竜骨の学者 ──スカイリム漂流記   作:スカイリム愛好家

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第三十話

リディアが、新しく手にした氷の剣を構え直した。その切っ先は、微かに揺れる燐光を映し、部屋の奥に鎮座する石棺へと真っ直ぐに向けられている。

「……また、番人ですか。今度のは、一段、気配が重い」

 

 マサは頷いた。謎を解く前に、まずこの脅威を排除すべきだ。学者の本能は古代の仕掛けへと向かうが、戦場の経験がそれを制した。番人を背にして無防備に柱を回す愚は、犯すわけにはいかない。

 彼は一歩退き、両の掌を前方へかざした。指先が虚空に魔法陣を描くと、空間が音もなく裂け、燃え盛る人型の精霊が揺らめきながら現れる。炎の精霊。古き墓の冷気をものともせぬ、頼もしい盾であり、矛であった。召喚の余韻で消耗した魔力を補うべく、マサはベルトのポーチから上質な魔力の薬を取り出し、一気に呷る。ガラスの小瓶に満ちていた冷たい液体が喉を滑り落ちると、体の芯から魔力の泉が温かく湧き返るのを感じた。

 

 その熱を嗅ぎつけたのだろう。

 宙に火の粉を散らし、炎の精霊が威嚇するように石棺へ向き直った、その瞬間だった。

 轟音と共に、石棺の蓋が内側から砕け散った。立ち上がったのは、これまでのものより一回りも大柄なドラウグル。その朽ちた鎧には炎と雷の文様が禍々しく刻まれ、手にした古代の剣には紅蓮の付呪が脈打っている。喉の奥で、空気を震わせる低い声が渦巻いた。聖室の、最も篤き番人。

 マサの脳裏を、サイノッドの書庫で読み耽った古文書の一節がよぎる。スコージと呼ばれる王級の番人。その力は、炎の付呪が施された剣と、すべてを凍らせる氷のブレス。そして、衝撃を伴う声の力――シャウト。

 

 戦いの筋道は、一瞬で見えた。

「リディア、氷で動きを止めろ! 精霊、前へ!」

 マサの号令より早く、リディアは駆け出していた。彼女の振るう氷の刃が、番人の胴を深々と薙ぐ。古代の冷気が、アンデッドの死せる肉を内側から凍てつかせ、動きを縛った。霜に覆われた番人は、喉の奥で氷のブレスを溜めようとするが、凍りついた顎が言うことを聞かない。古の声は形を成す前に、白い吐息となって虚しく霧散した。

 その隙を、炎の精霊が突く。だが、放たれた火球は惜しくも番人の肩を掠め、背後の石壁に当たって砕けた。

 だが、それで充分だった。リディアが作った、決定的な一瞬の隙。マサは両手に魔力を集中させ、二条の氷の槍を同時に練り上げる。

「――そこだ!」

 放たれた氷槍が、凍てつき、動きの止まった番人の胸を寸分違わず貫いた。

 内側から砕ける音がした。氷の刃に動きを封じられ、氷の槍に核を砕かれた巨体は、霜と古い骨の破片を撒き散らしながら、二度と起き上がらぬ眠りへと崩れ落ちた。戦闘と呼ぶには、あまりに一方的な決着だった。

 

 リディアが、氷の剣の曇りなき刃を検め、小さく感嘆の息を漏らした。

「……この剣、番人の動きを縛りました。良い贈り物です、本当に」

 彼女の中で、新しい得物への信頼が確かなものになったのが、その声色から伝わってくる。マサは番人の亡骸から、紅蓮の輝きを放つ古代ノルドの剣と、力の満ちた大魂石を回収した。

 残るは、回転柱の謎掛けだ。

 壁に刻まれた鷲、鯨、蛇の意匠を検め、マサは三本の柱を順に回していく。元サイノッドの学者にとって、この種の謎は専門分野だった。最後の柱が正しい位置に嵌まると、奥の鉄格子が重い金属音を立てて巻き上がっていく。

 

 その先は、長い下りの回廊だった。

 だが、マサはすぐに足を止めた。回廊の先に、三つの落とし格子が等間隔に並んでいる。各門の手前には、仕掛けに繋がる踏み板。盗掘者が「どう足掻いてもくぐれぬ」と書き遺した、あの罠だ。

 試しにリディアが手前の踏み板を踏むと、最初の門がほんの一瞬だけ上がり、すぐに雷鳴のような音を立てて落ちた。常人の脚では、到底駆け抜けられる速さではない。

 リディアが、感嘆と困惑の混じった目でマサを見た。

「……これは。あなたの、あの声でなければ」

 その通りだ。マサの喉には、ハイ・フロスガーで授かった声が宿っている。声でなければ越えられぬ回廊。声の道を歩む者だけが、ユルゲンの安息へ至れる。

 マサは回廊の手前に立ち、喉の奥に力の言葉を呼び起こした。まだ習熟したとは言えない、細く短い声。一息に三つの門を抜けるほどの力はない。ならば、一つずつ。

 最初の踏み板を踏み、門が上がった刹那――。

 

「Vuld!」

 声が風となり、マサの体を押し出した。閉じかける鉄格子の下を滑り抜けると、間一髪、踵の後ろで門が落ちる重い衝撃が床を伝わった。息つく間もなく次の踏み板へ。二つ目、三つ目――声の力が短いぶん、一つ一つの間合いと呼吸を、刃の上を渡るように正確に見極めねばならない。額に汗が滲む。だが、冷静な計算は学者の得意とするところだ。

 最後の門を抜けた先、壁際に古い巻き上げ機があった。レバーを引くと、三つの門がまとめて巻き上がり、固定される。リディアと炎の精霊が、駆け足で回廊を渡ってきた。

「……お見事です」リディアが、頭上の門を見上げて息をつく。「声の道を歩む者だけが、と。本当に、あなたのための仕掛けだったのですね」

 

 回廊の先に、最後の扉があった。重い石の両開き。その奥から、ひときわ古く、静謐な――そして、どこか張り詰めた気配が漏れ出ていた。ユルゲン・ウィンドコーラーの安息の間。角笛は、その先にある。

 だが、マサは逸る足を止めた。慎重さは、彼の美徳であり、生き残るための術だった。

 扉の隙間に意識を澄ませ、奥の気配を探る。

 ――重い。これまでの番人とは、格が違う。

 広間の最奥、玉座のような石の台座に、ひときわ大柄な人影が鎮座している。墓そのものの主。王級の番人に違いなかった。

「……あれは、相当のものですね」

 リディアが氷の剣を握り直し、声を潜めた。彼女もまた、扉の向こうの尋常ならざる気配を感じ取っている。

「あなたの守りの薄さが、いちばん怖い。氷の息や、あの王の声を、正面で食らえば」

 その懸念はもっともだった。マサは扉の前で腰を下ろし、もう一度、魔力を練り直すことにした。しばしの瞑想で、消耗した魔力が再び満ちていく。

 彼はもう一度、扉の隙間から中の王を窺った。記憶と知識を照合し、その正体と、戦い方を冷静に組み立てる。

 

 墓守の王、デスオーバーロード。その生命力は、これまでの番人とは比較にならない。嵐のような双剣の連撃を繰り出し、広間ごと凍らせるほどの氷の息吹を吐き、そして、定命の者を吹き飛ばす王の威を乗せた声を放つ。

 まともに大技を受ければ、ひとたまりもない。攻略の鍵は、スコージを仕留めた時と同じ。炎や氷で絶えず怯ませ、相手に声や息を吐く隙を与えないことだ。大技を封じ続け、こちらの火で焼き切る。

 筋道は見えている。だが、相手は格が違う。万全を期すべきだ。

 マサは立ち上がると、扉に手を掛ける前に、最後の備えを始めた。肌を樫の如く硬化させる、防御の魔法をその身に掛ける。万が一、王の刃が届いた時のための、ささやかな、しかし生死を分けるであろう一枚の鎧だった。

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