美鈴の足元は完全に透明になり、膝から下はもう存在していなかった。
腰、胸、肩――
輪郭が揺らぎ、光の粒が舞い上がる。
レミリアは震えた。
「美鈴……やめて……
消えないで……!」
美鈴はレミリアの頬に触れようとした。
だが、その指先は――
レミリアの肌をすり抜けた。
レミリアの瞳が大きく揺れた。
「いや……いや……いや……!!
美鈴……触って……!
お願い……触れてよ……!!」
美鈴は悲しげに微笑んだ。
「ごめんなさい……
お嬢様……
もう……触れられないみたいです……」
レミリアは首を振った。
「そんなの……嫌……!!
あなたがいない未来なんて……!!」
◆
美鈴の体は、胸元まで透明になっていた。
光の粒が舞い、未来の風が吹き抜ける。
美鈴はレミリアを見つめた。
「お嬢様……
私は……お嬢様と未来を歩きたかった……
でも……
これが……私の選んだ未来です……」
レミリアは叫んだ。
「そんな未来、私は望んでない!!
美鈴がいない未来なんて……未来じゃない!!
お願い……戻ってきて……!!
美鈴……美鈴……!!」
美鈴は涙をこぼした。
「お嬢様……
泣かないで……
私は……後悔してません……
お嬢様の未来を守れたなら……
それで……」
レミリアは美鈴の腕を掴もうとした。
だが――
腕はもう、そこにはなかった。
レミリアは崩れ落ちるように叫んだ。
「美鈴――――ッ!!
行かないで!!
お願いだから……!!
私を置いていかないでぇぇぇぇぇッ!!」
その叫びは、未来の空間を震わせた。
◆
美鈴の体は、胸から上だけが残っていた。
顔も、髪も、瞳も――
すべてが光に溶けかけている。
美鈴は最後の力で微笑んだ。
「お嬢様……
私は……お嬢様の未来が……
幸せでありますように……」
レミリアは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。
「美鈴!!
私の未来は……あなたがいないと……
意味がないのよ……!!
お願い……消えないで……!!
美鈴……美鈴……!!」
美鈴は静かに目を閉じた。
「……お嬢様……
大好き……でした……」
その瞬間――
美鈴の体は光の粒となり、レミリアの腕の中から消えた。
レミリアは空を掴むように手を伸ばし、絶望の叫びを上げた。
「美鈴――――ッ!!!!」
その声は、未来の空間に響き渡った。
◆
滅びの未来が崩壊し、紅と青の光が世界を包み込んだあと――
紅魔館は、静かに元の姿を取り戻していった。
崩れた廊下は再び形を成し、歪んだ空間はゆっくりと閉じ、未来の断片は霧のように消えていく。
だが――
その中心に立つレミリアの腕の中には、もう 美鈴はいなかった。
◆
紅魔館は、奇妙なほど静かだった。
妖精メイドたちは、何が起きたのか理解できず、ただ不安そうに廊下の影から顔を覗かせている。
パチュリーは本を抱えたまま、言葉を失っていた。
咲夜は、主の背中を見つめながら、ただ静かに手を胸に当てていた。
レミリアは――
玄関前に立ち尽くしていた。
美鈴がいつも立っていた場所。
誰よりも長く、誰よりも変わらず、紅魔館の門を守り続けた場所。
そこには、誰もいなかった。
◆
レミリアは、ゆっくりと手を伸ばした。
美鈴の肩に触れようとした――
あの癖のような仕草。
だが、そこには何もない。
レミリアの手は、空を掴んだ。
「……美鈴……」
声は震え、風に溶けるように消えた。
レミリアは膝から崩れ落ちた。
「美鈴……
どうして……
どうして私を置いていくの……」
涙が地面に落ちる。
その涙は、美鈴がいつも立っていた場所に落ちた。
◆
咲夜がそっと近づき、レミリアの肩に手を置こうとした。
だが――
レミリアはその手を振り払った。
「触らないで……
今は……誰にも触られたくないの……」
咲夜は静かに頭を下げた。
「……お嬢様……
美鈴は……最後まで……
お嬢様の未来を守ろうとしていました」
レミリアは顔を上げた。
「そんな未来……いらない……
美鈴がいない未来なんて……!」
咲夜は言葉を失った。
◆
パチュリーがゆっくりと歩み寄る。
「レミィ……
美鈴は……あなたのために未来を選んだのよ」
レミリアは涙で濡れた目でパチュリーを睨んだ。
「そんな未来……私は望んでない!!
私は……美鈴と一緒に未来を歩きたかった……
それだけなのに……!」
パチュリーは静かに言った。
「それでも――
美鈴は“あなたの未来”を選んだの」
レミリアは唇を噛んだ。
「……どうして……
どうして私の願いより……
自分の未来を犠牲にするの……」
パチュリーは目を閉じた。
「それが……美鈴だからよ」
◆
レミリアは立ち上がり、美鈴がいつも立っていた場所に手を伸ばした。
そこには、風しかいなかった。
「美鈴……
あなたのいない紅魔館って……
こんなに……寒いのね……」
レミリアの声は震えていた。
「戻ってきてよ……
美鈴……
お願いだから……」
返事はなかった。
ただ、風が吹き抜けるだけだった。
◆
そのとき――
紅魔館の影が揺れた。
影が姿を現した。
レミリアは涙を拭い、影を睨みつけた。
「あなた……
美鈴を……返して……」
影は静かに首を振った。
「美鈴は……未来を選んだ。
その代償として――
“未来から消えた”」
レミリアは叫んだ。
「そんなの……認めない!!
美鈴は……私の未来なのよ!!
返して……返してよ……!!」
影は静かに言った。
「レミリア・スカーレット。
美鈴は――
完全に消えたわけではない」
レミリアは息を呑んだ。
「……どういうこと……?」
影はゆっくりと語り始めた。
「美鈴は“未来の外側”にいる。
お前たちが選んだ未来の――
境界に」
レミリアの瞳が揺れた。
「美鈴は……まだ……どこかに……?」
影はうなずいた。
「だが――
呼び戻す方法は一つしかない」
レミリアは息を呑んだ。
影は告げた。
「美鈴を取り戻す唯一の方法は――
レミリア・スカーレット、お前が“未来を差し出す”ことだ」
レミリアの瞳が大きく揺れた。
◆
レミリアは震える声で言った。
「未来を……差し出す……?
どういう意味……?」
影は静かに説明する。
「美鈴は“未来を守るために”未来を削った。
その結果、未来の外側へ押し出された。
ならば――
お前が“自分の未来”を差し出せば、
美鈴の未来と交換できる」
レミリアは息を呑んだ。
「つまり……
私が……未来を失えば……
美鈴は戻ってくる……?」
影はうなずいた。
「そうだ。
お前が“未来を持たない存在”になれば、
美鈴は未来へ戻ることができる」
咲夜が叫んだ。
「お嬢様!!
そんなこと……絶対に……!」
レミリアは咲夜を見ず、ただ影を見つめた。
「美鈴は……戻ってくるのね……?」
影は静かに答えた。
「戻る。
だが――
お前は“未来を持たない吸血鬼”になる。
永遠に生きることはできても、未来へ進むことはできない」
レミリアは目を閉じた。
◆
レミリアの胸に、美鈴の最後の言葉が蘇る。
――お嬢様の未来が、幸せでありますように。
レミリアは震えた。
「美鈴……
あなたは……私の未来を守った……
じゃあ……今度は……」
レミリアは拳を握りしめた。
「今度は……私があなたの未来を守る番よ……」
咲夜が叫ぶ。
「お嬢様!!
そんな未来……私は認めません!!」
パチュリーも叫ぶ。
「レミィ!!
あなたが未来を失えば……
紅魔館は……!」
レミリアは静かに言った。
「紅魔館は……美鈴がいないなら……
もう……私の家じゃないのよ」
その言葉に、咲夜もパチュリーも、何も言えなくなった。
◆
影は静かに告げる。
「レミリア・スカーレット。
選べ。
未来を持つか――
美鈴を取り戻すか」
レミリアは迷わなかった。
「私は……
美鈴を取り戻す」
影はゆっくりとうなずいた。
「では――
“未来の核”の前へ行け。
お前の未来を差し出す儀式を始める」
レミリアは歩き出した。
その背中は、涙で震えながらも、確かな決意に満ちていた。