静かなる門番と歪む運命   作:肩幅ひろし

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第23話 消えていく手、残された願い

 美鈴の足元は完全に透明になり、膝から下はもう存在していなかった。

 

 腰、胸、肩――

輪郭が揺らぎ、光の粒が舞い上がる。

 

 レミリアは震えた。

 

「美鈴……やめて……

 消えないで……!」

 

 美鈴はレミリアの頬に触れようとした。

だが、その指先は――

レミリアの肌をすり抜けた。

 

 レミリアの瞳が大きく揺れた。

 

「いや……いや……いや……!!

 美鈴……触って……!

 お願い……触れてよ……!!」

 

 美鈴は悲しげに微笑んだ。

 

「ごめんなさい……

 お嬢様……

 もう……触れられないみたいです……」

 

 レミリアは首を振った。

 

「そんなの……嫌……!!

 あなたがいない未来なんて……!!」

 

 

 

◆

 

 美鈴の体は、胸元まで透明になっていた。

 

 光の粒が舞い、未来の風が吹き抜ける。

 

 美鈴はレミリアを見つめた。

 

「お嬢様……

 私は……お嬢様と未来を歩きたかった……

 でも……

 これが……私の選んだ未来です……」

 

 レミリアは叫んだ。

 

「そんな未来、私は望んでない!!

 美鈴がいない未来なんて……未来じゃない!!

 お願い……戻ってきて……!!

 美鈴……美鈴……!!」

 

 美鈴は涙をこぼした。

 

「お嬢様……

 泣かないで……

 私は……後悔してません……

 お嬢様の未来を守れたなら……

 それで……」

 

 レミリアは美鈴の腕を掴もうとした。

だが――

腕はもう、そこにはなかった。

 

レミリアは崩れ落ちるように叫んだ。

 

「美鈴――――ッ!!

 行かないで!!

 お願いだから……!!

 私を置いていかないでぇぇぇぇぇッ!!」

 

 その叫びは、未来の空間を震わせた。

 

 

 

◆

 

 美鈴の体は、胸から上だけが残っていた。

 

 顔も、髪も、瞳も――

すべてが光に溶けかけている。

 

 美鈴は最後の力で微笑んだ。

 

「お嬢様……

 私は……お嬢様の未来が……

 幸せでありますように……」

 

 レミリアは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。

 

「美鈴!!

 私の未来は……あなたがいないと……

 意味がないのよ……!!

 お願い……消えないで……!!

 美鈴……美鈴……!!」

 

 美鈴は静かに目を閉じた。

 

「……お嬢様……

 大好き……でした……」

 

 その瞬間――

美鈴の体は光の粒となり、レミリアの腕の中から消えた。

 

 レミリアは空を掴むように手を伸ばし、絶望の叫びを上げた。

 

「美鈴――――ッ!!!!」

 

 その声は、未来の空間に響き渡った。

 

 

 

◆

 

 滅びの未来が崩壊し、紅と青の光が世界を包み込んだあと――

紅魔館は、静かに元の姿を取り戻していった。

 

 崩れた廊下は再び形を成し、歪んだ空間はゆっくりと閉じ、未来の断片は霧のように消えていく。

 

 だが――

その中心に立つレミリアの腕の中には、もう 美鈴はいなかった。

 

 

 

◆

 

 紅魔館は、奇妙なほど静かだった。

 

 妖精メイドたちは、何が起きたのか理解できず、ただ不安そうに廊下の影から顔を覗かせている。

 

 パチュリーは本を抱えたまま、言葉を失っていた。

 

 咲夜は、主の背中を見つめながら、ただ静かに手を胸に当てていた。

 

 レミリアは――

玄関前に立ち尽くしていた。

 

 美鈴がいつも立っていた場所。

誰よりも長く、誰よりも変わらず、紅魔館の門を守り続けた場所。

 

 そこには、誰もいなかった。

 

 

 

◆

 

 レミリアは、ゆっくりと手を伸ばした。

 

 美鈴の肩に触れようとした――

あの癖のような仕草。

 

 だが、そこには何もない。

 

 レミリアの手は、空を掴んだ。

 

「……美鈴……」

 

 声は震え、風に溶けるように消えた。

 

 レミリアは膝から崩れ落ちた。

 

「美鈴……

 どうして……

 どうして私を置いていくの……」

 

 涙が地面に落ちる。

 

 その涙は、美鈴がいつも立っていた場所に落ちた。

 

 

 

◆

 

 咲夜がそっと近づき、レミリアの肩に手を置こうとした。

 

 だが――

レミリアはその手を振り払った。

 

「触らないで……

 今は……誰にも触られたくないの……」

 

 咲夜は静かに頭を下げた。

 

「……お嬢様……

 美鈴は……最後まで……

 お嬢様の未来を守ろうとしていました」

 

 レミリアは顔を上げた。

 

「そんな未来……いらない……

 美鈴がいない未来なんて……!」

 

 咲夜は言葉を失った。

 

 

 

◆

 

 パチュリーがゆっくりと歩み寄る。

 

「レミィ……

 美鈴は……あなたのために未来を選んだのよ」

 

 レミリアは涙で濡れた目でパチュリーを睨んだ。

 

「そんな未来……私は望んでない!!

 私は……美鈴と一緒に未来を歩きたかった……

 それだけなのに……!」

 

 パチュリーは静かに言った。

 

「それでも――

 美鈴は“あなたの未来”を選んだの」

 

 レミリアは唇を噛んだ。

 

「……どうして……

 どうして私の願いより……

 自分の未来を犠牲にするの……」

 

 パチュリーは目を閉じた。

 

「それが……美鈴だからよ」

 

 

 

◆

 

 レミリアは立ち上がり、美鈴がいつも立っていた場所に手を伸ばした。

 

 そこには、風しかいなかった。

 

「美鈴……

 あなたのいない紅魔館って……

 こんなに……寒いのね……」

 

 レミリアの声は震えていた。

 

「戻ってきてよ……

 美鈴……

 お願いだから……」

 

 返事はなかった。

 

 ただ、風が吹き抜けるだけだった。

 

 

 

◆

 

 そのとき――

紅魔館の影が揺れた。

 

 影が姿を現した。

 

 レミリアは涙を拭い、影を睨みつけた。

 

「あなた……

 美鈴を……返して……」

 

 影は静かに首を振った。

 

「美鈴は……未来を選んだ。

 その代償として――

 “未来から消えた”」

 

 レミリアは叫んだ。

 

「そんなの……認めない!!

 美鈴は……私の未来なのよ!!

 返して……返してよ……!!」

 

 影は静かに言った。

 

「レミリア・スカーレット。

 美鈴は――

 完全に消えたわけではない」

 

 レミリアは息を呑んだ。

 

「……どういうこと……?」

 

 影はゆっくりと語り始めた。

 

「美鈴は“未来の外側”にいる。

 お前たちが選んだ未来の――

 境界に」

 

 レミリアの瞳が揺れた。

 

「美鈴は……まだ……どこかに……?」

 

 影はうなずいた。

 

「だが――

 呼び戻す方法は一つしかない」

 

 レミリアは息を呑んだ。

 

 影は告げた。

 

「美鈴を取り戻す唯一の方法は――

 レミリア・スカーレット、お前が“未来を差し出す”ことだ」

 

 レミリアの瞳が大きく揺れた。

 

 

 

◆

 

 レミリアは震える声で言った。

 

「未来を……差し出す……?

 どういう意味……?」

 

 影は静かに説明する。

 

「美鈴は“未来を守るために”未来を削った。

 その結果、未来の外側へ押し出された。

 ならば――

 お前が“自分の未来”を差し出せば、

 美鈴の未来と交換できる」

 

 レミリアは息を呑んだ。

 

「つまり……

 私が……未来を失えば……

 美鈴は戻ってくる……?」

 

 影はうなずいた。

 

「そうだ。

 お前が“未来を持たない存在”になれば、

 美鈴は未来へ戻ることができる」

 

 咲夜が叫んだ。

 

「お嬢様!!

 そんなこと……絶対に……!」

 

レミリアは咲夜を見ず、ただ影を見つめた。

 

「美鈴は……戻ってくるのね……?」

 

 影は静かに答えた。

 

「戻る。

 だが――

 お前は“未来を持たない吸血鬼”になる。

 永遠に生きることはできても、未来へ進むことはできない」

 

 レミリアは目を閉じた。

 

 

 

◆

 

 レミリアの胸に、美鈴の最後の言葉が蘇る。

 

――お嬢様の未来が、幸せでありますように。

 

 レミリアは震えた。

 

「美鈴……

 あなたは……私の未来を守った……

 じゃあ……今度は……」

 

 レミリアは拳を握りしめた。

 

「今度は……私があなたの未来を守る番よ……」

 

 咲夜が叫ぶ。

 

「お嬢様!!

 そんな未来……私は認めません!!」

 

 パチュリーも叫ぶ。

 

「レミィ!!

 あなたが未来を失えば……

 紅魔館は……!」

 

 レミリアは静かに言った。

 

「紅魔館は……美鈴がいないなら……

 もう……私の家じゃないのよ」

 

 その言葉に、咲夜もパチュリーも、何も言えなくなった。

 

 

 

◆

 

 影は静かに告げる。

 

「レミリア・スカーレット。

 選べ。

 未来を持つか――

 美鈴を取り戻すか」

 

 レミリアは迷わなかった。

 

「私は……

 美鈴を取り戻す」

 

 影はゆっくりとうなずいた。

 

「では――

 “未来の核”の前へ行け。

 お前の未来を差し出す儀式を始める」

 

 レミリアは歩き出した。

 

 その背中は、涙で震えながらも、確かな決意に満ちていた。

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