誰かを守ることさえできれば……(鬼滅の刃:互いの決意)   作:つねお あきら

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第0話 プロローグ ― 後悔と反省、そして最後の機会

焦熱地獄。

 

 

 

指が焼け爛れていく間も、巌勝は膝の上に置いた手を引くことができなかった。骨が露わになるたび縮こまる身体を押さえつけ、再び肉が生えるわずかな間に掌を開いた。

 

 

 

剣を握っていた頃の癖のように親指が動いたが、その中には何もなかった。数百年もの間手放さなかった剣も、剣によって得た地位も、ここまでついてきて彼を守ってはくれなかった。

 

 

 

淡い紫の着物の裾が炎の中で崩れ落ち、魂を包む肉体とともに再び蘇った。

 

 

 

垂らした髪の先には赤い光が残っていた。顔にある六つの眼は熱気が押し寄せるたび自然と閉じたが、瞼の向こうから染み込む火の光までは防いでくれなかった。

 

 

 

かつてその眼と向き合った剣士たちが感じた恐怖を、今の巌勝は自分の顔を見ずとも思い浮かべることができた。

 

 

 

継国巌勝。

 

 

 

人として生まれ、初めて与えられた名だった。だが彼は、その名で生きていた人生を捨て、鬼の始祖・鬼舞辻無惨の手を取った。

 

 

 

その後、黒死牟という名を得て十二鬼月の頂点たる上弦の壱に君臨し、老いることのない肉体へ数百年の剣技と、数え切れぬ人々の命を積み上げた。

 

 

 

そのすべての歳月の果てに、彼は自分より遥かに短く生きた人間たちに敗れ、ここへ堕ちた。

 

 

 

焦熱地獄の炎は罪人の肉も骨も残らぬまで燃え上がり、刑罰の法則は崩れた肉体を蘇らせ、再びその火を受けさせた。

 

 

 

生前に犯した悪業は、燃え残った灰とともに消えてはくれなかった。意識が途切れそうなほど薄れてから戻るたび、つい先ほどまで自分を焼いていた苦痛と、それよりも古い記憶が必ず待っていた。

 

 

 

四方から悲鳴が聞こえた。助けを求める懇願に呪いの言葉が混じり、誰の声なのか聞き分けることすらできぬほど、多くの泣き声が重なっていた。

 

 

 

初めてここへ堕ちた時、巌勝もまたその声に耐えられず歯を食いしばった。耳を塞いだこともあった。だが、もっとも近くで自分を呼ぶ声は、掌で覆っても遠ざからなかった。

 

 

 

それは、生きていた頃に自分が聞いた声だった。

 

 

 

剣を収めてくれと乞うた者、倒れた家族の名を呼んだ者、仲間を引きずり出すため自分へ向かって走ってきた剣士。

 

 

 

当時は斬り伏せた後、振り返りもしなかった顔が炎の中に蘇った。人の命を奪う瞬間にはあれほど鮮明だった剣の軌跡よりも、剣が過ぎ去った後にも残っていた手の動きのほうが、今ではより鮮やかに思い出された。

 

 

 

巌勝は背筋を伸ばそうとしたが、押し寄せる熱に肩が折れた。正座の姿勢を保っていても、苦痛に超然としていられるわけではなかった。固く結んだ唇の隙間から呻きが漏れ、膝についた指先が震えた。

 

 

 

ただ、この刑罰が不当だという言葉だけは、最後まで口から出なかった。自分の手にかかって死んだ人々を思えば、その言葉を口にすることなどできなかった。

 

 

 

どれほど長くここにいたのかは、もう数えることもできなかった。初めは炎が弱まる時を数え、後には記憶が戻ってくる順番を数えた。それすら入り乱れた後には、昨日と今日を分ける基準さえ残らなかった。

 

 

 

それでも、一つの場面だけは他の記憶に埋もれて霞むことがなかった。自分を信じて門を開けてくれた者たちの顔だった。

 

 

 

巌勝が再び掌を見下ろすと、何も握っていない手の下へ血が滴るように思えた。地獄の床の上に、遥か昔の屋敷の板間が重なった。その日に聞いた声が、耳元で再び弾けた。

 

 

 

「裏切り者! 当主様がどれほど貴様を信じておられたと思っている! どうしてあの方へ剣を向けられるのだ! 鬼になってまで生きたかったのなら、一人で消えればよかったものを……なぜここまで来て、こんなことをした!」

 

 

 

血の雫が軒先から落ちた。巌勝はその下を振り返ることなく屋根を越えた。片手には刀があり、もう片方には、つい先ほどまで自分を喜んで迎えてくれた当主の首があった。

 

 

 

鬼となった最初の日だった。彼は人間の姿を保ったまま、鬼殺隊の月柱という地位と、長い年月をかけて築いてきた信頼を利用した。討伐について直接相談しなければならない案件があると言うと、門を守っていた隊士は急いで道を開けた。

 

 

 

遅い刻に戻った彼を気遣う言葉までかけてくれた。相手が一度でも疑っていればどうなっただろうなどと考えることさえ卑怯だった。疑う必要などないよう生きてきた年月を、まさに自分が裏切りへ利用したのだから。

 

 

 

当主は部屋へ入ってきた彼を見ると微笑んだ。ご苦労だったと声をかけ、座る場所を勧めた。巌勝はその言葉が終わる前に刀の柄へ手をかけた。

 

 

 

当主の視線がその手へ落ち、再び彼の顔へ戻った。巌勝が刀を抜いて初めて、その顔から微笑みが消えた。

 

 

 

最後の表情には驚きと悲しみ、そして自分へ向けた痛ましさが同時にあったように思う。長い年月を経た今でも、その眼差しを完全に理解することはできなかった。

 

 

 

ただ、自分に都合よく怒りだと決めつけて目を逸らした顔が、地獄では剣を振るう直前の姿そのままに蘇った。巌勝は、その視線を知りながら止まらなかった自分の手を覚えていた。

 

 

 

刃が首を通った。噴き上がった血が襟と手の甲を濡らし、当主の身体が床へ倒れた。そこでようやく擬態を解き、背を向けた巌勝の後ろで襖が開いた。

 

 

 

当主の妻は倒れた夫へ飛びつくように崩れ落ち、子供たちは敷居から足を動かせなかった。何が起きたのか理解できぬまま父を呼ぶ声は、やがて泣き声に呑まれ、聞き取れぬほど崩れていった。

 

 

 

巌勝は彼らへ何も言わなかった。当主の首を携えて屋敷を抜け出しながら、自分を追う悲鳴より先に、無惨へ何を見せるかを考えた。

 

 

 

信頼を裏切ったことも分かっていた。それでもあの時は、新たに得た肉体と、果てなく剣を磨き続けられるという期待のほうが重要だった。

 

 

 

地獄の炎が手の甲を舐めると、その日に染みついた血の感触まで一緒に蘇った。巌勝は掌を擦り、途中で止めた。死んでから苦しんでいるからといって、あの日、自分が何の迷いもなく刀を抜いた事実まで変わるわけではない。

 

 

 

裏切り者という叫びは長く耳に残った。侍として生きてきた自分にとって、もっとも恥ずべき言葉だったはずなのに、当時はその汚名を背負ってでも死を避けたかった。

 

 

 

剣を握るたび痣を発現した者は、二十五を越えて生きられぬと言われていたからだ。

 

 

 

身体が老いれば剣を思うように振るえず、死ねば月の呼吸をさらに磨くこともできない。彼はそれが怖かった。

 

 

 

初めのうちは、人の血肉を喰うことに拒絶感があった。だが、数百年を生きて剣を磨けば、いつか縁壱へ届くかもしれないという期待のため、その拒絶感さえ自ら押し殺した。

 

 

 

無惨が手を差し伸べた時、他の道を選べなかったわけではない。巌勝は自分の剣術を失うことを恐れ、他人に残された生を代価にする道を選んだ。

 

 

 

「私に残された時間が惜しいという理由で……他人に残されていた時間は、あれほど容易く斬り捨てたのだな。

 

死にたくない、その一言で自分のしたことを説明できるとでも思っていたのか。あの者たちも生きたかっただろうに、私はその言葉すらまともに聞こうとしなかった……」

 

 

 

彼は、侍としての誇りを鬼になった時に捨てたのだと思ってきた。だがそれより前に、人間としてもすでに自分を待つ者たちへ背を向けたことがあった。

 

 

 

弟の剣を追って鬼殺隊へ向かった日、妻と子供たち、残してきた家人たちがその後どう生きていくのか、最後まで責任を負わぬまま家を離れた。

 

 

 

家へ帰らなければならないと思わなかったわけではない。ただ、もう一度剣を学び、もう一度弟の動きを見てからと先延ばしにした。

 

 

 

そうして先送りする間、自分を待つ人々が何を失っていくのか見ようとしなかった。鬼殺隊へ入った後も、そこを裏切った後も、巌勝は自分が選んだ道の先にある強さを優先し、後ろに残した顔を押しやった。

 

 

 

自分を見て後ずさる民間人と、かつての仲間だった剣士たちが裏切りへの怒りに歯を食いしばる姿が、炎の向こうに重なった。生前は、弱い者の恐れと怒りにすぎないと軽く見ていた表情だった。

 

 

 

今では、なぜ彼らの手が震えていたのか考えずには、自分の手すら見下ろせなかった。その中でひときわ若い顔が鮮明になると、巌勝の唇が音もなく開いた。

 

 

 

「時透無一郎……私の血を受け継ぐ子だと気づいていながら、私はお前へ剣を収めなかった。生きて何をしたいのか、尋ねたことさえなかった。

 

あの幼さで身につけた技量を測り、鬼となる才を推し量っただけで……肝心のお前が守ろうとしていた人生には、一度も目を向けなかったのだな」

 

 

 

無一郎は身体を両断される致命傷を負っても剣を手放さなかった。残る力をかき集めて赫刀を発現させたその手には、生きたいという願いもあったはずだ。巌勝は今になって、その当然の事実を前に息が詰まった。

 

 

 

あの子が死を恐れなかったから最後まで戦ったのだと決めつけたくはなかった。死への恐怖と苦痛の中でも、剣を手放せば危険に晒される仲間たちを思っていたのだろう。

 

 

 

最後まで耐えていたその手を思い出すと、膝の上の自分の手が震えた。生きていた頃は、あの子がどうやって赫刀を発現させたのかを先に見た。

 

 

 

死んだ後になって、手を開くことさえできないほど痛かったであろう瞬間が何度も戻ってきた。剣技の境地としてだけ説明し、通り過ぎた時間の中に、自分が見ようとしなかった苦痛があった。

 

 

 

巌勝の六つの眼から血の涙が流れた。頬を伝った涙は炎に触れて乾いたが、すぐにまた溢れた。彼は涙を拭えぬまま、もう一人の少年の名を思い出した。

 

 

 

不死川玄弥。自分の刃の一部を喰らって得た血鬼術で身体を繋ぎ止め、最後には仲間たちの剣が届く隙を作り出した少年だった。

 

 

 

玄弥は真正面から自分の剣を受けられなかった。巌勝はそれを知り、少年を見下していた。だが玄弥自身も自らの限界を分かっていたからこそ、できることを最後まで探し続けた。

 

 

 

戦場の片隅で見落としていた小さな動きが繋がって自分を縛った時でさえ、巌勝はあの少年を一人の剣士として振り返るより、自分の身体が動かせないことへ怒りを向けた。

 

 

 

「玄弥、そなたの名も覚えている。私が見下したその手が、ついには仲間たちへ道を開いたのだな。あの時の私に見えていたのは、自分を倒そうとする敵ばかりだった……

 

今では、そなたたちが誰のためにあれほど耐えたのか、それを見ようともせず生きてきた私が、いったい何者だったのかを先に考えるようになった」

 

 

 

自分が消滅した後、彼らがどうなったのかは知らなかった。その空白がかえって痛かった。自ら致命傷を負わせておきながら、最後に生き残ったかどうかすら知らぬ自分が、今さら涙を流すだけで何を分かったと言えるのか。

 

 

 

巌勝はしばらく俯いたままでいた。身体を焼く熱が弱まり始めた頃、胸の奥からどうしても押し戻せなかった名が、口から零れた。

 

 

 

「縁壱。お前に追いつこうと生きた歳月の果てに、私が残したものがこれなのだな。お前がくれた言葉を嘲りだと受け取り、お前に勝てなければ私の人生には何の価値もないと思っていた。

 

お前が死んだ後もその考えを捨てられず、私へ何の恨みもない人々にまで刀を向けた。兄という者が……お前へ見せたかったものが、たかがこのような姿だったとは……実に滑稽だな」

 

 

 

ここでは、自分の記憶から目を逸らすことさえ思うようにはならなかった。生前に積んだ罪業に従って幻と声が蘇り、眼を閉じれば顔の代わりに、手へ付着した血の感触が戻ってきた。

 

 

 

それが記憶の中で蘇った感覚にすぎないことは分かっていた。それでも、衣の裾を掴む手や自分を見上げる眼差しは、現実と見分けがつかぬほど近かった。

 

 

 

初めは耳を塞ぎ、顔を背けた。苦痛を耐えるため、月の呼吸が描く軌跡を思い浮かべたこともある。だが、どれほど精緻な剣を思い描いても、その剣先で誰かが倒れる場面を飛ばして考えることはできなかった。

 

 

 

剣術の完成を誇らしく思い返すたび、その完成のために自分が何をしたのかも一緒に蘇った。

 

 

 

巌勝は無惨を思い出した。果てなく生きる肉体と力を約束した者だった。その名を恨もうとすれば、提案を聞いていた自分の手も同時に浮かんだ。最後まで、その手を振り払わなかった瞬間だった。

 

 

 

「天が私を憎んでここへ堕としたのだと言いたくなった時もあった。弟にだけすべてを与えたから私はこうなったのだと……今もなお、そんな言葉を探そうとしているのだな」

 

 

 

彼は拳を握り、また開いた。無惨と出会った夜で記憶を断ち切ろうとしても、その後に自らの足で訪れた家々と、自分の手で開けた扉が残っていた。命令を受けていない夜にも、彼は人を殺した。

 

 

 

「だが誰一人として、当主様の首を斬れとも、子供たちの前で父親を殺して背を向けろとも、私の代わりに決めてはいない。私がやったことだ。最後まで、私自身が選んだ道だった」

 

 

 

言い終えても、記憶の中の人々は同じ場所に倒れたままだった。遅すぎる告白をする自分の声はこうして残っているのに、彼らが最後に何を言おうとしていたのかさえ、すべて聞いてはいない。もう付け加えられる言葉はなかった。

 

 

 

それでも、最後まで口にできなかった言葉が残っていた。強くなりたかったという理由を剥がせば、その下にはいつも弟の姿があった。

 

 

 

縁壱を憎んでいると言いながら、その顔を忘れることはできず、消し去ろうと剣を振るいながら、その剣が描く動きを心の中で追っていた。

 

 

 

「ただ私は、縁壱……お前になりたかったのだ。お前が立つ場所へ一度だけでも立ちたかった。人々がお前を見る眼で、私を見てほしかった。

 

だが、お前が何を見つめながらそこへ立っていたのか……兄である私が、一度でもきちんと尋ねただろうか」

 

 

 

愛と憧れの上へ嫉妬を重ね、その嫉妬に耐えられなくなると憎しみと呼んだ。巌勝は今や、それらを分けようとするほど苦しくなった。

 

 

 

弟が自分へ笑ってくれた記憶を思えば胸が痛み、その笑顔を嘲笑だと受け取った瞬間がすぐに続いた。同じ顔を前に、一生何を見て生きてきたのか、自分自身にも容易には説明できなかった。

 

 

 

「ただ一度でも……あの時、別の選択をしていたなら、どうなっていただろう。お前の手を振り払わず、家へ戻って待つ者たちの顔を見ていたなら……少なくとも、この手でもっと多くの人を傷つけることはなかっただろうに」

 

 

 

すでに過ぎ去ったことを願う言葉だった。自分にそんな機会が与えられると思う根拠などなかった。巌勝はそれ以上言葉を続けられず、唇を噛んだ。

 

 

 

罪人である自分が望む明日より先に、奪われたまま戻らなかった数え切れぬ明日があった。

 

 

 

自分を倒した人間たちの剣が浮かんだ。一人が作った隙へ別の者の剣が入り、倒れた者が残した機会を次の者が掴んだ。

 

 

 

彼らが繋いだ動きを思い返すほど、遥か昔の縁壱の言葉が、何度も違う意味に聞こえた。当時は聞きたくなくて押しやった言葉だった。

 

 

 

今も、その意味をすべて理解したとは言えない。だが少なくとも、以前と同じ心で目を背けることはできなかった。

 

 

 

地獄の炎が低く揺れるたび、縁壱が残した言葉が耳元に蘇った。初めは泣き声の中に混じった幻聴だと思った。だが、遥か昔に押し退けた声は、むしろ他の音が静まるほど鮮明になった。

 

 

 

『この笛を、兄上からいただいたこの笛を兄上だと思い、どれほど遠く離れていても挫けず、日々精進いたします』

 

 

 

幼い手で削って渡した木の笛だった。父に打たれた弟へ何かできることを探して作った物で、滑らかに整えきれなかった部分も残っていた。

 

 

 

今となってはどれほど時間をかけたかさえ曖昧なのに、それを受け取った縁壱の手だけは覚えていた。弟は両手で笛を包み、しばらく見下ろしていた。

 

 

 

あの日の自分は、慰めになっただろうと思って背を向けた。その後、縁壱がどれほど頻繁に笛を取り出して見たのか、誰も来ない部屋でそれを握りながら何を考えたのかは尋ねなかった。

 

 

 

小さな贈り物を渡したという自分の記憶と、それを受け取った者の一日の間には、自分が最後まで覗き込まなかった時間があった。

 

 

 

『この国で、兄上の次に強い侍になりたいです』

 

 

 

初めて聞いた時は、よく兄を慕っているのだと嬉しく思った言葉だった。だが弟の才を知ってからは、同じ言葉を何度も反芻して別の意味を付け加えた。

 

 

 

すでに自分より強いくせに兄の次だと言ったのは、嘲っていたのではないか。縁壱の顔にそんな気配があったか確かめるより前に、巌勝は一人で疑い、一人で傷ついた。

 

 

 

今では、あの時弟が見ていたものが剣だったのか、それとも剣を握る兄だったのかさえ考え直すようになった。自分の記憶の中の縁壱は勝負を急かしてなどいない。ただ兄の向かう先へ顔を向けていただけだった。

 

 

 

『兄上、私たちはそれほど大した存在ではありません。長い長い人の歴史の中では、ほんの一欠片にすぎません。

 

私たちの才を上回る者が、今この瞬間にも生まれていることでしょう。その者たちが育ち、また同じ場所へ辿り着くはずです。

 

何も心配することはありません。私たちは安心して人生を終えてよいのです。気分がよくはありませんか、兄上?

 

いつか、これから生まれる子供たちが私たちを越え、さらに高いところへ、果てまで登っていくのです』

 

 

 

痣を発現した後、残された寿命を数えながら剣を握っていた頃に聞いた言葉だった。巌勝にとって死とは、自分の修練とともに月の呼吸まで消え去ることだった。

 

 

 

まだ成し遂げていないことがあるのに、去ってもよいと言うのか。生き残る道を探す自分へ、死んだ後も世は何事もなかったように続いていくのだと言われているようだった。

 

 

 

その言葉を思い出すたび、いつも先に怒りが湧いた。だが今は、未来の子供たちを語りながらわずかに表情を和らげた縁壱の顔が浮かんだ。弟は彼らを警戒してはいなかった。

 

 

 

むしろ、まだ会ったことさえない者たちが自分たちより遠くへ進めるという事実を喜んでいた。

 

 

 

だからといって、巌勝がその心をすぐ自分のものとして受け入れられるわけではなかった。自ら積み上げたものを他人へ託して眼を閉じることは、今もなお馴染まなかった。

 

 

 

ただ死の直前、互いの足りないところを補いながら自分へ迫ってきた剣士たちを見たからこそ、その言葉を嘲りだと押し退けることはできなかった。

 

 

 

そして、最後の声が聞こえた。

 

 

 

『兄上、お労しや……』

 

 

 

老人の声だった。鬼となって六十年ぶりに出会った弟は、白い髪と深く刻まれた皺の中でも自分を見分けた。巌勝はあの時の顔を思い出すだけで、首へ手をやった。

 

 

 

地獄の炎に焼かれる皮膚の下で、とっくに消えたはずの刀傷が再び開くように感じた。

 

 

 

記憶は、あの最後の再会へ戻っていった。

 

 

 

日が沈んだ野に老人が立っていた。腰は真っ直ぐで、古びた衣の下には剣を握る手が見えた。六十年もの間、人の顔を捨てて生きてきた自分へ、その者が兄上と呼びかけた瞬間、巌勝はまずその眼から逃れたくなった。

 

 

 

縁壱は泣いていた。兄が何になってしまったのかを見てもなお残っていた想いが、その涙に宿っていた。だが次の瞬間、弟の手は迷いなく剣を抜いた。

 

 

 

巌勝が危険を悟った時には、すでに刃が首を通り過ぎた後だった。皮膚が裂ける音より遅れて痛みが走り、遅れて剣を動かそうとした腕はまともに上がりもしなかった。

 

 

 

首は辛うじて繋がっていた。あと少し深ければ、自分はそのまま終わっていただろう。熱かった。斬られた箇所を塞ぐはずの肉が、いつものようには動かなかった。

 

 

 

鬼になってから幾度もの剣を受けながら信じてきた再生力が、今しがたの一撃には間に合わなかった。巌勝は息を呑み、自分が今なお死を恐れていることを悟った。

 

 

 

人として与えられた時間が足りず鬼となった。六十年の間、剣を磨き、人を喰らって力を増した。その間、弟の身体には、自分が捨てた歳月がそのまま積み重なっていた。

 

 

 

それでも、白髪の老人となった縁壱と、自分はまともに一度も剣を交えることができなかった。

 

 

 

『この歳になっても……まだこれほど速いというのか』

 

 

 

次の一撃には耐えられないと分かった。生きなければという思いと、もうこれ以上この差を見たくないという心が絡み合った。彼は逃げ道を探した。

 

 

 

それでも一瞬、いっそ弟の剣がすべてを終わらせてくれればという思いが過った。だがそう願ったと認めるより先に、死への恐怖が再び身体を掴んだ。

 

 

 

だが、なぜか二度目の剣は来なかった。

 

 

 

巌勝は首を押さえたまま振り返った。縁壱は剣を握った姿のまま立っていた。目の前の兄へ向けた視線も、次の動作へ移ろうとしていた構えもそのままだった。

 

 

 

だが、その身体の中で続いていた心臓の鼓動は、もう感じられなかった。

 

 

 

「死んだ……? 縁壱が……?」

 

 

 

返事はなかった。そこで初めて、風が衣の裾を撫でる音が聞こえた。巌勝は弟を見てから、斬られた自分の首を押さえ、再び弟を見た。自分が反撃して負わせた傷はどこにもなかった。

 

 

 

八十を越えた肉体だった。外見には歳月の痕跡がはっきり刻まれていたにもかかわらず、今しがた剣を振るった動きには崩れたところがなかった。巌勝の眼をもってしても、最後の一撃に残されていた力を疑うことはできなかった。

 

 

 

弟が自分を生かしたわけではない。次の一撃を終える前に、与えられた生が尽きたのだ。

 

 

 

息が絶えた後も、日輪刀は手から落ちなかった。赤く熱を帯びていた刃の光が、ゆっくりと収まっていった。その光を見つめながら、巌勝は自分が生き残ったことへ安堵しようとした。

 

 

 

だが胸から先に込み上げたのは、ついに勝負を覆せなくなったという怒りだった。

 

 

 

縁壱は自分に敗れなかった。最後まで自分より強いまま死んだ。今となっては、たとえ追いついたとしても、それを見せる相手がいない。

 

 

 

鬼となって手にした長い歳月すら、その一度の勝利を与えてはくれなかった。その思いが、辛うじて繋ぎ止めていた理性を押し退けた。

 

 

 

「このまま終わらせるというのか……? 私が何を捨ててここまで来たと思っている。お前が先に死んでしまえば……私はいったい、何と競えばよいのだ!」

 

 

 

答えられぬ者へ答えを求めた。巌勝は愛刀・虚哭神去を振り上げた。掌の中で柄が軋むほど力を込めながらも、もう倒すべき敵などいないという事実を受け入れようとしなかった。

 

 

 

「ただ一度でも、お前を越えようとした! 人として生きた歳月では足りず、この身体まで変えたというのに……最後まで、私の剣が届く場所すら残してくれぬのか、縁壱!」

 

 

 

剣が振り下ろされた。受ける刃も、退く足もなかった。すでに息の絶えた身体が一太刀で裂け、赤い羽織の裾の間から小さな物が落ちた。

 

 

 

ことり。

 

 

 

巌勝は無意識にその音を追って視線を落とした。地面で止まったのは、二つに断たれた木の笛だった。古い木は黒ずみ、一方には幼い手で削り損ね、また整え直した跡が残っていた。

 

 

 

見分けることができた。職人が作った品であれば、むしろ分からなかったかもしれない。歪んだ形と不器用に開けた穴が、それを作った自分の手を思い出させた。

 

 

 

良い部屋も衣も当然のように与えられていた幼い巌勝が、一人で暮らす弟を思いながら削ってやった笛だった。

 

 

 

まともな音も出ず、渡す時には少し恥ずかしかった物だ。そんな笛が七十余年の歳月を越え、弟の懐に残っていた。

 

 

 

家を出た後、どこで何をして生きていたのか、自分の知らない日は数え切れぬほどあった。そのすべての時間を越えた笛が、今、目の前にあった。

 

 

 

兄が鬼になったと知った後も捨てず、最後に兄と向き合うため来た日にも身につけていた。

 

 

 

巌勝は膝を折った。手を伸ばして二つの欠片を集めようとしたが、指先がうまく合わなかった。たった今自分が振るった剣が笛まで断ったのだと気づくと、折れた面を押さえていた指から力が抜けた。

 

 

 

「まだ……これを持っていたのか」

 

 

 

六つの眼のうち半分、三つの眼から血の涙が流れた。折れた笛の向こうに、それを受け取り笑っていた幼い弟の顔が浮かんだ。

 

 

 

その涙は、最後まで捨てきれなかった愛から流れていた。あれほど憎いと言い聞かせてきたのに、兄と呼んでくれた縁壱まで失いたくはなかった。

 

 

 

だが残る三つの眼からは、一滴も流れなかった。人の生を捨ててまで越えようとしたのに、最後まで届かなかった弟だった。自分より先に死に、もう一度競う機会さえ残さなかった縁壱が、なおも恨めしかった。

 

 

 

半分の眼が愛する弟を失った悲しみに濡れている間も、残る半分は、その弟へ向けた嫉妬と憎しみのため、ついに涙を流せなかった。

 

 

 

「そんな役にも立たぬ笛を……最後まで兄だと思っていたのか、縁壱……」

 

 

 

掌の上へ二つの欠片を並べた。断たれた面を合わせても、元には戻らなかった。巌勝はその小さな隙間を見つめ、ついには声を上げて泣いた。

 

 

 

その時はまだ、自分が何を失ったのかさえ、すべて理解できてはいなかった。

 

 

 

あの日、剣を収めていたなら、その後の人生は違っていたかもしれない。だが彼は笛を拾い上げても剣を捨てなかった。泣いたことを誰にも語らぬまま、再び人を斬った。

 

 

 

あの日、わずかに露わになった心をさらに深く埋めた。弟を失った悲しみさえ、自分が何をすべきか振り返らせることはなかった。

 

 

 

地獄でそのことを振り返る今、巌勝をさらに苦しめるのは、まさにその後の歳月だった。知らなかったとは言えない。

 

 

 

笛を握って泣いたその手で再び人を殺したのだから、あの時自分に残っていた心を最後まで無視したのもまた自分だった。

 

 

 

縁壱の死後、長い歳月が流れた。弟とまったく同じ剣を振るう一人の人間は現れなかったが、互いを支えながら戦う人間たちは絶えず現れた。

 

 

 

巌勝は彼らを一人ずつ倒せば終わると思っていた。そして最後には、自分が倒したと思った者たちの残した力まで、まとめて相手にしなければならなかった。

 

 

 

死の直前の敗北を思い返しながら、彼は折れた笛の感触を探った。今、掌には何もなかった。残っているのは、それを手放さぬまま最後まで人を傷つけ続けた自分の記憶だけだった。

 

 

 

炎が再び高くなった。巌勝は記憶の中から引き戻した手を床につき、すぐ離した。地面も肉を焼くほど熱かった。身体を丸めても逃げ場はなく、膝を立てればその下へまた火が入り込んだ。

 

 

 

五京三千兆年。

 

 

 

彼に言い渡された刑期だった。初めてその数字を聞いた時、巌勝は人として生きた日々と、鬼として過ごした数百年を何度も足し合わせた。だが、自分の知るどの時間でも、その果てを測ることはできなかった。

 

 

 

他化自在天の時間で一万六千年が流れて、焦熱地獄ではようやく一日が過ぎる。夜明けすらないこの場所で、巌勝は身体が崩れて蘇る回数を数えたが、次の炎が押し寄せれば、それさえ分からなくなった。

 

 

 

初めの数百万年は、剣を握っていた感覚と月の呼吸を思い出した。炎がわずかに弱まるたび、記憶の中で剣を振った。そうでもしなければ、自分が何のために生きてきたのかさえ失ってしまいそうだった。

 

 

 

数億年が流れた後には、縁壱の顔をより頻繁に思い出した。自分を圧倒した剣と、幼い手で笛を受け取った姿が交互に現れ、恋しさに弟の名を呼びながらも、古い恨みに歯を食いしばった。

 

 

 

兆という単位の時間が流れた頃には、あれほど長いと思っていた自分の生涯さえ短い一瞬に感じられた。上弦の壱という地位も、数百年かけて積み上げた悪名も、次の炎を防いではくれなかった。

 

 

 

だが、自分が斬った人々の最後の姿だけは、忘れようとするほど蘇った。

 

 

 

「もう……どれほど経ったのかも分からぬな」

 

 

 

つい先ほど同じことを言ったのかすら分からなかった。時間を数えることは諦めたが、苦痛に慣れることはできなかった。蘇った肉は、毎回初めてのように炎を感じた。

 

 

 

苦痛が激しい時は何も振り返れなかった。ただ一瞬でも止んでほしいと願った。やがて意識が戻ると、自分が命を奪った者たちも最後には生きたいと願っていたのだろうという思いが、胸を押し潰した。

 

 

 

彼が殺した者の中には、助けてくれと乞う暇すら与えられなかった者が多かった。名さえ尋ねず斬った相手を思い出そうとすると、自分にどれほど食らいついたかしか記憶に残っていないこともあった。

 

 

 

顔を覚えていないからといって、その者が存在しなかったことにはならない。巌勝は思い出せぬ名の前で言葉を失い、自分が忘れてしまったことまで自らの罪なのだと受け入れなければならなかった。

 

 

 

しばらくは縁壱の顔を思い出さないようにした。恋しい弟へ心を向ければ、他の者たちの死をまた後回しにするように感じたからだ。だが記憶は思い通りには動かなかった。

 

 

 

弟を思い出すたび、彼が守ろうとした人々まで浮かび、結局どの道へ戻っても、自分がしたことへ行き着いた。

 

 

 

そうして、さらにどれほど経ったのか分からなかった。

 

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巌勝は俯いたまま、これから来る痛みに備えていた。今度は肩から肉が剥がれるのだろうと思った。歯を食いしばり、息を止めた。

 

 

 

だが、何も起こらなかった。

 

 

 

遅れてやってくる痛みを待ちながら、さらに身体を丸めた。炎が掠める音すらしなかった。これもまた別の刑罰なのかと疑いながら、ゆっくり眼を開いた。

 

 

 

立ち上っていた炎はすぐ近くで低くなり、身体へまとわりついていた熱が遠ざかっていた。

 

 

 

巌勝は指を一本ずつ開いた。もう一度握った。肉は裂けなかった。掌で反対の腕に触れると、今度は炎ではなく、自分の手の感触が返ってきた。

 

 

 

あまりに長く忘れていた感覚だったため、その単純な事実を確かめるだけでも時間がかかった。

 

 

 

「……どういうことだ」

 

 

 

立ち上がろうとして、彼は止まった。痛みは消えているのに、筋肉は次の炎を待つように固まっていた。もう大丈夫だと思うことと、身体がそれを信じることは別だった。

 

 

 

巌勝は片手を床についたまま、何も燃えない短い間の中で、初めてまともに息を吐いた。

 

 

 

その時、背後から足音が聞こえた。急ぐことのない歩みだった。巌勝はすぐに振り返ったが、近づく者の気配をつい先ほどまでまったく感じ取れなかったことに、まず驚いた。

 

 

 

「もう少し息をつかれても構いません。次の炎を待って身体を縮める必要はありませんよ」

 

 

 

見知らぬ声は穏やかだった。脅威を隠しているのか探ろうとしても、巌勝の知る人間とも鬼とも違う気配しか感じられなかった。

 

 

 

普通の人間に見える者が炎の間に立ち、その衣の裾には火の粉一つついていなかった。

 

 

 

「そなたは……何者だ」

 

 

 

「このような場所まで訪ねてくる者を、喜んで迎えるのは難しいでしょう。まずは見慣れた顔で挨拶すれば、少しは話しやすくなるかと思ったのですが」

 

 

 

その者が指を軽く動かすと、低い火の光が顔を照らした。巌勝はその顔を見た瞬間、息を止めた。つい先ほどまで記憶の中で思い浮かべていた目元と、額の痣がそこにあった。

 

 

 

縁壱だった。

 

 

 

巌勝は自分でも気づかぬまま手を伸ばした。弟の名が喉まで上がった。だが唇を動かす直前、自分を見つめる眼差しに、見慣れぬ余裕を読み取った。

 

 

 

顔は同じでも、その前で感じる気配は違った。縁壱だと思った心が静まると、伸ばしていた手が宙で固まった。

 

 

 

「……その顔をお戻しくだされ。私が罰を受けるのは当然ですが、弟の姿で私を嘲る理由まであるのですか」

 

 

 

訪問者は巌勝の手を見た。口元に残っていた微笑みが薄れた。縁壱の姿が消え、その場には法衣をまとった菩薩の姿が現れた。

 

 

 

「私が軽率でした。その顔で声をかければ、あなたが何を言いたいのか聞き出しやすいと思ったのですが……聞こうとする者が先に、他人の痛い記憶へ勝手に触れてしまいましたね。お詫びいたします」

 

 

 

巌勝は手を引いた。相手が謝るとは思っていなかった。驚きが引いた後には、わずかな間でも弟なのではないかと期待してしまった自分への虚しさが残った。

 

 

 

「弟がここにいるはずがないことくらい、分かっていました。ですが、一瞬……」

 

 

 

言葉を結ばなかった。菩薩も続きを急かさなかった。巌勝が視線を上げ、改めて相手を見つめるまで待ってから、低い声で彼の名を呼んだ。

 

 

 

「継国巌勝殿」

 

 

 

長い間、他人の口から聞いていなかった名だった。黒死牟という名より先に自分へ与えられ、自ら捨てたと思っていた名。巌勝はその名を聞くと、首を真っ直ぐ保つことが難しくなった。

 

 

 

「私をご存じなら……私が何をしてここへ来たのかも、ご存じなのでしょう」

 

 

 

「存じています。閻魔大王とも、あなたについて話をしました。務めが違うため意見が合わぬ時もありますが、長い付き合いです。もっとも、私がここへ来た理由まで、あの方と同じではないでしょう」

 

 

 

巌勝は法衣と、その下から見える手を見た。裁きを下しに来た者の手にしては、何も持っていなかった。

 

 

 

地獄まで降りて罪人と向き合う菩薩という話を心の中で反芻し、彼は慎重に相手の名を口にした。

 

 

 

「地蔵菩薩……であられますか」

 

 

 

「はい。これで互いに名が分かりましたから、少しは話もしやすくなるでしょう」

 

 

 

巌勝は座り直した。警戒をすべて解くことはできなかったが、少なくとも目の前の存在が、また別の拷問を始めるために来たようには見えなかった。

 

 

 

だからといって、この短い安らぎを救いだと受け取ることもできなかった。誰かが自らここへ足を運ぶ理由を想像する余裕など、彼にはなかった。

 

 

 

「なぜ私をお訪ねになったのですか。ここで口にしていた言葉が聞こえたのなら……すでに犯したことを今さら悔いる罪人の独り言にすぎません」

 

 

 

「初めの頃、あなたはこの炎から逃れたいという言葉をもっと多く口にしていました。ところが、いつからか自分が斬った人々を思い出すようになりましたね。恨む相手を探しながらも、最後には自分の選択を語るようになった。それを聞いて、来たのです」

 

 

 

菩薩は言葉尻を曖昧にはしなかった。巌勝は、自分一人で呟いていたつもりの言葉を誰かに聞かれていたことが不快だった。許しを求めようとして口にしたわけではない。

 

 

 

だが、聞いた者がいるというだけで、知らぬ間に期待してしまうのではないかと怖かった。

 

 

 

「だからといって、私がしたことが変わるわけではありません。地獄で何を言おうと……あの時死んだ人々が、それを聞いて戻ってくるわけではありませんから」

 

 

 

「その通りです。あなたが苦しんだというだけで、あなたのために苦しんだ人々のことが消えるわけではありません。私は今日、それをなかったことにするために来たのではありません」

 

 

 

「承知しています。この刑罰が理不尽だと申し上げるつもりもありません」

 

 

 

巌勝は手の甲に残る跡を見た。炎が触れなくなると、改めて自分が人を斬ってきた手を、きちんと見つめることができた。

 

 

 

強さを得るためなら何でも耐えてきたと思っていた。だが、そのほとんどは、自分ではなく他人へ耐えさせたものだった。

 

 

 

「私が殺した者の中には、名さえ覚えていない者がいます。今になって顔を思い出そうとしても……どれほど速く剣を振るったか、どこを斬ったかばかり先に浮かびます。

 

その者にも帰る家があったはずなのに、私は尋ねませんでした。今受けている苦痛を、彼らの死と引き換えにできるとは思っていません」

 

 

 

地蔵菩薩はしばらく答えなかった。巌勝の言葉が終わった後も、少し待った。沈黙に耐えられなくなったのは巌勝のほうだった。彼は顔を上げ、まだ知らされていない用件をもう一度尋ねた。

 

 

 

「それでは……私へ何をお話しになるのですか」

 

 

 

「あなたがまだ、きちんと見ていない人を一緒に見ようと思います。後悔しているということと、自分が目を背けた人生を知っているということは、まだ同じではありませんから」

 

 

 

地蔵菩薩が静かに弟の名を口にした。

 

 

 

「縁壱。あなたが生涯追いかけ、最後には消そうとまでした、その人のことです。彼がどのような人生を生きたのか、あなたはどれほどご存じですか」

 

 

 

巌勝は答えようとして、口を閉ざした。剣を握る姿ならいくらでも思い出せた。呼吸を整える瞬間、相手の動きを読む眼、赤く染まった刃が通る軌跡まで。だが菩薩は、そのどれも尋ねてはいなかった。

 

 

 

「あの子は……初めから、私が一生望んでも得られぬものを持っていました。生まれた時から現れていた痣、並外れた眼、剣を握った時に示す力まで。

 

鬼殺隊で共に過ごした時も、老いて再び会った時も、私の眼にはいつも……」

 

 

 

「すべてを持っている人に見えたのでしょう」

 

 

 

巌勝はゆっくり頷いた。地蔵菩薩はその答えを責める前に、わずかに目を伏せ、再び話を続けた。

 

 

 

「あの力には、無惨を討つため神々から託された意味がありました。あなたが弟に、人の限界を超える何かを感じたこと自体は間違いではありません。

 

ですが彼にも、欲しくても手に入らなかったものがあり、一度手にしてから奪われたものがありました。強いからといって、その喪失を軽い痛みとして味わったわけではありません」

 

 

 

「縁壱が……何を失ったとおっしゃるのですか」

 

 

 

すぐに出た問いに、巌勝自身がまず戸惑った。幼い頃の差別も、母の死も知っていた。だがそれでも、大人になった弟には、それ以降の悲しみなどなかったかのように思っていた。

 

 

 

どんな敵にも敗れぬ者なのだから、守ろうとするものまで失わぬのだと、ぼんやり信じていたのだ。

 

 

 

地蔵菩薩は懐から小さな水晶玉を取り出した。透明な内部に青い光が宿り、手を動かすたび、その光が表面を伝ってゆっくり広がった。巌勝はそれが自分の手の近くへ置かれるまで、目を離せなかった。

 

 

 

「この中には、縁壱の記憶と感情が収められています。あなたが傍で見ていた日もあれば、共にいられなかった日もあるでしょう。同じ出来事を経験しながら、互いに違うものを見ていた瞬間も知ることになるはずです」

 

 

 

「……あの子が感じたことまで……」

 

 

 

「はい。ただし、記憶の中へ入ったからといって、過ぎたことを変えることはできません。中にいる誰かへ話しかけて答えを得ることも、あなたが望む場面へ書き換えることもできません。その人が経験したことを、経験したまま見ることになります」

 

 

 

巌勝は手を伸ばしかけて、少し止めた。二つに割れた笛を集めて握った時のことが浮かんだ。あの日、弟が最後まで自分を覚えていたという事実だけでも耐え難かったのに、今度はその記憶の中へ入らなければならない。

 

 

 

それでも、返す理由は見つからなかった。生涯尋ねなかったものを目の前にして、また目を背けるのなら、つい先ほどまで口にしていた言葉はいったい何になるのか。

 

 

 

巌勝は水晶玉を両手で受け取った。小さな物なのに、すぐには手を開くことができなかった。

 

 

 

「どうすれば見ることができますか」

 

 

 

「心の中で『始め』と唱えてください。急ぐ必要はありません。準備ができたと思われた時に」

 

 

 

菩薩は一歩下がった。巌勝は水晶玉を見下ろした。青い光の中に、自分の六つの眼が重なって映った。弟が最後に見た顔も、このような姿だったのだろう。

 

 

 

彼は目を逸らしたい気持ちを抑え、その光をさらに深く見つめた。

 

 

 

『始め』

 

.

 

 

.

 

 

.

 

 

.

 

水晶玉の中心から青い光が咲いた。炎を見た身体が先に縮こまった。だが、手を伝って上ってきたのは痛みではなく、温もりだった。

 

 

 

巌勝は反射的に手を引こうとして止まり、指の間へ染み込む光を受け入れた。

 

 

 

近くの闇が薄れた。喉に残っていた熱が静まり、見知らぬ空気が肺を満たした。その中には焼ける肉の臭いの代わりに、古い木と乾いた布の匂いが混じっていた。

 

 

 

巌勝は幼い頃に暮らした家を思い浮かべながら、眼を開いた。

 

 

 

だが、目の前の部屋は自分の記憶にある高さには見えなかった。敷居は少し高く、身体に触れる衣は驚くほど薄かった。

 

 

 

巌勝はそこで初めて、縁壱の視線と感覚を通して世界を見ているのだと気づいた。

 

 

 

まず見えたのは、人の身体の内側で続いている動きだった。戸の外を通る者の脚の筋肉が引かれ、衣の下で心臓が打っていた。

 

 

 

巌勝にも馴染みのある透き通る世界だったが、それを受け入れる心が見慣れなかった。縁壱はこの景色を得るために集中してはいなかった。眼を開けばいつも見えており、他の者も同じように見ているのだと思っていた。

 

 

 

その特別な眼で、幼い縁壱が長く見つめる相手は母だった。寝床から身体を起こそうとする瞬間、左側にうまく力が入らない。縁壱は母が手を伸ばす前に近づき、身体を支えた。

 

 

 

自分の肩へ置かれた手が重くなり、母の両足が床につくと少し軽くなった。

 

 

 

巌勝はその重さに驚いた。自分の記憶の中では、弟はいつも母へまとわりついていた。一人で離れられず、裾を掴んで歩く子なのだと思っていた時もあった。

 

 

 

だが、縁壱の眼で見る母には、誰かが支えなければ身体を保てない瞬間が何度もあった。

 

 

 

廊下を数歩進むだけでも待つ時間が必要だった。縁壱は母の足が床についたことを確かめてから、ようやく次の一歩を踏み出した。

 

 

 

幼い身体で急いで引けば、かえって均衡を崩してしまうことを分かっていた。母が呼吸を整える間は、何も言わず一緒に止まった。

 

 

 

「少しだけ……このままでいましょう」

 

 

 

母の声が聞こえた。縁壱は頷いた。腕にかかる重みが少し増したが、身体を引かなかった。悪い箇所が見えることと、母を治せることは同じではなかった。

 

 

 

幼い彼にできるのは、倒れぬよう傍に立ち、力が戻るまで待つことだった。

 

 

 

巌勝はその廊下を覚えていた。自分なら数歩で通り過ぎた場所だった。だが縁壱の記憶の中では、途中で一度、敷居の前でもう一度止まらなければならなかった。

 

 

 

同じ家で暮らしていながら、自分が数えもしなかった苦労が、その短い道の上にあった。

 

 

 

続く記憶では、幼い肩へ鞭が落ちた。父の声が近かった。双子として生まれたことと額の痣が理由にされ、縁壱が何か説明する前から叱責が浴びせられた。

 

 

 

巌勝は避けたかった。相手の腕が動くことも見え、身体を捻れば当たらない距離も分かっていた。

 

 

 

だが記憶の中の子供は動かなかった。父を殴ることや逃げることより、この音が母の部屋まで届くのではないかという心配が先に立っていた。

 

 

 

痛みを知らぬ身体ではなかった。肌へ当たる衝撃ははっきりとあり、歯を食いしばるたび顎に力が入った。ただ、何をすればこの騒ぎがさらに大きくなるか、子供は知っていた。

 

 

 

打擲が終わった後、縁壱はしばらく座っていた。すぐには立てない脚を押さえ、衣についた埃を払った。巌勝はその動きを追いながら、休んでよいのだと言いたかった。

 

 

 

だが彼の意思とは関係なく、子供は母の部屋へ歩いていった。一人で起きようとして倒れているかもしれないという考えが、自分の脚の痛みより先だった。

 

 

 

『痛くなかったわけではないのだな。ただ言わなかっただけで……私は、お前が何を耐えていたのかさえ知らなかった』

 

 

 

劣等感に眼が曇る前でさえ、自分は弟を十分に知ってはいなかった。ただ可哀想だと思うだけで、兄としてするべきことを果たしたつもりになっていた。

 

 

 

巌勝は幼い自分が襖を開けて入ってくる場面を見て、息を呑んだ。他の者の前ではいつも静かだった縁壱の胸が、その足音を前に少しだけ速くなった。

 

 

 

笛を受け取る瞬間の喜びが伝わってきた。音が美しくなくても構わなかった。兄が自分のことを考えながら木を削ってくれた、そのことが嬉しかった。

 

 

 

指で粗い面をなぞっていた子供は、笛を置こうとしなかった。巌勝は、自分が渡して忘れていた物を、弟が一人になった後も何度も手に取っていたのだと、今になって知った。

 

 

 

次に見えたのは稽古場だった。七歳の縁壱へ木剣が渡された。剣の持ち方を何度か教えた武士は、子供の立ち方を見て軽く笑った。

 

 

 

巌勝は、この後に何が起きるか知っていた。長い間、自分の恥としてだけ覚えていた瞬間だった。

 

 

 

縁壱は相手の身体を見た。力が集まる場所も、足を運ぼうとする方向も見えていた。どうすれば勝てるか長く悩みはしなかった。教えられた通り剣を動かし、四、五合ほど剣が交わる間に、熟練の武士が倒れた。

 

 

 

巌勝の記憶では、その場面はいつも自分の掌で終わっていた。稽古で裂け、硬い皮ができた手。それでも弟に追いつけなかった手だった。

 

 

 

だが今回は、その後に別の感情が続いた。木剣が身体へ当たった感触が子供の手に残り、倒れた武士の顔を見ると胸が重くなった。

 

 

 

勝った喜びより、相手がどれほど怪我をしたのか確かめたい気持ちが先だった。縁壱は兄を振り返った。一緒に剣を学べば、もう少し兄へ近づけると思っていたのに、そこに立つ巌勝は固い顔で自分を見ていた。

 

 

 

『あの時、私はお前の顔すら見ていなかったのだな。お前が得意げにしている、私を見下していると、一人で勝手に決めつけていた』

 

 

 

弟の才が圧倒的だったことは確かだった。だが、その事実を認めることが、自分の修練すべてを無駄にするわけではなかった。

 

 

 

それでも幼い自分はそう受け取り、その考えを後々まで捨てられなかった。前の日より剣をうまく振れた日でさえ、縁壱より劣っていれば何一つ成し遂げていないと思った。

 

 

 

巌勝は、あの日の自分へ何を言えばよいのか、簡単には見つけられなかった。努力すれば必ず勝てると言うこともできず、才が違うのだから初めから望むべきではなかったとも言いたくなかった。

 

 

 

ただ、あの場所で憎む相手を探す必要はなかった。弟はただ、兄と一緒に剣を学びたかっただけなのだから。

 

 

 

記憶が移った。母の指先で耳飾りが揺れた。寡黙な子が無事に育つように、世の荒事から守られるようにという祈りが、その手つきに宿っていた。

 

 

 

縁壱は耳元へ触れる手を避けず、静かに座っていた。

 

 

 

耳飾りをつけた母は、しばらく子供の顔を見つめた。もっと何か言いたげに唇を動かしたが、すぐに咳がその言葉を断った。

 

 

 

縁壱が身体を支えると、母は子供の手の上へ自分の手を重ねた。ありがとうという言葉より長く残ったのは、その手のかすかな温もりだった。

 

 

 

昔の巌勝なら、なぜ弟にだけあんな物を与えるのかと、心の中で責めたかもしれない。だが今は、耳飾りへ触れながら力なく下がっていく母の腕のほうが先に見えた。

 

 

 

子供を守りたいと願う人が、実際にはその子供の支えを必要としていた日々だった。

 

 

 

母の病は、最後まで良くならなかった。縁壱は身体の中の小さな変化まで見ることができたが、それを掴んで元へ戻すことはできなかった。

 

 

 

手を握れば、その日にどれほど弱っているか分かり、眠る顔を見つめながらも、もう一度眼を開けるだろうかと心配しなければならなかった。巌勝が羨んだ眼で、弟はそんな夜を過ごしていた。

 

 

 

やがて母の息が止まった。縁壱は傍に座り、しばらくその手を離さなかった。つい先ほどまで微かに動いていた身体が静かになっても、自分が手を引けば母が倒れてしまうかのように、そのまま支えていた。

 

 

 

もう支える必要はないのだと受け入れるまでには時間がかかった。その夜、縁壱は兄の部屋を訪れた。

 

 

 

寺へ行くと告げる声は震えていなかった。だからといって悲しくないわけではなかった。母を失った心をすべて整理してから来たわけでもない。

 

 

 

自分のせいで兄がこれ以上困らないでほしいという思いが、悲しい言葉を飲み込ませていた。

 

 

 

巌勝は弟の場所から、幼い自分の顔を見つめた。聞きたいことを聞かず、引き止めるべき時に手を差し伸べなかった顔だった。

 

 

 

縁壱は懐の笛を一度確かめ、深く頭を下げた。それさえあれば、離れていても兄と繋がっていられると信じていた。

 

 

 

部屋を出る小さな足が敷居を越えた。巌勝は呼び止めようとしたが、記憶の中の口は動かなかった。すでに起きた別れだった。

 

 

 

笛だけでも渡せてよかったと思っていた自分が恥ずかしくなった。笛とともにいるべきだった兄は、結局その場に残り、弟を一人で行かせたのだから。

 

 

 

母の残した書き置きを読んだ後、父が人を遣わして縁壱を探したことが思い出された。寺にも、周辺の村にも子供はいなかった。

 

 

 

あの時の巌勝は、弟がいなくなった事実を後になって知った。今は、その消えた後の最初の一歩を、弟と一緒に踏んでいた。

 

 

 

縁壱は歩きながら懐へ手を入れた。指先に笛が触れると、少し安心した。道は見知らぬもので、振り返れば家があったが、子供はまた前を向いた。

 

 

 

巌勝はその心の中に、ついに自分へ向けた憎しみを見つけられなかった。自分が隠し続けた嫉妬とは違い、弟の中で兄が占める場所は、長い間、ただ素朴で温かかった。

 

 

 

家の外で、縁壱はうたと出会った。幼くして両親を亡くした子だった。自分も頼れるものが多くないのに、見知らぬ少年へ先に声をかけた。

 

 

 

縁壱が返事を選ぶ間も、うたはその沈黙を不快には思わなかった。うたはよく喋った。今日見た小さな生き物の話や天気の話など、縁壱なら一人で見て通り過ぎたことを、よく言葉にした。

 

 

 

縁壱が自分の眼に見える世界について話した時も、怖がって離れるより、人によって見えるものが違うこともあるのだと一緒に考えてくれた。

 

 

 

巌勝は、弟がその言葉を受け入れる瞬間を感じた。誰もが同じものを見て生きていると思っていた子供が、初めて自分の眼と他人の眼の違いを知る瞬間だった。

 

 

 

縁壱にはあまりにも当たり前だった景色が、誰かには見えないという事実は、自分を特別だと思わせるより、他人の言葉へさらに耳を傾けさせた。

 

 

 

二人が一緒に暮らす日々が続いた。小さな家は豊かではなく、手直しする場所も次々に出た。だが、するべきことを終えて戸を開ければ、中から声が聞こえた。

 

 

 

縁壱はその声を聞くたび、歩みを少し緩めた。中へ入る前から心が安らぐ、その感覚を長く味わいたいかのようだった。

 

 

 

「帰ったの? 戸を閉めて。風がずっと入ってくるから」

 

 

 

うたが特別な挨拶の代わりに、そう言った日もあった。縁壱は戸を閉め、履き物を脱いだ。華やかな出迎えも、誰かを救ったことへの感謝もなかった。

 

 

 

うたは彼がいつもの場所へ座るのを待ち、食事を分けた。その自然さが弟にとってどれほど大切なのか、巌勝には初め信じ難かった。

 

 

 

その日に食べた物の味まで、すべて特別だったわけではない。少し薄味の日もあれば、仕事で食事が遅くなり、互いに何も言わず器を空にした日もあった。

 

 

 

それでも縁壱の記憶は、そんな一日にも温もりを残していた。一緒に食べる人がいるというだけで、飯を炊き、火を見守ることが、翌日にも続く理由になった。

 

 

 

巌勝は、うたが縁壱の衣にほつれた糸を見つける場面を見た。彼女は短く舌打ちし、衣を寄越せと言った。縁壱は少し気まずそうに顔を伏せた。

 

 

 

うたが針仕事をする間、彼はその傍に座っていた。沈黙が長く続いても、二人のどちらもそれを埋めようとはしなかった。

 

 

 

針が布を行き来する音が小さく聞こえた。縁壱はうたが指を刺さないか見守り、うたはその視線に気づいて笑った。

 

 

 

「そんなに心配そうに見られたら、私のほうが緊張するじゃない」

 

 

 

縁壱が視線を下げると、うたは大丈夫だとまた笑った。その笑いが終わっても、弟の口元にはかすかな笑みが残った。

 

 

 

巌勝は、剣を交えていた頃の弟の顔を思い出した。あの頃は、弟にこんな表情があるなど考えたこともなかった。

 

 

 

二人は成長し、夫婦になった。婚礼は質素で、暮らしが急に豊かになったわけでもない。それでも、一緒に生きる相手を決めたという事実が、小さな家を少し違って感じさせた。

 

 

 

帰る場所があり、遅くなれば待つ人がいた。縁壱は、その当たり前の約束を軽くは扱わなかった。

 

 

 

しばらくして、うたの腹の中に新しい命が育っていることが分かった。縁壱は、それまでにも人の心臓が打つ様子を見てきた。

 

 

 

だが、うたの身体の中に小さな動きを見つけた時は、しばらく言葉を選べなかった。いつも見てきた命の動きが、初めて自分の子供から続いていた。

 

 

 

うたは腹の上へ手を置き、彼を見た。縁壱は慎重に手を近づけた。まだ掌では何もはっきり感じられなかったが、うたはその手をそのままにした。

 

 

 

「もう少し待てば、あなたにも分かるようになるでしょうね」

 

 

 

縁壱は頷いた。待つという言葉が嬉しかった。明日が過ぎ、さらに一日が過ぎれば、子供は少しずつ育つ。そしていつか、自分の手で抱ける日が来る。

 

 

 

昨日と似た一日がまた訪れることが、今では新しい期待を抱かせた。

 

 

 

彼は、子供へ何を教えればよいか考えた。小さな手を傷つけぬよう握ってやり、道を歩く時は歩幅を合わせなければならないだろう。

 

 

 

子供が言葉を覚えれば、うたに似て多くの話を聞かせてくれるかもしれない。縁壱の心には、剣を持たせて名を上げさせたいという願いより、まだ聞いたことのない声を待つ気持ちのほうが先に根づいた。

 

 

 

『こんな暮らしを……望んでいたのか』

 

 

 

巌勝は弟の幸せを感じながら、自分が家を出た日のことを思い出した。家の中には自分を待つ家族がいた。当時は、それをいつでも帰ればまた手にできるものだと思っていた。

 

 

 

もう少しだけ強くなり、弟へ追いつく糸口さえ得れば、帰れると思っていた。

 

 

 

だが、縁壱が何より大切にしていたのは、まさに自分を待つ人と共に過ごす一日だった。巌勝は、自分が何を手の中に持ちながら目も向けなかったのか、ようやく少し実感した。

 

 

 

誰もが当然のように持つ幸せだから価値がなかったのではない。自分がそれを失うまで、まともに見ようとしなかっただけだった。

 

 

 

うたは出産の日が近づくにつれ、以前よりゆっくり動くようになった。縁壱は彼女が身体を起こすたび手を差し出し、うたは一人でできると言って笑いながらも、辛い時にはその手を取った。

 

 

 

二人の一日の中に、生まれてくる子供の場所が少しずつ作られていった。巌勝は、次の記憶で空気が変わる瞬間に気づいた。

 

 

 

家へ続く道の匂いが変わった。知らない匂いではないからこそ、怖かった。彼は先に見たくないと思った。だが縁壱の足取りは、すでに速くなっていた。

 

 

 

戸が開いた。中から返事はなかった。

 

 

 

部屋の中に、うたが倒れていた。血の滲んだ衣と、動かない手が見えた。縁壱は近づき、彼女の名を呼んだ。いつもその声を聞けば顔を上げた人が、今度は動かなかった。もう一度呼んでも、同じ沈黙だけが返ってきた。

 

 

 

巌勝は弟の眼を通して、うたの身体の内側を見た。心臓は動いていなかった。つい先ほどまで小さな命の動きが見えていた腹の中も、静まり返っていた。

 

 

 

息が絶えていると分かっていても、縁壱は呼べば返事が返るかのように、何度もうたの名を呼んだ。

 

 

 

縁壱は膝をつき、うたを抱いた。身体が自分へもたれかかった。いつもなら彼女が身体を動かし、腕を上げながら合わせてくれた、その動きがなかった。

 

 

 

片側へ落ちる頭を支えてから、抱き締めている相手が自分ではもう何もできないのだという事実が、指先まで伝わった。

 

 

 

「うた……」

 

 

 

初めは名を呼ぶことしかできなかった。やがて呼吸が乱れ、腕の中の身体をもっと強く引き寄せようとして力が入った。傷つけるのではないかと思い、すぐに力を抜いた。

 

 

 

もう痛みを感じることはないと分かっているのに、身体は生きていた時と同じように彼女を傷つけぬよう気遣っていた。

 

 

 

泣き声はその後に溢れた。何を言えばよいのか分からず名を呼び、帰ってきたと告げかけては、あまりにも遅かったという事実に口を閉ざした。

 

 

 

涙がうたの顔へ落ちた。彼は衣の裾でそれを拭おうとして、自分の手にも血がついていることに気づき、止まった。

 

 

 

巌勝には、凄惨な傷と同じくらい、その家の中の静けさが深く残った。つい先ほどまで記憶の中にあった針仕事の音と、食事を促す声が重なった。

 

 

 

何気なく聞き流していたはずの日常の音が、二度と戻らないという事実に耐え難かった。

 

 

 

縁壱は十日もの間、その場所で家族を手放せなかった。水を飲まなければと思っても動かず、日が傾いても戸を閉めに立ち上がらなかった。

 

 

 

外の光は変わっていくのに、腕の中の温もりは戻らなかった。初めは流れていた涙も次第に乾き、ひび割れた唇だけが時折動いた。

 

 

 

「守れなかった……」

 

 

 

その言葉が繰り返されるたび、巌勝は弟を止めたくなった。そこにいなかった者が、すべてを防げるはずはない。どれほど速い剣を持っていても、すでに過ぎた夜まで斬り消すことはできなかった。

 

 

 

だが縁壱は自らの力を知っていたからこそ、その力が届かなかった時間をいっそう強く責めた。

 

 

 

十日が過ぎた頃、鬼殺隊士がその家を訪れた。事情を察し、しばらく言葉を選んだ後、まず亡くなった方々を安らかに送って差し上げるべきだと勧めた。

 

 

 

縁壱はすぐには答えられなかった。誰かがうたの身体を動かそうとすると腕へ再び力が入り、それでも最後には離さねばならないと告げられた。

 

 

 

家族を葬ることは、その時初めて別れを身体で受け入れることだった。腕から離せばもう抱くことはできない。土をかければ顔を見ることもできない。

 

 

 

縁壱は最後まで手を引けず、やがてごくゆっくりと膝の上へ戻した。空になった二つの手だけが残った。

 

 

 

巌勝はその空の手を見ながら思った。弟にはすべてが与えられている、自分が欲しいものをあまりにも容易く手にしていると、ずっと考えていた。

 

 

 

だが、つい先ほどまで共に待っていた子供の声は、最後まで聞くことができなかった。どんな才能も、その声を代わりに作り出すことはできない。

 

 

 

『お前が鬼殺隊へ入る前に……こんなことがあったのか。私は、お前がなぜ剣を握ったのか、一度たりともきちんと尋ねなかった』

 

 

 

弟は鬼殺隊士の勧めを受け、鬼と戦う道へ入った。巌勝はその選択を見ながら、才を振るう場所を求めて当然のようにそこへ向かったのだと思っていた自分を思い出した。

 

 

 

縁壱が剣を取る前に手放さなければならなかった二人の重みを、ようやく掌で感じていた。

 

 

 

「このことを、あなたへは話していません」

 

 

 

記憶を辿っていた巌勝へ、地蔵菩薩の声が届いた。彼自身も分かっていた。鬼殺隊で共に剣を振るっていた頃、弟から妻と子供の話を聞いたことはなかった。

 

 

 

家を出た後に何をしていたのかを、まともに尋ねもしなかったが、縁壱も自ら傷を口にすることはなかった。

 

 

 

「なぜ……私には話さなかったのでしょう」

 

 

 

「お二人が再び会った時を、ご覧ください」

 

 

 

暗い道が現れた。最初に聞こえたのは剣の打ち合う音ではなく、人の声だった。誰かが主君へ下がるよう叫び、すぐに別の者の呻きがその声を覆った。

 

 

 

縁壱の歩みが速くなった。血の臭いが近づくほどに、巌勝も自分がどの夜へ戻ってきたのか気づいた。

 

 

 

あの日、家臣たちは一人、また一人と倒れた。槍先で鬼の身体を貫いても奴は止まらず、剣で斬った場所はすぐ繋がった。

 

 

 

人同士の戦いで身につけた対処は通じなかった。それでも彼らは主君を残して逃げなかった。壊れた武器を握り直し、空いた場所を別の者が埋めながら耐えた。

 

 

 

巌勝は、その日聞いていながらまともに覚えていなかった音を聞いた。下がれという叫び、傷ついた者を呼ぶ声、途切れる寸前まで続いた荒い呼吸。

 

 

 

自分の記憶では、弟が現れた瞬間に埋もれてしまった音だった。縁壱が到着した時には、すでに倒れている者があまりにも多かった。

 

 

 

彼はすぐ剣を抜いた。巌勝へ向かっていた鬼の身体が一撃で崩れ、それまで何の意味もなさなかった首を斬る行為が、今度こそ奴を終わらせた。

 

 

 

その姿を見上げた過去の巌勝は何も言わなかった。縁壱は兄と気づいて近づき、兄が生きていることにひとまず安堵した。

 

 

 

だがすぐ周囲の者たちを見渡し、表情を曇らせた。身体の中に命の動きを見つけられる者は、兄だけだった。

 

 

 

彼は一番近くの者の手首へ触れた。眼で見てすでに分かっているのに、もう一度確かめた。もう少し早ければという思いが入ってくると、その下から馴染んだ家とうたの顔が浮かんだ。

 

 

 

着いた時にはすでに遅かったという事実が、弟の胸を再び押し潰した。

 

 

 

巌勝はあの日、縁壱が鬼を斬っても喜ばなかった理由を、今になって知った。当時は、自分にはできなかったことをあまりにも容易く成し遂げた後、何事もなかったような顔をしているのだと思った。

 

 

 

弟が遺体の間に立ち、どれほど急いで呼吸を整えていたのか、その沈黙の中に何があったのかは見なかった。

 

 

 

「あの子は……私が家臣たちを失い、鬼を憎むようになったのだと思っていたのでしょうね」

 

 

 

その言葉が口から出た瞬間、巌勝は俯きたくなった。だが記憶は続いた。家族と家を残してきた自分が鬼殺隊へ入り、縁壱はその決意を重く受け止めていた。

 

 

 

兄もまた親しい者たちを失ったため、穏やかな生活に留まれないのだと思っていた。

 

 

 

「はい。一緒に戦えることは嬉しかったでしょうが、兄まで自分と同じ経験をしたと思えば、心から喜ぶことはできなかったはずです。

 

自分の悲しみまで重ねるより、傍で支えたいと思ったのでしょう。あなたが家族のもとへ戻れるよう、鬼を倒したいという気持ちもありました」

 

 

 

巌勝は長く答えられなかった。弟が自分を高潔な人間だと誤解していたのだと責めることもできない。実際、彼は生き残った家長であり、家臣たちの死へ責任を感じるべき立場だった。

 

 

 

縁壱は、兄なら当然そのような心を抱くだろうと信じていたのだ。

 

 

 

「初めは、私も衝撃を受けました。彼らが死ぬのを見て、何も感じなかったわけではありません。

 

だが……お前の剣を見た後は、あの夜を思い出すたび、別のことが先に浮かんだ。

 

家臣たちがどうやって私を守ったのかより、お前がどれほど強くなったのかを、もっと長く考えていた」

 

 

 

菩薩へ答えていた言葉は、いつの間にか弟へ向いていた。巌勝は唇を噛み、蘇ったあの日の思いを最後まで認めた。

 

 

 

「彼らのために家を離れたと言えば……自分がしていない決意まで自分のものにすることになる。私は、お前が立っている場所を見たかった。

 

お前の傍にいれば、その強さへ近づけると思った。そのために家へ残した者たちへ何を背負わせたのかは……後回しにした」

 

 

 

記憶の中の縁壱は、兄へ稽古の場所を譲っていた。同じ敵へ向かって剣を取れることが嬉しかった。幼い頃、遠くから兄の稽古を見ていた日とは違い、今は隣に立って言葉を交わせた。

 

 

 

稽古が終わり、日が傾く頃になっても、弟は兄が剣を収めるまでその場にいた。巌勝が振り返れば必要なものはないかと尋ね、話しかけなければ一緒に座っていた。

 

 

 

当時の巌勝は、それを余裕と呼んだ。いくら時間を無駄にしても遅れる心配のない者の態度だと思った。

 

 

 

だが縁壱にとって、その待つ時間そのものが、兄と一緒に過ごす時間だった。向かい合って食事をし、今日戦った鬼の動きを話し、次はどの隊士を助けるべきか相談する、ありふれたひとときだった。

 

 

 

弟はその隙間まで、さらに強くなるための考えで埋めようとはしなかった。巌勝はその時間を思い返しながら、自分はいつ笑っていただろうかと考えた。

 

 

 

縁壱が隣に座ることを嫌った日ばかりではなかった。共に任務を終えれば安堵し、弟が自分の剣術を真剣に見てくれる時には、認められたという喜びも感じた。

 

 

 

ただ、その喜びを認めてしまえば、自分は遅れている場所に留まれてしまうのではないかと思い、急いで不満を探した。

 

 

 

痣を発現した剣士は二十五を越えて生きにくいと知られると、その焦りはさらに強くなった。縁壱との差を縮める前に、自分が死ぬかもしれないと思った。

 

 

 

巌勝は、自分に残された時間を焦って数えた。日ごとに増える修練の成果さえ、時間が減っているという恐怖を鎮められなかった。

 

 

 

水晶玉の中で、縁壱は兄の身体を心配していた。巌勝は、その心配さえ、自分が遅れ、足りないという確認のように受け取っていたことを思い出した。

 

 

 

あの時、自分が聞きたかったのは、気をつけろという言葉でも休めという言葉でもなかった。まだ際限なく強くなれる、弟へ届く時間が残っているという保証だった。

 

 

 

無惨は、その心が欲しがる言葉を与えた。老いぬ肉体と、終わりのない修練を差し出した。だが提案した者が無惨だということも、それを受け入れた者が自分だということも変わらない。

 

 

 

巌勝は、その選択の瞬間を自分の記憶の中から思い出しながら、弟の顔を見つめた。

 

 

 

縁壱は、兄が戻らない理由をまだ知らなかった。まだ分かち合える言葉が残っていると信じ、兄が一人でどのような約束をしているのか知る由もなかった。

 

 

 

巌勝は、その無知を利用して去ったという事実からも、今度は逃げなかった。

 

 

 

やがて、縁壱が無惨と出会った日が現れた。数多の鬼の始まりとなった存在が目の前にいた。巌勝は長い間近くで見てきたその顔を知っていた。

 

 

 

相手を軽く値踏みする眼差しも、自分の力を疑わぬ態度も馴染み深かった。

 

 

 

だが、縁壱の眼に映る無惨の身体は少し違った。複数の場所で動く心臓と脳が見え、首一つを斬れば終わる相手ではないことが分かった。

 

 

 

弟の意識は、その動きを一つも見落とさぬことへ集中した。

 

 

 

剣が動いた。巌勝はすでに知っている剣術であるにもかかわらず、その流れを追うため全神経を使わねばならなかった。動作と動作の間に途切れはなく、一つの斬撃が終わる場所から、次の刃が必要な位置へ向かった。

 

 

 

無惨の身体が次々に斬られていっても、縁壱は勝利を確かめるために止まりはしなかった。

 

 

 

死を目の前にした無惨は、自らの身体を弾けさせた。千八百の肉片が四方へ散り、縁壱はそのうち千五百を斬り消した。

 

 

 

残った欠片が視界を離れる瞬間、剣を振るう手へさらに力が入った。だが、後から伸ばした剣で、すでに逃したすべての方向を埋めることはできなかった。

 

 

 

昔の巌勝なら、あの剣へどう対抗するかを真っ先に考えただろう。今も、その圧倒的な動きを見て何も感じないわけではない。

 

 

 

武人として知りたいという思いが湧き、自分が最後まで届かなかった境地が再び鮮明になった。ただその後に、弟が残った欠片を逃した事実をどれほど悔やんでいるかも同時に伝わってきた。

 

 

 

そこで初めて、彼はこの戦いで自分が誰の側に立っていたのかを振り返った。無惨とは長い歳月、言葉を交わした。人のいない場所では、格式を少し崩して話したこともあった。

 

 

 

自分の力量を認めてくれることが嬉しかった。その承認が必要だったために、自分を認める者がどのような存在なのかを、長い間問わなかった。

 

 

 

『私はあの者を守った。あの者が長く生きるほど、どこかの家の灯が消えると分かっていながら……私へ時間を与えたという理由だけで剣を振るった』

 

 

 

無惨が逃げる姿を見て、卑怯だと嘲るのは容易かった。だが巌勝は、その嘲りが自分を無惨から切り離してくれるわけではないと分かっていた。

 

 

 

命を受けて剣士たちを殺し、自らの意思でも人を喰った。かつて忠誠を捧げた者を後から軽蔑したからといって、共に犯したことが減るわけではなかった。

 

 

 

弟には、さらに大きな絶望が待っていた。鬼殺隊へ戻った縁壱へ、兄の裏切りと当主の死が知らされた。

 

 

 

巌勝はその言葉を聞いた瞬間、弟の身体が固まるのを感じた。聞き間違いかもしれないという考えが一瞬浮かんだが、伝えられる事情一つ一つの前で消えていった。

 

 

 

兄が鬼になった。自分と一緒に剣を握っていた人が、その剣で当主を殺した。縁壱は他の隊士たちの言葉を遮らなかった。聞きたくない言葉でも聞かなければならず、兄の罪を弁護する言葉も見つけられなかった。

 

 

 

巌勝が屋敷へ入っていった記憶が重なった。自分だと分かって道を開けた者たち、彼を信じて向き合った当主が浮かんだ。

 

 

 

その信頼を利用して犯したことが、今は弟の前で語られていた。縁壱は自分が刀を振るったわけでもないのに、その話を聞きながら顔を上げられなかった。

 

 

 

隊士たちの怒りは大きかった。当主を失った悲しみと裏切られた衝撃が消えぬ場で、兄の責任まで弟へ問う声が上がった。

 

 

 

無惨を逃したことも同時に責められた。切腹を求める声が聞こえても、縁壱はすぐには自分を弁護しなかった。

 

 

 

その要求を止めたのは、新しく当主の座を継いだ長男だった。巌勝が殺した当主の息子だった。父を失った子供は、自分の悲しみを隠せてはいなかった。

 

 

 

それでも、縁壱へ同じ罪を問うことは許さなかった。これまで彼が救った人々と鬼殺隊に残した功績を挙げ、その命まで奪ってはならないと言った。

 

 

 

巌勝はその声を前に、何も言えなかった。自分が奪った者の場所を、その息子が担っていた。そしてその子供が、自分の弟へ向けられた死の要求を止めていた。

 

 

 

それを見ても、許されたと思うことはできなかった。その子が正しいと思うことをしただけで、巌勝の罪が消えたわけではない。

 

 

 

縁壱は結局、鬼殺隊を去った。切腹を免れたからといって、その足取りが軽くなることはなかった。そこには共に戦った者たちが残っていた。

 

 

 

まだ彼らへ伝えたい言葉も、果たしたいこともあった。だがもう、その中で自分の居場所を見つけることはできなかった。

 

 

 

門の外へ出た縁壱は、しばらく立ち止まった。誰かに呼び止められるのを待つようにも見えたが、やがてまた歩き出した。

 

 

 

巌勝は、弟の心の中で怒りより先に湧く自責を感じた。無惨を逃さなければ、兄の変化へもっと早く気づいていれば、という考えが絶えず続いていた。

 

 

 

『私が隠したことを、お前がすべて見抜かなければならなかったわけではない。私がしたことを……お前が先に防げなかったと責める必要などなかった』

 

 

 

巌勝はそう言いたかった。だが生きていた頃の自分は、弟がそのような責任を感じているかどうかにさえ関心を持たなかった。

 

 

 

弟を嘲り、憎むためには時間を使ったのに、自分の選択が弟をどこへ追いやったのかは長く見ようとしなかった。

 

 

 

その後の道のりは長かった。雨の日には濡れた衣を乾かせる場所を探し、雪が積もれば足の取られる道を避けて回った。縁壱にも寒さがあり、疲れもあった。

 

 

 

それでも、鬼に追われる者と出会えば立ち止まり、剣を抜いた。鬼殺隊の名で戦えなくなったからといって、目の前の人を見過ごすことはできなかった。

 

 

 

救われた者が礼を言うより先に、自分の家族へ駆け寄ることもあった。生きているか確かめるように抱き寄せ、互いの名を呼び合う姿を、縁壱は少し離れた場所から見ていた。

 

 

 

巌勝はそのたび、弟の安堵と悲しみを同時に感じた。誰かにとっては間に合ったということが嬉しく、その喜びが失った家を再び思い出させた。

 

 

 

だからといって、縁壱が毎回うたの名を口にしながら泣いたわけではない。日々は続き、人と短い言葉を交わしたり、差し出された食べ物を口にしたりする日もあった。

 

 

 

ただ、何かの声や小さな仕草が記憶に触れると、しばらく動けなくなった。巌勝は、悲しみがいつも同じ顔をしているわけではないと、弟の歳月を通して知った。

 

 

 

山里で炭を焼いて暮らす炭吉の家にも、そんな平凡な音があった。縁壱はその家で、自分が守りたかった暮らしを見た。

 

 

 

大げさなことは何もなかったが、家族は互いの名を呼び、子供が動けば誰かが自然に身体を向けた。一人の一日の中へ、別の人がずっと入っていた。

 

 

 

縁壱が剣の動きを見せた日、炭吉はその呼吸と構えを長く見つめた。特別な名を世に残そうと考える眼ではなかった。

 

 

 

恩人から受け取ったものを忘れず残そうとする人が、何一つ見落とさぬよう心を込めていた。

 

 

 

巌勝はその眼差しに気づいた。自分は同じ動きを見ながら、どこが足りないのかを探し、なぜ自分にはできないのかと問い続けた。

 

 

 

炭吉は、学んだものを自分の中へ残そうとしていた。今すぐ強くなることや誰かに勝つためだけに、価値が生まれるわけではなかった。

 

 

 

「あなたのその呼吸は、私たちの家で代々受け継いでいきます。この呼吸も、この耳飾りも……忘れません」

 

 

 

炭吉の声には力がこもっていた。いつか子孫の誰かが何を成し遂げるかは分からない。それでも、自分が受け取ったものを次の者へ伝えるという約束だけは明確だった。縁壱はその言葉を聞き、しばらく彼を見つめた。

 

 

 

巌勝は、弟の心が少し軽くなるのを感じた。すべてを自分の手で終えられなかった苦しみが消えたわけではない。だが、自分が残したものが誰かの人生の中で続いていくという事実は、再び道へ出る力になった。

 

 

 

「……ありがとう。では、行くよ」

 

 

 

返事は長くなかった。縁壱は自分の名を大きく残してほしいとは付け加えず、自分の剣術を扱う作法を定めることもしなかった。

 

 

 

約束した人を信じて背を向けた。巌勝はその短い挨拶を聞きながら、自分は何を残すかについて、何を一番に恐れていたのか考えた。

 

 

 

『私は、月の呼吸が伝わらなくなることを恐れていた。だが、誰へ託すか真剣に探すより……

 

自分が永遠に握っていなければ、完全には残らないと思っていた。私が死んだ後に続くものなら、それを自分の成し遂げたことだと感じられなかったのだろうか』

 

 

 

地蔵菩薩の声が再び聞こえた。今度は、記憶の中の縁壱にはまだ知りようのない、遥か先のことだった。

 

 

 

「この家は後に竈門という姓を名乗るようになります。日の呼吸は、家族の安寧を祈るヒノカミ神楽として伝わっていきました。

 

たとえ名や用いられ方が変わっても、約束を守ろうとする人々が残ったからこそ、その動きは世代を越えることができたのです」

 

 

 

巌勝は炭吉の家から遠ざかっていく道を見た。弟が去ったからといって、その家の一日が止まるわけではない。子供たちは育ち、大人から聞いた言葉を、また誰かへ伝えていくだろう。

 

 

 

縁壱が喜んでいた未来が、初めて剣の系譜よりも広く感じられた。その中には強い剣士だけでなく、受け取ったものを忘れまいとする人もいた。

 

 

 

そして、生の最後の日が近づいた。巌勝には馴染み深い野が現れた。ただ今度は、老いた縁壱の眼を通し、その前に立つ鬼の姿を見ていた。

 

 

 

六つの眼を持つ顔だった。人の身体を捨て、長い歳月を生きた兄が自分を見ていた。巌勝はその顔から目を逸らしたくなった。

 

 

 

自分がもっとも強いと信じていた頃の姿であるのに、弟の眼を通して見ると、何から説明すればよいのか分からなかった。

 

 

 

縁壱は兄と気づいた。変わってしまった顔の向こうに、幼い頃の姿が重なった。笛を渡してくれた手、稽古をする後ろ姿、共に鬼殺隊にいた日々が一瞬よぎった。

 

 

 

兄へ再び会ったという思いと、これ以上人を傷つけさせてはならないという責務が、同時に胸へ届いた。

 

 

 

「兄上、お労しや……」

 

 

 

涙が流れた。巌勝はその涙の中に、自分を弱いと嘲る心がないことを感じた。あれほど望んだ長い生を得ても、兄はなお何かに追われるような眼で立っていた。

 

 

 

縁壱はその顔を見て悲しみ、悲しみながらも剣を取った。

 

 

 

最初の一撃が過ぎた。巌勝は今になって、首を斬る剣と、自分を兄だと認めて流した涙が、同じ人から向けられたのだという事実へ、完全に向き合った。

 

 

 

弟は、兄を愛する心を消せなかったからといって、兄のすることをそのまま許すつもりではなかった。

 

 

 

二撃目へ向けて身体が動こうとした瞬間、感覚が遠のいた。倒した敵の武器も、思いがけぬ傷も原因ではなかった。長く続いた生が、その場で終わろうとしていた。

 

 

 

巌勝は結末を知りながらも、弟の身体に残る力を繋ぎ止めようとした。だが記憶の中の時間は、彼の意思で伸ばすことはできなかった。

 

 

 

最後の視界に、兄の顔が残った。その後には何も見えなかった。

 

 

 

闇の中で次に浮かんだのは、巌勝自身の記憶だった。死んだ弟へ虚哭神去を振り下ろす手、地面へ落ちた笛、断面を合わせようとした指だった。

 

 

 

縁壱はそのことを見なかった。最後まで兄を見つめて生を終えた人の後へ、自分がそのような結末を付け加えた。

 

 

 

巌勝は記憶を押し退けなかった。弟の死によって生き残った後も、再び剣を取り、人を傷つけることを選んだのは自分だった。

 

.

 

 

.

 

 

.

 

 

.

 

掌に丸い感触が戻った。巌勝はしばらく、それを折れた笛だと思った。指を動かしてから、まだ水晶玉を握っているのだと気づいた。

 

 

 

最後まで見ようとしていた記憶はすでに消え、手の中には青い光だけが小さく残っていた。

 

 

 

再び焦熱地獄だった。遠くでは炎が揺れていたが、巌勝の身体へはもう火がつかなかった。彼は自分の手の甲を見下ろし、ゆっくり息を吐いた。

 

 

 

身体には縁壱の感覚が残っているようだった。母の手が置かれた小さな肩、うたを手放さなければならなかった二本の腕、最後の剣を握っていた老人の手が一度に浮かんだ。

 

 

 

彼は水晶玉を置けなかった。一生が終わったと分かっているのに、もう少し握っていれば聞き逃した声が聞こえるような気がした。だが手に力を込めても新しい記憶は現れなかった。巌勝はそこでようやく俯いた。

 

 

 

「何を思われましたか」

 

 

 

地蔵菩薩の問いへ、彼はすぐには答えられなかった。弟の人生を数言で語らなければならないと思うと、口の中で言葉が絡んだ。

 

 

 

可哀想だったという言葉も、高潔だったという言葉も間違いではないだろう。だがそれだけで、たった今経験した時間のすべてを説明することはできなかった。

 

 

 

「私は……縁壱をよく知っていると思っていました。剣を握る癖も、人へ話す時の言葉遣いも覚えていました。

 

だから、あの子がどのような人間なのか、知らないはずがないと思っていました。ですが、私の知らない時間が……あまりにも多かった」

 

 

 

彼は水晶玉の表面を親指で一度撫でた。その小さな動きが終わってから、ようやく続きを口にできた。

 

 

 

「母上を支えていた腕がどれほど痛かったのか、家へ帰る時に誰の声を待っていたのか……私は、そんなことを知りませんでした。

 

うたという人の名すら、今になってようやく、きちんと心に残りました。私の弟が誰かの夫であり、生まれてくる子供を待つ父だったということを……兄である私が、今になってやっと実感しています」

 

 

 

言い終えると、喉が詰まった。これまで弟へどれほど多くの言葉を向けてきたか思い出した。神のようだと言い、すべてを持っていると言い、自分が最後まで越えねばならない存在だと呼んだ。

 

 

 

だが、そうした言葉を積み上げる間、縁壱が暮らす家や、その家で待つ人のことを考えたことはほとんどなかった。

 

 

 

「私はあの子の場所へ立ちたかった。ですが、その場所に立つ者が背負わなければならなかったものまでは見ようとしませんでした。

 

あの子の力は欲しがりながら……その力でも取り戻せなかったことには、目を向けませんでした」

 

 

 

地蔵菩薩は巌勝が握る小さな玉を見下ろした。彼の指から少し力が抜けると、菩薩はゆっくり手を差し出した。巌勝はわずかに迷ってから水晶玉を返した。そして止めていた息を長く吐いた。玉の中で見た弟の顔は、なお目の前から消えなかった。

 

 

 

掌が空になって初めて、長い間それを強く握っていたことに気づいた。

 

 

 

「初めからすべて知ることができたわけではないでしょう。縁壱殿も、自分のことを多く語る方ではありませんでしたから。

 

ただ、知らないという事実の前で尋ねるか、すでに知っていると思って背を向けるかは、あなたに委ねられていました」

 

 

 

巌勝は頷いた。弟が話さなかったという事実へ縋れば、しばらく心が楽になったかもしれない。

 

 

 

だが一緒に過ごした時間の中で、自分がより頻繁に口にしたのは剣術と才能の差だった。弟の答えを聞く前に、自分の考えだけで終わらせたことも多かった。

 

 

 

「あの子を羨みながら……自分にもあるものを数えたことはありませんでした。私が帰る家へ背を向けた時、縁壱は帰っても誰も答えてくれない家の前に立っていたというのに」

 

 

 

巌勝は濡れた頬をそのままにした。弟の名を、きちんと呼んでみたかった。恨みも嘆きも混ぜず、ただ兄を振り返った一人の人間の名として呼びたかった。

 

 

 

だが実際に唇を開くと、喉が詰まった。遅くても知ることができてよかったという言葉は、自分にだけ言える言葉だった。縁壱はここにはいない。

 

 

 

「もう、あの子のすべてを理解したとは言えません。ただ、私には見えなかった悲しみまで……縁壱の人生だったことは忘れません」

 

 

 

地蔵菩薩は静かに頷いた。わずかに微笑んだが、すぐ真剣な表情へ戻って続けた。

 

 

 

「強くなりたいと願うこと自体が罪なのではありません。死を恐れることも、恥ずべきことではありません。

 

あなたが残された時間をもっと得たいと願った気持ちまで、偽りだったことにする必要はないのです。

 

問題は、その時間を得るためなら他人の人生を奪ってもよいと考えたことにあります」

 

 

 

巌勝は自分の手を見た。剣を握りたかった気持ちそのものを否定すれば、すべての過ちを説明できると思った時もあった。

 

 

 

だが、剣が好きだった幼い自分と、人を喰うことを選んだ自分を一つにまとめてしまえば、どこで間違った選択をしたのかがまた曖昧になってしまう。

 

 

 

「あなたには家族がいました。縁壱殿が失った後も生涯恋しく思っていた日常が、一時はあなたの家の中で続いていたのです。

 

家を離れた後にも、帰るか、安否を伝えるか、待つ時間を終わらせるかを考える機会はありました。ですがあなたは、彼らの時間を自分の修練が終わった後へ、何度も先送りしました」

 

 

 

「……その通りです」

 

 

 

「痣によって残された生が短いかもしれないと恐れたのなら、その恐れを家族へ話すこともできたでしょう。あなたが帰った時、彼らが何を望んだかは、あなた一人で決められることではありませんでした」

 

 

 

巌勝は眼を閉じた。家族の前で、自分は怖いのだと告げる場面を想像することは容易ではなかった。いつも強い当主であり、隙のない武人であると思われたかった人間だった。家へ戻る道よりも、戻った後に彼らの顔を見上げる瞬間のほうが、先に途方もなく感じられた。

 

 

 

もっと修練しなければならないという言葉は、その途方もなさを覆い隠してくれた。一つの壁を越えてから、心を整理してから帰ろうと先延ばしにする間にも、家では季節が変わっていただろう。自分のいない膳や寝床で、どのような話が交わされたのか、彼は知らなかった。

 

 

 

妻と子供たちが自分の恐れにどんな答えを返したのかも、今となっては分からない。自分は尋ねる場すら作らず、最後まで人として帰らなかった。

 

 

 

巌勝は家族を思い浮かべながら、また簡単に『あの時そうしていれば幸せだっただろう』と言いかけ、止まった。彼らにも恨みと悲しみがあったはずだ。

 

 

 

自分さえ帰れば何もなかったように受け入れてくれただろうと願うことも、結局は自分勝手だった。

 

 

 

「謝罪を聞いて何を思うかは……彼らに委ねるべきことだったのでしょう。ですが私は、帰ってその言葉を口にすることさえ避けました。

 

自分の恥ずかしさが怖くて、待っている者たちへ、終わりを告げることすらしませんでした」

 

 

 

地蔵菩薩はその言葉を聞き、しばし黙った後、巌勝が目を背けられぬ一つの名を呼んだ。

 

 

 

「時透無一郎」

 

 

 

巌勝の手が固まった。幼い剣士の顔が浮かんだ。初めて血縁だと気づいた時には、自分の血がまだ残っていたということと、優れた才へ真っ先に関心を向けた。

 

 

 

あの子にも、自分と同じように鬼になる道を勧められると思った。拒む意思を尊重するより、自分のやり方で残そうとした。

 

 

 

「あなたが自ら斬ったあの子も、あなたが去った後に続いた人生の中の一人でした。あなたが振り返らない間にも、人々は子供を産み、育てながら生きてきたのです。

 

そしてあなたは、遥か後にその子孫と出会っても、あの子が守ろうとしていた人生を尋ねませんでした」

 

 

 

巌勝は答えられなかった。無一郎について、自分が知っていることの少なさを思った。刀を握る手と動き、身体へ現れた痣は覚えていた。

 

 

 

だが、あの子がどのような家で育ち、誰を失い、なぜあの歳で剣を取り自分の前まで来たのかは知らなかった。

 

 

 

血が繋がっているというだけで罪悪感が生まれたわけではない。ただその事実が、自分が去った後も続いていた家族の時間を、目の前へ運んできた。

 

 

 

これまで自分とは無関係であるかのように斬ってきた人々にも、皆そのような時間があったのだろう。巌勝はそう考えながら、また顔の見えない数多の人々を一言でまとめようとしている自分に気づいた。

 

 

 

地蔵菩薩は急いで話を続けなかった。巌勝が顔を上げて初めて、縁壱の最後を静かに振り返った。

 

 

 

「弟君が最後にあなたを見つめていた心も、ご覧になりましたね。兄を愛する心が残っていました。だからといって、あなたのすることを許したわけではありません。

 

縁壱殿は涙を流しながらも剣を取り、その剣はあなたの首へ向かいました」

 

 

 

巌勝はゆっくり自分の首へ触れた。自分を見ていた弟の涙と、首へ入ってきた刃が同時に浮かんだ。長く恨み続けたあの涙へ、今になってようやく正面から向き合っていた。

 

 

 

「二撃目を終えられなかったのは、寿命が尽きたためです。その後の人生を選んだのはあなた自身でした。縁壱殿の愛が、人を傷つける権利をあなたへ与えたわけではありません」

 

 

 

「はい……分かっています。あの子が死んだから私は生き残りました。ですが、生き残った後に何をしたのかは……私が答えなければならないことです」

 

 

 

巌勝は膝の上へ手を置いた。縁壱の顔が再び浮かんだ。もはや、老いてなお自分を圧倒した剣士だけではなかった。

 

 

 

母が一歩踏み出すまで待っていた子供、うたの針仕事を心配そうに見ていた夫、家族を葬った後に空の両手を引けなかった人が、すべて一緒にそこにいた。

 

 

 

その顔々を思いながら、彼は初めて、弟になりたいという願いが、どれほど弟本人を見えなくしていたのかを考えた。

 

 

 

自分に必要な答えを縁壱の人生から探し、その答えを与えてくれなければ恨んだ。弟は、生涯、自分のための答えである前に、自分の人生を生きていた一人の人間だった。

 

 

 

「面目もありません……」

 

 

 

その言葉は菩薩だけへ向けたものではなかった。もう聞くことのできない弟と、今では顔すら完全には思い出せない家族たちの前でも、同じ言葉を口にしなければならなかった。

 

 

 

だが、言葉の届く場所がないと気づくと、巌勝はさらに大きな声で繰り返すことはできなかった。

 

 

 

地蔵菩薩は小さな水晶玉を懐へ収めた。しばらくして再び取り出したのは、それより遥かに大きな玉だった。深い光が幾重にも留まり、表面を流れる像は一人の顔だけに止まらなかった。

 

 

 

剣を握る者が現れては消えた。見覚えのある鬼殺隊の装いの向こうに幼い当主の姿が過ぎ、名も知らぬ人々が互いを呼びながら通り過ぎた。

 

 

 

ある者は刀を持つ前にすでに何かを失った顔をしていた。またある者は、倒れた人を起こそうと手を伸ばしていた。

 

 

 

巌勝はその玉を見つめた。縁壱一人の人生を知っただけでも、こうして答えることが難しい。その中には、自分が名さえ尋ねなかった人々がいた。

 

 

 

自分が倒れた後、生き残ったのかすら知らない者たちも、その光のどこかにいるのだろう。

 

 

 

彼は無意識に後ろへ下がりかけた身体へ力を入れた。まだ怖かった。何を見ても耐えられるなどとは言えなかった。ただもう、知らないという理由で目を逸らすことはできなかった。

 

 

 

巌勝は顔を上げ、玉と向き合った。弟で終わったと思っていた問いが、その先にいる数え切れぬ人々へ続いていた。




───

【あとがき】

本来、韓国のウェブ小説サイトではこれを第1話としてプロローグを始めていたのですが……。設定が色々と追加され、オリジナルキャラクターが加わったことで、それに伴う説得力を持たせるために再度手を加え、プロローグを2つに分けて進めることになりました。

こちらのサイトでは初投稿となるのですが……少し恥ずかしいですね。

設定資料ばかりを読まされ、本編を待ってくださっていた方々には申し訳なく思っております。そして、常に感謝の気持ちを抱きながら執筆しております。職場で働きながらも、

昼休みに何か思い浮かぶエピソードなどがあれば、合間を縫ってコツコツと書き進めています。それでは、今回はこの辺で。

次の話でプロローグは終わりを迎える予定です……。いつも愛しております。皆様のすべての物事がうまくいき、常に笑顔で……いつも幸せであられることを願っております。

【ご意見募集】 『鬼滅の刃』二次創作についてご相談です。「設定が複雑」とのご指摘を受け、1〜17の設定を無くして本文のみで進行するか迷っています。 【期間:1週間】 期日までに多かった方の意見に合わせて決めたいと思います。読者の皆様のご意見をお聞かせください!

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