「いろはー、いろはぁー、お腹すいたー」
「ん……ちょっと待って…もうすぐ……」
ふと、違和感。
私がうっすら目を開けると、そこには。
灰色の髪をした裸の美少女がいた。
「………」
私はその子を無意識に抱きしめる。
「ちょっとっ、いろは?」
困惑したような声で正気に戻る。
おかしいおかしい。
「えっと、どなた……?」
「いろはが抱っこしてた赤ちゃん」
「なんで、私の名前…?」
「机の上の紙束に書いてた」
なるほどなるほど。
つまり私の目の前にいるこの美少女は昨日の赤ちゃんの成長した姿と。
……
………
…………
「ほんと?」
「ほんとだよぉ〜」
私はもっかい彼女を抱きしめる。
暖かい。
良い匂いする。
柔らかい。
ふにふにしてる。
「………ほんとだ」
「顔もちもちしたら分かるんだ……」
その後、赤ちゃんだった時(1日と数時間しかなかったけど)に使ってた物を片付けた。
処分も考えたけど、やっぱり勿体無いので残しておくことにした。
「……ちなみに、どこから来たとか覚えてる?」
私は一応聞いた。
この子を手放すつもりなんて無かったけれど、流石に誘拐犯にされたくはない。
「ん」
しばらく思考したのち、その子は月を指差した。
「……月?」
「多分?」
………正直急成長した以上、もうなんでも来いって感じなのでつっこむ気にもならない。
とりあえず服は着させるか。
私は適当に服を見繕いながら、思い浮かんだことを聞いてみた。
「もしかして、あなたかぐや姫なの?」
「かぐや姫?なにそれ」
知らないみたいだったので教えてあげた。
黒いTシャツを渡しつつ、タブレットに竹取物語を表示する。
「こういう話」
「はえ〜………ん?」
その子は服を着つつ、最後のページをなんどもスライドさせようとする。
「あれっ?続きは?」
「えっ?無いよ。それで終わり」
その子はしばらく口を開けて困惑の顔を浮かべたのち。
「ちょーバッドエンドじゃんっ」
「…まぁ、確かに」
「突然お迎えが来ておしまい?こんなのかぐや姫不幸じゃん!納得いかない!」
確かに、この話はバッドエンドの類だろう。
でも。
「……しょうがないよ。結局、幸せも不幸せも無いんだから」
私は、これまでの人生を思い返す。
お父さんが死んでから、幸せも不幸せも、私の人生には無かった気がする。
強いて言えば、今この子が私の前にいることは幸福かもしれない。
「………じゃあ、私がハッピーエンドにする」
「……ん?」
どういうこと?
「だって、私かぐや姫に似てるんでしょ?なら私はハッピーエンドにする!そんでもって、ハッピーエンドにいろはも連れてく!」
「……なる、ほど…?」
いまいち理解が追いついてない。
えっと、つまり……この子が私をハッピーエンドに連れて行く、と。
「………別に良いよ、私は今のままでもーーー」
「良くないよ」
私よりも低い身長で、けれどずっと大人びた印象で。
「だって、いろは今人生ちょー不幸って顔してるのに、自分で気づいてないんだもん」
「別に、本当に不幸じゃ……」
「やっぱり気づいてないじゃん!もういいっ!私は何が何でもいろはとハッピーエンドに行く!」
満面の笑顔で、私にVサインを見せる。
その姿に、少し、心が暖かくなった気がする。
「………まぁ、それは一旦置いておいて」
私は一回話を切る。
「これからあなたはここで住むことになるけど、良い?」
「あったりまえじゃん。だって私、いろは以外の地球人知らないもーん」
そりゃそっか。
「じゃあ……ずっとあなたっていうのもあれだね、名前は?」
「んー?無いよー」
「無いんだ」
「うん。月じゃいちいちそういうの区別しないからねぇ〜」
そうなんだ……
あ、そうだ。
「じゃあ、かぐや。かぐやはどう?」
私はなんとなく、思いついた名前を言ってみた。
けどすぐに思い直す。
ハッピーエンドにしようって話をしたばっかで、バッドエンドになった人の名前はどうなんだ。
私はすぐに言い直そうとして。
「かぐや……かぐや……」
目の前の少女は、考え込むように、一つ一つ確認するようにかぐやと呟いた。
そして。
「……かぐや…!かぐやかぁ〜!!」
にこにこしながら喜んでいた。
「えっと、じゃあ……かぐや」
「はーい!!」
その元気さに、思わず私も頬を緩めてしまう。
いつぶりだろうな、笑うのって。
「これからよろしくね、かぐや」
「こちらこそ、よろしくいろはっ」
私とかぐやは、改めて挨拶をした。
「……夜も遅いし、寝よっか」
「おっけぃ!」
かぐやは楽しそうに布団を敷いて、先に潜り込んだ。
そして、布団を開けて一言。
「いろはもおいで〜♪」
私はそれに苦笑した。
「それは私の布団だっての」
かぐやの隣に並んで布団に潜る。
電気を消せば、思いの外眠気はすぐにやってきた。
「……かぐやぁ……」
「ん〜?どったのいろは」
私は、意識を曖昧にしながら、言葉を紡いだ。
「ぎゅってしていぃ……?」
「もちろん。かぐやはいろはのかぐやだもん」
そっと、優しくかぐやを抱きしめる。
服からする、私の匂いに混じるかぐやの匂いに安心感を覚えた。
ーーー久々に、薬が無くても寝られそう。
私は、かぐやを抱きしめながら眠りの底に沈んだ。