生成AI画像騒動は、結局よく分からない形で終わった。というのも、009-7本人の映像作品が世に出てしまったからであった。もちろん世界は騒然となった。あちこちでありとあらゆる場所で話題になった。そして人々は気付いたのだった。 「生成AI画像を議論している場合じゃない」 話題そのものが吹き飛んだ。009-7本人は 「もうどうでもいいや」 完全に投げやりだった。003は額を押さえた。「よくないわよ」 「だって疲れたんだよ……」 「だからって受けるの?」 「勢いで……」 「勢いで受ける仕事じゃないのよ」 その通りだった。009-7は反論できなかった。
本当に困ったのは、その後だった。業界関係者が考えることは大体同じだった。大ヒットした、ならば次だ。当然、目を付けられたのは003だった。最初は丁寧だった。 「ぜひご検討を」 「イメージ作品として」 「芸術性を重視して」 という連絡だった。003は即座に断った。だが、だんだんしつこくなった。事務所にも、イベント会場にも来た。知人経由でも来た。ある日、003がうんざりした顔でスマホを見ていた。 「また来たの?」 009が尋ねた。 「またよ」 「何回目?」 「分からないわ」 その瞬間、009のこめかみに青筋が浮いた。
翌日、業界関係者の間で奇妙な噂が流れた。 「もうやめておけ、島村ジョーが怒った」 それ以降、003へのオファーはぴたりと止まった。数日後の00ナンバーサイボーグたちのリビングで009-7はしょんぼりしていた。003の前で正座していた。 「ごめんなさい」 「ええ」 「本当にごめんなさい。私が変な前例を作った」 「そうね」 逃げ道がなかった。002はソファで笑いを堪えていた。004はコーヒーを飲んでいた。007は新聞で顔を隠して肩を震わせていた。005は目を逸らしていた。003はため息をついた。 「別に私が怒っているわけじゃないの」 「本当?」 009-7の顔が少し明るくなった。 「でも、あなた、自分がどれだけ影響力を持っているか理解しなさい」 「……はい」 「普通の人がやるのと違うのよ。あなたが何かすると世界中が真似するの」 「……はい」 まるで先生に叱られる小学生だった。009がやってきた。 「もうそのくらいでいいんじゃないか」 「ジョー」 「本人も反省してるし」 003は少し考えて苦笑した。 「そうね」 ようやく許しが出た。009-7は深々と頭を下げた。 「本当にごめんなさい」 「次から気を付けること」 「はい」 「勢いで仕事を受けないこと。掲示板に本人降臨しないこと、SNSで喧嘩しないこと」 「ううっ」 なぜか追加ダメージが入った。その様子を見ていた002が吹き出した。 「お前、003にだけは頭上がらねえな」 「だって怖いんだもん」 「聞こえてるわよ?」 「ごめんなさい」 即座に009-7は謝った。リビングは笑いに包まれた。こうして今回の騒動は終わった。
しかし、世の中には学習しない人間がいるのだ。そして、学習しない企業もいた。ある映像制作会社の会議室で「003は無理でした」 「そうか」 「完全に無理です」 「なら仕方ないな」 そして若手社員が手を挙げた。 「009-7の続編はどうでしょう」 部屋が静まり返った。「本人で?」 「そうです」 数秒後、会議室の空気がおかしくなった。
その頃、009-7は疲れていた。リビングのソファに沈み込んでいた。 「はあ……」 「またため息?」 003が紅茶を置いた。 「自由に秋葉原も行けないし……」 「行ったら大騒ぎになるでしょう」 「本屋も行けないし」 「行ったら大騒ぎになるでしょ」 「スーパーも」 「同じよ」 009-7は机に突っ伏した。元々は普通のおっさん研究者だった。気が向いたら外出し、電子部品を眺め、本屋を巡る。そんな生活だった。今は、出歩けば人が集まる、写真を撮られる、ニュースになる。本人としてはかなり不自由だった。
そんな時、例の会社から連絡が来た。企画書、出演依頼、高額な報酬、様々な条件。009-7は読み終わった。 「……」 「何?」 003が聞いた。 「いや」 「何?」 「もう疲れたし」 003の目が細くなった。嫌な予感がした。009-7はぼそりと言った。 「受けてもいいかなって」 部屋が静かになった。002が新聞を下ろした。004がコーヒーカップを置いた。007が顔を上げた。全員が固まっていた。003は笑顔だった。それが一番怖かった。 「レイナ」 「はい」 「今、何て言ったの?」 「受けても――」 「却下」 即答だった。009-7はしゅんとなった。 「だって疲れてるし……」 「疲れてるから受けるものじゃないのよ」 「でも断るの面倒だし」 「もっとだめでしょ」 「……」 反論できなかった。003は隣に座った。 「ねえ」 「はい」 「あなた最近、投げやりになってない?」 009-7は黙った。図星だった。
ブラックゴーストとの戦い、世界中の政治問題、メディア、SNS、ファン、護衛、警備、四六時中続く注目。疲れないはずがないのだった。003は少し優しい声になった。 「休みなさい」 「休む?」 「ええ」 「でも仕事があるし、会議も、取材も」 「休む!」 有無を言わせなかった。004が口を開いた。 「賛成だ」 「アルベルトまで」 「最近のお前は明らかに疲れている」 002も頷いた。 「温泉でも行くか」 「おお」 007も賛成した。 「観光も悪くないな」 009-7は周囲を見た。誰も企画を受けろとは言わない。みんな休めと言う。003は企画書を取り上げてシュレッダーへ向かった。 「さようなら」 紙は細かく裁断された。その様子を見ながら009-7は思った。もし003がいなかったら、たぶん勢いで返事をしていた。そして後で004に説教され、002に笑われ、007にからかわれ、ギルモア博士にため息をつかれていただろう。 「危なかった……」 思わず呟いた。003は苦笑した。 「本当にね」