003の提案で、00ナンバーサイボーグたちは温泉旅行に出ることになった。行き先は山奥の高級温泉旅館。露天風呂付き、離れあり。警備も万全だった。ホテル側にも事前に事情は説明済みだった。当然ながら支配人は緊張していた。 「本日はようこそお越しくださいました」 深々と頭を下げた。しかし003が笑顔で応じた。 「ただの旅行ですから」 その一言で場の空気が和らいだ。宿泊客たちも比較的落ち着いていた。もちろん驚いていたが騒ぎにはならない。遠巻きに会釈したり、食事処で少し会話したり、写真撮影を求めたりはしない。実に大人の対応だった。009-7は久しぶりに安心していた。 「平和だ……」 縁側でお茶を飲みながら呟いた。002が笑った。 「疲れてるな」 「疲れてるよ」 004も頷いた。 「だから連れてきた」
夕方、いよいよ温泉の時間になった。 「じゃあ風呂行くか」 002が立ち上がる。004も続いた。009もタオルを持った。003だけは荷物の整理で少し遅れることになった。 「先に行ってて」 「了解」 そして、問題が発生した。009-7は疲れていた。頭がぼんやりしていて何も考えていなかった。何も考えずに、男湯の暖簾をくぐった。002、004、009の三人は気付かなかった。自然すぎたのである。昔からの仲間で無意識に一緒に行動していた。009-7も気付かなかった。ロッカーを開けてタオルを置いた。上着のファスナーに手をかけた。 そこで、ようやく脳が動いた。……あれ?視線を上げた。男湯、周囲には男性客。固まった。「間違えた」 小さく呟いた。数秒後「間違えたじゃないだろ!」 係員につまみ出された。廊下で正座した。009-7はしょんぼりしていた。 「本当に何も考えてなかったんです……」 「だから困るんです!」 係員も半泣きだった。
男湯では、残された客たちが微妙な顔をしていた。 「今の……」 「うん……」 「009-7さん……」 「だったな……」 しばらくして、一人の中年男性が呟いた。 「びっくりした」 「それはそうだ」 「でも」 「……なんかもったいなかった気がする」 周囲が一斉に頷いた。 「分かる」 誰もそれ以上は言わなかった。
一方その頃、女湯では009-7が露天風呂で完全に溶けていた。 「はあぁ……」 肩まで湯に浸かった。夕暮れの山の景色、鳥の声。 「生き返る……」 本当に幸せそうだった。そこへ003がやってきた。 「いた」 009-7は嫌な予感がした。 「レイナ」 「はい」 「聞いたわ」 「はい」 説教だった。 「どうして男湯に入ったの?」 「考え事を」 「してなかったでしょ」 「何も考えてなかった」 003は額を押さえた。 「もう何年その身体で暮らしてるのよ」 「たまに忘れる」 「忘れないで」 002は後で爆笑した。004はため息をついた。009は苦笑した。
翌日、チェックアウト時に支配人が笑顔で言った。 「またぜひお越しください」 009-7は深々と頭を下げた。 「次は暖簾を確認します」 支配人は真顔で頷いた。 「ぜひお願いします」 こうして温泉旅行は終わった。確かに癒やされた。しかし、後になって皆が思い出すのは、絶景の露天風呂でも、豪華な夕食でもなく、『009-7、無意識に男湯へ突入』 という事件だった。そして003は帰りの車の中で、もう一度だけ説教した。009-7は大人しく聞いていた。反省はしていたが、疲れていたので半分くらい寝ていた。もちろん、そのことでもまた叱られた。