魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
Phase6-1 牙なき平穏
新首都ノヴァリアの象徴の一つ、ホテル『ノヴァリア・グランド・プラザ』。
その最上階にある円卓会議室。
液状魔力で青白く発光する街並み――ジルクニフにとってその美しさは、もはや「暴力」に近い威圧感を放っていた。
「ジルクニフ殿。今日は、貴国の『未来』について少し話をしたいと思ってな」
重厚な椅子に深く腰掛けたアインズ・ウール・ゴウンが、静かに切り出した。
バハルス帝国筆頭秘書官ロウネ・ヴァミリネンは、震える手で記録用のペンを握っていた。
(……空気が重い。魔導王の眼窩が赤く光るたび、寿命が削られる音が聞こえる)
ヴァミリネンの額からは滝のような汗が流れ、羊皮紙の上に不吉な斑点を作っていた。
一方、アインズの隣に控えるアルベドは、完璧な美貌に恍惚とした光を宿していた。
(ああ、アインズ様。またしても、その深淵なる慈悲で愚かな種を導こうとされるのですね。帝国という『盤面』の駒を、今度はどのように組み替えられるのでしょう)
アインズは机上に置かれた、数年前の「カッツェ平野の大虐殺」に関する報告書に目を落とした。そこには、あの惨劇により帝国の騎士4,000名が職を辞したという記録がある。
(<黒き豊穣への貢>の威力は、やはり絶大だったということか。あれは最高記録だったしな。でもその結果、こんなに多くの失業者を出しちゃったんだな……)
アインズの内面(鈴木悟)は、かつての社畜時代の「人員削減」を思い出し、胸を痛めていた。
「単刀直入に言おう。バハルス帝国は、もはや軍隊を維持する必要はない。騎士団を解体し、武装を解除してはどうかな?」
その瞬間、室内の空気が凍りついた。ジルクニフの心臓が早鐘を打つ。
ヴァミリネンは、あまりの衝撃にペンを床に落とした。カラン、という乾いた音が、帝国の終焉を告げる鐘の音のように響く。
「……武装解除……。陛下、それは……我が帝国の、自衛権さえも……」
「案ずるな」アインズは重々しく遮った。
「貴国は我が魔導国の属国だ。他国から攻められることあらば、このアインズ・ウール・ゴウンが、我が軍勢をもって貴国を完全に守護することを約束しよう」
(核の傘……いや、アンデッドの傘か。これで帝国は軍事費をゼロにして、経済に全振りできる。これこそ真のWin-Winだろ)
アインズは満足げに頷いたが、アルベドの解釈はより苛烈だった。
(武力を取り上げるだけでなく、防衛という国家の根幹をナザリックへ依存させる。もはや帝国は、アインズ様が『生かしてやる』と仰らねば呼吸一つできぬ、真の意味での家畜となるのですね。流石はアインズ様……)
ジルクニフは絶望した。守られるということは、魔導国なしでは生きられない体にされるということだ。
「……寛大なる御配慮、感謝に堪えません。……では、職を失う騎士たちは、いかがすれば……」
「それだ」アインズは身を乗り出した。
「戦う必要がないのなら、別のことにその力を使えばよい。ジルクニフ殿、『スポーツ』をやってみないか?」
「すぽ……ーつ?」
「そうだ。かつて騎士たちが命を懸けて競い合った技を、より平和的に、民が見て楽しめるエンターテインメントへと昇華させるのだ」
アインズの脳内ではナイター中継の興奮が再生されていたが、ジルクニフの心はエグられていた。
(……騎士を民衆の見世物にするというのか?! 『スポーツ』という名の擬似戦争に民を熱狂させ、反逆の意志を娯楽で麻痺させるつもりか……!)
「ジルクニフ殿、これは命令ではない。提案だ。だが、スポーツで技を競い合う元騎士たちの姿は、きっと新しい時代の象徴になるはずだ」
「……すべては、魔導王陛下の仰せのままに」
アルベドは、その光景を冷ややかな、しかし勝利に満ちた笑みで見つめていた。
(アインズ様の『ロードマップ』。次は、民草の精神を『スポーツ』という名の宗教で塗り替えるのですね。流石は私の愛する主……神のごとき差配にございます)
「わかってもらえて嬉しいぞ。では、これを渡しておこう」
アインズは、最古図書館――ナザリック第十階層内にある巨大図書室――から持ち出した、一冊の本のコピーを渡した。
『野球ルールブック』
(冗談だよ……な?)
本を受け取ったジルクニフの手は、力なく膝の上に落ち、その体はまるで糸が切れたかのように、椅子に深く沈み込んだ。
◇ ◇ ◇
ローブル聖王国。ネイア・バラハ率いる「教団」本部。
「――ばぁ」
「うああああああああああーっ!!」
「……すごくいい感じに驚いた」
「シズ先輩! そりゃ驚きますよ! さっき新聞届けに来て、帰ったばっかりじゃないですか!」
「……素晴らしい。最高記録だ」
「そんなことで自慢しないでくださいっ」
「……喝采せよ」
「は?」
「……我が至高なる力に喝采せよ」
「なに言ってるんですか?」
「……アインズ様のマネ」
「似てません!」
「……む」
シズは毎朝ネイアに新聞を届けに来るが、これまで一日に2回来ることはなかった。
「何か急ぎの用でもあるんですか?」
「……本を持ってきた」
シズが机の上に、本を「ぽいっ」と置いた。
「野球ルールブック? 野球ってなんですか?」
「……スポーツ」
「すぽーつ?」
シズは単語をぽつぽつ並べ、野球とは何かを説明した。
「……アインズ様が言ってた。ネイアの『教団』は日々鍛錬してるから、きっと強いチームになるって」
「アインズ様がっ?!」
「……バハルス帝国も野球のチームを作る。聖王国も作るといい」
「わかりました! アインズ様が仰るなら、必ずや強いチームを作ってみせます!」
――かくして、魔導国、バハルス帝国、ローブル聖王国の三国が、それぞれプロ野球チームを作ることとなった。