優雅ではない戦い、優雅な結末   作:折無堂

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38.セイバーと切嗣の会話

 部屋を出ると、セイバーは廊下に立っていた。

 窓の外は白み始めている。アインツベルンの城の石壁に、冬木の朝の光が薄く差し込んでいた。

 切嗣は扉を閉めた。

 

「アイリスフィールは」

「眠った」

「そうですか」

 セイバーは短く答えた。

 

 それから、少しの沈黙があった。

「切嗣」

「何だ」

「私は、あなたが嫌いです」

 

 切嗣は驚かなかった。

「分かっている」

「あなたは、私を一度も騎士として扱わなかった。戦場での誇りも、対話も、敵への敬意も、すべて無駄なものとして切り捨てた」

「ああ」

「私は、それが許せなかった」

 セイバーの声は静かだった。

 怒鳴ってはいない。怒りが消えたわけでもない。

 

 切嗣は窓の外を見た。

「僕も、君が嫌いだった」

 セイバーの目がわずかに細くなる。

「知っています」

「君は、理想を美しいものとして語った。王としての誇り、騎士としての戦い、名誉。僕には、それが人を死なせるための飾りに見えた」

 

 セイバーは何も言わなかった。

「戦場で死ぬ者は、誇りを抱いて死ぬわけじゃない。血を流して、痛みに叫んで、何も分からないまま死ぬ。僕はそれを知っていた。だから、君の言葉が嫌いだった」

「ならば、あなたは私を見ていなかった」

「ああ」

 切嗣は認めた。

 

「僕は、君の言葉しか見ていなかった。君が何を背負って王だったのかは、見なかった」

 セイバーは、少しだけ目を伏せた。

「私も、あなたを見ていませんでした」

 切嗣は黙った。

 

「あなたが何を恐れ、何を失い、何を切り捨ててきたのか。私は見ようとしなかった。ただ、あなたのやり方を卑劣だと断じた」

「卑劣なのは間違っていない」

「そうですね」

 即答だった。

 切嗣は、ほんの少しだけ苦笑した。

 

「君も、遠慮がないな」

「今さらでしょう」

 

 その返しに、沈黙が少しだけ緩んだ。

 だが、和らいだだけだった。消えたわけではない。

 

 セイバーは続けた。

「私は、あなたのやり方を認めません」

「分かっている」

「ですが、あなたがなぜそうしたのかは、以前より分かります」

 

「僕も、君の王道を認められるわけじゃない」

「でしょうね」

「でも、君がただ理想に酔っていたわけじゃないことは分かった」

 

 セイバーは静かに息を吐いた。

「それで十分です」

「十分なのか」

「今は」

 

 切嗣は、廊下の向こうを見た。

 その先に、アイリの部屋がある。

 そのさらに遠くに、イリヤがいる。

 

「僕は、イリヤを迎えに行く」

「はい」

「アイリを連れて、アインツベルンから離れる。君にも協力してほしい」

 

 セイバーは切嗣を見た。

 以前なら、命令として聞こえただろう。

 今は違った。

 切嗣は、命じていない。

 頼んでいる。

 

「私は、イリヤスフィールに会います」

 セイバーは静かに言った。

「あの子が、恐怖や命令ではなく、自分の言葉で望みを口にできるところまで守ります。それが、私が聖杯に願ったことです」

 

 切嗣は目を伏せた。

「……ああ」

「アイリスフィールも守ります。ですが、切嗣」

「何だ」

「彼女たちを連れ出した後のことを、あなた一人で決めてはいけません」

 

 切嗣は、すぐには答えなかった。

「……分かっている」

 

 それは言い訳ではなかった。

 少なくとも、切嗣はもう知っている。

 救う相手の言葉を聞かないまま救済を決めれば、それは救済ではなくなる。

 

 だが、セイバーがその一言だけで納得するはずもなかった。

 彼女が知っている衛宮切嗣は、必要なら黙って決める男だ。

 最善のためなら説明を省き、相手の意思を確認する前に配置を終える男だ。

 だから、セイバーはもう一つ、釘を刺した。

 

「ただし、切嗣。私は道具ではありません」

「分かっている」

「分かっている、だけでは足りません」

 

 切嗣は、廊下の床へ視線を落とした。

「僕は、令呪を使わなかった」

 セイバーの目が、わずかに細くなる。

「だから道具として扱っていない、と?」

「違う」

 切嗣は即座に否定した。

 

「むしろ逆だ。令呪で命じることすらせずに、君を戦力として計算した。必要な場所へ置き、必要な時だけ動くものとして扱った。命令しなかったから、対等だったわけじゃない」

 セイバーは黙っていた。

「僕は君を縛らなかった。けれど、見てもいなかった」

「……そうですね」

 セイバーは静かに言った。

「あなたは私を令呪で縛らなかった。ですが、私の言葉を聞くつもりもありませんでした」

 

 切嗣は、その言葉を否定しなかった。

「なら、次からは説明する」

「可能な限り、ではなく?」

「可能な限り、とは言いたい」

 セイバーの視線が鋭くなる。

 切嗣は目を逸らさなかった。

 

「でも、それではまた同じになる。だから、説明する。全部とは言えないかもしれない。それでも、最初から君を除外することはしない」

 セイバーはしばらく彼を見ていた。

「私も、あなたの方法を初めから否定するだけではなく、何を恐れているのかを聞きます」

「それは助かる」

「ですが、非道を許すという意味ではありません」

「分かっている」

「分かっている、ばかりですね」

「他に言いようがない」

 

 セイバーは、そこでほんの少しだけ表情を緩めた。

 笑みと呼ぶには硬い。

 だが、敵意だけではなかった。

 

「切嗣」

「何だ」

「私は、まだあなたが嫌いです」

「ああ」

「今はあなたと同じ方を向くことはできます」

 

 切嗣は、しばらく黙っていた。

 そして言った。

「僕もだ」

 

 朝の光が、廊下に伸びていく。

 和解ではない。許しでもない。

 

 ただ、互いに嫌いなまま、初めて相手を人として見た。

 それは、彼らにとっては十分すぎるほどの前進だった。

 

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