誰かを守ることさえできれば……(鬼滅の刃:互いの決意)   作:つねお あきら

5 / 5
第4話 竹林で結ばれた縁……弟を救った異国の少女

春風が竹林の間を長く撫でて通り過ぎるにつれ、つい先ほどまで四方を揺るがしていた子供たちの悲鳴と罵声、

 

 

 

そして互いに木剣と拳を振るい合う中で生じていた鈍い打撃音は、まるで最初から存在しなかったかのように、ゆっくりと遠ざかっていった。

 

 

 

縁壱を取り囲み、ありとあらゆる侮辱の言葉を浴びせながら石を投げ、蹴りつけることさえ躊躇わなかった子供たちは、自分たちがあれほど見下していた異国の少女一人へまともな反撃すらできぬまま、

 

 

 

全身に青黒い痣と打撲痕だけを残し、竹林の向こうへ我先にと逃げ去った後だった。

 

 

 

彼らがつい先ほどまで立っていた場所には、地面を転がったせいで土埃まみれになった独楽と、子供たちが投げつけた大小さまざまな石、

 

 

 

何人もの足に踏みにじられ折れてしまった名も知れぬ雑草が、先ほどここで起きたことが単なる錯覚でも幻でもなかったという事実を、黙して物語っていた。

 

 

 

だが、その騒動を終わらせた張本人である名も知らぬ少女と、弟が危険だとの知らせを受け、稽古場から一気に駆けつけた巌勝との間には、先ほどの激しい争いとは到底似つかわしくない、奇妙な沈黙が流れていた。

 

 

 

巌勝は、自分でも知らぬ間に強く握りすぎていた白樫の木剣の柄からゆっくり力を抜きながら、眼前に立つ少女の姿を、もう一度詳しく観察した。

 

 

 

自分や縁壱と大きく年齢は違わぬように見えたが、少女が身につけている衣は、この日本の武家や民衆に一般的な着物とは、襟の造りから袖の形まで明らかに異なっていた。

 

 

 

一目見ただけでも清らかで端正な純白の武服は、幼い身体の動きを妨げぬよう体に合わせて仕立てられており、

 

 

 

頭上高く結い上げられた漆黒の長い髪は、竹林を掠めて通る春風を受けるたび、黒絹が波打つように軽やかに揺れた。

 

 

 

両手には、日本の太刀や打刀とは外形そのものが大きく異なる二振りの木剣が握られていた。鍔はほとんど存在せず、柄頭には丸い環がついた独特の形で、

 

 

 

単に子供が遊びで持ち歩く玩具と呼ぶには、長さも相応にあり、重量もかなりありそうだった。

 

 

 

何より、武人として巌勝が真っ先に注目したのは、少女が剣を下ろした後も崩れていない構えだった。

 

 

 

すでに自分へ襲いかかった子供たちは皆逃げ去り、今すぐ戦いを続ける必要などないにもかかわらず、両足は自然な間隔を保ち、

 

 

 

重心はどちらか一方へ過度に寄らぬまま、必要とあればいつでも身体を動かせる状態へ残されていた。

 

 

 

肩には無駄な力が入っておらず、手首も木剣を無理に強く握り締めているわけではなく、必要な瞬間、ただちに力を伝えられる程度にのみ、自然に保たれていた。

 

 

 

前世で人として、そして鬼として数百年に近い歳月を武へ狂いながら生きた巌勝には、あの姿勢が何を意味するのか、たとえ今なお透き通る世界を取り戻していなくとも、十分に見抜くことができた。

 

 

 

『ただ木剣を持ち、真似事をしている子供ではない。きちんとした武人から、それもかなり厳しい方法で剣を学んでいるな』

 

 

 

今の自分の肉体は、わずか七歳へ戻ったばかりであるため、前世で得たすべての力と眼力を、肉体で完璧に再現できる状態ではない。

 

 

 

だが数百年もの間、数多の剣士と鬼を相手にする中で積み上げた経験と、相手の動きを読み取る心得まで消えたわけではなく、

 

 

 

眼前の少女が、少なくとも同年代の子供たちと比べれば、圧倒的に高い水準の武芸修練を積んでいることだけは、一目で理解できた。

 

 

 

しかし、そうして冷静に少女の構えを分析していた巌勝の頭の中では、武人として相手の力量を測ることとはまるで無関係な、もう一つの感情が絶えず理性を掻き乱していた。

 

 

 

『身体が……いったい、私はどうしたというのだ』

 

 

 

先ほど竹林の入口へ辿り着き、初めて彼女と視線を交わした、その瞬間から、胸の中央にある心臓が、理由も分からぬほど速く脈打ち始めた。

 

 

 

稽古場で全力を尽くして月の呼吸を鍛錬した後、縁壱を救うため、ここまで息が切れるほど走ってきたのだから、心臓が速く動くこと自体は何も不思議ではない。

 

 

 

だが巌勝は、今の鼓動が、単なる運動によって生じたものではないという事実を、あまりにもはっきり理解していた。

 

 

 

彼女が自分を見つめれば、何となく視線を逸らしたくなる。だが、少女が別の方向を向けば、今度はもう一度その顔を見たくなる――そんな、自分の理性では到底理解できない思いが湧いた。

 

 

 

つい先ほど、自分へ襲いかかるかもしれないと警戒し、鋭く吊り上がっていた目元が、誤解が解けた後、少しずつ柔らかくなっていく様子まで、異様なほど鮮明に眼へ入った。

 

 

 

風で乱れた黒髪の数本を手で耳の後ろへ払う、そのあまりにも些細な仕草さえ、何度も巌勝の視線を奪った。

 

 

 

正直に前世の自分を思い返せば、今の状態は、なおさら呆れるべきものだった。

 

 

 

人間だった頃の巌勝にとって婚姻とは、愛という感情を互いに分かち合うものというより、名門武家の後継者として家を絶やさず、血統と勢力を保つため、必ず果たさねばならない義務に近かった。

 

 

 

もはや顔も声もまともには思い出せなくなった前世の妻もまた、巌勝自身が深い恋へ落ち、自ら選んだ女ではなかった。

 

 

 

その後、鬼となってからは、強さへの執着と、縁壱へ追いつこうとする狂気に人生そのものを食い尽くされ、誰かを愛し、家庭を築くという、人としてあまりにも平凡な幸福など、とっくに記憶の彼方へ捨て去られていた。

 

 

 

そんな自分が、今や七歳の肉体へ戻って数日も経っていない時点で、初めて会った同年代の少女の顔をまともに見られぬほど動揺しているという事実は、巌勝自身にとっても到底理解し難かった。

 

 

 

『回帰で肉体が幼くなったせいで、感情まで子供のように、あまりにも敏感になっているのか……』

 

 

 

最初は、そう考えようとした。だが、それだけで説明するには、胸へ湧き上がる感情があまりにも鮮明だった。

 

 

 

そしてふと、回帰する直前、焦熱地獄で自分をこの地へ送り返した地蔵菩薩が、最後に投げかけた意味深な言葉が、稲妻のように脳裏を掠めた。

 

 

 

『運命の相手……』

 

 

 

これから再び数百年以上も続くかもしれぬ、孤独な鬼の生を一人で耐え抜かぬよう、自分へ運命の相手との縁を贈る――そう語った地蔵菩薩。

 

 

 

しかし巌勝は、すぐさまその考えを、無理やり頭の片隅へ押し込んだ。

 

 

 

地蔵菩薩からそのような言葉を聞いたという理由だけで、眼前の少女を『運命の相手』だと早合点するのは、あまりにも飛躍しすぎていた。

 

 

 

何より、初めて会った相手へ、自分の前世や運命を勝手に結びつけること自体、相手に対してあまりに無礼なことだった。

 

 

 

そして今、自分が何より先に確かめるべきものは、そんな得体の知れない感情などではない。

 

 

 

愛する弟が傷ついている。その考えが再び頭を支配した瞬間、少女を見ながら妙に揺れていた巌勝の眼差しは、一瞬で冷静かつ真剣なものへ沈んだ。

 

 

 

一方、そんな巌勝と名も知らぬ少女の姿を、少し離れた場所から黙って見つめていた縁壱は、

 

 

 

生まれた時から世界を眺めてきた透き通る世界を通じて、二人の身体に起きている変化を、あまりにも鮮明に見ていた。

 

 

 

兄の心臓は、普段よりかなり速く動いていた。ただ遠くから走ってきたことによる身体的反応とは、少し違っていた。

 

 

 

顔と耳の周囲へ血が集まり、呼吸も、自ら平静を保とうと努めているにもかかわらず、ごく僅かに普段より速い。

 

 

 

そして自分を救ってくれた少女も、同じだった。つい先ほど何人もの子供たちへ立ち向かっていた時には、驚くほど安定していた心臓が、巌勝と視線を合わせた後、急速に速くなっていた。

 

 

 

顔と耳の周囲の血流も、突然増え、肌が淡く赤らんでいた。

 

 

 

縁壱は、二人が初めて視線を合わせた瞬間、この現象がどのような感情から生じたものなのか、自分なりに結論を出していた。

 

 

 

男女の恋愛という複雑な感情を、自ら経験したことはなかったが、市で互いに好意を抱いているように見える若い男女が、顔を赤らめながら一緒に歩く姿を見たことはあった。

 

 

 

そして母と侍女たちの会話から、誰かを初めて見た瞬間、特別な好意を抱くことを、一般には『一目惚れする』と呼ぶ――その程度のことは知っていた。

 

 

 

ゆえに、今、二人の身体が驚くほど似た変化を見せているのを眺めながら、縁壱は心の中で静かに結論づけた。

 

 

 

『……やはり兄上も、あのお姉さんへ一目惚れなさったのだな』

 

 

 

だが縁壱は、あえてそれを口には出さなかった。

 

 

 

先ほどから、自分でも知らぬうちに少女を見つめ、視線が合うたび、微かに戸惑っている兄の姿を見れば、自分がそんなことを直接言えば、巌勝がきっと大いに狼狽するだろうと思ったからだった。

 

 

 

そうして、互いを見つめたまま続いていた奇妙な沈黙を、先に破ったのは、結局、巌勝だった。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

自分があまりにも長く少女を見つめていたことへ、ようやく気づいた巌勝は、自らの失態を隠すように軽く咳払いをすると、

 

 

 

手にしていた木剣を完全に下ろし、眼前の少女へ礼を尽くして頭を下げた。

 

 

 

「弟を救ってくれて、本当にありがとう。私がもう少し遅くここへ着いていたなら、縁壱は今より遥かに大きな怪我をしていたかもしれない。

 

 

 

何の関わりもない子供のため、先に身を投じてくれたおかげで、弟はこの程度の傷で済んだのだと思う」

 

 

 

突然、あまりにも真剣かつ丁寧に感謝を告げる巌勝の姿へ、少女は一瞬、驚いたように眼を少し大きくした。

 

 

 

やがて、自分も少し前からずっと巌勝の顔を見つめていたことが恥ずかしくなったのか、視線を僅かに横へ逸らしながら答えた。

 

 

 

「あ……ううん。私は、ただ当たり前のことをしただけ。何人もで一人を取り囲んで、あんなふうに一方的に石を投げたり、殴ったりしてるのを見たら、どうしてそのまま通り過ぎられるの」

 

 

 

「それを当たり前だと思い、本当に行動へ移すことからして、決して容易ではないと私は思う。だから、私がありがとうと言うことは、そのまま受け取ってほしい」

 

 

 

巌勝がそう言って、少し柔らかく微笑むと、少女もこれ以上断ることこそ、むしろ礼を欠くのだと思ったのか、ごく小さく頷いた。

 

 

 

「……うん。分かった」

 

 

 

その返事を聞いてから、ようやく巌勝の視線は自然に、少女の後ろへいる縁壱へ移った。そしてその瞬間、少し前まで顔へ残っていた妙な羞恥と戸惑いは、嘘のようにすべて消えた。

 

 

 

「縁壱」

 

 

 

普段より低く沈んだ兄の声を聞き、縁壱は巌勝を見た。

 

 

 

「はい、兄上」

 

 

 

巌勝はすぐ、弟のもとへ近づいた。遠くから見ても縁壱の状態がよくないことは十分に分かっていたが、いざ間近で確かめた弟の姿は、自分が思っていたより遥かに酷かった。

 

 

 

昼間、自分が直々に家の蔵から選び、着せてやった清潔で上質な武服は、何度も地面へ倒れ、転がったのか、土埃と草の切れ端にまみれていた。

 

 

 

袖と膝のあたりには、荒い土の地面で擦れた跡まで鮮明に残っていた。左頬は、誰かの拳か平手を受けたように赤く腫れ上がり、額には石が掠めてできた小さな擦り傷があった。

 

 

 

巌勝が慎重に袖を捲り上げると、その下から現れた縁壱の細い腕には、何人もで掴んだり、足で踏みつけたりした時にできたと思しき、青黒い痣や手形まで残っていた。

 

 

 

瞬間、巌勝の指先が震えた。

 

 

 

「……誰が、このようにした」

 

 

 

「兄上」

 

 

 

「今、逃げていった、あの子供たちか?」

 

 

 

声は低かったが、竹林の空気は一瞬で重くなった。その声音は、まるで刃を孕んでいるかのように、ぴりぴりと痺れ、刺すような感覚さえ与えるほどだった。

 

 

 

縁壱の傍らにいた少女さえ、本能的に巌勝が放つ気迫を感じ取り、眼を少し見開いた。

 

 

 

それは、わずか七歳の子供から出るはずのない気配だった。

 

 

 

無意識の深層へ隠れていた、数百年を剣と殺戮の中で生きた黒死牟の残滓が、一瞬だけ幼い肉体の外へ滲み出たのだ。

 

 

 

巌勝の手が、自分の木剣の柄を強く握り締めた。

 

 

 

『追うべきか』

 

 

 

一瞬、そんな考えが浮かんだ。もちろん、相手は子供なのだから、殺す必要などなかった。

 

 

 

だが二度と弟へ手を出せぬよう、生涯忘れられないほどの恐怖を刻み込む程度なら、あまりにも容易だった。

 

 

 

脚を折る必要も、手首を捻り、二度と動かぬようにする必要もない。

 

 

 

骨を砕かずとも、身体と心へ痛みだけを正確に残す方法など、数百年を生きた自分は、あまりにも多く知っていた。

 

 

 

しかし、そんな考えが頭を掠めた瞬間、巌勝は、握った木剣の感触を確かめながら、ゆっくりと手から力を抜いた。

 

 

 

『違う』

 

 

 

そんなやり方で子供を教え導くことが、果たして自分が新たに歩もうとしている王道の道なのか。自らへ投げた問いの答えは、あまりにも明確だった。

 

 

 

違う。

 

 

 

あの子供たちが間違っていたことは確かだ。だが彼らもまた、世の偏見や大人の言葉を、そのまま受け入れている幼い子供たちだった。

 

 

 

罰と責任は必要だとしても、前世の黒死牟のように、恐怖と暴力だけで相手を屈服させることは、二度としないと誓ったではないか。

 

 

 

巌勝は何度も深く息を吐き、胸の奥から噴き上がる怒りを抑えた。だが、それで弟への心配まで消えたわけではなかった。今、眼前にいるのは確かに、回帰した今生の縁壱だった。

 

 

 

だが、その細い腕へ残る青い痣を見た瞬間、前世の遥か昔の記憶の中で、自分が眼を背けていた数多の光景が、一気に脳裏へ押し寄せ始めた。

 

 

 

父に鞭打たれても、ただの一度も声を漏らさず、冷たい小部屋へ戻っていった縁壱。あの頃も、身体には今と同じような痣があった。

 

 

 

幼い巌勝は、最初の頃は弟を哀れに思っていた。だから自分も父に打たれる覚悟をしながら縁壱を庇い、

 

 

 

まともな音さえ出ない不格好な木の笛を自ら作ってやり、何かあれば自分を呼べと約束した。

 

 

 

だが、その約束は、縁壱が初めて刀を握り、自分の師であった武士をあまりにも容易く打ち倒した瞬間から、少しずつ忘れ去られていった。

 

 

 

可哀想な弟は競争相手へ変わり、愛すべき血縁は、自分の後継者の座を脅かすかもしれぬ恐ろしい存在となり、最後には、生涯越えられなかった圧倒的な才を持つ、嫉妬の対象となってしまった。

 

 

 

『……また同じ過ちを繰り返そうとするとは……情けないな、私は……』

 

 

 

巌勝の胸が、どくんと沈んだ。自分は確かに、地獄ですべてを悔いた。回帰すれば、必ず弟を守ると誓った。

 

 

 

母の前でも、縁壱が持つ才が呪いにならぬよう、自分が盾になると約束した。

 

 

 

それなのに、たった数日が過ぎただけの今、自分が家の学問と武芸のため席を外している間に、弟はまた誰かによって傷つけられていた。

 

 

 

もちろん今回の出来事へ、直接、自分の過失があったわけではない。だが巌勝の心は、それほど理屈だけでは動かなかった。

 

 

 

前世でも、自分はいつも遅すぎた。縁壱が妻と子を失った時、傍らにいなかった。鬼殺隊を追放され、一人で世を彷徨っていた時も、傍らにいなかった。

 

 

 

そして最後に再会した時には、弟を慰めるどころか、自分はすでに強さという欲望へ呑まれ、自ら刀を向けた。

 

 

 

そのすべての過ちを記憶したまま戻ってきた自分が、今また、弟が傷つけられた後になってようやく駆けつけている。

 

 

 

『私は……また、お前を守れなかった後に、ここへ来たのだな』

 

 

 

そんな思いへ沈み、指先を微かに震わせる巌勝を、縁壱は静かに見つめた後、心配そうに問いかけた。

 

 

 

「兄上?」

 

 

 

弟の声で、巌勝はようやく我へ返った。

 

 

 

『違う』

 

 

 

今は前世ではない。そして今度は、遅れたからといって、それですべてが終わるわけでもない。

 

 

 

弟は生きている。自分も生きている。ならば、今からでも、また直せばよい。

 

 

 

巌勝は深く息を吸い込み、胸の中から湧き上がる感情を抑えると、縁壱の腕をひどく慎重に下ろし、低く尋ねた。

 

 

 

「縁壱。なぜ、ただ黙って打たれていたのだ?」

 

 

 

「……兄上」

 

 

 

「お前から先に他人へ手を出し、いじめろと言っているのではない。だが、誰かがお前へ石を投げ、拳や足を振るうなら、せめて避けるくらいはできるだろう。

 

 

 

それすら難しいのなら、その場を離れ、他の者へ助けを求めればよい。本当にそれさえできぬ状況なら、自分の身体を守るため、最低限の反撃くらいはせねばならぬ」

 

 

 

縁壱は何も言わず、自分のために諭す兄の言葉へ耳を傾けた。巌勝は弟の眼を真っ直ぐ見つめ、さらに続けた。

 

 

 

「何より、今の私は、お前の才がどれほどのものか、以前より遥かによく知っている。

 

 

 

先ほど逃げていった子供たちが投げる石や、あの手足を、本当に避けられず、ただ打たれていたのだとは思っていない」

 

 

 

短い沈黙の後、縁壱はあまりにも淡々と事実を認めた。

 

 

 

「……その通りです」

 

 

 

その答えに、巌勝の眉間へ自然と皺が寄った。

 

 

 

「ならば、なぜ……?」

 

 

 

「兄上と母上へ、ご心配をおかけしたくありませんでした」

 

 

 

巌勝の言葉が、そのまま止まった。縁壱は自分の手を静かに見下ろしながら、話を続けた。

 

 

 

「私があの子たちの攻撃を避け、反撃したなら、きっと大怪我をさせてしまうかもしれないと思いました。

 

 

 

そうなれば、あの子たちの親が家へ来るでしょうし、父上もお怒りになるでしょう……。

 

 

 

何より、兄上と母上が、私が喧嘩をしたと知れば、また私のせいで心を痛められると思ったのです」

 

 

 

「……そのような理由で、お前が代わりに打たれようと思ったのか」

 

 

 

「少しだけ我慢すれば、あの子たちも、いつか疲れてやめると思いました」

 

 

 

巌勝は、しばらく何も答えられなかった。あまりにも縁壱らしい答えだった。だからこそ、なおさら胸が痛かった。

 

 

 

自分が傷つくことより、周囲の人々が自分のために苦しんだり、心配したりすることのほうを、遥かに嫌う子。

 

 

 

問題は、その子が、まだわずか七歳に過ぎないということだった。

 

 

 

本来なら、他の子供たちと走り回り、美味しいものを食べ、痛いことがあれば母や兄へ好きなだけ我儘を言い、泣いても何ら不思議ではない年頃なのに、縁壱はもう、自分の痛みを隠す方法から先に覚えてしまっていた。

 

 

 

そして縁壱は、とどめを刺すように、巌勝の心をさらに惨たらしく抉る言葉を、ごく当然のように付け加えた。

 

 

 

「それに……打たれることには、慣れています」

 

 

 

巌勝は、しばし呼吸をすることさえ忘れた。父の鞭、氷のように冷たい小部屋、家臣たちの意図的な無視、使用人たちの囁き、最後には自分を人としてすら扱わぬ眼差しまで。

 

 

 

そのすべてへあまりにも慣れきったせいで、他人から暴力を受けることすら、もはや特別な出来事だと思わなくなった、幼い弟。

 

 

 

もし今の自分が、六つの眼を持つ鬼の姿であったなら、そのすべての眼から、血の涙が流れ落ちていたように思えた。

 

 

 

巌勝はとうとう堪えきれず、大きく一歩を踏み出し、縁壱の小さな身体を、自分の胸へ強く抱き寄せた。

 

 

 

「……!」

 

 

 

突然、兄の腕の中へ入った縁壱の身体が、しばし固まった。だが最近、巌勝が愛情を込め、何度も自分を抱き締めてくれたせいか、今では以前のように、まったく未知の感覚ではなかった。

 

 

 

むしろ兄の身体から伝わる温かな体温と、絶対に自分を離すまいとするように強く抱き締める腕の力が、いつの間にか心を落ち着かせるようにさえ感じられた。

 

 

 

「縁壱」

 

 

 

巌勝の低く震える声が、弟の耳元へ届いた。

 

 

 

「これからは、そんなことを、そこまで何でもないように言うな。父上に打たれることへ慣れているからといって、他人から打たれてよいわけではない。

 

 

 

他の者から愚か者と呼ばれ、呪われた存在だと罵られ、蔑ろにされることへ慣れたからといって、彼らへ、お前を好き勝手に扱う権利が生まれるわけでもない」

 

 

 

巌勝は片手で弟の後頭部をそっと包み、より柔らかな声で続けた。

 

 

 

「お前も、この世に一人しかいない人間だ。私にとっては、何ものにも代え難い大切な弟であり、母上にとっては、命より愛しい大切な息子なのだ。

 

 

 

お前が他人を傷つけたくないと思う気持ちは、この兄も十分に理解している。むしろ、そのような心を持つお前が、兄としては誇らしい。

 

 

 

だが縁壱……またこのようなことを言うのは、まことにすまぬが、何度でも言わせてもらう。

 

 

 

お前が他の者を慈しみ、大切に思うのと同じくらい、これからは、自分自身のことも、ほんの少しでよいから大切にして生きてほしい」

 

 

 

縁壱の澄んだ瞳が、微かに揺れた。

 

 

 

「自分から先に相手を殴る必要はない。戦いたくないのなら、無理に戦わずともよい。だが、その代わり避けなさい。

 

 

 

危険な場所から逃げることは、決して卑怯ではない。そして助けが必要なら、周りの者を呼べばよい。それさえできない状況なら……」

 

 

 

巌勝は、ほんの一瞬、言葉を止めた。そして遥か昔の記憶の中で、自分の手で削って作った、あの不格好な木の笛を思い出した。

 

 

 

まともな音さえ出なかった、その笛を、縁壱は死ぬ瞬間まで懐へ大切に持ち続けた。前世の自分は、その意味へ気づくのが、あまりにも遅すぎた。だが今度は違う。

 

 

 

「……兄を呼びなさい」

 

 

 

縁壱の眼が、少し大きくなった。

 

 

 

「昔、私がお前へ笛を作り、何かあれば、それを吹けと言ったではないか」

 

 

 

「……どれほど離れた場所でも、どのような時でも、兄上が駆けつけてくださると仰いました」

 

 

 

「そうだ」

 

 

 

巌勝は、縁壱を抱く腕へ、少しだけ力を込めた。

 

 

 

「その約束を、今度こそ必ず守る。お前がどこにいようと、危険なことが起きれば、私が駆けつける。

 

 

 

だから、すべてを一人で耐えようとするな。母上へ心配をかけたくないという理由で、お前が血まみれになって帰ってくれば、

 

 

 

むしろ、それこそが母上の心を、もっとも深く裂くことにならぬか。それは母上への不孝と、何ら変わらぬ」

 

 

 

縁壱の小さな手が、ゆっくりと巌勝の武服の裾を握り締めた。

 

 

 

「お前の身体へ小さな傷一つできただけで、大騒ぎする兄だと思っても構わぬ。だが私は……」

 

 

 

巌勝は、一瞬、喉が詰まるのを感じ、言葉を止めた。

 

 

 

『二度と、お前が私の眼の前で死んでいく姿を、見たくない』

 

 

 

いつか説明する日が来るかもしれない。だが今はまだ、弟へ前世の記憶を話すことなどできず、その言葉を、そのまま口には出せなかった。

 

 

 

結局、その巨大な感情を、今の縁壱にも分かる、もっとも簡単な一言へ押し込めて伝えた。

 

 

 

「ただ私は……お前が痛い思いをするのが、嫌なのだ」

 

 

 

真心のこもった、短くも強い兄の言葉に、縁壱の眼元へ、ゆっくり涙が滲んだ。巌勝はそんな弟の眼を見つめながら言った。

 

 

 

「だから、約束してくれ」

 

 

 

縁壱はしばらく何も答えなかった。やがて、ゆっくり腕を上げ、巌勝の背へ慎重に回し、抱き返した。

 

 

 

「……分かりました」

 

 

 

「本当に分かったか?」

 

 

 

「今すぐ上手くできるかは分かりません。あまりにも長い間、一人で我慢することに慣れてしまっていたので……。

 

 

 

兄上がおっしゃるように、すぐに変わるのは、少し難しいかもしれません。

 

 

 

ですが、努力してみます。この不出来な弟には……少し、時間が必要です……」

 

 

 

あまりにも正直に、自分の心を語る縁壱の答えに、巌勝は一瞬、戸惑ったように止まった。だがすぐ、むしろ安心したように、柔らかく微笑んだ。

 

 

 

「それで十分だ。人の心が、たった一日で何もかも変わってしまうほうが、むしろ不自然なのだろう。ゆっくりでよい。今度は、兄もお前の傍らにいる」

 

 

 

「はい……兄上」

 

 

 

それでようやく、巌勝は縁壱を胸からほんの少し離し、衣へついた土埃を、手で優しく払ってやった。

 

 

 

そのすべてを少し離れた場所から見ていた少女は、最初、凄まじい殺気に満ちた巌勝の様子へ、わずかに警戒していた。

 

 

 

だがすぐ、温かく愛情に満ちた声と表情で、弟へ自分を大切にしろと諭し、昔交わした約束を今度こそ守ると誓う姿を見ているうちに、

 

 

 

いつしか手にしていた二振りの木剣を完全に下ろしたまま、何も言わず、ただ兄弟を見つめていた。

 

 

 

最初は、何人もの子供にいじめられている哀れな子を一人、見つけただけだった。両親から教わった心を実行しようと、その子を救った。

 

 

 

だが今、眼の前で兄と弟が互いへ接する姿を見ていると、自分が思っていたよりも、この兄弟の結びつきが遥かに深いのだと分かった。

 

 

 

とりわけ、少し前までは自分と視線が合うだけで顔を赤らめ、戸惑っていた少年が、弟の傷を確かめた、その瞬間から、

 

 

 

自分が傍らにいるということさえ完全に忘れてしまったように、縁壱へだけ全神経を注いでいる姿を見て、少女は、自分でも知らぬうちに、口元へごく小さな笑みを浮かべた。

 

 

 

『……弟のことを、本当に大切に思っているんだ』

 

 

 

そして、その考えは不思議なほど、少女の胸を少し温かくした。

 

 

 

少女はふと、少し前に自分が救った子の腕に残る痣と、その子を胸へ抱き、長い間、離そうとしない巌勝の姿を交互に見つめ、無意識に小さく息を吐いた。

 

 

 

ここへ足を踏み入れた時には、今日一日がこんなふうに流れていくなど、まるで想像もしていなかった。

 

 

 

母から教わったいくつかの薬草を探して小さな袋へ入れ、いつものように父から教わった剣術と体術を復習して、夕暮れ前には家へ戻り、両親と一緒に継国家の屋敷へ赴くつもりだっただけだ。

 

 

 

だが竹林の奥から聞こえた罵声と打撃音が足を止め、結局、初めて見る子を助けるため争いへ飛び込み、今はその子の兄と向き合いながら、こうして互いの顔を意識している。

 

 

 

その事実へ気づいた瞬間、少女の頬がまた、ほんの少し赤くなった。巌勝も似たようなことを考えていたが、今度は先に、気まずさを破った。

 

 

 

「そういえば……縁壱が名乗り合うようにまで言ってくれたのに、まだ互いの名すら知らぬままだったな」

 

 

 

少女は一度、ぱちりと眼を瞬かせた後、自分も今になって気づいたというように、小さく笑った。

 

 

 

「そうだね。こんなに長く話してたのに、名前も知らないままだった」

 

 

 

「その前に、もう一つ謝りたい」

 

 

 

巌勝は少女へ向き直り、身体を整えると、先ほどより深く頭を下げた。

 

 

 

「弟の傷を見た瞬間、怒りを抑えきれず、ほんの一時とはいえ、よからぬ考えを抱いた。

 

 

 

おそらく、その気配はお前にも伝わっただろう。縁壱を救ってくれた相手だというのに、不快な思いをさせたのなら、本当に……すまない」

 

 

 

その言葉に、少女は慌てて両手を振った。

 

 

 

「ううん! 私だって家族があんなふうに傷つけられてたら、怒ってたと思う。

 

 

 

もちろん……さっきあなたが出してた気迫は、正直ちょっとびっくりしたけど、

 

 

 

本気であの子たちを殺したり、大怪我させたりするつもりじゃないってことも、すぐ分かったよ」

 

 

 

「そう思ってくれて、ありがとう」

 

 

 

それでようやく巌勝は姿勢を正した。軽く喉を整えると、幼い武家の後継者らしく礼を尽くし、まず自ら名を告げた。

 

 

 

「私は継国巌勝という。この相模国一帯に根を張る継国家の長男で、今は若当主の座にある」

 

 

 

彼はすぐ傍らに立つ弟の肩を、優しく包みながら続けた。

 

 

 

「そしてこちらは、私と同じ日に生まれた双子の弟、継国縁壱だ。少し前、お前が助けてくれた子でもある」

 

 

 

縁壱もまた、自分を救ってくれた少女へ丁寧に腰を折った。

 

 

 

「助けてくださって、本当にありがとうございます。私は継国縁壱と申します」

 

 

 

少女は兄弟を交互に見た後、自らも姿勢を正し、明るい声で答えた。

 

 

 

「私は常善初華。よろしくね」

 

 

 

『常善……初華』

 

 

 

その名が耳へ入った瞬間、巌勝は自分でも知らぬうちに、頭の中でもう一度繰り返した。初めて聞く姓だった。

 

 

 

継国家の周囲にある武家でも聞いたことはなく、父に会うため屋敷へ訪れていた商人や、他所から来た武士たちの中でも、滅多に耳にしたことのない名だった。

 

 

 

それなのに不思議なほど耳へ馴染んだ。ただ一度聞いただけなのに、あまりにも鮮明に頭へ残り、名を形作る一つ一つの音まで、まるで昔から知っていた言葉のように、妙に懐かしく感じられた。

 

 

 

「初華……」

 

 

 

無意識に相手の名を口へ出してしまった巌勝を見て、初華は少しだけ首を傾げた。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

そこでようやく、自分が無意識に名を呼び直していたことへ気づいた巌勝は、少し動揺し、視線を横へ逸らした。

 

 

 

「い、いや……ただ、初めて聞く名だったから」

 

 

 

「それはそうだよ。うちの家は、もともとこの土地の人じゃないから」

 

 

 

「やはり、そうなのか」

 

 

 

「うん」

 

 

 

初華が淡く笑って答えると、巌勝の心臓が、また妙に大きく脈打った。

 

 

 

そして初華もまた、自分の名を慎重に呼んだ巌勝の声が、妙に長く耳へ残るのを感じ、つい先ほどまで落ち着いていた心臓が、また少し速くなった。

 

 

 

縁壱はすぐ傍らで、そのすべての変化を見ていた。二人の顔は先ほどより再び赤くなり、鼓動もほとんど同じ瞬間に速くなった。

 

 

 

縁壱は、先ほど自分が下した判断へ、さらに確信を深めながらも、今回もあえて口には出さなかった。

 

 

 

『やはり……互いに好意を抱いているのは、間違いなさそうだ』

 

 

 

巌勝はそんな弟の考えなどまるで知らぬまま、気まずくなった空気を少しでも変えようとするように、初華が持つ二振りの木剣へ視線を移した。

 

 

 

「ところで、さっきから気になっていたのだが、お前が持っている木剣は、ここで使われる剣とは随分と形が違うな」

 

 

 

初華は自分の木剣を見下ろした。

 

 

 

「あ、これ?」

 

 

 

「太刀や打刀を模した木剣とは、柄からして違うだろう。鍔もほとんどなく、柄頭には丸い環がついている。

 

 

 

だからといって、お前の剣が可笑しいとか、妙だと言いたいわけではない。ただ、私の知る剣とは形が違うから、興味を持っただけだ」

 

 

 

巌勝が、相手の故郷の武器を見下す意味へ聞こえぬよう補足すると、初華の眼には、むしろ少し楽しそうな色が浮かんだ。

 

 

 

「すごい。一度見ただけで、そんな違いまで分かるの?」

 

 

 

「武家に生まれ、幼い頃からいろいろな剣を見て育ったからな。すべての武器を知っているわけではないが、少なくとも私たちが使う剣とは違う程度なら分かる」

 

 

 

初華は二振りの木剣を、それぞれ片手へ持ち上げて見せながら説明した。

 

 

 

「これは、私の故郷でずっと昔から使われてきたと伝わる、環頭大刀っていう剣を模した木剣なの。私は二本を一緒に使うやり方を習ってる」

 

 

 

「二刀流か」

 

 

 

巌勝の眼差しへ、少し前とは違う、純粋な興味が浮かんだ。

 

 

 

「両手へ一振りずつ剣を持つというのは、ただ剣を二本持てば済む話ではない。

 

 

 

左右がばらばらに動かぬようにせねばならぬし、一方で攻める時には、もう一方の位置まで計算する必要がある。

 

 

 

まだ幼いのに、そこまでの修練を積んでいるとは、大したものだ」

 

 

 

褒められた初華は、一瞬だけ誇らしげな顔をしたが、すぐ首を横へ振った。

 

 

 

「まだまだだよ。お父さんには、毎回負けるし」

 

 

 

「お前の父上は、それほど強いのか?」

 

 

 

「ものすごく強いよ」

 

 

 

あまりにきっぱりした返事へ、巌勝は笑いを堪えながら尋ねた。

 

 

 

「どれほどだ?」

 

 

 

初華は少し真剣に考えた。

 

 

 

「私が十回かかっていったら、十回全部、地面へ寝転がされて空を見るくらい。まだこの広い世界を全部見たわけじゃないけど、少なくとも私が知ってる範囲では、お父さんが一番の剣士だと思ってる」

 

 

 

父への純粋な尊敬が、あまりにもはっきり伝わる言葉だったため、巌勝はとうとう小さく笑った。

 

 

 

「そこまでなのか?」

 

 

 

「笑わないで! やられる私は本当に痛いんだから。それにお父さん、私が少しでも構えを雑にしたら絶対に見逃してくれないの。

 

 

 

右手が良くなったら左手をもっと使わせて、左手も追いついたら今度は足を縛って上半身だけで防げって言うし、それにも慣れたら眼を隠して、音だけ聞いて避けろって……」

 

 

 

「眼まで隠すのか?」

 

 

 

「うん。まだいっぱいぶつかるよ。だから最近は、私の額へ痣ができると、お父さんより先にお母さんが私を叱るの。お父さんに言われたからって、本当に全部そのままやるのかって」

 

 

 

「それは……いくら修練でも、自分の身体をそこまで乱暴に扱わぬほうがよいと思う。傷ついてから悔やんでも、遅いことがある。お前も少しは気をつけたほうがいい」

 

 

 

「でも、それを巌勝が言っていいの? 縁壱が危ないって聞いた途端、自分の身体なんて考えもしないで、ここまで走ってきたじゃない」

 

 

 

初華にそう返され、巌勝は一瞬、言葉を失った。

 

 

 

縁壱は、兄が初対面の相手へ言い負かされる珍しい姿を眺め、初華はその反応が面白かったのか、笑い声を漏らした。

 

 

 

巌勝も間もなく、反論する言葉がないことを認めるように、口元をほんの少し上げた。

 

 

 

「……それは、縁壱が危険だと聞いたのだから、仕方なかった」

 

 

 

「私だって、お父さんにそうしろって言われたんだから、仕方なかったよ」

 

 

 

「それとこれが同じか?」

 

 

 

「似てない?」

 

 

 

「まるで違う気がするが……」

 

 

 

そうして二人が、初めて軽く言い合う姿を見て、縁壱は口元へ、ごく微かな笑みを浮かべた。

 

 

 

少し前まで竹林の中には、自分へ向けられた罵声と嘲笑だけが満ちていた。それなのに今は、兄と、初めて会った少女が、あまりにも些細なことで言葉を交わしている。

 

 

 

自分は、その隣へ立ち、二人の会話を聞いていた。驚くほど平凡な光景だった。そして縁壱にとっては、その平凡さこそが、かえってひどく見慣れず、大切なものに感じられた。

 

 

 

その時、巌勝が初華の木剣を見ながら、慎重に尋ねた。

 

 

 

「もしよければ……少し、持たせてもらってもよいか?」

 

 

 

初華は何の躊躇もなく、右手に持つ木剣を、柄から差し出した。

 

 

 

「うん。だけど、ちょっと重いかも」

 

 

 

巌勝は木剣を受け取った瞬間、指先へ伝わる重みを感じ、眼を少し見開いた。外見から予想した以上に重かった。

 

 

 

実戦用の真剣ではないが、硬い木材を厚く削って作られており、環頭大刀特有の重量配分をある程度再現しているのか、柄頭の環の部分まで、ずしりとした重さが続いていた。

 

 

 

普通の七歳の子供なら、一振りを持って振るだけでも負担になる重さだった。だが初華は先ほど、これを両手へ一本ずつ持ち、何人もの子供を相手に動いていた。

 

 

 

「これを二本持って、稽古しているのか?」

 

 

 

「うん。お父さんが、本物の剣を握る前に、まず身体へ剣の重さを覚えさせろって」

 

 

 

「……とても良い教えだ」

 

 

 

巌勝が短く木剣を立て、手首と肘へ伝わる感覚を確かめると、初華の眼差しも少し変わった。ただ剣を持ってみる子供の動きではなかった。

 

 

 

大きく振ってさえいないのに、手首の角度、肘の開き方、足先が僅かに動く方向だけでも、長く剣を学んできた者であることが伝わった。

 

 

 

何より巌勝は、初めて触れる形の剣であるにもかかわらず、手首を数度動かしただけで、どこへ重心があるのか探ろうとしていた。

 

 

 

「巌勝も、たくさん剣を習ってるんだね」

 

 

 

「家の後継者だからな。幼い頃から、学ばざるを得なかった」

 

 

 

「でも、嫌いには見えない」

 

 

 

巌勝は、答えようとしていた口を一度止めた。前世の自分なら、少しの迷いもなく、剣を愛していると答えただろう。

 

 

 

剣は自分の価値であり、縁壱を越えられると信じた唯一の道であり、最後には人間性まで捨てて鬼となるほどの、執着そのものだった。だが今は違う。

 

 

 

「……剣そのものは、好きだ」

 

 

 

巌勝は少し考えてから、ゆっくり答えた。

 

 

 

「ただ、以前のように、強くなること自体を目的に剣を握りたいとは思わない。力があるのなら、それをどこへ使うのかのほうが大切なのだと……最近、よく考えるようになった」

 

 

 

初華は、その言葉を聞き、しばらく巌勝を見つめた。その言葉は、七歳の子供が口にするには、少し不思議なほど重かった。

 

 

 

だが初華は、その理由を無理に尋ねなかった。代わりに、両親から耳にたこができるほど聞いた言葉を思い出し、極めて自然に答えた。

 

 

 

「うちのお父さんも似たことを言うよ。刀は人を斬るために作られた物だけど、刀を持つ人が、必ず人を斬るために生きなきゃいけないわけじゃないって。

 

 

 

本当に強い人は、誰かを殺せる力を持った時こそ、どこまで我慢しなきゃいけないのか、知っていなきゃいけないって言ってた」

 

 

 

巌勝の眼が少し大きくなった。その言葉が、不思議なほど心の奥深くへ入り込んだ。前世の自分は、強くなるほど、より多くを斬った。

 

 

 

弱い者を侮り、自分より強い者へは嫉妬と恐怖を抱き、最後には剣が自分の心を守る道具ではなく、心を蝕む執着へ変わってしまった。

 

 

 

それなのに眼前の少女は、自分と同じ年齢でありながら、あまりにも自然に、その正反対の教えを口にしている。

 

 

 

『……この子の父親という人には、一度会ってみたいな』

 

 

 

その考えが、ごく自然に浮かんだ。巌勝は初華へ木剣を返そうとした時、ふと、自分の手に持っていた白樫の木剣を見下ろした。

 

 

 

「そういえば、私だけがお前の剣を持ってみるのも、妙な話だな。望むなら、私のものも一度持ってみるか?」

 

 

 

初華の顔が、たちまち明るくなった。

 

 

 

「いいの?」

 

 

 

「もちろんだ」

 

 

 

二人は、互いの木剣を交換した。

 

 

 

初華は巌勝の白樫の木剣を両手で持ち、数度軽く上げ下げすると、自分の二本の木剣より、さらにずっと重いようで、眉を少し上げた。

 

 

 

「一刀流用とはいっても、これ、思ってたよりずっと重いね」

 

 

 

「わざと少し重いものを選んだ。普段から重い木剣へ慣れていれば、後で本物の刀を持った時、相対的に軽く感じるからな」

 

 

 

「うちのお父さんと、似た考えだね」

 

 

 

「父上も、剣について語るのが随分お好きなのか?」

 

 

 

「うん! だから今夜会ったら、きっと剣の話だけで夜が明けちゃうかも」

 

 

 

「……?」

 

 

 

巌勝は一瞬、その言葉を妙に感じたが、初華が自然に別の話へ移ったため、その場では深く尋ねられなかった。その時、縁壱が地面の一角を見つめ、ゆっくり腰を屈めた。

 

 

 

少し前まで自分が遊んでいた独楽が、土埃の中へ半ば埋もれていた。兄が市で買ってくれたものだった。

 

 

 

子供たちに囲まれる途中、足で蹴られ、遠くへ転がったらしく、表面には土がたっぷりつき、漆塗りの一部には、小さな傷までついていた。

 

 

 

縁壱はそれを拾い上げ、袖の端で慎重に土を払った。その姿を見た巌勝の表情が、一瞬、曇った。

 

 

 

「独楽が壊れたのか? ひどく壊れているなら、捨てても構わぬ。それに、お前が望むなら、下の者へ命じ、新しいものを買わせてもよい」

 

 

 

「いいえ。少し傷がついただけです。十分に回せます。

このような些細な玩具のために、他の方の手を借りるのは、かなり気が引けます」

 

 

 

縁壱は兄が心配せぬよう、大丈夫だと答えたが、巌勝には、その小さな傷さえ、今日、弟が味わった出来事の痕跡のように思えた。

 

 

 

だがその時、初華が二人の間へ顔を出すように独楽を覗き込み、尋ねた。

 

 

 

「それ、独楽だよね?」

 

 

 

「はい。兄上が今日、買ってくださいました」

 

 

 

「ちゃんと回る?」

 

 

 

「何度か試しましたが、思っていたより面白かったです」

 

 

 

縁壱の答えに、初華は少し嬉しそうな顔をした。

 

 

 

「私もやってみていい?」

 

 

 

縁壱は少し驚いたように眼を瞬かせた。誰かに自分の玩具を奪われそうになったことはあっても、こうして一緒に遊んでよいかと、先に尋ねてくる同年代の子供は、ほとんどいなかった。

 

 

 

やがて頷き、独楽を初華へ差し出した。

 

 

 

「もちろんです」

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

初華は二振りの木剣を傍らへ揃えて置くと、独楽と紐を受け取った。だが、いざ紐を巻こうとすると、思った以上に手つきが不器用だった。

 

 

 

剣を持ち、人の関節や急所を正確に狙っていた先ほどの姿とは、まるで違った。何度も紐が途中でほどけるため、初華は眉間へ皺を寄せた。

 

 

 

「変だな。剣の柄へ紐を巻くのは得意なのに、なんでこれは何度もほどけるの?」

 

 

 

縁壱が近くへ寄り、静かに説明した。

 

 

 

「最初から強く引きすぎると、紐が重なってしまいます。ここから少し緩めに巻いて、最後だけ引けば大丈夫です」

 

 

 

「あ、こう?」

 

 

 

「はい。それと投げる時、手首を下へ強く折りすぎると、横へ倒れやすくなります」

 

 

 

初華は縁壱に教えられた通り、もう一度紐を巻いた。そして慎重に独楽を投げた。こつん。独楽は地面へ触れるや、一瞬よろめき、そのまま横へ倒れた。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

初華が気の抜けた顔をすると、縁壱の口元がほんの少し上がった。それを見た初華は、眼を細めた。

 

 

 

「縁壱、今、笑ったでしょ?」

 

 

 

「こほん……いいえ」

 

 

 

「笑ったじゃない」

 

 

 

「そう見えましたか?」

 

 

 

「巌勝、あなたの弟って、いつもそんな何でもない顔で人をからかうの?」

 

 

 

突然そう聞かれた巌勝は、しばらく縁壱を見た後、結局、小さく笑った。

 

 

 

「私も今日、初めて知った」

 

 

 

「兄上まで、そのようにおっしゃると困ります」

 

 

 

縁壱が普段よりほんの少し困った顔をすると、初華はとうとう吹き出した。その笑い声が竹林の間へ広がった。

 

 

 

そして不思議なことに、その声を聞いた瞬間、巌勝は、少し前まで胸の片隅を重く押し潰していた怒りと罪悪感が、ほんの少しだけ軽くなるのを感じた。

 

 

 

縁壱も同じだった。つい先ほどまで自分へ飛んできた石や蹴りの記憶は、まだ身体のあちこちへ痛みとして残っていた。

 

 

 

それでも今、自分の独楽を真ん中へ置き、兄と初華が笑う姿を見ていると、その記憶だけで今日一日すべてが埋め尽くされることはないように思えた。

 

 

 

初華は、もう一度、独楽へ紐を巻いた。今度は縁壱に教えられた通り、少し力を抜いて、ゆっくり巻いた。二度目の独楽は、最初よりずっと安定して地面を回った。

 

 

 

「できた!」

 

 

 

初華が、本当に戦いへ勝った時のように喜ぶため、巌勝は呆れたように笑った。

 

 

 

「先ほど何人も相手にしていた時より、嬉しそうだな」

 

 

 

「あれは喧嘩で、これは遊びだよ。こっちのほうが楽しいに決まってるじゃない」

 

 

 

あまりにも単純な答えに、巌勝の笑みがほんの一瞬止まった。戦いより遊びのほうが楽しい。当然の言葉だった。だが前世の自分は、いつからか、そんな当然のことさえ完全に忘れて生きていた。

 

 

 

強くなること以外、すべてを無価値と考え、少し休んだり笑ったりする時間さえ、修練を妨げる浪費のように思っていた。鬼となってからは、なおさらだった。

 

 

 

数百年もの間、自分が楽しみと呼べたのは、強い剣士と出会った時か、新たな境地を垣間見た瞬間だけだった。

 

 

 

だが今、眼の前では、自分と同い年の少女が、ただ独楽一つを上手く回せただけで、瞳を輝かせながら笑っている。

 

 

 

その傍らでは、縁壱も少し前より、はっきりした笑みを浮かべていた。巌勝は、自分でも知らぬうちに、その光景を長く眺めていた。

 

 

 

『……こういうものだったのか』

 

 

 

自分が守りたいと口にした、平凡な暮らしというものは、さほど大層なものではないのかもしれない。誰かが死なないこと。飢えないこと。家族が互いを憎まないこと。

 

 

 

そして、こうして何でもない玩具一つを挟み、子供たちが何の恐れもなく笑えること。もしかすると、自分がこれから作りたい世界の、もっとも小さな姿が、今、眼前へあるのかもしれなかった。

 

 

 

そんなことを考えていた巌勝へ、初華が独楽の紐を差し出した。

 

 

 

「巌勝もやってみなよ。さっきから、私たち二人がやってるのを見てるだけじゃない」

 

 

 

初華が独楽の紐を差し出すと、巌勝は自分はよい、二人が遊ぶのを見ているだけで十分だと断った。

 

 

 

だがその答えを聞いた初華が眼を細め、もしかして下手だからやらないのかと、からかうように挑発すると、巌勝の眉が、ごく微かに動いた。

 

 

 

「……誰が下手だと言った。数日前、市でも何度かやっているし、今もお前たちのやり方を十分見た。今度は、きちんと回してみせる」

 

 

 

結局、巌勝は妙に真剣な顔で独楽と紐を受け取り、数日前、市で何度か触れた独楽であるにもかかわらず、紐の張り具合と軸の位置を何度も確かめ、掌の上で重心まで再確認した。

 

 

 

その姿をしばらく見ていた初華は、とうとう笑いを堪えられなくなった。

 

 

 

「巌勝、それ剣術の試験じゃなくて、ただの独楽だよ。遊ぶ時も、いつもそんなに真剣なの?」

 

 

 

「私も遊びだということくらい分かっている。だが、何であれ一度手へ取ったなら、きちんとやるほうがよいだろう。さっき縁壱の前で何度も倒したのだから、同じ失敗を繰り返すわけにはいかぬ」

 

 

 

自分は大真面目に答えたのに、初華は吹き出し、縁壱も小さく笑い声を漏らした。

 

 

 

巌勝が少し不服そうに二人を見ると、初華は、最初はずいぶん堅苦しい子だと思っていたが、話してみれば意外と面白い人なのだと答えた。

 

 

 

しばし言葉を失った巌勝は、咳払いで気まずさを隠し、独楽を投げた。独楽は数日前、市で試した時より遥かに安定して着地し、勢いよく回り始めた。

 

 

 

「兄上、数日前に市でなさった時より、ずっと安定しています」

 

 

 

巌勝が、数日前にも何度か試したうえ、今も二人の様子を十分見たのだから当然だと答えようとした、その時、初華が、少し力を入れすぎたんじゃない、と言った。

 

 

 

その言葉が終わるより早く、独楽は小石へぶつかって大きく跳ね、何度かふらついた末、横へ倒れた。短い沈黙の後、初華と縁壱が同時に笑うと、巌勝もとうとう笑いを堪えられなくなった。

 

 

 

「……そうだな。今回は、私が少し真剣になりすぎた」

 

 

 

その日、竹林で初めて、三人の子供の笑い声が一つへ混じった。誰一人、大きな声で笑うことへ慣れた子ではなかった。

 

 

 

縁壱は長い間、家の中で気配を殺して生きてきた。初華は異国から来た家の子だという理由で、同年代の子供たちへ容易に溶け込めなかった。

 

 

 

巌勝も、前世ですら幼い頃から、後継者という名の下、他の者より先に大人のように振る舞うことを学ばねばならなかった。

 

 

 

理由はそれぞれ違ったが、三人とも自分なりの形で、あまりにも早く孤独を知っていた。

 

 

 

そんな三人が、たった独楽一つを真ん中へ置き、しばしの間、身分も、呪いも、前世も、家の務めも何一つ考えず、ただ七歳の子供のように笑っていた。

 

 

 

そしてその短い時間は、後に三人すべての心へ、思っていた以上に長く残り続ける記憶となった。

 

 

 

独楽を何度か回した後、縁壱はふと、懐の内側に、まだもう一つ玩具が残っていることを思い出した。兄と共に市へ出た時、巌勝が買ってくれた小さな凧だった。

 

 

 

縁壱が慎重に凧を取り出すと、初華の視線はすぐ、そちらへ向いた。

 

 

 

「それ、凧だよね? これも巌勝が買ってくれたの?」

 

 

 

「はい。今日、初めて一緒に市へ出た時、兄上が買ってくださいました」

 

 

 

「じゃあ、これも飛ばしてみようか? 風もちょうどよさそうだし」

 

 

 

初華は顔を上げ、竹林の上を見た。林の奥は竹が密集し、凧を上げるには向かなかったが、少し横へ歩けば、木々の間が広く開いた小さな空き地があった。

 

 

 

春風も、強すぎず弱すぎず、ほぼ一定の方向へ吹いており、幼い子供たちが凧を上げるには十分そうだった。

 

 

 

縁壱は、自分のために兄の時間をさらに奪うことが申し訳なく、一瞬、巌勝を見た。だが巌勝は、その心を察したように、先に頷いた。

 

 

 

「少しくらい構わぬ。今日は、お前が遊んでもよい日だっただろう」

 

 

 

その言葉に、縁壱の瞳が僅かに明るくなった。三人はすぐ、傍らの空き地へ移った。そして、さっそく凧を上げ始めた。

 

 

 

巌勝と初華が左右の端を持ち、縁壱が前へ走る瞬間に手を離すと、小さな凧は春風を受け、数度揺れた後、ゆっくり空へ昇っていった。

 

 

 

縁壱は走る速さを落としながらも、凧糸を離さなかった。指先から繋がる細い糸が、風に引かれ、ぴんと張る。

 

 

 

つい先ほどまで懐の中へ畳まれていた小さな凧が、竹の梢より高い場所で陽光を受け、揺れている姿を見た瞬間、縁壱の顔には、独楽を回した時より少しはっきりした笑みが浮かんだ。

 

 

 

「上がりました」

 

 

 

普段と変わらぬ静かな声だったが、その中へ込められた喜びは、誰にでも分かるほどだった。初華はそんな縁壱を見て、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「上手だね! もう少し糸を出してみて。もっと高く上がりそう」

 

 

 

巌勝もまた、弟の顔を見ながら、自分でも知らぬうちに、とても柔らかな表情を浮かべていた。今日の昼、市で玩具を選んだ時、彼が願っていたことは、実のところ大層なものではなかった。

 

 

 

縁壱がそれで遊び、一度でも笑う姿を見たかった。それだけだった。そして今、その素朴な願いは、自分が思いもしなかった異国の少女一人を傍らへ加えた形で、叶っていた。

 

 

 

しばらくして、初華と巌勝も順番に凧糸を受け取った。巌勝はまた玩具一つを武芸の稽古のように真剣に扱おうとし、初華から「またそんな怖い顔してたら、凧が逃げちゃうよ」と言われ、

 

 

 

しばし言葉を失った。その姿を見た縁壱が、また小さく笑った。そうして三人は、独楽に続き、凧も交代しながら遊んだ。

 

 

 

時間にすれば、さほど長くはなかった。だがその短い間だけは、誰も巌勝を若当主とは呼ばず、誰も縁壱を呪われた双子とは呼ばなかった。

 

 

 

そして誰も、初華を海の向こうから来た異質な子供として見なかった。

 

 

 

ただ、互いの名を知ったばかりの三人の七歳の子供が、春風の下、同じ玩具を握り、笑っているだけだった。しばらく三人は、そうして交代で凧を上げた。

 

 

 

縁壱は、初めて外へ出た時、他の子供たちが騒ぎながら遊ぶ姿を、遠くから眺めていた記憶と、今、兄と初華が自分のすぐ隣へ座り、些細なことで笑っている姿を、自然と比べた。

 

 

 

少し前まで、自分と他の子供たちの間には、眼に見えない壁があると思っていた。

 

 

 

彼らが自分を嫌う気持ちは、透き通る世界を通じて、あまりにも鮮明に見えていた。

 

 

 

口で拒絶の言葉を聞くより先に、肩や首の緊張、視線の動き、後ろへ退く爪先だけで、自分が歓迎されていないということが分かった。

 

 

 

だから、自分から先に離れた。誰かを不快にしたくなかったからだ。

 

 

 

だが初華は違った。自分が何者なのかさえ知らぬまま、危険な場へ飛び込み、少し前には、自分へ独楽を貸してくれと頼み、今は兄と自分を、あまりにも自然に同じ場所へ座らせて笑っている。

 

 

 

そのすべてが、縁壱には見慣れなかった。だが嫌ではなかった。むしろ、温かかった。

 

 

 

巌勝も、笑いが少し落ち着いた後、弟の顔を見て、そこへ先ほどとはまるで違う安らぎが宿っていることへ気づいた。

 

 

 

しばらく、その姿をそのまま見ていたかった。だが今日起きたことをきちんと解決するには、結局、何があったのかを初めから知らねばならない。巌勝は独楽を縁壱へ返し、慎重に口を開いた。

 

 

 

「縁壱。先ほど、お前がなぜ打たれてばかりいたのかは聞いた。だが今日、どうしてここへ来ることになり、

 

 

 

あの子供たちが、なぜ最初からお前へ絡んできたのかは、まだ正確に聞いていない。心も身体も疲れているだろうが、最初から話してくれるか?」

 

 

 

縁壱は兄の言葉を聞き、しばらく自分の手に載る独楽を見下ろした。先ほどの出来事が、まるで遥か昔のことのように感じられるほど空気は変わっていたが、身体へ残る痣は、今も鈍く痛んでいた。

 

 

 

やがて縁壱は静かに頷いた。

 

 

 

「はい、兄上」

 

 

 

そして縁壱は、今日の朝から起きたことを、一つずつ説明し始めた。

 

 

 

巌勝が家の後継者として必ず学ばねばならぬ学問と武芸を修めるため、自分の務めを果たしている間、縁壱はいつものように、母・朱乃の傍らへいるつもりだった。

 

 

 

だが最近、朱乃の身体は、以前と比べれば、ほんの僅かずつながら良くなっていた。普通の人の眼には、せいぜい顔へ少し血色が戻り、咳の回数が減った程度にしか見えなかったかもしれない。

 

 

 

しかし、生まれた瞬間から人の皮膚や筋肉、その下を流れる血管や心臓の動きまで見ていた縁壱には、母の身体で起きている小さな変化が、それより遥かに鮮明だった。

 

 

 

最近、巌勝が家の権限を使って呼び寄せた医師たちの煎じ薬と、貴重な薬材、以前なら想像もできなかったほど滋養のある食事が、少しずつ効き始め、

 

 

 

母の呼吸と脈は、ほんの微かではあっても、安定へ向かっていた。

 

 

 

病が治ったわけではない。身体の奥深くには、なお病魔が根を張っていた。縁壱も、そのことは分かっていた。

 

 

 

だが、自分がほんの少し傍を離れれば、そのまま息が途切れてしまうように見えた以前と比べれば、確かによい変化だった。

 

 

 

そして、その変化が誰のおかげで起きているのかも知っていた。兄だった。巌勝は自分の学問と武芸の鍛錬だけでも一日が足りぬほど忙しいのに、少しでも暇があれば医師へ母の様子を尋ね、

 

 

 

身体に良い薬材があると聞けば人を送り、取り寄せさせ、厨房へ自ら命じ、朱乃の体調へ合う食事を別に用意させた。

 

 

 

その日も縁壱は、母の傍らへいたかった。だが朱乃は、そんな幼い息子を見つめ、むしろ自分の胸へ引き寄せ、優しく抱いた。

 

 

 

「縁壱。今日は外へ出て、遊んでおいで」

 

 

 

「ですが……母上」

 

 

 

「母は大丈夫よ。お兄様が良い薬も用意してくださったし、お医者様たちも、今日はゆっくり休めばよいとおっしゃっていたわ。お前が少し席を外したからといって、大変なことにはならないわよ」

 

 

 

それでも心配を捨てられない息子の頭を撫でながら、朱乃はさらに優しく言った。

 

 

 

「それに、お前だって、まだ七歳の子供なのよ。他の子供たちのように外で走り回り、笑って、時には土埃をつけて帰ってきてもよい年頃なの。

 

 

 

毎日、病気の母の傍らへ座っていることだけが、子供のすべてであってはいけないわ。今日くらいは、母のことを少し忘れて、遊んでおいで」

 

 

 

縁壱は、その言葉を聞きながら、妙な感情を覚えた。周囲の他の者たちは、自分へ子供らしく生きる機会をほとんど与えなかった。双子として生まれたという理由で。

 

 

 

生まれた時から額へ痣があるという理由で。口を利かず、耳が聞こえぬふりをしているという理由で。父や家の者の大半は、自分を呪われた存在か、愚鈍な子のように見ていた。

 

 

 

だが母と、最近の兄の前だけは違った。二人は自分を呪いでも愚者でもなく、ただの七歳の子供として見てくれた。

 

 

 

縁壱は、もう一度、透き通る世界で母の身体を見た。今すぐ危険な変化がないことを確かめてから、ようやく慎重に外へ出た。

 

 

 

兄が今日買ってくれた独楽で遊びたい気持ちもあった。それに、市で見た同年代の子供たちが、互いにふざけ合いながら笑う姿を思い出し、自分も一度くらい、その中へ混ざってみたいという、ごく小さな期待を抱いていた。

 

 

 

だが村の空き地へ着くと、その期待は長く続かなかった。子供たちは、縁壱が誰なのか気づいた瞬間、まず身体を強張らせた。

 

 

 

一人は一歩後ろへ退き、別の一人は自分が近づくのを嫌うように身体を背けた。やがて、小さな囁き声が聞こえた。

 

 

 

継国家の双子。呪われた子。家からも捨てられた愚鈍な子。

 

 

 

縁壱は無理にその輪へ入ろうとはしなかった。自分のせいで人を不快にしたくなく、十分離れた場所へ移り、一人で独楽を回した。

 

 

 

それだけでも、思ったより面白かった。紐を巻く長さや手首の向きによって、独楽がどれほど長く回るのか少しずつ知ることは、縁壱にとって新しい遊びだった。

 

 

 

だが子供たちは、自分が遠く離れ、一人で遊ぶことさえ気に入らなかったようだった。

 

 

 

彼らは縁壱へ近づき、家へ帰れと言った。縁壱が、自分は彼らの遊びを邪魔していないと説明すると、むしろ腹を立てた。

 

 

 

そして、ついに石が飛んできた。縁壱には避けられた。飛んでくる石の方向も、拳を振るう前に動く肩も、蹴りが始まる前に捻られる骨盤も、すべて見えていた。

 

 

 

だが、すでに兄へ話した通り、その時の縁壱は、反撃して事を大きくするより、自分が少し多く我慢するほうがよいと考えた。そうすれば、いつか子供たちも疲れ、やめると思った。

 

 

 

しかし幼い子供の残酷さは、予想より長く続いた。石が肩と腕へ当たり、倒れると蹴りまで続いた。最後には一人が、かなり大きな石を持ち上げ、頭を狙った。

 

 

 

その時、初華が現れた。

 

 

 

縁壱がそこまで話すと、巌勝の表情が再び一瞬固まった。だが今度は、込み上がる怒りをゆっくり整え、初華を見た。

 

 

 

初華は、自分が褒められるようなことをしたなど少しも思っていないように、乱れた髪を指で何気なく整えていた。だが縁壱の話は、そこで終わらなかった。

 

 

 

「それから……初華お姉さんが、あの子たちを制圧する姿は、とても驚くべきものでした」

 

 

 

「私が?」

 

 

 

初華が、少し意外そうに自分を指差すと、縁壱は静かに頷いた。

 

 

 

「お姉さんは、力任せに殴ってはいませんでした」

 

 

 

子供の一人が、地面へ倒れていた縁壱の頭へ向け、かなり大きな石を持ち上げた時、先に飛んできたのは、初華の木剣でも、拳でもなかった。

 

 

 

竹林の土の上へ落ちていた小石一つが、短く風を切る音と共に飛び、その子の手の甲へ正確に当たった。

 

 

 

ぱしっ!

 

 

 

「ああっ!」

 

 

 

突然の痛みに子供が手を離すと、大きな石が地面へ落ちた。それと同時に、純白の武服を纏った初華が、縁壱と子供たちの間へ割って入るように前へ出た。

 

 

 

両手には、柄頭に丸い環のついた長い木剣が一振りずつ握られていたが、初華は最初から、それを振るおうとはしなかった。

 

 

 

「あなたたち、いったい何してるの?」

 

 

 

自分たちより少し大きいだけの少女一人が、突然割って入ったことが気に入らなかったのか、前にいた子供は顔をしかめ、怒鳴った。

 

 

 

「お前には関係ないだろ!」

 

 

 

「そいつは呪われてるんだ!」

 

 

 

初華の眉が、一瞬ぴくりと動いた。

 

 

 

「呪われてる?」

 

 

 

「そうだよ! そいつ、継国家に生まれた双子なんだ! 大人たちが、双子は家を滅ぼす不吉な兆しだって言ってた!」

 

 

 

「家からも捨てられた奴なんだって。俺たちが少しくらい殴ったって、何が悪いんだよ!」

 

 

 

その言葉を聞き、初華はしばし何も言わなかった。代わりに、地面へ倒れている縁壱を、ゆっくり一度見た。

 

 

 

兄が昼間、自分で選んで着せてくれたと、少し前まで大切にしていた武服は、土埃まみれになっていた。

 

 

 

頬は、酷いと思うほど赤く腫れ上がり、袖の下から見える腕には、すでに何か所も青い痣が広がっていた。

 

 

 

初華は、込み上がる怒りを抱えたまま、二振りの木剣を握る手へ、ごく僅かに力を込めた。

 

 

 

「……それが、あなたたちがこの子を殴ってる理由なの?」

 

 

 

「そうだよ!」

 

 

 

「ただ、双子に生まれたっていう、それだけの理由で?」

 

 

 

「そうだって言ってるだろ!」

 

 

 

その答えを聞いた瞬間、初華の表情は完全に冷えた。

 

 

 

「……ふざけないで!」

 

 

 

彼女の一喝に、子供たちは一瞬、口を閉ざした。少し前までは、自分たちより数の上で遥かに不利な少女一人を見下していたが、怒りを抑えながら放った初華の声には、不思議なほどの揺るぎがなかった。

 

 

 

「人は、生まれてきたっていう、それだけで尊重されて、愛される資格があるんだよ。自分で望んで双子に生まれたわけでもないし、あなたたちへ何か酷いことをしたわけでもないでしょ。

 

 

 

それなのに、生まれた姿が自分たちの気に入らないって、それだけの理由で呪われてるって呼んで、何人もで一人を囲んで石を投げて、踏みつけるの?」

 

 

 

「俺たちの何が悪いんだよ!」

 

 

 

「自分たちが平凡で、力のない家に生まれたって思ってるなら、むしろ弱い人の気持ちを、もっと分かるべきじゃないの?」

 

 

 

初華の声が少し大きくなった。それは、子供が腹を立て、勢いのまま怒鳴るのとは違った。両親から何度も聞いた言葉を、そのまま暗唱しているわけでもない。

 

 

 

眼の前で実際に傷ついた人を見た後、自分が正しいと信じることを、どうにか相手へ理解してもらおうとする、子供の真心がそのまま乗っていた。

 

 

 

「あなたたちより身分の高い武士が、ある日いきなりやって来て、何の理由もなくあなたたちの親を殴って、持ってる物を奪ったら、あなたたちだって怒るでしょ。

 

 

 

でもあなたたちは、自分より弱そうな子を見つけた途端、まったく同じことをしてるじゃない!」

 

 

 

「それとは違うだろ!」

 

 

 

「何が違うの?」

 

 

 

「あいつは呪われてるんだって!」

 

 

 

「その呪いっていうものを、あなたたちは自分で見たことがあるの?」

 

 

 

反論しようとした子供の口が、一瞬止まった。初華は一歩前へ出て、間を置かず、さらに問いかけた。

 

 

 

「この子のせいで、あなたたちの家が燃えた? 家族が怪我をした? 育ててた作物が全部枯れた? それとも、この子が自分であなたたちの物を盗んで、殴りでもしたの? いったい何の災いが、本当に起きたの?」

 

 

 

「それは……大人たちが……!」

 

 

 

「つまり、あなたたち自身が体験したことは、何もないんじゃない」

 

 

 

初華の眼差しが、さらに鋭くなった。

 

 

 

「ただ大人がそう言ったから、そのまま信じて、自分たちより一人ぼっちの子を見つけたから、いじめてるだけでしょ。

 

 

 

自分より弱い人を何人もで囲んで殴って、それが強い人のやることだと思ってたなら、大間違いだよ」

 

 

 

初華はそこで初めて、二振りの木剣をゆっくり持ち上げた。

 

 

 

「それに、自分たちが悪いって分かってるのに、ずっと『大人がそう言った』って言葉の後ろへ隠れるのも卑怯だよ。本当に自分たちが正しいって思うなら、一人ずつ前へ出て、この子があなたたちへ何をしたのか言ってみて。

 

 

 

何も言えないくせに、人一人をこんな姿にして、偉そうにしてるあなたたちのほうが、よっぽど獣以下だよ!」

 

 

 

子供たちの顔が、怒りと羞恥で真っ赤に染まった。理屈で言い返す言葉は思いつかなかったが、

 

 

 

数の上で自分たちが圧倒的に有利な状況で、初めて見る少女一人から、臆病者同然に扱われたことだけは、耐えられなかったようだった。

 

 

 

「この女が!」

 

 

 

「捕まえろ!」

 

 

 

子供たちが、いくつもの方向から同時に駆け出した。

 

 

 

地面にいた縁壱は、思わず身体を起こそうとした。自分のせいで割って入った相手が傷つくのは望まなかった。だが動こうとした縁壱より、初華のほうが一歩早かった。

 

 

 

一人目の子供が、右の拳を大きく振るった。縁壱の眼には拳そのものより、その前に起こる身体の変化が先に見えた。右肩が上がり、前腕の筋肉が張り、骨盤が前へ回る。

 

 

 

普通の子供の眼には、突然飛んでくる拳に見えただろう。だが初華は、まるで初めから分かっていたかのように、上体を半尺ほど横へ傾けた。

 

 

 

拳が彼女の頬の前を虚しく通り過ぎた瞬間、初華の左手の人差し指が、相手の肘の内側を短く押した。

 

 

 

「うっ!?」

 

 

 

縁壱の視界には、指先が触れた箇所を中心に、腕の筋肉が一瞬固まり、その後力を失う様子が、あまりにも鮮明に見えた。

 

 

 

骨が折れたわけでも、関節を極められたわけでもない。それでも腕全体へ力が正しく繋がらなくなり、子供の右手が、だらりと下へ垂れた。

 

 

 

初華はその状態で、相手の顔や腹を殴らなかった。半歩だけ身体を横へずらし、肩を軽く押して、前へ傾いていた重心だけを崩した。

 

 

 

子供は自分の勢いを支えきれず、土の上を数歩よろめいた後、そのまま前へ倒れ込んだ。

 

 

 

ほとんど同時に、二人目の子供が後ろから初華の腰へ抱きつこうと駆け寄った。今度の初華は、後ろを完全に振り向きさえしなかった。

 

 

 

右手に持つ木剣の柄頭へついた丸い環が短い円を描き、相手の太腿の内側を正確に叩いた。

 

 

 

ぱしっ!

 

 

 

「ああっ! 脚が……!」

 

 

 

太腿の内側の筋肉が一瞬収縮し、膝を支える力が抜けた。走っていた子供は二歩も進めぬまま、片膝を地面へ突いた。初華はそれ以上打ち下ろさず、身体だけを横へ移し、通り過ぎた。

 

 

 

『……わざと骨を避けた』

 

 

 

縁壱には、それがはっきり見えた。木剣が少し上へずれていたなら、骨盤へ繋がる箇所を強く打つこともできたし、下へ下がれば膝関節そのものへ大きな衝撃を与えられた。

 

 

 

だが初華は、その間にある、筋肉がもっとも容易に力を失う場所を選び、正確に触れた。

 

 

 

三人目の子供は、その光景を見ても止まらなかった。むしろ興奮した顔で、横から身体ごとぶつかろうとした。初華は後ろへ退かず、相手が触れる直前、一歩前へ入った。

 

 

 

二人の距離が急に縮まり、子供が身体へ乗せた力を伸ばし切るより先に、初華の肩が相手の胸の下へ触れ、同時に彼女の足が、子供の前足の外側へ僅かにかかった。

 

 

 

力で投げ飛ばしたようには見えなかった。ただ、すでに前へ崩れていた重心の向きを、ほんの少し変えただけだった。だが結果は明確だった。子供の身体が横へ回り、土の地面へ背中から倒れた。

 

 

 

どんっ!

 

 

 

「いてっ……!」

 

 

 

倒れる瞬間にも、初華は首元の衣を一瞬掴み、後頭部が石へ強くぶつからぬよう、方向を変えてやった。

 

 

 

自分を襲った相手が傷つかぬよう、最後の瞬間まで手を使う姿に、縁壱はごく微かに眼を見開いた。

 

 

 

『勝てるからこそ、力を抑えているのだ』

 

 

 

その考えは、説明を聞くより先に浮かんだ。

 

 

 

だが子供たちは、まだ諦めていなかった。一人が地面へ落ちていた太い木の枝を両手で持ち上げ、初華の頭へ振り下ろし、別の一人はその隙を狙って脇腹へ駆け込んだ。

 

 

 

初華の二本の木剣が、初めて同時に動いた。右手の木剣は、上から落ちてくる枝を正面から受けるのではなく、側面を斜めに打って軌道を逸らし、

 

 

 

左手の木剣は、ほぼ同じ瞬間、横から走り込む子供の手首のすぐ手前を軽く叩いた。

 

 

 

たんっ! ぱしっ!

 

 

 

枝は初華の肩の横の空を切り、地面へ突き刺さった。手首を打たれた子供は指から力が抜け、握っていた小石を落とした。

 

 

 

初華はすぐ右足を軸に身体を回しながら、二本の木剣の位置を入れ替えた。つい先ほど防御へ使った右手の剣は、枝を持つ子供の脇腹へ向かったが、

 

 

 

最後の瞬間、刃に当たる広い面ではなく、柄頭でみぞおちの下を短く押した。

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 

一瞬息が詰まった子供が、その場へしゃがみ込んだ。反対では、左手の剣が、石を落とした子供の膝裏を軽く押した。その子も脚から力が抜け、そのまま尻餅をついた。

 

 

 

初華の身体は、外から見れば、自分と大きく違わぬ幼い少女のものだった。だが透き通る世界を通じ、皮膚の下を見ると、話は違った。

 

 

 

二本の剣を同時に扱うためか、腕と肩だけが鍛えられているのではなかった。腰、背、骨盤、太腿、脹脛に至るまで、どこか一方だけへ力が偏らぬよう、均等に発達していた。

 

 

 

右と左の筋肉量や動きの差も、同い年の子供では滅多に見られぬほど小さかった。

 

 

 

さらに驚くべきは、力の使い方だった。相手を打つ、まさにその瞬間だけ、必要な筋肉が短く収縮し、動作が終われば、すぐ力が抜けた。

 

 

 

ずっと身体を固めて耐えていないため、いくつもの方向から攻撃が続いても、次の動きへ移るのに、ほとんど遅れがなかった。

 

 

 

だが初華が相手の力を流す方法は、そこでは終わらなかった。前で仲間たちが次々倒れるのを見て怯えた子供二人が、しばし尻込みしたかと思うと、

 

 

 

互いに眼配せした後、一人は正面から木剣を奪おうと駆け込み、もう一人は大きく横へ回り、初華の背を狙った。

 

 

 

縁壱の眼には、二人が足を踏み出した瞬間から、攻撃が始まるより先に、次の動きが鮮明に見えていた。だが初華もまた、まるで足音と呼吸だけで彼らの位置を知っているように、身体を低くした。

 

 

 

正面の子供が両手で右の木剣を掴もうとした瞬間、初華は無理に剣を引き戻そうと力比べをしなかった。むしろ手首の力を一時抜き、相手が予想以上に容易く木剣を引けるようにし、

 

 

 

子供の上半身が前へ傾いた、その刹那、左手の木剣を胸へ振るう代わりに、柄頭で脇の下を短く押した。

 

 

 

腕と脇腹を繋ぐ筋肉へ突然力が入り、すぐ抜けると、子供の指は自然に開いた。初華はその隙に木剣を抜き返し、肩を軽く押し、相手を横へ退けた。

 

 

 

そのため、後ろから走ってきた別の子供は、止まる間を失った。そのままなら二人が強くぶつかるところだったが、初華は倒れかけた一人目の衣の襟を左手で掴み、半歩横へ引き寄せ、

 

 

 

同時に右足を後ろへ引きながら、二人目の子供の手首を、木剣の広い面で下から上へ打ち上げた。拳は空を切り、身体だけが前へ流れた。

 

 

 

初華はその子の腕を極める代わりに、肘の外側へ自分の掌を当て、方向だけを変えた。結局、子供は自分で走ってきた勢いを支えきれず、前の草むらへ転がった。

 

 

 

縁壱はその間、初華の心臓と呼吸が、ほとんど乱れていないことまで見ていた。何人もの子供が一度に襲いかかったのに、荒く息を吐くことさえなく、

 

 

 

相手が動くたび、全身へ力を入れるのではなく、必要な瞬間、必要な場所だけへ力を集め、すぐ抜いていた。

 

 

 

だからこそ、小さく軽い身体でありながら、自分より体格の大きい子供の力と正面からぶつからず、その力が向かう先を少しずつ変え、相手自身へ均衡を失わせることができた。

 

 

 

『ただ、どこを打てば痛いかを知っているだけではない。相手が力を出す瞬間と、その力がどこへ流れるのかまで見て動いている』

 

 

 

その時、土へ倒れていた子供の一人が歯を食い縛りながら立ち上がり、今度は初華ではなく縁壱へ駆け出した。自分のせいで仲間が打たれたかのように、怒りを向けたのだ。

 

 

 

初華はすぐ身体を返したが、その子供と縁壱の間には、もう大した距離が残っていなかった。縁壱には避けることができた。

 

 

 

だが、自分が動けばまた争いが長引くかもしれぬと思い、身体を完全に起こせずにいた。その瞬間、初華の左手の木剣が、縁壱の眼前を横切った。

 

 

 

木剣は子供の顔へ向かわなかった。初華は柄頭の環を、相手の手首と前腕の間へ引っかけるように当て、短く下へ引いた後、右手の木剣の広い面で、脛の前をほんの軽く押した。

 

 

 

上の腕は下へ引かれ、下半身は前へ進む力を失い、子供の身体はそのまま捻れた。

 

 

 

初華は倒れる子供の肩を受け止め、地面へ強く叩きつけられぬよう、ゆっくり下ろすと、今度は明らかに怒った顔で、その子を見下ろした。

 

 

 

「さっき言ったでしょ。私に腹が立ったなら、私に怒って。どうして、もう怪我してる子へ何度も八つ当たりするの?」

 

 

 

初華は倒れた子供を見下ろし、少し低くなった声で続けた。

 

 

 

「友達が私に倒されて腹が立つのは分かる。でも、その怒りを何の関係もない人へ向けたら、最初にあなたたちがこの子へしてたことと、何も変わらないじゃない」

 

 

 

子供は唇を噛んだが、すぐには反論できなかった。初華はその姿を見ると、今度は声を少し和らげた。

 

 

 

「腹が立つことまで悪いって言ってるんじゃない。でも腹が立った時、誰へ向けて何をするのかは、自分で決めることだよ。その選択まで、他人のせいにしちゃだめ」

 

 

 

その言葉を聞きながら、縁壱は頼もしい初華の背を見た。まだ名すら知らない人だったが、彼女は自分を守りながらも、襲ってきた子供たちを必要以上に傷つけなかった。

 

 

 

その選択は、素早い動きと同じほど鮮明に、縁壱の心へ残った。

 

 

 

『兄上と似ているようで……違う』

 

 

 

巌勝もまた、武家の後継者として幼い頃から苛烈な修練を受けてきたため、同年代とは比べものにならぬほど鍛えられた身体を持っていた。

 

 

 

だが巌勝の剣が、正面から相手を斬り伏せるための武家の剣術へ近いのなら、初華の動きには、相手の力を抜き、均衡を崩し、争いを終わらせる方法が、ひときわ多く混じっていた。

 

 

 

まさにその時、最初に手の甲を打たれた子供が、羞恥へ耐えられなくなったのか、地面へ落ちていた大きめの石を、もう一度両手で拾い上げた。

 

 

 

「これでも喰らえ!」

 

 

 

今回も石が向かった先は初華ではなく、縁壱だった。縁壱にはすでに軌道が見えていたが、身体を動かすより先に、初華の右手が動いた。

 

 

 

柄頭の丸い環へ人差し指をかけた初華が、手首を短く捻ると、木剣の先が円を描いて伸び、子供の手の甲を横から正確に打った。

 

 

 

ぱしっ!

 

 

 

「ああっ!」

 

 

 

石が落ちると、初華はもう一度、縁壱の前へ立ちはだかった。

 

 

 

「また、この子なの?」

 

 

 

「あいつのせいで、俺たちがこうなったんだろ!」

 

 

 

「違う。今あなたが恥ずかしくて腹が立ってるのは、弱そうな女の子だと思ってた私に負けたからでしょ。どうして、それをこの子のせいにするの?」

 

 

 

子供の口が、そのまま閉じた。

 

 

 

「喧嘩に負けるのは、恥ずかしいことかもしれない。でも、自分が悪いって分かってるのに、もっと弱い人へ怒りをぶつけるほうが、それよりずっと恥ずかしいことだよ」

 

 

 

初華は二振りの木剣を少し下ろしたが、縁壱の前からは退かなかった。

 

 

 

「今日、自分たちが負けたことより、どうして喧嘩が始まったのかを覚えておいて。次に誰かが一人でいるからって、また同じことをしたら、その時は本当に『知らなかった』なんて言えなくなるから」

 

 

 

その言葉に、子供の一人が唇を噛んだ。もう突っ込む勇気も、言葉を続ける理由も残っていなかった。

 

 

 

誰かが先に一歩退き、それをきっかけに、つい先ほどまで威勢のよかった子供たちは、一人、また一人と土まみれの衣を掴みながら、竹林の外へ逃げ始めた。

 

 

 

「覚えてろ!」

 

 

 

最後まで意地を捨てられない一人が遠くからそう叫んだが、初華はあえて追いかけなかった。

 

 

 

相手がもう攻撃してこないのなら、自分にも戦う理由はない――そう言うかのように、二振りの木剣を、ゆっくり下ろしただけだった。

 

 

 

そして、その瞬間までのすべての動きを、縁壱は透き通る世界で見つめていた。

 

 

 

『人の身体を、正確に理解している』

 

 

 

自分は生まれた時から、身体の内側を見ることができた。だから相手の筋肉がどう動くのかを見るだけで、自然と、どこが弱いのか分かった。

 

 

 

だが初華は、自分と同じ眼を持っているようには見えない。それなのに、修練と知識だけで、よく似た結果を生み出していた。

 

 

 

『武術と医術が、共に混ざっているのだろうか』

 

 

 

正確な名までは分からなかった。だが一つだけは確かだった。初華は、ただ木剣を上手く振るう、同年代の子供ではない。

 

 

 

自分をいじめていた子供たちを打ち倒せるほど強く、それでいて、その力をどこまで使うべきなのかも知っていた。

 

 

 

縁壱が、当時、自分の見たことをできる限りそのまま説明すると、初華は最初、少し気まずそうに頬を掻いた。だがすぐ、本当に驚いた顔で縁壱を見た。

 

 

 

「そこまで細かく見てたの?」

 

 

 

「……申し訳ありません。わざと盗み見ようとしたわけではありませんでした」

 

 

 

「ううん、怒ってないよ。ただ、私が戦ってるところをそこまで細かく見た人、お父さん以外ほとんどいなかったから、びっくりしただけ。私だって、どっちの脚へどれだけ力を入れたかなんて、全部は覚えてないし」

 

 

 

巌勝は二人の会話を聞きながら、ほんの一瞬、縁壱を見た。弟が生まれた時から透き通る世界を見ていることは、すでに知っていた。

 

 

 

だが今、そのことを初華へ説明する理由はない。何より、縁壱本人でさえ、自分が見ている世界が他人と比べ、どれほど特別なのか、まだ完全には理解していなかった。

 

 

 

初華は少し考えると、自分の掌を開いて見せた。

 

 

 

「お母さんからは、人を治すなら、骨と関節と筋肉がどう繋がってるのか、分からなきゃいけないって教わったの。お父さんは、それに加えて、人を殺さずに制圧するなら、どこまで力を使っていいのか知ってなきゃいけないって教えてくれた」

 

 

 

「どこまで力を使ってよいのか……ですか?」

 

 

 

縁壱が尋ねると、初華は頷いた。

 

 

 

「うん。同じ腕でも、変なところを強く打ったら骨が折れるけど、少し場所を変えれば、一時的に力だけ抜かせることもできるでしょ。だから私は、強く打つ方法より先に、どこで止めるべきかを習ってる」

 

 

 

巌勝はしばらく、何も言えなかった。前世の自分にとって強さとは、長い間、どれほど多くのものを斬れるかと、ほとんど同じ意味だった。

 

 

 

自分より弱い者を侮り、自分より強い者を妬み、最後には剣が人を守る手段ではなく、自らの心を蝕む執着へ変わってしまった人生。

 

 

 

それとは正反対に、眼前の七歳の少女は、人を殺さぬためにこそ、より多くを学び、より強くならねばならないという教えを、あまりにも自然に口にしていた。

 

 

 

「お前の両親が、どのような方なのか、ますます気になってきたな」

 

 

 

巌勝が率直に言うと、初華は極めて自然に笑った。

 

 

 

「もう少ししたら、会えると思うよ?」

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

今度は巌勝も、その言葉をはっきり聞いた。

 

 

 

「もう少ししたら会える、とはどういう意味だ?」

 

 

 

初華はしばらく巌勝を見つめた後、むしろ不思議そうに眼を大きくした。

 

 

 

「あれ? 本当に何も知らないんだね」

 

 

 

「だから、何の話をしているのだ」

 

 

 

「私は今日の夜、もともと、あなたたちの家へ行く予定だったんだよ」

 

 

 

巌勝の眼が大きく開いた。縁壱も少し驚いた顔で、初華を見た。

 

 

 

「お姉さんが、私たちの家へですか?」

 

 

 

「うん。私一人じゃなくて、お父さんとお母さんも一緒。夕食へ招かれてるの」

 

 

 

巌勝の顔は、ますます理解できないものを見るようになった。最近、自分と父・正紀の関係は、とても良好だとは言い難かった。

 

 

 

縁壱の待遇を巡って正面から衝突し、母の治療へ家の財を使う問題でも意見が分かれた。

 

 

 

最近では、賊を無条件に殺すのではなく、生け捕りにして罪を償わせ、その後、もう一度生きる機会を与えるべきだという自分の主張を巡っても、言い争っていた。

 

 

 

そんな状況で、父が外から客を屋敷へ招きながら、当の若当主である自分へ何も伝えていなかったのは、妙な話だった。

 

 

 

「父上が、お前たち家族を招いたのか?」

 

 

 

「そうだってば。むしろ私のほうが聞きたいよ。あなたたちのお父さん、巌勝と縁壱にも、この話をしてなかったの?」

 

 

 

「驚くべきことに……そうだ。いったい、何があったのだ?」

 

 

 

戸惑いを隠せない巌勝の返事へ、初華はしばらく考えた後、純白の武服の襟を一度整えた。

 

 

 

「それを説明するなら、先に、うちの家のことを話したほうがよさそう」

 

 

 

「家の話?」

 

 

 

「うん。さっき、私の名前はこの辺りで聞いたことがないって言ったでしょ?」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

「それは当然なの。私たちの家族は、海の向こうにある、とても遠い半島の土地から来たから」

 

 

 

巌勝は、初華の衣と、環頭大刀を模した木剣をもう一度見て、静かに頷いた。

 

 

 

「やはり、そうだと思っていた」

 

 

 

初華は、幼い頃から両親へ数え切れぬほど聞かされてきた、自分の家の話を、ゆっくり兄弟へ語り始めた。故郷は、日本列島から広い海を渡ってようやく辿り着く、朝鮮半島と呼ばれる土地だった。

 

 

 

そこには遥か昔から、普通の人々には相手の難しい妖怪や魔物、そして弱い民を略奪し殺す悪人や外敵と戦い、人々を守り続けてきた、秘密の集団が存在していた。

 

 

 

司冥剣霊会。

 

 

 

その組織が、正確にいつから存在したのかは、今を生きる子孫たちでさえ、完全には把握していなかった。

 

 

 

伝承によれば、朝鮮半島にいくつもの国が本格的に築かれるより以前から、似た役目を担う守護者たちは存在し、

 

 

 

王朝と国が何度変わろうとも、『力なき者を守る』という使命だけは、子孫へ受け継がれ続けたという。

 

 

 

初華の父・常善祈鉉は、その司冥剣霊会で先鋒を務め、戦っていた強力な武人だった。

 

 

 

一方、母の常善深雪は、戦いで傷ついた武人や民を治す医師であると同時に、人々へ害をなす妖怪の幻惑や、精神へかかる呪いを防ぎ、安寧を祈る朝鮮の巫堂(ムーダン)としての役目まで担っていた人物だった。

 

 

 

だが時が流れ、国が変わるにつれ、司冥剣霊会の立場は複雑になっていった。新たな権力者にとって、民から敬われながら、国が完全には統制できない古い武力集団は、必ずしも歓迎すべき存在ではなかった。

 

 

 

彼らを恐れる者もいれば、自分たちより民から厚い信頼を受けるという理由で、妬む者もいた。

 

 

 

直接的な討伐や、大規模な虐殺が起きたわけではない。だが時が流れるほど、公に活動できる場所は減っていった。

 

 

 

組織の中でも、意見は分かれた。自分たちの持つ力で、新たな権力者を追い払い、自ら世を変えるべきだと主張する者たち。

 

 

 

反対に、権力のために剣を抜いた瞬間、弱い者を守るという最初の使命を失うとして、静かに退くべきだと主張する者たち。

 

 

 

結局、司冥剣霊会は、いくつもの道へ分かれていった。故郷へ残り、正体を隠した者もいれば、普通の民として生きることを選んだ者もいた。そして海を渡り、新しい土地を探した者たちもいた。

 

 

 

初華の両親が属していたのは、その最後の道を選んだ、穏健な人々だった。

 

 

 

そうして応永末期の頃――一四二〇年代から、一部の構成員が家族と共に日本へ渡り、各地へ散って住み始めた。

 

 

 

異郷へ来たからといって、自分たちが生きてきたやり方まで、すべて捨てたわけではなかった。

 

 

 

身につける衣、食べる物、学んできた武芸と医術、人を見る価値観、故郷から受け継いだ信仰、そして何より、力なき人々を守るという古い使命だけは、できる限り、そのまま守りながら生きた。

 

 

 

「うちのお父さんとお母さんも、日本へ渡ってきた人たちと一緒に暮らしてたんだけど、いろいろあって別れた後、この辺りまで来たの」

 

 

 

初華の説明へ集中していた巌勝が尋ねた。

 

 

 

「では、今は何をしておられるのだ?」

 

 

 

「お父さんは昼間、山で薬草を採ったり、困ってる人を助けたりしてる。暇があれば武芸の稽古もするよ。

 

 

 

お母さんは、人を治したり薬草を集めたりしながら、ときどき故郷で習った方法で、人の無事を祈ったり、よくない気を防いだりもしてる」

 

 

 

「それほどの力を持ちながら、高い地位を求めたり、武家へ仕える考えはないのか?」

 

 

 

初華は、あまりにも当然だというように首を横へ振った。

 

 

 

「全然ないよ」

 

 

 

「なぜだ?」

 

 

 

「お父さんは、家族みんなが幸せに暮らして、助けが必要な人を助けられたら、それで十分だって言ってるから。お母さんも似てるよ」

 

 

 

その答えに、巌勝はしばらく何も言えなかった。強い力を持ちながら、高い地位を望まない。自らの武力を世へ証明したいとも思わない。

 

 

 

人より強くなることが人生の目標でもない。ただ家族と共に生きながら、自分の持つ力で、助けを必要とする人を助ける。前世の自分とは、あまりにも正反対の生だった。

 

 

 

そして不思議なほど、自分の弟である縁壱が、後に生きたいと望んだ道とも似ていた。

 

 

 

『だからか……』

 

 

 

巌勝は、初華を少し違う眼で見た。初対面の縁壱を救ったことも、あの子にとっては、誰かから褒められるための特別な行いではなく、両親から教わった生き方を、そのまま実行しただけなのだ。

 

 

 

「だが、その話と、今日、お前たちが我が屋敷へ来ることに、どのような関わりがあるのだ?」

 

 

 

巌勝が、再び現実的な疑問へ戻ると、初華は少し笑った。

 

 

 

「三日前、うちのお父さんが、あなたたちのお父さんを助けたの」

 

 

 

「……何だと?」

 

 

 

巌勝の眼が、大きく開いた。縁壱も顔を上げ、初華を見た。

 

 

 

「父上を?」

 

 

 

「うん。私も直接見たわけじゃなくて、両親から聞いただけだけど、かなり危ないことだったって言ってた」

 

 

 

初華が最後の言葉を終えると、巌勝は長い間、何も返せなかった。父が三日前、そのような危険へ遭ったこと自体、初めて聞く話だった。

 

 

 

だがそれ以上に驚いたのは、先ほどからずっと興味を抱いていた初華の父親こそが、自分の父・正紀の命を救った者だったという事実だった。

 

 

 

「……いったい、三日前に何があったのだ?」

 

 

 

巌勝が普段より少し低い声で尋ねると、初華はしばらく、両親から聞いた話を頭の中へ整理するように瞬きをした後、ゆっくり口を開いた。

 

 

 

そしてその瞬間、竹林の間を吹き抜けた春風が、三人の子供の衣と髪を、同時に揺らして通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 




───

【後書き】

仕事の都合もあり、久しぶりに第4話を更新することができました。

以前とは違い、今回は兄弟の絆や、巌勝と初華の関係についてもう少し深く掘り下げながら描いているため、十三柱の神々に関するお話が本格的に出てくるまでは、もう少し時間がかかりそうです。

おそらく第5話までの物語を描き終えた後、第6~7話あたりから、十三柱の神々と巌勝にまつわるお話も少しずつ出てくる予定です。

ともあれ……いつもこの物語を読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

【ご意見募集】 『鬼滅の刃』二次創作についてご相談です。「設定が複雑」とのご指摘を受け、1〜17の設定を無くして本文のみで進行するか迷っています。 【期間:1週間】 期日までに多かった方の意見に合わせて決めたいと思います。読者の皆様のご意見をお聞かせください!

  • 1. 削除する
  • 2. 残してほしい
  • 3. その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

藤襲山の巫女鬼 きめつ隠れ里噺(作者:chikuwabu)(原作:鬼滅の刃)

慶応四年。呪いを祓う力を持った幼い巫女が、鬼にされた挙げ句に「最終選別」で知られる藤襲山に放り込まれ。▼なんやかんやで呪いを自力で解き、鬼とは違う存在となって、相棒の手鬼とともに藤襲山に自分たちだけの隠れ里を作り、最終選別にちょっかいを出したり、鱗滝一門を曇らせたり、蜂蜜を舐めたり、眷属を作って里を開拓したりで、第三勢力としてまったりゆったり過ごしていくお話…


総合評価:1263/評価:8.77/連載:43話/更新日時:2026年09月04日(金) 23:00 小説情報

原作知識持ち転生者が蜘蛛子にヤンデレられる話(作者:蜘蛛子たちのヤンデレが見たい)(原作:蜘蛛ですが、なにか?)

ヤンデレな蜘蛛子を見てみたかったけど誰も書いてなかったので書きました▼書いてたら他キャラのも見たくなってきました


総合評価:5486/評価:8.52/短編:9話/更新日時:2026年07月05日(日) 00:00 小説情報

前世がYAMA育ちな菜月昴の異世界生活(作者:雨天)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

▼ 菜月昴に転生したオリ主が前世での死の経験から終わりに不安を抱えながらも二度目の人生を順調に歩んでいると、原作通りに異世界に召喚されてしまい、色々吹っ切れた結果人助けしながら異世界で生きて行くことを決める話。▼ 尚、菜月昴の前世はYAMA育ちである。▼ タイトルを改訂しました。旧タイトル『菜月昴成り代わりオリ主』▼ 活動報告はXで行っています。▼ → ht…


総合評価:6261/評価:8.01/連載:12話/更新日時:2026年06月29日(月) 00:00 小説情報

長命種パーティ、命と引き換えに守ったら千年後も病んでる(作者:曇りときどき曇り)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

聖騎士シオンは身代わりになった。自らの意思でパーティ3人を守り死んだ。▼魔女、エルフ、龍族の娘に幸せに生きて欲しかったから。▼それから千年。▼「止まない雨はないの? 明けない夜はないの? 出口のないトンネルは本当にないの? ねぇ、シオン……」▼魔女ミレアルナは禁断の術『死霊魔術』に手を染めていた。※続き書き溜め中※カクヨムにも掲載


総合評価:5205/評価:8.05/連載:5話/更新日時:2026年04月25日(土) 21:11 小説情報

人の生き様大好き系上位存在が蔓延る世界に生まれ落ちた生存本能極振り転生者(作者:せぞんのう)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

その世界には人間の輝きが大好きな悪魔が無数にいた。▼死を経験したことで生存本能に意識を極振りした転生者のルセラは、悪魔を利用してでも生き残ることを画策する。▼しかしその姿は悪魔たちにとって、性癖ど真ん中をぶち抜く行為だった。▼しかも生き残るためにあらゆることをやってのけるこの異常者の行動は悪魔の想像の遥か斜め上を行く所業ばかり。▼やがて、生存本能極振り転生者…


総合評価:10433/評価:8.88/連載:10話/更新日時:2026年05月08日(金) 07:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>