毎朝全員で食堂に集まろう。そう決めた翌日から、このお通夜みたいな最悪の空気はどうなんだろうか。
到着したのは僕が最後だったらしい。
まあ、少し念入りにシャワーを浴びていたから仕方ない。そもそも朝の7時集合なんて時間が早すぎるのが悪い。
「神崎、くん......」
「うぷぷぷぷっ」
この最悪な空気を醸成したであろう元凶と、バッチリと目が合った。あー、はいはい。
当然、この状況になる可能性も想定済みだ。
全員の刺さるような視線が、舞園さん一人に集中しているこの構図。十中八九、昨夜彼女が僕を殺そうとした事実を、モノクマが暴露したのだろう。
だからこそ、彼女は雨に打たれた子犬のような怯えた表情を浮かべているし、他のメンバーはあからさまに彼女から距離を取っている。
「神崎クンが必死に隠そうとしてた『ヒミツ』──みんなに話しちゃった!うぷぷぷぷっ」
コロシアイなんて冗談じゃない僕と、是が非でも僕たちを殺し合わせたいモノクマ。
殺人の連鎖を防ぐために昨日の襲撃を隠蔽したかった僕と、疑心暗鬼を煽って殺し合いへ誘導したいモノクマ。
これほどまでに思惑が真っ向から対立しているのだから、あいつが僕にとって最も不都合な行動に出ることは容易に予想できた。
部屋にも監視カメラが設置されている以上、昨夜の出来事がモノクマに筒抜けなのは分かりきっていたことだ。
「......で?君はどうやって責任をとるつもりなのかな?」
「......ん?セキニン?」
モノクマは、わざとらしく首を傾げてみせた。
僕は、予想できていた事態に対して何の対策も講じないような馬鹿じゃない。むしろ、モノクマのこの軽率な行動のおかげで、僕たちが大きな利益を得るチャンスが生まれた。
「君は今この場で、舞園さんが僕を殺そうとした事実を全員に暴露した。せっかく、僕が誰にもバレないように彼女を丸め込んだのに」
ああ、そうだ。僕は舞園さんを説得した。罪悪感から『自分がやったことを皆に懺悔した方がいいのではないか』と悩む彼女を、口外しないよう丸め込んだ。
その時は『無用な疑心暗鬼を生んで殺し合いを誘発させない為だ』と、もっともらしい言葉を並べ立てた。
「モノクマ。君が余計な口出しをしたせいで、僕が舞園さんを殺す計画が狂ったじゃないか。これは明確に、ゲームマスターである君が不当に介入したことで起きた不利益だ。だから僕は、その責任をどう取るのかと聞いているんだ」
──でも、もしその説得の言葉がすべて嘘だったとしたら?
もし僕が、舞園さんを返り討ちにして殺すため、まずは彼女の絶対的な信頼を得る目的で紡いだ『偽りの優しさ』だったとしたら。
二人だけの秘密の共有によって、彼女を完全に油断させることが目的だったのだとしたら。
その仮説に基づけば、モノクマの暴露は単なる嫌がらせの範疇を超え、僕が『舞園さんを殺してクロとなり、この学園から脱出する絶好の機会』を不当に奪ったことになる。
立派な機会損失だ。
「僕と彼女、2人きりの秘密だったからこそ最大の利用価値があったのに。君がそれを全員にバラしたせいで、僕はクロになる機会を失ったんだよ」
「むむむ......!」
「当然、その機会損失に対する補填をすべきだと思うんだけど......どうかな?」
息を呑むような沈黙の中、全員が一切口を挟むことなく、僕とモノクマの異様なやり取りを静かに見守っている。
さあ、この詭弁に満ちた問いかけに、どう返してくる。
「はぁ......人間とは本当に小賢しい生き物です。クマ界一優しいボクでも、流石に驚かざるをえないよ!」
「君の個人的な感情なんてどうでもいい。問題なのは、ルールを破棄した君に、僕への補填をするつもりがあるかどうかだから」
『うぷぷぷぷっ。記憶をなくしても、その小賢しいところは相変わらずなんだから』
結果的にいえば、僕の交渉は成功した。シャッターがしまっていたエリアの拡大。それが僕がモノクマに持ちかけた要求だった。
すぐにでも新しく開放されたエリアを調べたいところだけど、そうもいかない。
「──それで、どう説明するつもりだっ!人殺しは犯罪なんだぞ!」
【超高校級の風紀委員】である石丸くんが舞園さんに詰め寄る。不本意ではあるけども、僕は壁になるように舞園さんの前に出た。
「この問題は、僕と舞園さんの間で話がついてる。他人にどうこう言われることじゃない」
殴ったりしてこないよね?痛いのは嫌なんだ。
「だが、」
「今回の話で舞園さんを糾弾する資格があるのは僕だけだ」
まあ、苗木くんは気の毒だと思わないこともない。殺人未遂が起きた部屋で寝泊まりしないといけないんだから。
「ふん、くだらん。元々そういうゲームだろ」
重苦しい空気を切り裂くように、十神くんが冷笑と共に口を挟んだ。
その身も蓋もない一言が火種となり、今度は彼を中心とした別の言い争いが勃発する。とりあえず、僕と舞園さんから矛先が逸れたのは素直に助かった。
十神くん本人には、僕たちをフォローしてやる意図なんて微塵もなかっただろうけれど。
「新しく開放されたエリアを、手分けして見て回りませんか?」
無益な言い争いが膠着状態に陥った絶妙なタイミングで、セレスさんが提案してくれた。
僕が口を挟めば、また不要なヘイトがこちらに向く可能性があったから、この助け舟は非常にありがたい。
「そうね。ここで言い争いを続けても意味がないわ」
霧切さんもセレスさんの意見に賛同したことで、食堂の雰囲気も徐々に『未知エリアの探索』へと切り替わっていった。
「では、私は神崎くんと探索しますわ」
「──いや、神崎は我と探索する」
「んー......なら今回は、大神さんと組もうかな。ごめんね、セレスさん」
まさか、大神さんの方から僕を指名してくるとは思わなかった。彼女は朝日奈さんと組むものだろうと思ってたから。
一体どういう風の吹き回しだろうか。いざという時の物理的な庇護者を求めていた僕からすれば、願ってもない申し出だけど。
「我と神崎は、宿舎エリアで開放された場所を調べる」
その後も話し合いが続き、続々と誰がどのエリアを担当するかが決まり、僕たちは各々の持ち場へと散っていった。
「──マッサージベッドに加えて、サウナとシャワーまである。へぇ、希望ヶ峰学園は設備がいいね」
僕と大神さんが見つけたのは『リラクゼーション室』と書かれた部屋だった。
壁際の棚を見ると、僕の実家の店で使っているアロマオイルが、さも当然のようにズラリと並べられている。調合した覚えがないんだけど。
「うむ。マッサージサロンをやっていたのなら、馴染み深いものなのか?我はこういったものとは無縁だから分からぬ」
「そうだね。紙ブラとかタオル類もあるし、僕の店にあるものは一通り揃ってるよ」
これだけ本格的な設備が用意されているということは、過去に【超高校級のマッサージ師】でも在籍していたんだろうか。
「そうか。なら、お主の左腕が癒えてからで構わぬから、近いうちに朝日奈にマッサージをしてやってはくれぬか?」
「──それはいいけど、どうして気づいたのかな。モノクマは、僕がケガをしたことまでは言ってなかったはずだけど」
仕方ない。彼女からの庇護を得るためにも、そのくらいのお願いは聞いておこうか。
それはそれとして、どうして知っているんだろう。この左腕の痛みのことを。
「見ればわかる。体を庇うせいで、わずかに重心が変わっているからな」
「流石は【超高校級の格闘家】だね。ああ、だから他の人から僕を引き離すように、一緒に行動してくれたんだ」
もし誰かに僕の不調を悟られでもしたら、弱っているところを狙われるリスクがあった。
いや、そんなことはないと信じたいけどね。
なにはともあれ、大神さんはそれを察して、僕を守る形で同行を申し出てくれたのだろう。
「そうだ。折角だから、大神さんにもマッサージしてあげようか?気を遣ってくれたお礼も兼ねてさ」
「無理をするな。そんなことをすれば、左腕が痛むであろう。それに、まだ他の仲間たちは探索を続けている」
「問題ないよ。骨が折れてるわけでもあるまいし、たかが片腕が不調だからって僕の腕が落ちることはない。1時間で終わるからさ」
そう言って、僕は扉に鍵をかけて大神さんを促した。外から中は見れないし、僕たちがサボってもどうせバレない。
それに、どうせこの閉鎖空間だ。探索を急いだところで出口なんて見つかりはしない。
それなら、今のうちに彼女の疲労を抜き、最大限の恩を売っておく方がよっぽど有意義だ。
サウナとシャワーで十分に体を温めてもらい、施術着に着替えた大神さんが、少しぎこちない様子でマッサージベッドにうつ伏せになった。
「では、失礼するぞ」
「うん、リラックスしてね」
僕は手にオイルを馴染ませ、彼女の背中へと手を置いた。
──すごい。一見すると鋼鉄の鎧のように硬く見える筋肉だが、温められたことでわずかな柔軟性を取り戻している。
毎日の過酷な鍛錬と、この異常事態による精神的な緊張からか、深層部の筋肉は悲鳴を上げているのがわかった。
「......かなり疲労が溜まってるね。少し痛むかもしれないけど、しっかりほぐしていくよ」
基本的に僕のマッサージは疲労回復と美容メインだ。疲労回復だけに重点をおいてるわけじゃないから、ここまで疲れてる筋肉のマッサージをするのは初めてだ。
僕は痛む左腕を添える程度のサポートに回し、右手の掌と肘を使って、彼女の分厚い筋肉の奥にあるツボを的確に捉えていく。
「うっ......!むぅ......っ」
「痛い?力加減は調整するけど」
「いや......構わぬ。痛気持ちいいという表現が正しいのだろう。我の筋肉の奥底まで、確かな熱が届いている」
強張っていた背中が徐々に柔らかさを取り戻し、規則正しい深い呼吸へと変わっていくのが手に取るようにわかった。
肩甲骨の裏側、そして酷使されているであろう腰回り。
アスリート特有の筋繊維の構造を頭の中で描きながら、滞っている血流と老廃物を押し流していく。
僕が調合したであろうアロマオイルの香りが、リラクゼーション室に深く満ちていった。
「......お主の手は、魔法のようだな」
「最高の褒め言葉として受け取っておくよ」
「戦うことしか知らぬ我が肉体が、ここまで安らぎを覚える日が来るとは思わなかった。朝日奈も、さぞかし喜ぶであろう」
「朝日奈さんはリアクションが大きいからね」
そんな穏やかな会話を交わしながら、仕上げに肩から首筋にかけてのリンパをゆっくりと流していく。
痛む左腕を庇いながらの変則的な施術だったけど、結果的に右手の押し込む力と左手の添える力のバランスが絶妙に噛み合い、完璧なマッサージに仕上がった。
ふふん、さすがだね、僕。
「はい、お疲れ様。これで終わりだよ」
蒸しタオルで背中のオイルを拭き取ると、大神さんはゆっくりと上体を起こし、軽く肩を回した。
最後はシャワーを浴びてくれたら終わりだ。
「おお......!身体が羽のように軽い。視界までクリアになった気がするぞ」
「それは良かった。筋肉にもケアが必須だから........ね?」
.......え?誰?僕のマッサージの腕は人を整形させてしまうレベルになったんだろうか。全然嬉しくない。僕はマッサージ師じゃないし。
「な、なんだ。なぜ、不思議そうに我の顔を......?」
大神さんは不思議そうにしているけど、不思議なのはこっちだ。マッサージしている途中に気づかなかった僕も僕だけど、うん。
「────鏡見た方がいいよ?」
失礼であることを承知で問わせていただきたいんだけど、目の前にいるこの美少女は誰だろうか。
学校エリア2階
水練場
図書室
寄宿舎1階
倉庫
大浴場
リラクゼーション室
大神さん.....?
モチベ....がががが