竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第二十八話

闇を裂いて、双つの太陽が生まれた。

 マサが両手から解き放った紅蓮の呪いは、一つの巨大な火球となって広間を疾駆し、油断しきっていた術者たちの只中で炸裂した。

 逃げ場のない石の空間。回避する間も、防御の呪文を編む間もなく、凄まじい熱と光が三人の黒衣を呑み込んだ。悲鳴すら上げる暇はなかった。詠唱は途絶え、肉は骨から剥がれ落ち、骨は瞬時に灰と化す。死霊術師の一人と、仲間であろう召喚術師、そして彼らが番兵として侍らせていた白骨の兵どもが、一呼吸のうちに塵芥へと変わった。焦げ付いた臭いと、古い骨の粉が、熱波とともに舞い上がる。

 

 だが、ただ一人。しきりに辺りを警戒していた頭目格の男は、仲間たちから数歩離れた奥の通路口に立っていた。その用心深さが、彼を炎の輪から救った。仲間が蒸発する様を目の当たりにし、男の顔が恐怖と驚愕に引きつった。

「――ッ!」

 物陰からリディアが躍り出る。鋼の鎧を軋ませ、生き残った術者めがけて広間を駆けた。だが、間合いはまだ遠い。

 リディアが届くより早く、術者は引きつった声で呪を吐いた。狙いは、この惨状を生み出したマサだ。鋭利な氷の槍が生まれ、マサの脇腹へと突き刺さった。肉を裂き、骨を打つ衝撃。傷口から凍てつくような冷気が血脈に流れ込み、体温を奪ってゆく。ブレトンに流れる魔法への抵抗力がいくらか悪寒を和らげたが、それでも体の動きが鈍く、重くなった。

「ひっ……化け物め……! な、なんなんだ、お前は……!」

 頭目は完全に浮き足立っていた。仲間を一瞬で焼かれ、たった一人、伝説の竜殺しと、その剣を構えた従士を前にしている。男の目は、奥の暗い通路と、足元に転がる仲間の灰の間を、せわしなく泳いでいた。

 

 仕留めるのはたやすい。だが、それでは情報が得られない。

「逃がすな。生きたまま押さえろ」

 マサの冷徹な指示に、リディアの動きが変わった。剣を振るうのではなく、駆ける勢いのまま、肩から術者へと突っ込む。体当たりは、杖を持つ男の腕を鋼の籠手で打ち据えた。乾いた音とともに杖が床を転がり、男は無様にもんどり打って倒れる。

 起き上がろうと身じろぎした術者へ、マサが喉を低く鳴らした。

「Fus」

 竜の言葉の片鱗。短い衝撃波が至近距離で男を打ち、再び床へ叩き伏せた。完全にひるんだその背を、リディアの膝が容赦なく押さえつける。抜身の剣の切っ先が、男の首筋に冷たく添えられた。

 

「動くな」リディアが言い放つ。「指一本でも妙な動きをすれば、それで終わりです」

 死霊術師は、完全に戦意を失っていた。床に頬を押しつけられ、灰になった仲間の残骸を間近に見ながら、ガタガタと震えている。マサは転がった杖を拾い上げると、男の前に静かにしゃがみ込んだ。その目は、サイノッドで腐るほど見てきた、禁忌に手を染めた者特有の、臆病な光を宿していた。

「さて」マサは感情のない声で問うた。「なぜ、こんな墓の奥に。何を狙ってきた。」

 威圧する必要すらなかった。男は堰を切ったように喋り出した。

「ぬ、盗掘だ……! この墓にゃ、古い宝が眠ってるって噂で……! ノルドの英雄の、付呪された武具とか、宝石とか……! それに、死体もいい素材になる。だから、仲間と……っ。だが、ドラウグルどもが、思った以上に手強くて……仲間の半分は、もう奥でやられた……!」

 男は唾を飲み込み、奥の暗い通路を、怯えた目で示した。

 

「それに、この先は……行けねえんだ。奥に、おかしな仕掛けの回廊があってよ。三つの落とし格子が、踏んでも一瞬で閉じちまう。どう足掻いても、くぐれねえ。古い、声がどうとかいう……俺たちみてえな者には、通れねえ試練なんだと、とにかく、宝は、その先だ。俺たちは、そこまでも辿り着けなかった」

 声でなければ越えられぬ回廊。マサの喉に宿った、まさにその力が問われる仕掛け。男の話は、図らずも、この先の核心を指し示していた。

 リディアが、マサを見上げる。

「……どうしますか、この男。盗掘の死霊術師です。生かしておく義理は、ありませんが」

 男が、首筋に剣を当てられたまま、必死に床へ額を擦りつけた。

「た、頼む、見逃してくれ……! もう二度と、ここにも、あんたにも近づかねえ……! 何でもする……!」

 

 マサは立ち上がりながら、男の懇願を静かに聞いていた。「何でもする」「もう近づかない」――サイノッドで、似たような命乞いを何度も聞いた。そして、見逃した者が後でどうなったかも知っている。

「死者を弄ぶ術に手を出した時点で、お前は自分の命を賭けたんだ」

 マサの声に、怒りはなかった。世間が死霊術を禁忌と蔑むからではない。マサ自身、魂縛や死霊作成の術を修めている。彼の理由は、もっと単純で、冷たい理屈に基づいていた。

「こんな墓の奥で、敵意ある術者を背中に残しては進めない。もし俺たちが死ねば、お前はその骸を立たせて使うだろう。――それが、お前たちの流儀だ。違うか」

 男が何かを叫びかけた、その喉へ。マサは無造作に、炎の槍を一閃させた。

 短い断末魔。それきり、墓室は静寂に包まれた。罪悪感は、奇妙なほど薄かった。危険な敵対者を排除した。ただ、それだけのことだ。

 リディアは、剣を鞘に戻しながら、一度だけ死体を見下ろした。ノルドにとって、死者を弄ぶ者は人の形をした冒涜に他ならない。彼女の顔に、躊躇いの色はない。

「……正しい判断です。あれを生かせば、いずれ別の墓で、別の誰かの骸を起こしたでしょう。死霊術師への情けは、禍根にしかなりません」

 短い沈黙の後、彼女はマサを真っ直ぐに見つめた。

「ただ――あなたは、優しい人ではありませんね。冷たくもないが。ただ、合理的だ」

 値踏みするでも、責めるでもない。ただの、率直な観察だった。

 

 マサは返事をせず、灰になった術者たちの残骸と、今しがた始末した頭目の懐を検めた。焼け残った金貨と、充填済みの魂石がいくつか。そして、一冊の魔法書。ぱらりと頁を繰ると、古い死霊術の詠唱式が記されていた。『死の従徒』。一度従えた骸を、たとえ砕かれても、繰り返し起こし続ける上級の術だ。この墓には、手頃な「素材」が山ほど眠っている。学者の目が、知的好奇心に光った。

 ひとまず広間の脅威は片付いた。マサは灰の臭いが漂う片隅で胡座をかき、短い瞑想で乱れた魔力の流れを整える。消耗した力が、ゆっくりと内奥から満ちてくるのを感じた。それから己の脇腹へ手をかざし、回復の息吹を唱える。金緑の光が体を包み、咬み傷も、戦いの疲れも、温かく溶けて消えていった。

 魔法書は背負い袋へ収める。学ぶのは、後でいい。今は、奥が呼んでいる。

「行くぞ」

 

 死霊術師たちの死骸を後に、二人は墓の奥深くへと下っていった。

 通路は、徐々に古さを増していく。壁の彫りは精緻になり、龍の頭を模した石の意匠が、たいまつの灯に黒く濡れて浮かび上がる。空気が、いっそう冷たく、重くなった。ここはただの墓ではない。声の道の祖が眠る、由緒ある霊廟なのだ。

 やがて、広い墓室に出た。

 床には、油らしき黒い液体が、浅い溝を伝って一面に張り巡らされている。古い罠の仕掛けだ。天井からは、錆びた鎖で吊られた鉄の火皿が、いくつも垂れ下がっている。そして両脇の壁――等間隔に穿たれた壁龕の奥に、布を巻いた人影が、何体も、佇むように納められていた。

 リディアが、息を詰めた。「……ドラウグル。眠っています。ですが――」

 彼女の言葉を継ぐように、布の下から、青白い光が、ぽつ、ぽつ、と灯り始めた。生者の気配を嗅ぎつけた、古い眼が見開かれる。乾いた軋み。壁龕の中で、不死のノルド戦士たちが、ゆっくりと身じろぎを始めた。

 床の油と、頭上の火皿。マサの炎との相性は、言うまでもない。壁龕から這い出る前に、この罠を逆用する。躊躇いはなかった。

 マサは右手を掲げると、床の油溜まりの中心へ、狙いを定めて火球を撃ち込んだ。

 起きかけのドラウグルに、避ける術はない。火球が、黒い油の海に着弾した。

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