望却のリセ   作:ひみっち

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第14話「好きのカタチはそれぞれに」

 

 カプンチュルは後ずさった。

 

「え、なんで?」

 

 理解できなかった。

 司と末莉の関係性は、自分が何もしなくても成立している。

 押し付ける必要もない。

 誘導する必要もない。

 そこにある関係は、既に完成されていた。

 

「なんでなのぉ……?」

 

 桃色の瞳が揺れる。

 

「知らないぃぃぃ♡」

 

 現実逃避するように両手を振り上げた。

 

「もう一回よぉぉぉ♡」

 

 桃色の空間が広がる。

 

「また!?」

 

 ネガイが叫ぶ。

 視界が桃色に染まった。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 気が付くと再び、あの桃色の空間だった。

 

「え? 魔法使い……?」

 

 リセは有紗を見て、ぱちぱちと目を瞬いた。

 大きな紫色の魔女帽子。

 肩を覆うケープ。

 有紗は、まるで絵本から飛び出してきたような魔法使いの姿になっていた。

 

「な、なんで私こんな格好に!?」

 

 当の本人が一番驚いている。

 そしてその隣には、犬耳を生やした女性が立っていた。

 

「メロン?」

「うん」

 

 メロンが頷く。

 犬の姿ではなく、再び人間の姿になっていた。

 二人は不思議と冷静だった。

 その視線は、真っ直ぐカプンチュルへ向いている。

 

「有紗、あの人です。私に変な魔法をかけたの」

「じゃあ、敵ですね!」

「うん、敵……」

 

 長年の付き合い故に、息が合っていた。

 二人の鋭い視線に、カプンチュルは思わず一歩下がる。

 

「え、なにそのコンビぃ♡」

 

 声色は余裕そのものだが、言いようのない嫌な予感が胸をよぎった。

 

 有紗とメロンが手を重ねる。

 

「愛と恋と友情の魔法――」

「スウィートマジック」

 

 二人の声が重なった瞬間、桃色を塗り替えるほどの光が弾けた。

 

「えっ」

 

 避ける暇もなかった。

 光は真っ直ぐカプンチュルへ直撃した。

 しかし、何も起きなかった。

 

「……あれ? 外した?」

 

 リセが首を傾げる。

 

「直撃してたわよね?」

 

 ネガイも怪訝そうな顔をする。

 カプンチュルも自分の身体を見下ろした。

 

「なぁんだぁ♡」

 

 胸を撫で下ろす。

 

「びっくりさせないでよぉ♡」

 

 そう言った途端、胸の奥に得体の知れない違和感が走った。

 ほどなくして、カプンチュルの身体がふらつき始める。

 

 

    ◇◇◇

 

 

「うっ」

 

 胸が苦しい。

 違う。

 痛いわけではない。

 理解できない感覚だった。

 

「なに……これ……」

 

 カプンチュルが膝をつく。

 頭の中に見たことのない光景が流れ込んでくる。

 笑い合う二人。

 喧嘩して、仲直りして、何でもない話で盛り上がって。

 ただ、一緒にいる。

 

「ちがう……」

 

 カプンチュルは首を振った。

 

「こんなの……」

 

 恋じゃない。

 愛でもない。

 なのに、そこに確かな繋がりがある。

 

「なんで……?」

 

 理解できないのに、どこか羨ましい。

 そんな感情が胸を刺した。

 リセはその様子を見て首を傾げる。

 

「どうしたんだろ?」

「知らないわよ」

 

 リセとネガイがいつものやり取りをする。

 その横で、有紗はメロンの手を握っていた。

 メロンもまた、当たり前のように握り返している。

 カプンチュルは、その光景から目を離せなかった。

 

「……友達?」

 

 初めて口にする言葉だった。

 有紗が不思議そうに首を傾げる。

 

「はい」

 

 即答だった。

 

「メロンは私の友達です」

 

 迷いがない。

 メロンも小さく頷く。

 

「うん、有紗は友達」

 

 カプンチュルは困ったように視線をさまよわせる。

 

「でもぉ……」

 

 理解できない。

 

「好きなんでしょぉ?」

「好きですよ?」

 

 有紗は当然のように答える。

 

「大好きです」

 

 メロンも頷いた。

 

「私も」

「じゃあ――」

 

 カプンチュルは言葉に詰まる。

 何かが違う。

 自分の知っている答えに繋がらない。

 だから視線を横へ向けた。

 その先には、リセとネガイ。

 

「アナタたちはぁ?」

「友達でしょ」

 

 リセは、あまりにも自然に答えた。

 ネガイは一瞬だけ固まる。

 

「……照れくさいこと言ってんじゃないわよ」

 

 顔を逸らしながら答えた。

 それだけで十分だった。

 

 カプンチュルの思考が止まる。

 好き。

 大切。

 一緒にいたい。

 守りたい。

 でも、それが全部、恋になるわけじゃない。

 そんな当たり前のことをカプンチュルは知らなかった。

 

「そんなの……」

 

 桃色の空間が揺らぐ。

 

「そんなの分かんないよぉ……」

 

 カプンチュルは困惑していた。

 それは恋に悩む顔ではない。

 初めて悲しいという感情を知った者の顔だった。

 リセの右手が、淡く揺らぐ。

 

「……『陽炎の手』」

 

 誰より先に、その異変に気付いたのはノゾミだった。

 リセの右手から広がった揺らぎが、桃色の世界を侵食している。

 空間の輪郭が曖昧になり、境界が溶ける。

 カプンチュルが作り上げた舞台そのものが、存在を保てなくなっていた。

 

「――あ」

 

 カプンチュルが顔を上げる。

 次の瞬間。

 桃色の世界に無数の亀裂が走った。

 まるで夢が終わるように。

 世界は段々と崩れていく。

 その中心へ。

 リセはゆっくりと歩き出した。

 

 ひび割れた世界の中で、カプンチュルは立ち尽くしていた。

 いつもの笑顔はない。

 桃色の瞳は揺れたまま、どこを見ればいいのかも分からないようだった。

 リセはそんな彼女へ近付いていく。

 

「そんなに難しい?」

 

 カプンチュルはしばらく反応しなかった。

 やがて小さく口を開く。

 

「……難しいよぉ」

 

 弱々しい声だった。

 

「だって分かんないもん」

 

 空間の亀裂が広がる。

 桃色の壁が剥がれ落ち、その向こうに現実の景色が覗いていた。

 

「好きならくっつけばいいじゃん」

「うん」

「好き同士なら幸せじゃん」

「うん」

 

 だが。

 有紗とメロン。

 司と末莉。

 そしてリセとネガイ。

 目の前にいる誰もが、自分の知っている形には当てはまらなかった。

 

「なんでそれだけじゃないのぉ……」

 

 その声は震えていた。

 縋るような声を漏らすカプンチュルを見て、リセは少し考える。

 そして本当に不思議そうに首を傾げた。

 

「じゃあ、友達になればいいじゃん」

 

 カプンチュルが固まる。

 

「……は?」

「だから、知らないなら、なってみれば?」

 

 あまりにも当たり前のことのように言う。

 カプンチュルは言葉を失った。

 

 友達。

 その言葉は知っている。

 けれど、その意味を理解したことはなかった。

 恋人になる前の段階でもなければ、家族の代わりでもない。

 好きだから一緒にいるわけでもない。

 それなのに、一緒に笑っている。

 そんな関係があることを、今初めて実感していた。

 

「そんなの……」

 

 知らなかった、と言う間もなく桃色の世界が崩れていく。

 それでもカプンチュルが本気で抵抗すれば、この場の全員を閉じ込め続けることはできた。

 しかし、その視線は、もう自分の作った舞台には向いていなかった。

 ただ、目の前の少女だけをじっと見つめていた。

 

「友達って……」

 

 ぽつりと呟く。

 

「何するのぉ?」

「何するって?」

 

 改めて友達の定義を問われたリセは、身振り手振りを駆使してやや大げさに答える。

 

「一緒に遊んだり、ご飯食べたり、話したり」

「それだけぇ?」

「それだけ」

「それって恋人と何が違うのぉ?」

「別に違わなくてもいいんじゃない?」

「へ?」

 

 カプンチュルは困惑する。

 どれも特別ではない。

 運命的でもない。

 恋愛のような劇的さもない。

 けれど、思い返せば皆そんな時間を過ごしていた。

 

「うん、そうだよ。ここにいる人たちは、みんな友達!」

 

 リセは頷きながら、ノゾミとネガイに視線を向ける。

 柔らかく笑みを返すノゾミ。

 少し照れくさそうに顔を背けるネガイ。

 メロンは当然のように有紗の肩へ寄りかかった。

 有紗もまた、それを受け入れている。

 

 だからこそ、カプンチュルには分からなかった。

 そんなもので本当に繋がれるのか。

 そんなもので本当に笑い合えるのか。

 だが、目の前のリセは嘘をついているようには見えなかった。

 

「じゃあ……」

 

 カプンチュルが少しだけ躊躇う。

 今までなら考えもしなかった言葉を、恐る恐る口にした。

 

「ウチとも、友達になってくれるぅ?」

「うん、いいよ」

 

 即答だった。

 あまりにも迷いがない。

 カプンチュルは目を丸くする。

 

「ほんとぉ?」

「ほんと!」

「そんな簡単でいいのぉ?」

 

 リセは満面の笑みを浮かべながら答えた。

 

「難しくする理由ある?」

 

 カプンチュルは言葉を失う。

 その返答は、あまりにもリセらしかった。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 その日の夜。

 夕張寮のリビングには、久しぶりに賑やかな空気が戻っていた。

 大きな鍋の中ではカレーが湯気を立てている。

 

「今日はカレーなんですね」

 

 有紗が皿を並べながら言う。

 

「やっぱり、みんなで食べるご飯と言ったら、これだよね」

 

 司が笑った。

 

「大人数だし」

 

 末莉も小さく頷く。

 

「……別に、カレーは嫌いじゃないし」

「末莉ちゃん、昨日もそう言ってたよね」

「司!」

 

 夕張寮の人たちにとっては、いつものやり取りだった。

 その様子を見ながら、カプンチュルは椅子の上で固まっている。

 

「どうしたの?」

 

 リセが聞く。

 

「いやぁ……」

 

 カプンチュルは視線を泳がせる。

 

「なんか不思議だなぁってぇ」

 

 司と末莉はくっついていない。

 有紗とメロンも恋人ではない。

 リセとネガイだってそうだ。

 なのに、誰も離れようとしない。

 

 同じ場所にいて。

 同じテーブルで食卓を囲んで。

 楽しそうに笑っている。

 

「それで」

 

 ネガイがスプーンを持ちながら睨む。

 

「なんで当然みたいに席についてるのよ」

「だって友達だしぃ♡」

 

 ネガイが頭を抱える。

 

「順応早いわね!」

「えへへぇ♡」

 

 カプンチュルはいつもの調子で誤魔化しながら笑った。

 楽しそうな笑い声に誘われるように、有紗がカレーを運んでくる。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとぉ♡」

 

 自然に出た言葉にカプンチュルは目を丸くする。

 誰かに何かをしてもらって。

 ありがとうと言う。

 ただそれだけのことが、妙にくすぐったかった。

 

「友達っぽい」

 

 ぽつりと呟いたリセに、

 

「友達っぽいって何よ」

 

 ネガイが即座に突っ込む。

 リビングに笑い声が広がった。

 

 カプンチュルはスプーンを握ったまま、その光景を見つめる。

 賑やかで。

 騒がしくて。

 でも、嫌じゃない。

 

 むしろ、もう少しだけ見ていたいと思った。

 

「ねぇ」

 

 カプンチュルが小さく口を開いた。

 

「ウチ、しばらくここにいてもいいかなぁ♡」

 

 

    ◇◇◇

 

 

 食事が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 山の夜は早い。

 窓の向こうには星空が広がっている。

 ノゾミは空を見上げながら、バルコニーのベンチに座っていた。

 リセが隣に座る。

 

「明日、ここを出るんだよね」

「はい」

 

 いつも通り、淡々とした短い返事。

 ネガイも近くの椅子に腰掛ける。

 

「次はどこ行くの?」

「分かりません」

「相変わらずね、お姉ちゃんは」

 

 苦笑が漏れる。

 行き先はいつも決まっていない。

 裂け目が開く場所へ向かうだけだ。

 それでも三人は旅を続ける。

 ノゾミにとっては観測のため。

 ネガイにとっては姉と一緒にいるため。

 そしてリセにとっては――まだ答えのない旅のため。

 離れた場所から、カプンチュルがその様子を見ていた。

 

「明日、行っちゃうんだぁ」

「うん」

「そっかぁ」

 

 頷くリセを見るカプンチュルの顔には、隠しようのない寂しさが浮かんでいた。

 数日前なら考えもしなかった感情だった。

 別れが惜しい。

 けれど、それはきっと悪いことではない。

 

「また会えるぅ?」

「たぶん」

 

 リセは笑いながら答える。

 

「宇宙は広いけど」

 

 夜空に向かって手を伸ばす。

 

「意外と狭いから」

 

 そうして、手を握り返す。

 その様子にカプンチュルは笑った。

 

「なにそれぇ♡」

 

 根拠なんてどこにもない、バカみたいな理想。

 でも、ちょっとだけ信じてみたい。

 カプンチュルは心の中からそう思った。

 

 明日の朝。

 三人はまた旅立つ。

 そして夕張寮には、新しい住人が一人増えることになる。

 昼間の喧騒を忘れるがごとく、夜は静かに更けていった。

 

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