優雅ではない戦い、優雅な結末   作:折無堂

32 / 32
32.セイバーの願い

 光がわずかに揺れた。

〈願望入力を受け付けます〉

 

 ギルガメッシュが、愉快そうに目を細めた。

「申してみよ、セイバー。形を持たぬ大願とは別に、何を願う」

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンを救出し、彼女の意思と、その後の保護体制を私自身が確認するまで、現在の現界を継続したい」

 切嗣が、セイバーを見る。

 凛も時臣も黙っていた。

 

〈願望対象を確認します。アルトリア・ペンドラゴンの恒久的受肉ではなく、現在のサーヴァントとしての現界継続を申請していますか〉

「はい」

〈恒久的な安全保証は不能です。未来には、未発生の事象および外部主体の選択が含まれます。現時点で確認可能な脅威の低減、および保護体制の成立を終了条件として指定してください〉

 

「未来のすべてを保証してほしいわけではありません。彼女が自ら生き方を選べるところまで、今ある脅威を退けたいのです」

〈補足。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの次代器接続、強制命令系、遠隔制御経路および回収経路は、先の願望処理によって破棄済みです。ただし、現在地における物理的拘束、追跡、再捕獲および外部からの加害可能性は残存しています〉

 

 セイバーは頷いた。

 器として彼女を縛っていた魔術は消えた。

 だが、彼女はいまだ、ドイツにあるアインツベルンの本拠にいる。

 命令する術式が失われても、命令しようとする者まで消えたわけではない。回収のための経路が閉ざされても、人を送り、力ずくで連れ戻すことはできる。

 聖杯によって解かれたのは、彼女の内側に埋め込まれていた運命だった。その運命から離れた少女が、実際にどこで、誰と、どのように生きるのかは、まだ何も決まっていない。

 

「第一に、イリヤスフィールがアインツベルン城から離れ、物理的な支配下から脱すること」

〈確認しました〉

 

「第二に、救出後すぐに再捕獲されないよう、追跡と追撃を退け、安全な場所まで移動できること」

〈確認しました〉

 

「第三に、アイリスフィールが母として彼女のそばにいられること。切嗣と私、あるいは切嗣とアイリスフィールが信頼できる第三者が、それを支えられること」

〈保護方針の決定権を、衛宮切嗣単独に委ねますか〉

「いいえ」

 

 切嗣が、わずかに目を伏せた。

「切嗣がイリヤスフィールを愛していることは疑いません。ですが、愛していることと、常に正しい選択ができることは同じではありません」

 切嗣は反論しなかった。

 

「彼一人に、再びすべてを決めさせるべきではない。アイリスフィールの判断を含めます。そして、何よりもイリヤスフィール本人の意思を含めます」

〈本人意思の確認条件を指定してください〉

「自分がどこにいるのかを理解し、恐怖や命令によらず、拒否または希望を表明できる状態にあること」

 

 セイバーは一度、言葉を切った。

「保護するという名目で本人の意思を奪うなら、器と呼ぶ代わりに保護対象と呼んだだけです。彼女を誰かの目的へ従わせることに変わりはありません」

 切嗣が、ゆっくりと顔を上げた。

 

〈本人がアルトリア・ペンドラゴンによる護衛を拒否した場合、その意思を優先しますか〉

「はい。ただし、その言葉が恐怖や強制によるものではないことを確認します」

〈確認しました。追加条件を指定してください〉

 

「私自身が、彼女に会うことです」

 セイバーの声は静かだった。

「切嗣とアイリスフィールを信じます。ですが、信じることと、すべてを任せきることは違う」

 

 彼女は、切嗣の戦いを見てきた。

 目的のために自分を道具として扱い、アイリスフィールを聖杯の器として戦場へ置き、自分自身さえ切り捨てるものとして数えていた男を。

 今、その男は世界ではなく妻と娘を選んだ。

 だからといって、その一度の選択だけですべてが変わったと信じることはできない。

 

「私はあなたのサーヴァントとして、あなたとアイリスフィールの戦いを見ました。あなたが何を守ろうとし、何を切り捨ててきたのかも見ています。であれば、私にも最後まで見届ける責務があります」

 セイバーは切嗣を見た。

「あなたを許したわけではありません」

「ああ」

 切嗣は小さく答えた。

 

「ですが、あなた一人に背負わせることもしません」

 切嗣はしばらく黙っていた。

「それも、君が決めたことか」

「はい」

「なら、止める権利は僕にはない」

 

 セイバーは聖杯へ向き直った。

「これは受肉の願いではありません。故国への迷いを理由に、現世へ留まり続けるための願いでもありません」

 澄んだ光の中に、彼女の姿が映っていた。

 

「イリヤスフィールが再び誰かの目的のための器として扱われず、一人の子として生きられる状態にあると、私自身が確認するまでの限定的な現界継続です」

〈願望範囲を確認しました。対象はアルトリア・ペンドラゴンの現界維持条件、および現界維持に必要な魔力供給経路の限定確保です〉

 

 ギルガメッシュが笑った。

「つまらぬ願いだな、セイバー」

 セイバーは彼を見た。

「そうかもしれません」

「国の救済という大願を保留し、他人の娘一人を見届けるために杯を使うか」

「そうです」

「しかも、自らの手間を省くためではない。わざわざ責務を増やし、その責務を果たす時間を願うと」

 

 黄金の王は、愉快そうに目を細めた。

「貴様も、ずいぶんと奇妙な杯の使い方を覚えたものだ」

「願いを叶えて終わりにしないためです」

「それが貴様の杯か」

 

 セイバーは、もう目を伏せなかった。

「今の私には、それが願いです」

 ギルガメッシュはしばらく彼女を見たあと、喉の奥で笑った。

「よい。形も持たぬ救済よりは、よほどましな願いよ」

 

〈補足。本願望は、アルトリア・ペンドラゴンと世界との既存契約を変更、終了、または履行するものではありません。既存契約を維持したまま、カムランへの帰還を一時的に保留し、現在の現界を継続します〉

 セイバーは一度、目を閉じた。

 ブリテンの救済を願う契約は、まだ残っている。

 その答えを出したわけではない。

 

「構いません」

〈現界継続には魔力供給が必要です。現在の保有魔力のみでは、終了条件達成までの活動を保証できません〉

「衛宮切嗣との現在の契約経路を維持します」

〈契約相手の同意が必要です。衛宮切嗣、契約経路の維持および魔力供給に同意しますか〉

 

 切嗣はセイバーを見た。

「同意する。ただし、僕一人の魔力では長くは保たない」

「承知しています」

 セイバーは否定しなかった。

 切嗣の魔術回路が、騎士王を長期間現界させるために適したものではないことは、彼女自身が最もよく知っていた。

 

 そこで、時臣が口を開いた。

「遠坂の宝石を使おう」

 切嗣が視線を向ける。

 時臣は懐から小さな革袋を取り出した。中で、硬いものが触れ合う音がした。

 

「量には限りがあるが、短期間の供給源にはなる。私が供給用の礼装へ組み直し、君とセイバーの契約経路へ接続する」

「僕を経由させるのか」

「現時点で彼女のマスターは君だ。新しい契約を一から構築するより、既存の経路を利用する方が早い」

 

 切嗣は革袋を見た。

 遠坂の宝石。長い年月をかけて魔力を蓄積した、遠坂家にとって資産であり、魔術そのものでもあるもの。

 それを、時臣は敵であった男と、そのサーヴァントのために差し出そうとしている。

 

「なぜ、そこまでする」

「アインツベルンがイリヤスフィールを再び支配下へ置こうとすれば、大聖杯も冬木も、いずれまた争いの理由になる」

 時臣は聖杯を見た。

「それは冬木の管理者として看過できない。そして、私の娘たちの安全にも関わる」

「善意ではないということか」

「善意だけで、遠坂の宝石を差し出すほど私は気前がよくない」

 

 時臣は淡々と答えた。

「必要な場所へ、必要な資源を置く。それだけのことだ」

 切嗣はしばらく黙ったあと、頷いた。

「加工は君に任せる。運用と防護は僕がやる」

「それでよい」

 

 ギルガメッシュが、喉の奥で笑った。

「魔術師が殺し屋の契約を支え、殺し屋が魔術師の宝石を守るか。つくづく、昨日までの貴様らには見せてやりたい光景だな」

 時臣は振り返らなかった。

「適材適所です、王よ」

「はは。言うようになったではないか、時臣」

 

 聖杯の声が重なる。

 

〈外部供給候補を確認しました。遠坂時臣による供給礼装の構築。衛宮切嗣とアルトリア・ペンドラゴンの現行契約経路を介した魔力供給。礼装完成まで、現在の保有魔力を用いた暫定的な現界維持を実行します〉

「お願いします」

 

〈限定現界維持処理を開始します。指定された終了条件の確認まで、願望処理を継続します〉

 

 白い光がセイバーを包んだ。

 温かくはない。優しくもない。

 だが、濁ってはいなかった。

 戦いの終了とともに途切れるはずだった現世との繋がりが、細く、しかし確かに固定されていく。

 

 本来ならば、彼女は聖杯戦争の終わりとともに、カムランの丘へ引き戻されるはずだった。

 死の直前に置かれた身体も、世界と結んだ契約も消えてはいない。故国の滅びを救うという願いも、答えを得ないまま残っている。

 

 それでも今、その帰還には猶予が与えられた。

 過去をやり直すためではない。

 故国の滅びだけを、都合よく塗り替えるためでもない。

 これから一人の少女に会い、その少女自身が何を望むのかを確かめるために。

 

 セイバーは剣の柄へ手を置いた。

「イリヤスフィールを迎えに行きます」

 切嗣が頷いた。

「ああ」

 

 ギルガメッシュは退屈そうに見えて、その実、愉快そうに笑っていた。

「行け、騎士王。故国の願いを保留したのなら、せめて今、手の届く一人は取り落とすなよ」

 セイバーは王を見返した。

「言われるまでもありません」

 その返答には、怒りも従属もなかった。

 

 王であることを捨てたのではない。

 今はただ、その剣を一人の少女のために振るうと決めたのだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

パ リ ピ 時 臣(作者:融合好き)(原作:Fate/)

信じて送り出した夫がキラキラなギャルにどハマりして夜な夜な怪しげな場所で遊び呆けているなんて…


総合評価:5637/評価:8.56/完結:8話/更新日時:2026年06月03日(水) 06:28 小説情報

Metalnova(作者:アグナ)(原作:Fate/Zero)

もう何番煎じか分からないFate/Zeroのハッピーエンドを目指すオリ主の話。なお何を以てハッピーエンドとするかは人による模様。


総合評価:3456/評価:8.49/連載:23話/更新日時:2026年06月28日(日) 10:44 小説情報

Fate/hollow adaptation――異戒の華は冬木に咲く​(作者:りー037)(原作:Fate/)

十年前の冬木。第四次聖杯戦争の裏側で、大聖杯のシステムすら想定し得なかった「致命的なバグ」が産声を上げた。▼魔術師たちの野望と妄執が渦巻く中、地獄のような環境から一人の少女が解放される。▼間桐桜。彼女の足元に広がる「虚数」の影は、マスターを失い世界から消滅するはずだった理外の怪物――あらゆる事象に適応し破壊する『異戒の神将』と奇跡的な融合を果たしていた。


総合評価:3651/評価:8.62/連載:29話/更新日時:2026年06月16日(火) 12:39 小説情報

第二次聖杯戦争から少しだけズレた平行世界での一幕(作者:ささのき)(原作:Fate/)

▼とある冬木の聖杯戦争でこっそり勝利した陣営がいました。▼その子孫(転生者・魔眼持ち)が第4次や時計塔であれやこれやと画策していく様子をお届けいたします。▼ ────────▼僕はね、セイバーを救いたかっただけなんだ…▼


総合評価:3247/評価:8.63/連載:9話/更新日時:2026年05月10日(日) 19:00 小説情報

Fate/stay night [Alter Ego of Calamity] ――理外の双貌 (作者:りー037)(原作:Fate/stay night)

冬木市で行われる魔術師たちの殺し合い『第五次聖杯戦争』。▼必勝を期して最強の剣士(セイバー)を召喚したはずの遠坂凛の前に現れたのは、万能の杯すら鼻で嗤う「呪いの王」両面宿儺だった。▼伏黒恵の肉体(全盛期の力)と、一度敗北を知り丸くなった(?)精神。▼二つの極致を併せ持つアルターエゴにとって、この命懸けの儀式は単なる「暇つぶし」でしかない。▼機嫌を損ねれば即・…


総合評価:3846/評価:8.49/完結:52話/更新日時:2026年06月05日(金) 22:51 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>