モテたい小路   作:エゴエロエゾロン

30 / 30
30. やっぱ暴力ってこと

 初日、2回目の話し合い終了後。

 

「綾小路くん、行こ」

 

「ああ」

 

 オレは軽井沢と一緒に部屋を出る。

 

 堀北はオレに発破をかけられて、渋々ながらも平田と作戦を会議する場を設けているらしい。その何回目かの集まりに、軽井沢とオレもお呼ばれしていた。

 

 軽井沢は携帯を弄りながら自然とオレの後を付いてきている。

 

 ちょうどよかったので、オレは自然を装って非常階段の方へ誘導した。

 

「あ、少し用事を思い出したから、先に行っていてくれ」

 

「んー、おっけー」

 

 軽井沢はオレに視線も向けず返事をして、そのまま1人カンカンと足音を立てながら非常階段を上っていく。

 

 オレは既に真鍋へメールを送っていた。今頃は先回りをして、軽井沢が非常階段から離れないうちに詰め寄っているだろう。

 

 少し時間を置いてから、足音を立てずに後を追う。

 

「ちょっと、何のつもり!?」

 

 軽井沢の悲鳴にも似た言葉が聞こえてくる。

 

 こっそりと覗き込めば、真鍋と藪と山下が軽井沢を壁際へ追い詰めているところだった。

 

「とぼけんなよ。あんたがリカを突き飛ばしたんでしょ? それに関する話よ」

 

「は、はあ? あたし知らないって言ってんじゃん」

 

 軽井沢は強気な態度を懸命に保ちながら、強引に囲いを突破しようとする。しかし、真鍋に腕を掴まれ、無理矢理引き戻された。

 

「痛っ!」

 

「これからリカ呼んで確認するから」

 

 オレはその様子を暫く黙って観察した。

 

 何しろ、綾小路清隆は今、匿名アカウントの女子に呼び出されたことになっているのだ。そういう作り話で真鍋たちを誘き出した。

 

 最低でも10分程度は時間を置かないと、匿名アカウントへの信頼が損なわれてしまう。

 

「こいつマジむかつく」

 

「ほんとウザいよね」

 

「よく見たらブスじゃない?」

 

 4人だけの空間で、暴力的な雰囲気が醸成されていく。

 

 悪者かつ弱者である軽井沢への制裁が許されるような雰囲気が、真鍋たち3人の理性を溶かしつつあった。

 

「やめて……やめて……」

 

 真鍋らが表出させ始めた残虐性にあてられて、軽井沢の強気な態度は急速に(しぼ)み、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。

 

 屈服するのが想定よりも早い。

 

 本当は弱気、というだけではないのか。

 

(さて、ここからはシビアだ)

 

 時間が経つほど、真鍋たちが冷静になって去ってしまう可能性が高まっていく。しかし前述した通り、登場が早すぎても匿名アカウントの信頼を失う。

 

「死ねよ!」

 

「うぐっ!」

 

 真鍋が軽井沢の腹を蹴りつける。

 

 そして流石にやり過ぎたと思ったのか、3人がハッと視野を取り戻したのが遠目にも分かった。

 

 潮時だな。

 

 決定的な暴力の瞬間を密かに写真へ収め、オレは姿を現す。

 

「なあ、何してるんだ」

 

「なっ、何って別に……ただ話をしていただけよ。ねえ、そうでしょ?」

 

「ね、ねえ綾小路くん、何か言ってやってよ。こいつら私に暴力振るってきたんだから」

 

 真鍋の睨みを無視し、軽井沢は被害者アピールをしてオレに庇護されようとする。

 

 オレは真鍋たちの間に割り込んでその囲いの内側へ入り、軽井沢を背に庇うように立った。

 

 真鍋たちを解散させることは容易い。すぐそこに先生がいたと一言伝えるだけで去っていくだろう。

 

 しかし今求めているのは、軽井沢に、綾小路清隆が自分を守ったという印象(・・)を抱かせること。

 

「どんな尋問をするのも自由だが、暴力は別次元の問題だぞ」

 

 高い目線から揺るがない眼差しで見下ろせば、真鍋たちは分が悪いと退散していく。

 

「絶対リカに頭下げさせるから」

 

 真鍋の捨て台詞を残して、3人は姿を消した。

 

 オレは振り返ってしゃがみ込み、震える軽井沢へ手を差し伸べる。

 

「大丈夫か?」

 

「うるさい……放っておいて!」

 

 叫んで、軽井沢はオレの手を払い除けた。

 

 推測通りだ。

 

 軽井沢は弱い姿を見せることを何よりも避ける。だからこそ、今のオレは守ってくれた相手であると同時に、弱みを見られた相手でもあるわけだ。

 

 軽井沢が立ち上がって足早に去ろうとしたところを、腕を掴んで引き留める。

 

「大丈夫なのか。今のだけで終わる問題じゃない」

 

「うるさいって言ってんでしょ! あんたには関係無い!」

 

 拒絶。

 

 この言質を求めていた。

 

「そうか」

 

 オレが手を離すと、軽井沢は涙の零れる目元を擦りながら走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1度目の仕掛けを済ませたオレは、夜のカフェで行われている堀北と平田の会議に顔を出した。

 

「遅いわよ」

 

「悪いな。でもオレがいなくても変わらないだろ」

 

「悪びれないとはいい度胸ね」

 

「ここにコンパスは無いぞ」

 

「あら、こんなところにシャープペンシルが」

 

「ごめんなさい」

 

 堀北が胸元から取り出したシャーペンを見て、オレは強気な態度を霧散させた。

 

「綾小路くん、軽井沢さんはどうしたんだい?」

 

「そう言えばまだ来てないな。オレは知らないぞ」

 

 白々しく首を横に振った。

 

 オレはこれから、平田の動向も注視しなければならない。軽井沢が真っ先に助けを求める相手候補の1人だからだ。

 

 彼女は教師に庇護を求めるだろうか。いや、可能性は低いだろう。暴力という重大な問題で学校側を巻き込んだら、大事(おおごと)になりある程度の注目を集めることは避けられない。

 

 すると、自動的に『軽井沢がいじめられた』という情報も拡散する。

 

 この選択を彼女はしない筈だ。

 

「それで、何の話をするんだ」

 

「もちろんこの試験でどう勝つかよ」

 

「遅いな。もう3分の1が過ぎたぞ」

 

「分かっているわ」

 

 この明らかな出遅れは致命的だ。坂柳クラスの葛城なんかは初回の話し合い前から戦略を行使しているというのに。

 

「何か考え付いたのか?」

 

「この試験。素直に受け取れば、それぞれのグループのメンバーが優待者を見つけ出すか隠し通すかして、グループ毎に最良の結果を求める。つまり個人戦のように受け取れるわ」

 

「うん。でもだったら、クラスとして出来ることは何も無いのかな? そうとは考えにくいと思わないかい?」

 

「確かに、何かクラスとして動くことで勝利に繋がる道が存在する可能性はあるな」

 

「でも具体的な方策は分からない。だから取り敢えず情報収集として、それぞれのグループの議論を録音してもらおうと思うの。そのグループのメンバーでは分からなかったことでも、他の人なら気付けるかもしれないでしょう」

 

「なるほど」

 

「出遅れた自覚はあるよ。これまでは如何に個人戦を乗り切るかということばかり考えて、クラス対抗という視点に気付けなかった」

 

「それで、兎グループはオレに録音をしろと」

 

「そうよ。やりなさい」

 

「幸村に頼まないか? あいつは真面目に議論をしようとしているし。1時間も携帯を触れないのは苦痛なんだが」

 

「ふざけているの?」

 

 オレは議論中、ずっと俯いて携帯を触っている。

 

 表情は大きな情報源だ。わざわざ他クラスに見せる必要は無い。それに優待者が誰かは既に分かっているので、他クラスの生徒の表情や様子を観察する必要も無い。

 

 1回目と2回目は、ずっと坂柳とゲームをしていた。坂柳クラスの邪魔をするという意味もある。

 

「分かった、ちゃんとやるよ。その通達だけか?」

 

「いえ、あなたの意見も聞かせてもらいたいのだけど」

 

「いい作戦だと思うぞ」

 

「……それだけ?」

 

「他に何かあるか?」

 

「いえ、いいわ」

 

「じゃあ、オレはこれで」

 

 堀北がやっぱりねとでも言いたげな顔で溜め息を吐きながら首を振ったのを横目に、オレは席を立ちカフェを離れる。

 

 ふと窓の外の夜空を見上げると、都会ではまず見られない壮麗な星空が広がっていた。

 

 そのまま視線をデッキへ移す。やっぱりと言うか、何組ものカップルが外へ出てデートに興じていた。

 

 そしてオレは、本当にたまたま、その姿を見つける。

 

 1人でいることが気になって、オレも船外へ出た。

 

「櫛田」

 

「綾小路くん? どうしたの?」

 

「いや、1人でいるのを見かけたからな。誰かと待ち合わせか?」

 

「ううん。寂しく独りぼっちだよ」

 

「なら一緒してもいいか」

 

「大歓迎っ」

 

 暗闇の中でも分かる満面の笑顔に迎えられて、オレは櫛田の隣に立ち、手摺りに寄り掛かった。

 

「何か悩んでいるのか?」

 

「どうして?」

 

「なんとなくだ。星空を見ている風じゃなかったからな」

 

「……別に、そんなことないよお」

 

「そうか」

 

 明らかに、何かを隠した。

 

 オレの中で不安が膨れ上がる。

 

「なあ櫛田」

 

「何かな?」

 

「お前がどうして堀北を嫌っているのか、聞かせてくれないか」

 

 オレは櫛田の本性と、彼女の引き起こした事件のことを知っている。

 

 しかし、櫛田と堀北の関係については知らなかった。

 

 まあ、事件について知っているから、なんとなく予想はつくが。

 

「……どうして?」

 

 櫛田の反応は顕著だった。

 

 分かりやすい動揺。まるで、ちょうど今そのことを考えていたような。

 

「仮説として、櫛田が堀北を嫌う理由は同じ中学だったからというのが考え付く。堀北が櫛田のことを覚えていなくてもおかしくはないからな。とすると、堀北は例の事件のことを知っているかもしれないと櫛田は考えるだろう。そして、退学させ排除しようと動き出す……かもしれない」

 

「───」

 

「より直接的に言うなら……櫛田、クラスを裏切るつもりじゃないよな?」

 

「…………はあ。何でも分かっちゃうんだね」

 

 長い沈黙の後、櫛田は溜め息を吐いて認めた。

 

「櫛田のことは常に考えているからな」

 

 何せ、オレにとって一番の脅威だ。

 

「綾小路くんは私の味方でしょ?」

 

「はっきり言うが、堀北を退学させる行為に賛成はできない。櫛田と堀北が対立した時はお前の味方をするが、どちらかが退学するとなれば、そちらの味方をしたい」

 

「でも綾小路くんは私に逆らえない」

 

「そうだな。だからオレは、お前を心変わりさせるために言葉を尽くすしかない」

 

「無理。堀北がいるだけで私がどれだけのストレスに侵されているか」

 

「なあ櫛田。正直に答えて欲しいんだが、オレといる時間は苦痛か? ストレスに感じているか?」

 

 オレの質問に、櫛田は口を閉じた。

 

 答えがオレを傷付けるものだったから、気を遣った? いや、そういう様子ではない。

 

「……ううん、そんなことない。むしろ、一番リラックスできるかも」

 

「なら、堀北も同じようにすればいいと思わないか?」

 

「弱味を握るって? そんなの簡単じゃない」

 

「退学にさせることなら出来ると思ってるのか?」

 

「弱味を握るよりは簡単だと思ってるよ」

 

 櫛田は、どうあっても堀北にいなくなってほしいようだな。

 

「なあ櫛田。これはお前のために言っているんだ。クラスを裏切るのはいいが、堀北を退学にしようなどと考えるな」

 

「どうして?」

 

 呑気に応える櫛田と目を合わせる。

 

「オレを敵に回すなと言っているんだ」

 

 同時に、櫛田の肩へ腕を回し、その体を抱き寄せた。

 

「っ……」

 

 傍から見れば、カップルがいちゃいちゃしているように思うだろう。

 

 しかし櫛田が感じているものは異なる。

 

「は、離して……」

 

 小さな震えた声。

 

 櫛田は今、抵抗できない、逃げられない、敵わないという恐怖を浴びせられている。

 

「あ、綾小路くんは私に逆らえないでしょ……?」

 

「心を屈服させる方法なんていくらでもある」

 

 その1つの例を、櫛田は現在進行形で実感していることだろう。

 

 先刻、軽井沢も苦しめられたもの。

 

 すなわち、暴力。

 

「そんなこと、できるわけない……」

 

「なら試してみるか」

 

 櫛田の肩を抱き寄せていたオレの腕がさらに伸びて、櫛田をより引き寄せると同時に、その顎を掴んだ。

 

 まるで、無理矢理キスしようとしているかのような格好。

 

「う……」

 

 オレの指先の力だけで、櫛田はオレから顔を逸らすことが出来なくなっている。

 

「櫛田。オレもお前との良好な関係を覆したくない。堀北を退学させる以外のこと、例えば堀北の弱味を握るための手伝いなんかはしてやる。だから、考え直せ」

 

 櫛田はすぐに返事をしない。

 

 オレがいくら言っても悩むほど、堀北を排除したい気持ちは強いようだ。

 

 しかし、最終的には首肯した。

 

「分かった……堀北を退学させるのはやめる。これでいい?」

 

「ああ。ありがとう櫛田。それと、申し訳無い」

 

「ホントだよ。乙女の顔にこんな気安く触ってくれちゃって」

 

 櫛田はオレを嫌悪するように、少し距離を空けた。

 

 嫌われてしまったか。堀北の退学を阻止することが第一に優先すべきことだったのでしょうがないが……

 

「それで、協力って何してくれるの?」

 

「櫛田は堀北を退学させるため、うちのクラスを裏切って龍園に接触するつもりだったんだろ? 特別試験が今後も繰り返し行われることが確定したこの2回目に」

 

「だいせいかーい」

 

 隠しても無意味だと思ったのか、櫛田は素直に認めた。

 

「それはいい考えだ」

 

「は?」

 

「堀北を追い詰めるのに龍園を頼るのは悪くない」

 

 堀北はまだ搦め手への対処に慣れていないという点でもそうだし、手段を厭わないという点でも追い詰めるにはうってつけだ。

 

「裏切っていいの?」

 

「さっき言ったろ。別に堀北を退学させる以外なら何をしてもいいと。オレはAクラスに興味無いからな」

 

「……ふーん。馬鹿じゃない?」

 

「とにかく。櫛田の考え通り、裏切って龍園につくなら早いうちに動いて信用を築くべきだ」

 

「そうだよね。今夜にでも連絡するよ」

 

 オレは櫛田と裏切り方の詳細を相談する。

 

 裏切りなんてどうでもいいとさっきは言ったが、茶柱に脅されている今、正直に言えば歓迎ではない。

 

 そのため、好都合な裏切り方を教えた。

 

「ああ、そうだ。それともう1つ、龍園に伝えてほしいことがある───」

 

 最後に、龍園と接触する櫛田へとある頼み事をして、オレたちは別れ部屋へと戻っていった。

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