アビドス自治区、アビドス高等学校。その校庭で、模擬戦闘開始を伝えるブザーが鳴り響いた、ほんの一秒後の事だった。
ーギィンッッ!!ー
金属と金属が叩きつけられる音と衝撃に、少女は呻いた。
「っ、……ぐ、ぅ!」
天童ケイは、持てる限りの力で迫る一撃を耐え忍ぶ。すぐ左側に、白とピンクで飾られたショットガン……ホシノのEye of Horusが、寸でのところで止まっていた。
「へぇ……やるねぇ。これで気絶してもらおうかなって思ったけど」
砲身の向こうで、ブルーの瞳がケイを睨む。初対面時からは想像できない、氷のように冷たい視線は、並の人間ならすでに戦意を失いかねないほどの殺気を放っていた。
「小鳥遊ホシノ……あなたのことは……可能な限り、研究しておいたので……!」
強がるケイだったが、それでも予想を数倍上回るホシノの速さに、自分の組み立てた戦闘手順が早くも崩壊したことを悟る。
(映像を見ていなければ……何もわからず昏倒させられていた……!)
ギギギ、と擦れ合う金属音。ケイはすり足で立ち位置を変えようと試みる。
「さすが先生の選んだ人。勉強熱心だねぇ」
口調は砕けた時そのままだと言うのに、銃を押し込む力が僅かに強くなるのを感じ、ケイは身構えた。
「それじゃあ、耐えてね?」
ふっ、とEye of Horusを残してホシノの瞳が消える。同時に、死を思わせる重圧が体中にのし掛かってくる。前とか後ろとか、そんなレベルではない。上からも下からも、まるで逃げ場のない壁のようなプレッシャーが襲いかかってきた。
「っ!!」
だが、生き残れという本能がケイの身体を突き動かした。ルミナス・ノヴァの取っ手を足場代わりにして、宙に舞う。刹那、ホシノのつま先がケイのかかとをかすめる。重心を低くしたホシノは既に回り込み、足を奪おうと潜り込んでいた。
「おぉ?」
二度、回避した。ホシノは目を開く。顔を上げると生へ執着するために、飾り気も何もなくした、必死な顔がホシノを睨む。その右手には、ケイが選んだサブウェポンの拳銃が握られていた。
(戦技の予習もしっかりしてる、か)
ホシノは胸のホルスターに伸ばそうとしていた手を引っ込め、とっさに突き刺さっていたルミナス・ノヴァを蹴り飛ばす。倒れた銃身がケイの腕に直撃し、銃口が逸れる。ケイの顔が、驚愕に包まれた。
(……ここっ)
倒れてくる砲身には、刺さったままのEye of Horus。ホシノはそれを掴み、くるりと右手に掴むと、ケイの脳天に向けて一撃を放った。
*
ー数時間前、アビドス生徒会室ー
「おぉ~! 君が噂のケイちゃんかぁ! ようこそアビドスへ~」
アビドス高等学校に訪れた天童ケイを迎えたのは、にへらと力の抜けた笑顔が印象的な少女、アビドス高等学校、対策委員会委員長の小鳥遊ホシノだった。
「初めまして。ミレニアムサイエンススクール……天童ケイです。噂は聞いています。今日はよろしくお願いします」
ケイは聞いていた話と全く違う彼女の反応に戸惑いつつも、礼儀こそ基本の精神で改めて差し出された手を握り返す。
「よろしく〜。ねぇねぇ、噂ってなにかな? 先生私のことなんて言ってた? 気になっちゃうなぁ」
まぁまぁ、まずは座りなよー、と促され、それぞれ向かい合う形で座る。この独特な空気感……ゲーム開発部どころかミレニアムでも経験することのない感覚は新鮮だった。長く一緒にいると眠ってしまいそうだ。
「え、えっと……とにかく先生は、小鳥遊さんのことは『ホシノはかっこいいんだ!!』と……先生とアビドス自治区内のパトロールを行ったりしてるのは聞いています」
「んんぅ、そっちの話かぁ。いやー、そう言われるのはおじさんとしても照れちゃうんだけどね~」
たはは、とバツの悪そうな顔で頬をぽりぽりと引っ掻くホシノに、ケイは疑念を抱かざるを得なかった。
(この人が……キヴォトス最高クラスの戦術を持った人……)
事前に調べたり、教えてもらった情報では、その猛々しい戦いを見せる生徒がいるのが事実であるのは間違いなかった。
のだが。目の前にいる綿雲をそのまま人間にしたかのような軽さと掴めなさから、現実とデータが全く結びつく気配がなく、ケイは首をかしげた。
「んで、近接戦闘の訓練を受けたいってのは分かったけど、その理由も聞いていいかな?」
ホシノの問いかけに、ケイは本題に戻らねばと意識を取り戻す。
「単刀直入に言うと、先生の力になるためです」
「……ほう」
ホシノの目がわずかに尖り、ぴりっ、と空気が張り詰めるのを感じる。まるで、先生の隣に立つに相応しい人間かを確かめるように。
ケイは一瞬喉が詰まりかけたが、このまま喉をつまらせては戦う前から負けたようなものだと絞り出す。
「まず、前提としてホシノさんも私と先生の関係は既にご存知ですよね?」
「もちろん。先生の選んだ人を拝めて眼福だよ」
おそらく、素直に褒めてるのだろう。だが同時にホシノの目から、このキヴォトスにおいて先生の隣を歩むことを認められた存在が、いかなるものなのかを見極めようとする鋭いものを感じた。
「話が早くて助かります。一生徒としてだけでなく、一人の女としてあの人の力になれるよう、もっと自分を鍛えたいと思ったからです」
「シンプルかつ、ごもっともな理由だね。でもそれで私を紹介しちゃう辺り、先生も鬼だなぁ」
「いいえ。私が聞いたんです。先生の思う中で、最も強いと思う生徒はどなたかを」
「……なるほど」
よいしょ、とホシノは立ち上がる。理由はそれだけで十分のようだった。
「……ケイちゃんの武器は……まぁ、そのレールガンだよね」
「基本はサポーターとして戦闘に参加しています。役目としては、センサーを設置し、戦闘に参加している他の生徒に急所を狙えるようにするための支援。その情報を元に、私も後方から狙撃するのが主な役目です」
「確かに、その立ち位置ならなおのこと、近接戦にも強くなっておきたいね。狭い空間を先生と移動するときに、その技量があれば安心だろうし。ちなみに基礎訓練は?」
「既にヴァルキューレやSRTの皆さんには、基礎を教えてもらいました」
「勉強熱心だねぇ、感心感心。んじゃ、まずは小手調べと行こうか。校庭のバリケード置いてあるエリアでやろう」
「ありがとうございます。それと、ホシノさん」
「およ?」
「私のことは、完膚なきまでに叩き潰しに来てください」
「……んんーー??」
*
「本当にやるの? 本気のホシノ先輩相手にしたら、私達が束になっても敵わないのに」
と、校庭の隅にある模擬戦見学用地帯から黒美セリカは双眼鏡越しに二人を覗く。
「ホシノ先輩がいいっていったら、いいんだと思いますよ。まぁ……私もどうなるかわからないので、不安がないと言えば嘘になりますけどね」
セリカの隣で、同じく双眼鏡を覗く十六夜ノノミ。レンズの向こうに見えるのは、ホシノ……それも、ボディアーマーにサブウェポンも装備した、臨戦態勢状態の姿。ポニーテールが風に揺れ、その背中は手加無しと語っている。
無線機からコールが鳴り、反対方向の監視塔にいるアヤネからの声が響く。
『基本的に、私が戦闘終了のブザーを出すまでは続行しているものだと思ってください。危険と判断した場合は、すぐに仲裁係を投入します。模擬弾とは言え、痛みは実戦に近いので気をつけてください』
「天童ケイ、了解しました」
「こっちもいいよ~」
『では、カウントダウンを開始します。3、2、1……!」
ビー! 皮膚を揺らすほどの音量でブザーが鳴り響く。さて、先手はどちらだと固唾を飲んでいたセリカだったが……。
「……え?」
鈍い音が聞こえた。かと思えば、見ていたホシノが双眼鏡から消えていた。思わず肉眼に戻り、周囲を確認すると、ホシノは既にケイの懐に飛び込み、冒頭に至るのである。
*
そして現在。
「…………秒殺……?」
地面でひっくり返ったケイは、アビドスの乾燥した青空を見ながら呆然としていた。
何が起きた? 再整理をする。ブザーと同時に、ホシノが飛び込んできた。切り込み隊長をできる事は知っていたから、それは予期していた。故に、突き出されたショットガンの銃身を、あえてルミナス・ノヴァの展開した砲身で挟み込み、一撃を回避することには成功した。
だが。彼女のパワーは予想を遥かに上回っていた。最初の一手の一撃で、支えていた左腕が痺れ、それが回復する前に次の一撃が足元にやってきた。とっさに身体を宙に送り込んだのは良い判断だったが……。
その先すら逃さないという、ホシノの徹底した段取りは、いとも簡単にケイの培った技術を崩壊させた。
「大丈夫ー?」
ひょっこりと、視界にホシノの顔が現れる。ケイはハッとし、手足を動かして確認する。
「……大丈夫です」
「ん、よかった。どうする? 続きする?」
「……お願いします」
だが。この程度で折れるつもりは、毛頭なかった。
「さっきと同様で構いません。私を叩き潰しに来てください」
「……わかった」
ジャコッ、ジャコッ、とホシノはショットシェルを再装填し、ケイも拳銃の薬室を確認し、マガジンの残弾を確認する。
(……これすら……一発も撃てなかった)
奥歯を噛み締め、マガジンを再装填。ルミナス・ノヴァを抱えあげる。
「アヤネちゃーん、カウント5でお願いねー!」
監視台にいるアヤネが手を振って答える。ホシノは数歩後退し、ケイからほんの数メートル地点で足を止めた。
「今度は……もう少し耐えます」
「いいねぇ。おじさん元気な子は好きだよ?」
「お褒めに預かり光栄です」
ブザーが鳴る。ホシノ、即発砲。ドンッ、ドンッ、ドンッというセミオートショットガンの銃声が響く。ケイは左へと飛び出し、距離を少しでも置くべく、ルミナス・ノヴァの本体でガード。今度は拳銃を抜き、パンパンパンパンと牽制射撃を追加する。
(4、5、6……向こうの残弾はあと一発……!)
ホシノの発砲回数を数えながら拳銃をしまい、ケイは地面に向けてレールガンを発射する。蓄電量は半分以下だったが、この至近距離でホシノの視界を奪うのなら十分な威力だった。
(距離を少し置いて、煙の中から……と、見せかける!)
ケイはあえて煙のない、見晴らしの良い方へと足を向ける。煙から飛び出たホシノの背後を狙うためだ。
(いた!)
ケイは煙の隙間から見えるホシノのシールドを見逃さなかった。ケイの予測した方向に移動している。
拳銃をホルスターに収めて、ルミナス・ノヴァを握る、撃つためではない。鈍器として使うために振りかぶる。
ゴン、と鈍い音。煙の中で硬いなにかに当たる音。間違いなく、シールドに直撃したのだろう。だが。
(軽い!?)
ガラガラと音を立て、地面を滑ったのはシールドだけだった。ホシノはいない。どこに、と考える前に、ケイは砲身を地面に突き立ててその後ろに身を隠し、煙の中から放たれた銃弾が装甲に叩きつけられる音が響いたのはほぼ同時だった。
「ぐぅっ!」
ホシノはケイの意図を理解していた。煙から出ることなく、冷静に補助拳銃を抜き、シールドを放り投げて囮にした。予想通り、彼女はそれを殴り飛ばし、ご丁寧に位置を晒してくれたので発砲した。
(でも、こっちが仕掛けてくることを見越して防御の手順は整えてる。おじさんもしっかり研究されてるなぁ)
マニュアル通りに戦うタイプかと思いきや、その見た目や性格に反して応用が非常に柔軟だった。素直にホシノは、ケイのこの点は評価に値するものだと脱帽する。
「でも、まだ硬さが残ってるよ」
ケイの殴り飛ばしたシールドが、ホシノの足元まで転がり、それを拾い上げて後退をする。拳銃をしまうと、シールド裏に収納していたショットシェルを四本ずつ握り、Eye of Horusをひっくり返して脇に挟み、給弾口に二発ずつ再装填するべく差し込む。
「させるかっ!!」
ケイも、態勢を立て直す時間を与えまいと、ルミナス・ノヴァを抜き、発砲。電磁波をまとったサボット弾が砂煙をバラバラにしてホシノをめがけて飛翔する。
(さすがに初速が銃弾のそれより早い。でも)
自分に向かって飛んでくるのだから、防げばいいだけの話だった。シールドを斜めに構え、エネルギー展開。音速の数倍早い速度で接近していた弾頭はエネルギー部分に着弾し、数枚を砕いてから本体に接触。その頃には威力も分散され、払い除けられるようにしてホシノの右後ろへと飛んでいく。
(この……距離で……!?)
ケイは目を剥く。あれが人間の行ったことなのか!? 物理学の概念を根本から覆している、ありえない!
だが、この目で直接見た事象は、どんなにありえない物でも事実となる。打ちひしがれるな、動け。どんな手を使ってでも、やらなければならない時はいずれくる。
再装填、蓄電開始。ホシノが距離を離した今、狙撃戦に持ち込むことへ頭を切り替える。
レールガンの特性は、音速の数倍で質量兵器としての威力を極限まで高めること。それに伴う衝撃波は、味方を巻き込む危険性があり、使用時には注意する必要があるが……今は、むしろその衝撃波が範囲攻撃として最適な選択肢となる。
(距離60……蓄電70%、衝撃波範囲、推定5メートル!)
ホシノの五感のいずれかを、一時的に麻痺させるだけでいい。どんなに強い人間でも、体の一部が機能不全になれば戦闘への支障が出る。そこを突く。
発砲。反動をその体で受けながら、後方放熱版が展開し、排熱。砂煙を巻き上げる。
「これも、軽いっ!」
手応えがない。その考えのとおりに、砂埃からホシノが飛び出し、シールドを背中に収納するとEye of Horusを構えて発砲。ケイは再度ルミナス・ノヴァで受け止める。着弾音が鈍い……大型の鉛玉を相手に叩きつけるスラッグ弾だ。
(当たったら激痛で動けなくなる……)
再度蓄電開始。しかし、ホシノはお構いなしに距離を詰めてくる。あっという間に衝撃波を使う手段は潰され、拳銃を抜いてホシノの進路先に銃弾を左右にばらまく。それを、彼女は中心を突き抜けるように駆け抜けた。
(なら、もっと近くで!)
近づけば、当たるはず。ケイは懸命にトリガーを引く。
が、ホシノはまるで猫のステップのように進路を変え、それに追いつこうとケイが再度照準を合わせようとした瞬間、さらにステップを踏んで射線に全く入らない。ケイの、ありとあらゆる戦術が破壊されていく。
(ちっくしょう!)
ケイはルミナス・ノヴァを手放し、拳銃のマグキャッチボタンを押し込み、すかさず予備弾倉を再装填する。
ホシノは引き続きケイの動きを分析していた。戦術、判断力の素早さ、応用力、その全ては優秀と言えるだろう。
だが、間違いなく、自分に大きなダメージを与えられるほどではないとも理解する。技量を与えるなら、もっと加減してやるべきなのだが……。
ー私のことは、完膚なきまでに叩き潰しに来てくださいー
(……要望には、答えないとね)
首を僅かに右に傾け、耳元をケイの放った弾丸がすり抜け、髪の毛を散らす。ホシノは軽くジャンプしようと足を曲げる。ケイの銃口が上を向く。ホシノの狙い通りだ。
ジャンプすると見せかけてそのまま膝を曲げ、重力とダッシュの勢いを使ってスライディング。ニーパッドが砂を切りつけ、ケイの懐に潜り込む。
「もーらい……」
と、スラッグ弾を叩きつけようと銃口を向けた瞬間、ケイは右足で地面に転がっていたルミナス・ノヴァの機関部を蹴り上げる。銃口が地面を……ホシノの方に向こうとする。だが、こっちの方が早い。
発砲。訓練用スラッグ弾がケイの顎に命中。身体が舞い上がり、後方に吹っ飛ぶのが見える。これで二回目……そう思ったホシノだったが、彼女の口元に浮かぶ苦痛の表情の中に、笑みが含まれているのを見た。
「!?」
刹那。地面が絶叫した。あくまで比喩だが、ホシノにはそう聞こえた。
ルミナス・ノヴァが吠えていた。
(これが狙いか……!)
ゼロ距離で叩き込まれた弾頭は、地面に突き刺さると同時に、空気を突き破り、大地に風穴を開けて、それだけにとどまらず音速突破質量の衝撃波が一体を包む。
激痛で顔を歪めながらも、ケイの頭の中では笑みが浮かんでいた。きっと、向こうは自分を吹き飛ばしてくる。それを信じてレールガンの蓄電を行っていたのだ。
仮に来なかったとしても、通常通り発射して牽制して、次の一手を作り上げるだけでいい。
(予測が立たないなら、どちらでも転がれるようにするだけ……!)
もちろん、これで戦闘不能になるほど相手は甘くないだろう。それでも、ゼロ距離で質量兵器の威力と衝撃波をまともに食らって、平然といられるわけがないのだ。
空を揺らすような衝撃波が中空を舞うケイを包む。痛い。だが、向こうだってそれ以上のものを受けている。
ーーはずだった。
ズドン。銃声。ケイの背中に激痛が走る。そのまま地面を転がったケイは、肺から酸素が逃げ出し、意識が吹き飛びそうだったが、顎に命中したスラッグ弾の激痛で無理やり呼び起こされ、顔を上げる。
(なん……で)
驚愕するケイだったが、煙の中から現れるホシノを見て目を剥く。あの距離で、あの衝撃波を食らって、立っている……。
だが、背中のシールドを見てすぐに理解した。そのまま地面に背中を……シールドを押し付けてわずかでも衝撃波を受け流したのだ。
「っ、っつぅ……」
まだ終了のブザーは鳴ってない。ケイは歯を食いしばって痛みを抑え込み、立ち上がって拳銃を構え直す。
「今のは焦ったよ」
そうは言うホシノだったが、その顔は戦闘開始時とほとんど変わらない涼しいもの。その余裕な表情と歩み方から放たれるプレッシャーは、圧倒的などという言葉では到底足りないものだった。
(デカグラマトンの強さは……神を名乗るだけあって、圧倒的な物だった……でも、この人は人間……人間なのに……!)
アビドス最強の女、小鳥遊ホシノ。その存在は人間の皮を被った化け物……いや、それすら生ぬるい、まるで自然災害のような存在だということを、天童ケイは思い知らされた。
「……それでも」
そう、それでもだ。腕を曲げ、ケイは銃を眼前に置いて短く構える。彼女の意図を汲み取ったのだろう。ホシノはシールドを背中から下ろし、ショットガン左舷、シェルホルダーからシェルを抜き、全弾再装填し、予備拳銃を抜く。
ーこれで仕留める。容赦はしないー
彼女の蹂躙宣告が聞こえた気がした。
「…………」
「…………」
沈黙。風が吹いて、アビドスの砂が宙を舞い、白髪と桃色のポニーテールが揺れて…………止まった。
*
見学地帯にいたセリカは、風が止んでからの二人の接近戦に言葉を発することができなかった。
ホシノが飛び込み、ケイはそれを正面から受け止めようと足を踏ん張った。直後にEye of Horusの銃口を突き刺し、ケイは上体を屈め、足をバネのように伸ばしてホシノの懐に飛び込み、発砲。その寸前で体を反らして射線をかわしたホシノは、左肘でケイの後頭部を殴打。
地面に叩きつけられたケイだが、足を捻らせて地面を転がり、ホシノに再度体を向けるとトリガーを二回引く。
ホシノ、咄嗟にしゃがみ、拳銃を発砲。ケイは地面を転がって回避し、左手で上体を持ち上げ、足を踏み込んで立ち上がると応戦、銃を構えようとしてーー。
その頃にはホシノも手の届く距離まで詰めていた。左手でケイが引き金を引き切る前に銃を叩き、逸れた銃口から飛び出た銃弾が耳元をかすめる。
気にせずケイの腹に蹴りを入れて距離を離し、Eye of Horusを数回発砲。一発がケイの左肩に命中し、強烈な痛みと痺れでだらんと垂れ下がる。
間髪入れずに、ホシノが迫ってきた。ケイは右手で銃口を向けようとして……ホシノのいない、右に銃口を向け一発。刹那、ホシノが射線に飛び込む形になり、ボディアーマーに着弾した。
「ホシノ先輩に当てた!?」
セリカが立ち上がる。ノノミも同じく目を丸くするも、すぐに双眼鏡を覗き直してもみ合う二人を見る。
「たぶん、ホシノ先輩が今度は右腕側を狙うというのを察知したのと、狙っても撃つより早く避けられることに気づいたみたいですね」
「じゃあ、あれは運が良かったってこと?」
「というより……この戦闘でホシノ先輩の動きを学んで、より確率の高い方を選んだ……のほうが正しいですね。そうなると立派な戦術です」
しかし、ホシノは決して自分を奢る人間ではない。当てられた、ならこれ以上当てられないようにするだけだ。
地面を踏みつけ、急ブレーキ。左手の拳銃を発砲。ケイ、前転して寸前で回避し、かかとを軸にして真後ろを向く。
Eye of Horusの銃口があった。ケイが目を剥くのをノノミは見た。しかし。
ケイは痛む左腕を引きちぎるがごとく持ち上げた。フォアエンド部分を叩き上げると銃口が跳ね上がり、発砲音。模擬スラッグ弾が空へ消え、エジェクションポートから硝煙を残したショットシェルが弾き飛ぶところまではっきり見えて。
その先に、がら空きのホシノの胸板。右手の拳銃を向ける。ありったけ弾丸を撃ち込む。同時に、脇腹に数回激痛が走る。ホシノの予備拳銃は、同時にケイの脇腹を狙っていた。
(まだ、まだっ!!)
セリカの頭に、ケイの叫びが聞こえた気がした。地面を踏みしめ、着弾の衝撃で曲がる体をそのままホシノの腹へとぶつけ、もつれ込む。その間に、どちらのものか分からない、9mm拳銃弾の銃声が複数回響く。
地面に転がった二人が、同時に離れる。お互いを蹴り飛ばしたのだ。
ホシノはすぐさま体勢を立て直して立ち上がり、拳銃の弾倉を交換。対しケイも立ち上がり、銃口を向けるも……すでに肩で呼吸を繰り返し、足が僅かにふらついていた。
「も、もう無理よ……なんで……」
セリカが呟く。彼女の言う通り、誰の目に見てもケイに勝ち目がないことは明確だった。
そもそも、彼女の依頼そのものが無謀と言えるものだ。戦技の習得のために、ホシノを演習相手とするのは理解できる。だが、望んだのは『徹底的に叩き潰してほしい』と言うもの。端から聞くと、破滅願望に近いものだった。
「……きっと、他に目的があるんじゃないかと思いますよ」
ノノミはケイを見つめる。双眼鏡越しに見える彼女の目から、闘志の炎は消えていない。それどころか、体力の消耗が激しいはずなのに、燃え上がっているかのようだった。
「目的って……?」
「わかりません。でも、ケイさんは間違いなく頭のいい人ですし、何も考えずに無謀なことをするとは思えません」
「それは……確かにそうだけど……」
セリカは対峙する二人を見つめる。ケイは拳銃のグリップを握り直し、ふぅーと息をついた。
「今のところ、お二人ともやめるつもりはないようですし……セリカちゃんも見守ってあげてくださいね」
「……はぁ。もう、もどかしいったらありゃしないわよ」
ケイが走り出す。ホシノはあくまで冷静に、彼女の動きを見極める。右か、左か……ホシノは一発発射した、直後。
(上か!)
白髪の彼女は跳躍する。ジャケットが風に揺れて、その進路先に、すでにホシノはEye of Horusの銃口を向けていた。
恐らく、これで決まるかもしれない。ホシノはケイのみぞおちを狙い、トリガーを引く。
ーカチンっー
「なっ!?」
Eye of Horusの回答は発砲音ではなく、ハンマーの金属音だった。[[rb:弾詰まり > ジャム]]? いや、そんなはずはない。さっき拳銃をリロードするときに排莢口に異常がないかも一緒に確認したから、弾はあと一発残ってたはず。
ならば、なぜ? 舞い上がったケイがホシノの頂点に到達する。その瞬間、彼女と目が合う。
ケイは二度目の笑みを浮かべていた。
ホシノは理解した。さっき地面でもみ合って拳銃を撃ち合ったとき……ケイは、どさくさに紛れてコッキングレバーを叩き、未使用のシェルを排莢。ホシノのEye of Horusの弾数を一発減らし、この瞬間に弾切れを起こすように仕向けていたのだ。
(や……る……!)
ゆっくりと時間が流れる。ホシノは感嘆する。彼女は、間違いなくできる生徒。まさか、まさかだった……。
ケイの構えた銃口が光る。トリガーを引き絞る。
ーカチンっー
拳銃からの回答は、ハンマーが金属を叩く音だけだった。
「くっ……そ……!!」
ケイは悪態を漏らし、地面に転がる。げほっ、という嗚咽が聞こえた。
ホシノは驚いた。まさか、[[emphasismark:自分が彼女にしたことと、同じことをされる > ﹅]]とは思っていなかった。
「ふ、二人ともあの一瞬で、お互いの弾を抜いたの!?」
それも、ホシノに関してはホールドオープンで気取られないように、マガジンを抜いて排莢。リリースレバーも押し込んで発砲状態に戻してだ。
「ケイさんの集中力も限界ですね……」
立ち上がった時、マグチェンジをしていれば気づけたかも知れない。それをしなかったのを見て、ホシノは彼女の限界が近いことを察していた。
にもかかわらず、自分をこうも驚かせたのだ。ホシノは、自身の血が熱くなるのを感じずにはいられなかった。
立ち上がろうとよろめくケイに向けて、肉薄する。彼女の技量、根性は間違いなく本物だ。
迫るホシノに対し、ケイは身をかがめた。直後に左肩を蹴り上げられた足がかすめて白髪がなびく。ケイはホシノの足首を掴み、銃本体で喉元を狙いに行く。
対し、体を捻り、拘束から逃れてホシノはうつ伏せる。地面に手をついて身を翻し、砂だらけのポニーテールを揺らしながら拳銃を向ける。
「まだ、だぁああ!!」
それでも、ケイの対応は早かった。弾かれた腕を伸ばし、銃口を抑え込んでスライドを後退させる。ディスコネクター(発射遮断機構)が作動し、撃鉄が雷管を叩くのを防ぐ。
それを察知したホシノは回し蹴りをしてケイの足元をすくう。うめきが聞こえ、白髪が地面に倒れ伏せる。今度こそ、とホシノは銃を向けるも、今度は素早く足元に転がり込み、足を蹴り上げてホシノが握る銃を弾き飛ばした。
「ホシノ先輩が丸腰に!?」
セリカが身を乗り出す。Eye of Horusは弾切れ、拳銃も中空にある。事実上は手がないと言われても差し支えはない。
一般の生徒なら。
ホシノは弾の入っていないEye of Horusのストックを握ると地面にーーケイに向けて突き立てる。辛うじて体への直撃は回避するが、ジャケットを押さえつけられて一時的に身動きが取れなくなった。
「ぐ、ぅ!」
ケイは狼狽する。とんでもない怪力だ。純粋な力だけで抑え込まれていた。
ホシノが空に向けて手を伸ばす。蹴り飛ばした銃が吸い込まれるようにホシノに落下する。握られたら終わりだ。
「あぁあああああっ!!」
度重なる被弾で、ケイの全身から悲鳴が上がっていたが、絶叫してそれを一時的に記憶から消し飛ばす。袖から腕を抜き、ジャケットを脱ぎ出す形で転がりながら脱出。拳銃のスライドストップを外し、スライド前進、分解。ホシノに投げつける。
「っ……!」
それをEye of Horusで殴り返すホシノ。その向こうから、マゼンタピンクの瞳がギロリと光る。その手には、分解したハンドガンのグリップフレーム……その鋭利な先端がホシノ目掛けて迫っていた。
(手でしか……でも、衝撃は……!)
直撃よりはましだとホシノは拳を握ってケイの一撃を受ける。だが、彼女の考えたとおり、打突の勢いは止められず体が曲がり、ホシノは後ろにふっとばされる。
そして、中空を舞いながら、目に入った光景に息を呑む。ケイが置き去りにしていた、ルミナス・ノヴァ。その蓄電インジケーターランプのすべてが全て点灯……チャージ完了を示していた。
(こ、れ……か!!)
ホシノは理解した。リロードもせず、やたらと自分の方に転がり、執拗な接近戦を行う彼女の意図を。ずっと、ずっと誘導されていたのだ。
何とか受け身を取り、着地をするホシノ。シールドの位置を確認しようと顔を上げた瞬間……
ルミナス・ノヴァを握り、輝く砲身をこちらに向けるケイと目が合った。
「ーーーー光よ!!」
ーッッゴオオ[[rb:…… > ドンッ]]ドンォンッ!!ー
フルパワーの質量兵器がケイの叫びに応えた。ビリビリと砂と空気を恐怖させ、周囲にあったバリケード数個を吹き飛ばし、その衝撃波はアビドスの校庭を包み込む。
セリカとノノミ、アヤネはその最後の攻防と一撃に言葉を失い、放心する。砂埃がゆっくり消えていき、中から誰かが立っているのを見た。
「…………」
ルミナス・ノヴァを構えたケイだった。
「まさか……!?」
セリカが声を上げる。彼女が、天童ケイがホシノに? と思った、その瞬間。
ドサッ……。
ケイの膝が折れ、そのまま地面に倒れ伏せると同時に、主を失ったルミナス・ノヴァが、寄り添うように地面に転がった。
「ホシノ先輩!!」
ノノミが声を張り上げる。ケイと向かい合った対面、ホシノがEye of Horusを構え、肩で呼吸を繰り返していた。
最後の瞬間だった。地面に着地したホシノは、さすがに肝を冷やした。
(これは、無事には済まないかも……)
シールドはケイの向こう側。遮蔽物もほとんどない場所で直撃を覚悟し、防御姿勢を取ろうとした時だった。靴が何かを踏む感覚。見ると、それはケイが先ほど揉み合った際に排莢した、未発砲のショットシェルだった。
素早くそれを握り、排莢口から直接チャンバーに叩き入れ、ケイがルミナス・ノヴァを放つその寸前で体の中心に一撃を放ち……。
銃口が上を向き、放たれたサボット弾は空の彼方へと消えていった。
(あれがなかったら、さすがにまずかった……)
倒れて動かないケイを見つめながら、ホシノは立ち上がる。まだ心臓の鼓動が速い。冷や汗をかいたのはヒナと真正面から激突したあの時以来だ。
深呼吸をし、ホシノは無線機に手を伸ばして送信ボタンを押す。
「……アヤネちゃん。判定は……」
ホシノが判定を依頼しようとした、その時だった。
ジャリッ……
体に、凶悪な悪寒が駆け抜ける。
その場にいた全員が目を疑った。間違いなく、ホシノの放ったあの一撃はトドメになった。ダメージも、普通のチンピラやヘルメット団の比にならない量を与えていた。
そんな状態でも体を振り回し、ホシノに食らいついてきた。十二分と言える戦いぶりを見せ、その消耗も激しかったのは間違いない。その上で受けた一撃は、同じ状況をアビドスメンバーが経験すれば、大半が動けなくなるだろう。
にも関わらず。
完全に地面に倒れ伏せていた、天童ケイの体が持ち上がる。
「ケイちゃん……」
地面に膝をつき、一度は倒れかけるも、拳を地面に叩きつけて再度身を起こし……
再び、立ち上がった。
ジャリッ、と砂を踏みしめる音。間違いなく、ケイはホシノに向かっている。ふらふらと、おぼつかない足取りはまるで生きた屍のようだったが、それでもホシノに向かってくる。
「君は……」
ケイは答えない。その代わり、一歩、また一歩と近づき、拳を握っている。
明らかに戦えるものではない。これ以上やろうものなら、きっと彼女を怪我させてしまう。そんなことしたら先生に顔向けができない。
(でも……この子は……)
ホシノは思い出す。
ー私のことは、完膚なきまでに叩き潰しに来てくださいー
その言葉通り、彼女は死力を尽くして向かってきた。自分の全力を開放して、ここまでやってのけた。
なのに、それでもケイは進んでくる。
「……ん、せ……い」
わずかに震える唇が、彼のことを呼ぶ。今彼女を突き動かしてるのは……ホシノの予想を、遥かに上回る天童ケイの、先生への愛だった。
「……わかったよ」
なら、生徒として……いや、一人の女としてやれるのは一つだけ。ホシノは、Eye of Horusを構えた。
「それが……先輩の私にできること……!」
その時だった。
「だめ、先輩」
ふわりとホシノの頬を風が撫で、銃身を握りこむと、地面へと力強く振り下ろした。
「し、シロコちゃん……」
手の主は二年生の白狼シロコ。アイスブルーの瞳はそれ以上いけないと首を横に振り、彼女を止める。
「もう終わってる。流れ弾で通信装置が破損。アヤネから止めろと指示」
「それに、よく見て」
今度は真正面から、同じく『シロコ』の声がする。ケイの後ろにもうひとりのアビドス生……三年生、アビドス生徒会会長の白狼シロコ、『シロコ*テラー』が立っていた。
「よく見て、って……」
ホシノは銃を下げ、ケイの姿をもう一度見る。彼女の歩みは止まっていたが、まだ立っており表情こそ見えないが……。
「……!?」
ケイの顔を覗こうとしたホシノは、その瞬間にはっとした。
「ヘイローが……!」
ケイの頭部にあるはずの、マゼンタのヘイローが消えていた。
「ん。もう、彼女は気絶してる」
トン、とシロコ*テラーがケイの肩を優しく叩く。すると、まるで糸が切れたかのように彼女の体が崩れ落ち、シロコ*テラーがそっと支える。
「じゃあ……立ち上がったときから……」
「既にヘイローが消えていた。でも、彼女は立った」
それが何を意味するのか、理解できないホシノではない。いや、それを見ていたアビドス生全員が理解した。
先生の隣りにいることを選ばれた、キヴォトスただ一人の少女、天童ケイ……彼女は、本物であり。
屍になろうとも、戦い続ける事のできる『覚悟』のある人間だと。
「……はぁー、参っちゃうなぁ」
どかっ、とホシノは地面に座り込んだ。やっと、ケイの意図がわかったのだ。
「……シロコちゃんたち、ありがと。ケイちゃんを傷つけるとこだったよ」
最初に止めてくれた、こちら側のシロコの方へ顔を上げ、ホシノは笑みを浮かべる。頼れる後輩も同じく、朗らかな笑みを返してくれた。
「ううん。大丈夫。また先輩が間違えそうになっても、私たちで何とかする。先輩も信じてくれたから、こうして私たちも動けた」
「言うようになったね〜。そしたらあとはお任せして、この子を保健室に運んでもらってくれるかな?」
スッキリとしたホシノの笑みに、二人の白狼は同じく『任せて』と返すと、シロコ*テラーはケイの体を優しく抱え上げた。
*
ケイが目を覚ましたのは翌朝のことだった。消毒液の香りに鼻をくすぐられ、目を覚ますと迎えたのは知らない天井と。
「……っい゛っ……~~~~っっ!!!」
猛烈な筋肉痛だった。
「およ、お目覚め?」
カーテンの向こうからホシノの声。カーテンが開き、制服姿のホシノが顔を出した。
「いっ……つぅ……お、おはようございます……」
「んああ、起きないで、まだ休んでなよ。あれからずっと眠りっぱなしだったんだから」
そうはいくまい、と本音では体を起こしたいケイだったが、どこに力を入れても激痛が走り、体が言うことを聞かない。おとなしくホシノの言葉に従うことにした。
「すいません、あのあとよく覚えていないのですが……まぁ、私の負けですよね」
「模擬戦としてはそうなるね」
ほう、とケイは瞼を軽くおろし、天井を見つめてつぶやいた。
「……分かってはいましたけど、悔しいですね」
「いんや、おじさんも冷や汗いたよ。本当にすごかった」
「お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないよ。君のあの覚悟は、アビドスどころか……キヴォトスの誰よりも深いものだった。私が保証するよ」
声のトーンが下がる。ケイは目を開き、ホシノを見ると、初めてあったときに一瞬だけ見せた、あの鋭い目がこちらを捉えていた。
「なら……やっぱり、来てよかったです。」
「無理なものは無理、っていう感覚も知れたもんね」
言い当てられ、ケイは思わず顔を上げるが肩に軽く痛みが走り、ケイはそのままじっとすることを選んだ。
「……言うと、加減されるかなと思いまして」
「そうだね。その言葉を聞いたら、君のことはもっと早く覚悟のある人間だっと気づいて、あれほど全力になれなかったと思う」
はいどうぞ、とホシノは差し入れのりんごの乗った皿を差し出す。可愛くうさぎ型にカットされているのは、アヤネの遊び心だろう。ケイはありがたく一つ受け取り、口に入れる。
「……自分でも、よくわかってます。どれだけ努力をしても、どうにもならない時がいずれやってくると。でも、先生の隣にいる以上、『それでも』と言わなければならない立ち位置でもあります」
ああ……似てる。ホシノは彼女のその抱えているものに、ユメが亡くなったあとの自分の姿と重ねた。
「そのために、やれることをやろうとしました。でも、心のどこかで、限界は間違いなくあるんだとも感じ……それを否定したいとも思ってました」
「わかるなぁ……私もそんなこと一回あったもん。アビドスのみんなや……ヒナちゃんにも迷惑かけちゃったねぇ」
私ももらうねー、とホシノはりんごを一つ口に入れながら、列車砲事件の無鉄砲で突っ走った自分のことを思い出す。色々不可抗力と言うか……いわば被害者側、とも言えるホシノだったが、抱えすぎた自分にも問題はあったと苦い表情を浮かべてりんごを噛みしめる。ありがたいことに、ノノミの実家から届いた高級りんごの甘味が、あっさりとそれを流してくれた。
「だからこそ、知る必要がありました。私は、一人ではできないことがある。昨日それを思い知って、ようやく踏ん切りが付きました」
ケイは今一度体を起こそうと力を入れ、顔がゆがむ。ホシノが支えようと手をのばし、ゆっくりと上体を起こした。
「私は……アビドスを含む全ての生徒にお願いしたいんです。一人の力では、先生のことを守れません。そして、あの人に『どんな手を使ってでも、生き残ってやる』と約束してます。この先、もしものことがあれば……どうか力を貸してほしいんです」
火のついた目が、ホシノのオッドアイと混じり合う。
(そうだね……守りたいもののために、誰かを頼る……おじさん、これに気づくのすごい遅かったからなぁ……)
ホシノは苦笑いしながら、後頭部をポリポリとかく。この子は、私よりもずっと強い。力の話ではなく、先生のために出来ること全てを行えて……そして、誰かに頼ることも厭わない大きな存在だ。
(先生が選ぶのも納得だね……)
ホシノは息をつき、ケイの瞳を見つめる。
「やっぱりおじさんの負けだよぉ……こんなガッツある可愛い子、怪我させたら先生泣いちゃうね」
すっ、とホシノは手を差し伸べる。
「先生のこと、お願いね」
「……はい。私からも、よろしくお願いします」
まだおぼつかない動きだったが、ケイはホシノの手を、自分の力で握り返す。
それは、ただの握手ではない……守るべき存在を背負った、女同士の硬い誓いでもあった。
「ところで」
「ん?」
「やっぱり、負けは負けで悔しいので、またリベンジしてもいいでしょうか?」
「……うへぇ、シロコちゃんが増えたみたいだよぉ……」
了