「いいかい。ここから真っ直ぐ進んで。決して振り返ってはいけないよ」
寂れた道を進む。
徐々に明かりが絞られてゆく、そんな道を。
街路の灯は明滅し、期せずして、光と闇の格子模様を彩っている。
進むに連れ冷えてゆく、臓腑が引き絞られるような感覚。
ふと、立ち止まる。
果たして此処は往路なのか帰路なのか。
そんな境い目に、今、あなたは立っている。
風が背を撫で、耳が
宵闇という外套を羽織った街は、常見慣れたそれとは様変わりした顔を覗かせている。
それはさながら色そのものに
固められた地の道を割って背を伸ばす草。
そんな有り触れた背景すらも、
昼見るのと今時分に見るのとでは異なる印象を残す。
薄ぼんやりと闇に浮かぶそれに目を奪われていたほんの刹那、
あなたの周囲を取り巻く景色は変化していた。
帰路でも往路でもない別の道。
上へ上へと続いていく石段を照らす燈籠が目に映る。
いつの間にと思うことすら野暮天に思える程、
それ等はただあるがままに石段を照らしていた。
ともすれば頼りない街路灯よりも余程に頼もしく。
ここが
あなたは少し石段の先を見上げてから、歩みを進めることにした。
一段、また一段と苔一つない綺麗な石段を踏みしめて行く。
登り詰めた先には社があった。
人の気配は無い。
にもかかわらず
一種の神聖さすら漂わせている其処には、
季節外れの花吹雪が舞台、神楽殿に降り注いでいた。
あなたが暫し
あの
遠く、近く、耳元を掠めるように、居場所を確かめるように。
つむじ風が
花吹雪の洪水に、あなたは一瞬、その目を細める。
再び目を開けると神楽殿にはいつしか人が
……人、というのは正しくないかもしれない。
少なくともあなたにはそう思えた。
其れは狐面を被った巫女装束の女であった。
あなたは声を発することが出来ない。
人ならざる神秘の気配を、その全身に纏っているように感じられたから。
あなたは目が離せない。
残り風に踊る
まるで獲物を狙い鎌首もたげる蛇のよう。
女はふわりと舞うように進み、ただ、境内へと続く階段へと腰掛ける。
そして朱塗りの盃を取り出し、優美な仕草であなたをゆるりと手招いた。
あなたはふらふら其れに近付いてゆく。
まさにその時、
不意に鈴の音が
目が覚める。
窓辺から零れる柔らかな日差し。
愛らしい小鳥の囀り声。
まさに絵に描いたようにのどかな朝。
にもかかわらず、
あなたの全身は今まさに行水してきたかのように汗に塗れていた。
身体を巡る倦怠感。
本能的に新鮮な酸素を求め深呼吸をして、
そして
あなたは涙目になりながら、救いを求めるかのように視線を彷徨わせる。
やがて部屋の隅、棚の上で目が留まる。
其処には古びた神楽鈴が転がっていた。
ろくに音も鳴らぬはずの骨董品。
あなたはそれに手を伸ばそうとして、間に差し込む陽光に、思わず手を戻す。
……あぁ、違う。違うはずなのに。
なのに、
──『逃れられない』。
あなたは小さく頭を抱えつつも、そんな想いで雁字搦めにされてゆく。
…
……
………
果たして、どれだけの時が過ぎたのか。
やがて意を決して、あなたは立ち上がる。
床の感触を確かめながらゆっくりと移動し、ようやっと鈴を手に取った。
返さなければいけない。
届けなければいけない。
「
あぁ、どうか来てください。
決して振り返らず。
脇目も振らず。
ただ
だって、そう、
──『私』は、
ずっと見詰め、焦がれてきた『あなた』が
ただ欲しくて、欲しくて、欲しくて、
たまらないだけなのですから…──