを受け取り、それを食べてふと龍は思った。食べることとは、生きるために必要なことであり、それと同時に生きたいという渇望であり、生きるという意思表示であり、そして、喜びなのだと。
食べなくても生きていけるから。そう言って何も食べずにただ生きる自分は、果たして生きていこうとしていたのだろうか。そして自分は果たしてなんのために生きているのだろうか。喜びのない漫然とした生は果たして生きていると言えるのだろうか。
「……メロン、本当にありがとうございました。美味しかったです」
龍のその言葉には、その言葉以上の想いが込められていた。その言葉の重みを知ってか知らずか、ミ=ゴ達の触角が恥ずかしそうに擦り合わされた。
「こちらこそ本当にありがとうございました。おかげで私たちは家族を失わずに済みました。そして家族が家族のままでいられるって、当たり前じゃないんだと気づけましたから」
「……私も、命の危険を感じたあの日。すごく後悔したんです。死にたくない、親と喧嘩をして家出して、そのまま死ぬ。そんなの嫌だ!って。意見が合わないこともあるし、わかってくれないこともたくさんあるけれど、それでも私の大好きで唯一の家族だから」
「そう、か」
家族。その響きに、龍の涙腺が緩んだ。
自分のためにただ命を失った母親。でも、今の自分は誰かにとってかけがえのない命を守ることができた。それだけで十分だった。その事実だけで、彼らが訪ねてくる前に抱えていた憂鬱が吹き飛ぶような心地だった。
一つの家族を救った。その報酬はメロン。誰かはちっぽけな報酬だと言うかもしれない。けれどこの味を忘れることはないだろう。龍は強く、強く、そう思った。