魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリアの新聞社。
デスクに座るシン・ワーナベは、バハルス帝国産の葉巻を燻らせていた。最近のお気に入りだ。自動車の生みの親、キーロ・タヨトも愛煙している――そんな逸話が、両国の貿易活発化と共に伝わってきた。その辛味のある豊かな香りを、シンはゆっくりと紫煙と共に吐き出す。
目の前には今日の新聞。完璧な記事と、鮮明な写真が並ぶ。
シンは自らが発行する新聞に誇りを持っていた。
しかし、文字と静止した写真だけでは、伝えきれない「何か」がある。
その渇望が、シンの胸を焦がしていた。
「係長、お昼どうします?」
「……もうそんな時間か。クルト、悪いが、何か買ってきてくれないか」
シンは財布から千エン札を取り出した。
ふと、そこに描かれた、魔導国が誇る天才発明家、ンフィーレアの肖像が目に留まる。
(……そうだ……彼なら、この渇望を理解してくれるかもしれない。話してみる価値は、大いにある!)
シンは椅子を蹴って立ち上がった。
「うわっ、どうしたんですかっ」
「出かける。今日は戻らない。後は任せた」
「え? えええーっ?!」
◇ ◇ ◇
数時間後、シンが運転するタヨト自動車は、エンジンの唸りを上げてカルネ村に到着した。
「これが……村? 都市の間違いだろ……」
広大な敷地を囲むのは、高くそびえる無骨な城壁。
その上には、いくつもの見張り台が等間隔に配置されている。
「ウソだろ……なんだこの広さは……。正門はどこなんだ……」
シンは焦燥に駆られながら、舗装されていない道を走り続けた。
ようやく正門らしき門にたどり着き、自動車を停めた。
門の前には、剣を携えたゴブリンたちが立ちはだかる。
「誰だ、お前は。なにか用か」
「私は新聞記者のシン・ワーナベという者だ。ンフィーレア殿にお会いしたい」
「新聞記者? 取材か?」
「怪しい奴だな」
「引き取ってもらった方がいい」
「追い返すべきだ」
ゴブリンたちがひそひそと話し合っていると、
「どうしたんすか」いつの間にか現れたルプスレギナが声をかけた。
シンは飛び上がった。
「い、いつからそこにっ?!」
「そんなことより、何の用なんすか」
「ンフィーレア殿にお会いしたい」
「ここにはいないっす」
「どこに行けば会えるのでしょうか」
「それは教えられないっす。最重要機密エリアっすから」
シンは懐から、アインズから授かった懐中時計を取り出した。
「この懐中時計が目に入らぬか。私は魔導王陛下より『特別取材権』を拝領している」
「え……? どっしぇえええーっ!」
驚愕したルプスレギナは、すぐにシンを液状魔力精製 第一工場へと案内した。
◇ ◇ ◇
「……こ、こんなところに、これほどの広大な敷地が……。しかも、なんだ、この工場群はっ……」
トブの大森林の奥深く。結界に守られた工場群は、外部からその姿を見ることはできない。ルプスレギナに案内された第一工場の前で、シンは呆然と立ちつくした。
第一工場の前には、アウラとマーレがいた。
その時、ルプスレギナの腰に下げた『魔導ケータイ』が、けたたましい共鳴音を鳴らした。
「はいはいっすー。……あ、エンリちゃん? ……わかったっす、すぐ戻るっす」
ルプスレギナは「後はよろしくっす。ホウレンソウは大事っす」と、どこか楽しげに言い残すと、瞬時にその場から姿を消した。
シンがアウラとマーレに事情を話すと、すぐにンフィーレアを呼んでくれた。
工場から姿を現したンフィーレアに、シンは魂を削るような思いを吐露した。
「ンフィーレア殿。私は、躍動感を伝えたいのです。活字や止まった写真では、それが伝えられないのです」
ンフィーレアは、シンの熱を帯びた眼差しを真っ向から受け止め、その言葉に耳を傾けた。
「なるほど……。音声つきの、動く写真……ですか」
「はい。魔導カメラで景色を捉え、魔導ケータイで音を送る。この二つを組み合わせ、映像として一斉に全土へ飛ばすことはできないでしょうか」
ンフィーレアは手元の魔導電池をいじりながら、思考の海へと潜っていった。
(……音声を魔力波に乗せる技術はある。魔導カメラの感光技術もある。でも、連続した動きをどうやって定着させ、瞬時に復元するか……)
何かのアイデアが閃きそうな感覚がある。しかし、あと一歩のところで形を成さない。
「そんなに難しいの?」
アウラの問いに、ンフィーレアは困ったように笑った。
「仕組みの欠片は見えているんです。でも、それらをどう繋ぎ合わせれば『放送』という形になるのか、僕の想像力が追いつかなくて……」
「ンフィーレア殿でも、無理ですか……」シンが肩を落とす。
「……そうですね。でも……もしかしたら……アインズ様なら……」
彼らの視線は、地平線の向こう、ノヴァリア王宮へと向けられた。
「じゃあ、アインズ様にお願いしてみるね」
アウラがアインズに<メッセージ>を送る。
『アウラか。何かあったか』
『はい、アインズ様。いまここに新聞記者の……』
「あっ! お姉ちゃん、ズルいよ! 僕だってアインズ様とお話ししたいのに!」
『ちょっと、マーレ! 黙ってて!』
「僕もお話ししたい!」
『やめて! 引っ張らないでよ!』
『アウラ、そこまでだ』
「お姉ちゃん! 僕もアインズ様と」
『だからやめてってば!』
『アウラ、待て!』
がすっ! 「ふえーん」
『……全員まとめて、今すぐ王宮へ来い』