魔導産業革命 ~エネルギーシフトと覇権通貨「エン」がもたらす軍事なき支配~ 作:Camel おさ
ノヴァリア王宮。統治評議室。
「次はバハルス帝国の全権掌握に向けた最終調整についてご相談したく存じます」
「いったいアインズ様は何千手先を見ておられるのか。プラザ合意を経ての武装解除。これは経済的制圧による新世界の秩序モデルです! 他国にもこのモデルを適用してはいかがでしょう!」
「新たな税制改革案を作成いたしました。これを帝国の次の都市計画に組み込み、実験の場としてはいかがでしょうか」
アルベド、デミウルゴス、ラナーから次々と繰り出される議題の波に、アインズは溺れかけていた。この場から一刻も早く消え去りたい――そんな切実な願いが、アインズの骨身を蝕む。まさに絶体絶命の窮地。
(いっそ使っちゃおうかな、<完全不可知化>)
その時、天啓のようにアウラのファインプレー、<メッセージ>が届いた。
「今すぐ王宮へ来い」とアウラたちを呼ぶことで、会議を中断することに成功したアインズは、心底ほっとしていた。安堵の吐息が、骨の肺から漏れそうになるのを必死で堪える。
<ゲート>を通り、アウラ、マーレ、ンフィーレア、そしてシン・ワーナベが姿を現した。
とっさにシンが跪く。
「シン・ワーナベ……だったか。久しいな」
「はっ。魔導王陛下。陛下より拝受いたしました懐中時計、肌身離さず身につけております」
「うむ。楽にせよ。ここは謁見の間ではない。みな椅子に座るとよい」
全員が座るのを見届けてから、アインズが訊いた。
「さて、今日は何の話かな?」
「ンフィーレア。あなたから説明なさい」
アウラが口を開くよりも早く、アルベドがンフィーレアに冷徹な声で促した。
ンフィーレアは、魔導カメラ(静止画の定着)と魔導ケータイ(音声の遠距離共鳴)を組み合わせ、連続した映像を「放送」できないかという、自身の壮大な構想を説明した。
ンフィーレアの言葉は、活字と静止画の世界に生きるシン・ワーナベの魂を揺さぶる熱を帯びていた。
「ふむ。要するに、テレビ放送をしたい、というわけだな」
アインズの口から、何気なく放たれたその言葉に、統治評議室の空気が凍り付いた。
(テレビ放送……?!)
これさえも、アインズ様は予見していたのか――全員が、その深淵なる知謀に戦慄する。
「映像というのは、要するに画像を細かく横線でなぞって(走査して)送るものだ」
アインズが漏らした、未知の技術の断片。その言葉が、ンフィーレアの脳内で閃光を放った。
「……そうか……! 魔導カメラで使用している、発光鉱石の微粉末が光に反応する性質を応用し、レンズから入った光を、瞬時に魔力波の強弱(振幅)へと変換すれば……連続した光の情報を、信号のように送れる……!」
「ちょっとンフィーレア。なに言ってるかわからないよ」
アウラが困惑したように口をはさむ。
「ああ、すみません。……でも……大きな問題が残ってしまう……」
「どんな?」
「ケータイは一対一の共鳴経路を構築しますが、それとは別に、特定の魔力波を無差別に全方位へ照射する、つまり一声共鳴(ブロードキャスト)が必要になります」
「その一声共鳴は、どうすればできるのかしら」アルベドが訊いた。
「そうですね……。ケータイの基地局のように、高い塔から照射する……とか」
ぞわっ! ラナーの背中に冷たいものが走った。魔導ケータイの時の衝撃が蘇る。
それはアルベドも同じだった。
「ラナー!」
思わず立ち上がったアルベドが、叫ぶようにラナーの名を呼んだ。
ラナーの顔からは見る見る血の気が引いていく。
(まただ……。ケータイの基地局のときと……また同じことが起きる……?!)
「わ……かりました。塔を建てる場所を、計算します」
ラナーの脅威の脳内演算装置が、高速処理を開始する。
すぐに計算を終えたラナーは、がくがくと足を震わせながら、壁に貼られた地図の前に移動した。そして右手の人差し指で、地図の一点を……指せなかった。ぶるぶると震える手が、どうしても一点を定めることができない。なんとか左手で右手をつかみ、全身の力をこめて、地図の一点を指した。
「こっ、この位置です……!」
バサっ! ラナーの指さす場所を見たアルベドが、驚愕のあまり腰の翼を広げた。
「デミウルゴス、今すぐその場所へ飛んで!」
「なんですか。いきなり……」
「いいから行きなさい!」
アルベドの有無を言わせぬ声に、デミウルゴスの姿が瞬時に消える。
「ラナー!」
「は、はいっ。必要な高さを計算します」
すぐにデミウルゴスから<メッセージ>が入った。
『アルベド。ここには……すでに塔が立っています……』
デミウルゴスの声には、明らかな動揺が滲んでいた。
『高さはっ?! 高さを測って!』
『高さは……中途半端ですね。333メートルです』
「333メートルね! ラナー!」
ラナーは全身をグラグラと揺らしていた。その顔は、恐怖と驚愕に染まっている。
「ラナー! 必要な高さを言いなさいっ!」
「……さ、さ……」
口をパクパクさせるだけで、言葉を発することができない。
「ラナー!」
「333メー……」
どさっ! 顔面を蒼白にしたラナーは、白目をむいてその場に倒れた。
アルベドの全身に、啓示にも似た衝撃が走った。
(やはり……やはり気まぐれなどではなかった……。アインズ様は、初めからすべてを見通して……!)
「ま……まさかっ……。これもっ……?」
ンフィーレアが魂が抜けたかのような声を出した。
「そうよ!」アルベドが叫ぶ。
「その塔は! 新天地開拓プロジェクトが始まるよりも前に! アインズ様が! 造られたものよっ!」
統治評議室を、世界が根底から覆るかのような衝撃が襲った。
魔導王は、いったい、何千手先を見通しているのか。
ケータイに続き、テレビ放送まで、必要な「塔」が、しかも333メートルという、まるで何かを意図したかのような高さで、すでにそこに造られていたのだ。
『なっ……!!!』
半悪魔形態の姿で翼を羽ばたかせていたデミウルゴスは、アウラから事情を聞いた瞬間、あまりの衝撃に翼の力が抜けた。羽ばたきをとめたデミウルゴスは、333メートルの上空から、重力のままに落下していった。
アインズは、守護者たちの驚愕と狂信的な視線を受け止めながら、全身が緑色に発光し、精神安定が発動する。
「ふっ。やはり、そうであったか」
アインズは、何事もなかったかのように、威厳に満ちた声で呟いた。
◇ ◇ ◇
王宮を後にしたシン・ワーナベは、魔導王の深謀遠慮を目の当たりにした衝撃で、まだ体中がビリビリとしびれていた。
(まさか、あれほどの御方だったとは……。記事にしたいが……この世のすべての言葉を使っても……伝え切れるとは思えない……)
夜の帳が下りた王宮前広場から、アンデッドタクシーに乗り込む。
そのとき、シンはようやく気づいた。
(あ……。トブの大森林に、置いてきちゃった……俺の自動車……)