望却のリセ   作:ひみっち

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第1話「宇宙の果てと狭間の少女」

 

 宇宙の果てには、いつも雪が降っていた。

 

 ……と、ノゾミは記録にそう残している。

 

 だが正確にはそれは雪ではない。

 終わりを迎えた宇宙の残骸。崩壊した光と、消えていく時間の欠片。

 それらが静かに舞い落ちているだけだ。

 

 それでも彼女は、それを“雪”と呼んでいた。

 理由は特にない。

 その方が、少しだけ「終わり」に救いがある気がしたからだ。

 

 ノゾミは、その“雪”を金色の瞳の中に焼き付けていた。

 白いマフラーが、何もない空間でゆっくりと揺れる。

 金色のポニーテールは重力のない世界でふわりと広がり、どこか現実味のない光を反射した。

 

 彼女の役目はひとつだけだ。

 

 ――宇宙の終わりを、見届けること。

 

「……そろそろお別れですね」

 

 誰に言うでもなく、ノゾミは呟いた。

 

 銀河がほどけていく。

 恒星が潰れ、時間が軋み、あらゆる命の記録が光へ還っていく。

 やがて、全てが無に帰した。

 

 けれどノゾミは、どこまでも穏やかな顔をしている。

 それが“いつものこと”だからだ。

 いつからなのか、それを何度繰り返したのかは、もう覚えていない。

 

 彼女はベージュ色のトレンチコートを翻し、“狭間の回廊”へ歩き出す。

 これから始まる次の宇宙へと。

 終わりを見届け、始まりを観測するための通路。

 そこは、宇宙と宇宙の間にある“存在しない空間”だった。

 

 だが、今回は少しだけ違った。

 回廊の途中。世界と世界の隙間、何も生まれないはずの場所で。

 

 ――裸の少女が眠っていた。

 

 銀河を閉じ込めたような長手袋と、腿まで伸びる靴下以外、身に着けているものはなかった。

 

「そんなはずは……」

 

 ノゾミは立ち止まる。

 今、自分がいる空間は、宇宙を外側から見るためだけに作られた狭間。

 生命が生まれるはずはない。

 宇宙は、本当に終わりを迎えたのだろうか。

 それとも――

 

 そう認識した時、二色の眼がノゾミを凝視していた。

 眠っていたはずの少女が起きている。

 静寂が支配する領域で、金と銀の瞳がノゾミを映すこと数秒。

 

「お腹、空いた」

 

 ノゾミは、予想外の言葉に困惑した。

 ひとしきり悩んだ後、静かにしゃがみ込む。

 そして、トレンチコートのポケットから色とりどりの菓子を取り出した。

 

「こんなものでよろしければ」

「いいの?」

「はい」

 

 ノゾミは柔らかく笑い、銀色のチョコレートをかじっている少女に目を向けた。

 高めに結われた金髪が、動くたびリズムよく跳ねている。

 少なくとも外見年齢は、この場にいない妹を上回っているようだった。

 

「ありがとう、お姉さん」

「ノゾミです」

「ノゾミ?」

「はい、私の名前です。あなたのお名前は?」

 

 その問いかけに少女は、わずかに押し黙る。

 

「わたし、名前ない……」

「なら一緒に決めましょう。次の宇宙が始まるまで、もう少し時間がありますから」

 

 少女はしばらく沈黙を続けていたが、やがて差し伸べられた手に目を向ける。

 

「とりあえず、ここにいても仕方がありません。先へ進んでみませんか?」

 

 呆気に取られていた少女は、徐々に明るい顔つきとなり、ノゾミの手にしがみ付く。

 

「うん、よろしくね。ノゾミ!」

 

 ノゾミに抱きつく彼女の長手袋が、かすかに煌めいた。

 深い群青の布地には無数の星々が瞬き、渦巻く銀河が腕に沿ってゆるやかに流れている。

 まるで本物の宇宙を切り取り、そのまま織り上げたかのようだった。

 

 

    ◇◇◇

 

 

「お姉ちゃん遅い!!」

 

 回廊を抜けると、銀髪の少女が頬を膨らませて待っていた。

 漆黒のフリルを纏う小柄な体躯。

 猫のように吊った銀眼が、静かな威圧感を放っている。

 

「すみません、ネガイ。少々不測の事態が発生しまして……」

 

 ネガイは、ノゾミの隣に立つ見知らぬ少女を見て眉をひそめた。

 

「……誰?」

「狭間の回廊でお会いしましたので、拾ってきました」

「拾った!?」

「はい」

「野良猫じゃないんだから……」

 

 呆れたようにため息をつくネガイだが、少女の身体から微かに“終わりの匂い”がすることに気付いた。

 世界が閉じる直前の、静かな空気。

 それを纏っている。

 

 ネガイは警戒するように睨んだ。

 

「アンタ、何者?」

 

 少女は返答に困り、恐る恐る言葉を紡ぎ出した。

 

「……分かんない。気付いたらあそこにいた」

 

 そう言って、自らが歩いてきた白い空間を指さす。

 

「は? 意味分かんないんだけど」

「私も分かりません」

「お姉ちゃんには聞いてない!」

 

 ノゾミが困ったように微笑む。

 

「名前もないそうですよ」

「怪しすぎるでしょ! ねえ、ちゃんと宇宙はリセットされたの? 何か取りこぼしてんじゃない!?」

 

 ――その瞬間。少女が勢いよく顔を上げた。

 

「それ!!!」

 

 突然の大声に動揺している二人をよそに、少女の瞳に輝きが満ちる。

 そして、「りせっと」「リセット」「リセ……」と言葉を繰り返す。

 

「……リセ! これがわたしの名前。うん、しっくり来た」

 

 狭間の少女、リセは、ふっと口元を綻ばせた。

 

「えー……そこから取るんだ」

「よかったですね。では、これからはそう呼ばせていただきます」

「お姉ちゃんも吞気に話を逸らさないで……」

 

 ネガイは呆れながら、ため息をついた。

 

「まぁまぁ、落ち着いてください。我々にも知らないことがたくさんありますから」

「それっぽいこと言って、煙に巻こうとしないで!」

「ふふ、おもしろ」

「アンタも何笑ってんのよ!」

 

 すっかり毒気を抜かれたネガイは頭を抱えながら、二人に向き直る。

 

「アンタが何者かはこの際、どうでもいいわ。なんにも知らなそうなことはわかったしね。それで、これからどうするの?」

「考えてない……」

「同じく」

 

 聞いた自分がバカだったと言いかけるネガイ。

 だが、己より図体の大きい存在たちが小動物のような態度をしており、どうにも無碍にはできそうになかった。

 

「はぁ……しょうがない。お姉ちゃん、どうせいつもの旅に出るんでしょ? こいつも連れてこ」

「ええ、最初からそのつもりですよ」

「なにそれ、ウザ……」

 

 悪態をつくネガイの前にリセが躍り出た。

 

「リセ」

「何?」

「こいつじゃない、リセ」

「は?」

「だから、こいつじゃなくて、リ・セ!」

「あーもう! めんどくさ……リセ。はい、これでいいでしょ!」

「うん!!」

 

 満足気に微笑むリセと、それを煙たがるネガイ。

 遠巻きに二人を見守るノゾミ。

 

 三人の旅路は、静かに始まりを告げようとしていた。

 無数の星々が再び潰える世界の果て、あるいはその先に向かって。

 

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