望却のリセ   作:ひみっち

2 / 5
第2話「旅支度は、陽炎に浮かぶ楼閣で」

 

「では、旅の支度と参りましょうか」

「そうね、でっかいおっぱい丸出しのやつもいることだし」

 

 裸同然のリセを横目に、ネガイが軽口を叩く。

 

「……えっち」

「はぁ!? エッチなのはそっちでしょ! そんな堂々と見せつけて」

 

 赤面しながら気まずそうに目を逸らすネガイをよそに、ノゾミは首元のマフラーを外す。

 そのまま、コートを無造作に脱ぎ捨てた。

 

「ちょっと、お姉ちゃん!?」

 

 ノゾミは脱いだばかりのコートをリセの肩へそっと掛け、ついでにマフラーを巻きつける。

 

「そのままでは見ていられませんでしたので」

「あ、ありがとう。ノゾミ」

「どういたしまして。お下がりのコートで良ければ、好きに使ってください」

「な、なぁんだ。ビックリした……」

 

(露出狂が二人になったかと思った)

 

 そう言いいかけたが、想像とは違う光景を前に、ネガイは慌てて別の言葉を紡いだ。

 

「そ、そういえばお姉ちゃん、それって大事なやつじゃないの?」

「構いません、もう一着ありますから」

 

 どこから取り出したのか、ノゾミは新たなコートに袖を通していた。

 それから、コートの感触を確かめるように布を握る。

 奇しくもリセと同じ挙動だ。

 白いマフラーや体型も相まって、互いを映す鏡のようだった。

 

「どうかしましたか?」

「別に……なんでもない」

 

 バツが悪そうなネガイの態度に対して、リセは含みのある笑みを浮かべていた。

 

「…………えっち」

「だから、エッチじゃない!!!」

 

 

    ◇◇◇

 

 

 狭間の回廊――世界と世界の狭間を縫う、星亡き通路。

 

 白だけが果てしなく広がる回廊を、三人は無言のまま進む。

 やがて、行く手を塞ぐ白い壁の前で、ノゾミは静かに足を止めた。

 

「それでは、外に出ましょう」

「え、どうやって出るの?」

「黙って見てなって」

 

 虚空に白い指先がそっと重なった瞬間、空間が硝子のように軋んだ。

 走った亀裂の奥で、無数の星々が脈動している。

 

 ――滅びたはずの宇宙だった。

 

 砕け散った満天の星が、光の奔流となって境界を生み出している。

 白に閉ざされた空間へ漆黒の境界線が広がっていく。

 

「わ……」

 

 裂け目の奥で脈動していた星々が、不意に揺らぐ。

 わずかな瞬きの後、光の濁流がゆっくりと形を変えた。

 銀河の明滅が滲み、砕けた星屑の隙間から街並みが浮かび上がってくる。

 

「付いてきてください」

 

 ノゾミが躊躇なく一歩を踏み出し、裂け目を越える。

 

「ネガイ、ノゾミ行っちゃったよぉ……大丈夫かな!?」

「アンタも行くの!」

「ちょっと、押さないでよ!!」

 

 遅れて二人も後へ続く。

 境界を渡るのは、一瞬だった。

 

「リセさん、お怪我はないですか?」

「うん、何ともない。他の場所ってこんな感じなんだ……」

 

 裂け目を越えた先に広がっていたのは、蜃気楼のように揺らぐ街並みだった。

 建物は熱に溶けたみたいに滲み、道路も空も輪郭を失っている。

 風は吹かず、人の気配も、生活音も存在しない。

 

 しかし、その中心にそびえ立つ建物だけが、異様なほど鮮明に佇んでいる。

 白い灯りを宿した巨大な楼閣――無人の百貨店。

 まるで、その空間だけが世界へ繋ぎ止められた現実みたいだった。

 

 背後で、宇宙の継ぎ目が静かに閉じられていく。

 最後に残った星明かりが消える頃には、蜃気楼の街だけが広がっていた。

 

 

    ◇◇◇

 

 

 陽炎に揺らぐ街を抜け、三人は巨大な百貨店の前へ辿り着く。

 自動ドアだけが、まだ生きていた。

 無音のまま扉が開き、冷えた空気が流れ出す。

 乾いた外気とは別の人工的な冷気だった。

 

「本日はナミリへお越しいただき、誠にありがとうございます。館内は現在、通常通りご利用いただけます」

 

 誰もいないはずの空間に、丁寧な声が淡々と広がっていく。

 

「ただいま一階食品売場およびお菓子売場にて、世界各地の味をご用意したワールドフェアを開催しております。その世界でしか食べられないプレミアムな食材をこの機会にぜひ……」

 

 店内の照明や店構え、精算機、エスカレーターに至るまで、いずれも普通の百貨店そのものだった。

 ただひとつ、リセたち以外に人がいないという点を除いては。

 

「ねぇねぇネガイ、お菓子だって」

「分かってるわよ、アンタはまず自分の服をどうにかしなさい」

 

 機械音声によるアナウンスの内容に興奮するリセ。

 軽くあしらっているつもりのネガイだったが、菓子という言葉に笑みを隠せなかった。

 

「婦人服は二階のようです。まずはそちらを回りましょう」

 

 三人は無言のまま、エスカレーターへと足を向けた。

 動き出す気配は、ほとんどない。

 

「ねぇ、これ壊れてない?」

 

 リセがそう呟いた瞬間、足元だけがわずかに沈み、緩やかに稼働した。

 音は薄く、機械の駆動音というより、空間が静かにずれていく奇妙な感覚だった。

 気づけば、視界の高さだけが変わっている。

 

「どう? はじめてエスカレーターに乗った感想は?」

「ちょっと、変な感じだった」

 

 リセの感想は、あながち間違いではない。

 この百貨店ナミリの施設は、必要な機能以外を意図的に削られているようだった。

 先ほどのエスカレーターにおいては、踏板が上昇する過程が飛ばされている。

 

「着きましたよ」

 

 二階、婦人服売場。

 柔らかな照明の下、マネキンたちが整然と並んでいる。

 誰もいないはずの空間なのに、展示だけが過不足なく完成していた。

 布の質感だけが静かに息づき、空気はわずかに乾いた繊維の匂いを帯びている。

 

「お好きなものを、お選びください」

「お姉ちゃん、店員さんみたい……」

 

 促されるように、リセは並んだ衣服へと目を向けている。

 

「じゃあ、これにする!」

 

 迷いなく手に取ったのは、黒のセーラー服。

 それも上衣だけ。

 

「あと、これ!」

 

 続けてホットパンツも取り、満足そうに軽く頷く。

 

「ちょっ! 決めるの速すぎない? 本当にそれでいいの!?」

「うん、これでいい。動きやすそうだし!」

 

 そう言って、どこか得意げに胸を張る。

 選択に迷いはなく、むしろ最初から決めていたかのようだった。

 

「ほんとにそれでいい?」

「いいの!」

 

 即答だった。

 

「まあ、アンタのファッションセンス……嫌いじゃないわ。てっきりお姉ちゃんみたいな服が好きだと思ってたけど、色合いはアタシの好みに似てる」

「ネガイも黒い服好きなの?」

「別に黒が好きってわけじゃないんだけど……」

 

 少しだけ考えてから、ネガイは視線を逸らした。

 

「夜空が好きなの。星が出てる夜空」

 

 一拍置いて、言葉を続ける。

 

「見てるとね、なんか落ち着くんだよね。静かで、ちゃんとしてて……安心するっていうか」

 

 軽く笑って、リセの選んだ黒のセーラー服を見る。

 

「だから、アンタが今履いてる手袋と靴下で、ちょうど夜空みたいになるでしょ。だから、褒めてんの」

「そうなんだ。ありがと……」

「な、なにいきなり照れてんのよ。気色悪いわね」

「うるさいなぁ……着替えてくる!」

 

 気恥ずかしさを感じたのか、足早に試着室へと走るリセ。

 辺りに再び、静寂が訪れた。

 

 らしくないことを言ったかもしれない。

 そう考えて、ネガイは自嘲気味に笑うが、口元の緩みには温かさがにじみ出ている。

 少し離れた場所から眺めるノゾミも、いつもより柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 鏡に向かってポーズを決めるリセには知る由もないことである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。